== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
「歯を喰いしばりなさい! シロウ!」
「……順番が逆だ!
殴られた後に歯を喰いしばっても、
ダメージは、軽減出来ないだろうが!」
士郎は、最後の力で言い切るとバタンと後ろに倒れた。
第4話 月光の下の出会い④
ぼーっと天井を見る。
(あのセリフは、絶対に言わない……。
それにしても……。)
「いきなり殴られるとは思っても見なかった。」
士郎は、体をゆっくりと起こす。
「本来なら、斬り捨てていたところです。」
「そこまでか!?」
「当然です!」
「と、いう事は、俺に解約の自由はないという事か……。」
士郎は、溜息を吐く。
「安心してください。
聖杯戦争に勝利すれば、契約は解除されます。」
「いや、安心出来ないだろ?
その聖杯戦争に参加したくないから、
こんなに揉めてんだから。」
「…………。」
「シロウ……貴方が自ら参加の意志を示して欲しい。
私も、強制はしたくない。」
(自分で勝手に契約させて、それはないでしょう?
でも、打つ手がないのも確かなんだよな。)
士郎は、暫し考えると結論を出した。
「分かった。
参加してやる。」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある。」
(やはり、そう来ましたか。)
「可能な事なら譲歩しましょう。」
セイバーは、固唾を飲んで士郎の返事を待つ。
「じゃあ、教えてくれ。
お前の……セイバーの聖杯に願う事は、なんだ?」
セイバーは、以外な返事に少し驚いた顔をする。
「どうした?」
「あ、いえ……。
正直、意外な答えなので。」
「そうか?」
「はい。
貴方の事ですから、無理難題を要求されると思いました。」
「俺は、どこかの独裁者か何かか!?」
セイバーは、笑って誤魔化す。
「まあ、いい。
先に理由を言っとく。
聖杯戦争を生き抜けるかどうかの時に、その後の事を考えるのはおかしい。
捕らぬ狸の皮算用ってヤツだ。
聖杯戦争を生き抜くために、これから相棒になるセイバーの事を知って置くのは重要だと思う。
力が強いことも重要だと思うけど、ここ一番で勝敗を分けるのは意志の強さだと思う。
生き抜く確率を1%でも上げるためにセイバーの本気が知りたい。
本気を知るには、願いを聞くのが一番だと思った。 以上だ。」
士郎の真剣な言葉にいつしかセイバーも真剣になっていた。
真剣な言葉には真摯に応えなければならない。
先ほどまでのギャップが、セイバーにそう思わせた。
セイバーは、聖杯戦争が終わるまで心の奥に仕舞って置くはずだった言葉を話す決意をする。
「私は……やり直したいのです。」
「やり直す?」
セイバーの言葉に士郎は不快感を感じる。
セイバーは、そんな士郎のちょっとした変化に気が付かなかった。
「愚かだった私のせいで沢山の人々を不幸にした。
あの時の選択を後悔しています。
だから、私は……。
やり直したい……。」
セイバーは、話し終わると目を伏せた。
あの日の光景が、まざまざと脳裏に蘇る。
誤った選択により、壊れてしまった過去の記憶……。
救えるものは、全て救いたかった……。
自分以外の誰かなら、もっと上手くやれたはず……。
寧ろ自分は、あの時、存在しなければよかったのかもしれない……。
過去に意識を傾けていたセイバーは油断していた。
それは勢いよく喉元に伸び、軽いセイバーの体を壁に押しつけた。
「っ!」
喉元を絞める力に呼吸も出来ず、地には足が届かなかった。
「この馬鹿が!
そんな覚悟で命を懸けてたのか!?」
士郎は怒りに我を忘れ、右手でセイバーの首を力一杯、壁に押しつけている。
「いいか? よく聞けよ?
お前のしている事は、侮辱以外の何者でもない。
お前と共に生きて来た者、全てを侮辱している。
・
・
お前は騎士だったんだろう?
なら、お前に命を懸けて戦った仲間も居ただろうし、
お前が命を懸けた事もあったんじゃないのか?
その共に生きて来た奴ら、全員をなかった事にするのか!」
セイバーは、喉元の腕を握り返す。
握り返された腕は、爪が食い込み血を流し出す。
それでも、一向に力は緩まる事はなかった。
「侮辱…するつもりは……ない。
なかった…ことに…する………だけです。」
士郎は、セイバーを畳に投げつける。
セイバーは、激しく咳き込み肩を上下させる。
「なかった事になんか出来る訳ないじゃないか!
聖杯で願いを叶えても、セイバーの記憶からは消えやしないさ!
そんな温い覚悟じゃ、聖杯戦争なんて勝ち抜けやしない!
俺は、お前なんかに命を預けられない!」
セイバーは、士郎を見上げて息を飲む。
士郎は、振り返り廊下に出て行く。
「気分が悪い。
俺は、もう寝る。」
士郎は、障子を閉めると自分の部屋に行ってしまった。
残されたセイバーは、士郎の出て行った襖を眺め続ける。
そして、暫くするとふらふらと立ち上がる。
縁側の窓を開け、柱にもたれて座り込み、月を眺めた。
頭の中では、士郎の言った言葉がいつまでも消える事がなかった。
それは、やがて葛藤となり、何が正しく何が悪いのかを自問自答の螺旋に落としていく。
自分を肯定すれば、士郎の言葉が心を貫く……。
士郎の言葉を肯定すれば、自分の罪が心を貫く……。
答えの出ない自問自答にセイバーは、涙を流していた。
止め処なく流れる涙に青い服の袖は、より深い色を広げていった。