== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
数分後、士郎が私服に着替えて姿を現す。
「遠坂が慎二をボコってるはずだから、
直ぐには間桐の家に連絡は入らないと思う。
ただ、漫画なんかにある使い魔なんてのが見張っているとアウトだけど。」
「その点は、大丈夫だと思います。
学校の結界で偵察していた使い魔も消滅しているはずですし。
士郎、申し訳ありませんが魔術師でないあなたは……。」
「眼中にもないって?
好都合だな。
マスターが雑魚で良かった。」
(喜ぶところなのでしょうか?)
第41話 ライダーの戦い①
士郎達は、家の前に出る。
まだ、日が高いため、セイバーとライダーは霊体化する。
「時間がないから、
歩きながらライダーの作戦を聞く。」
「分かりました。
私の目的は、二つあります。
一つは、祖父である間桐臓硯を消し去る事。
もう一つは、修練場を消し去る事です。」
「その消し去るという言葉は?」
「臓硯は、蟲で形を保っています。」
「群体みたいなものですか?」
「はい。」
「それで消し去るか……。」
(それって、完全に消し去れるのか?
少しでも残したら癌細胞みたいに繁殖するのでは?
・
・
意味がない?
いや、次の段階の時間稼ぎになるはずだ。
対策は?
ダメだ……情報がない。)
「修練場は?」
「桜の居てはいけないところです。
そして、臓硯の体の代替も行っています。」
(蟲を使っての修行だったのか……。
女の子が……。
これも魔術師だからで済むのだろうか?
・
・
そして、臓硯の体の代替もするのか……。
もっと、情報が欲しいな……。
・
・
そうだ! これ戦争なんだよな。)
「ライダー、少し頼まれてくれないか?」
「何でしょう?」
「目的のものを消滅させるのは、賛成。
しかし、魔術関係の資料は、残してくれないかな?」
「構いませんが……。
何を考えているのです?」
「万が一を考えて資料を残して欲しい。
臓硯が群体なら、少しでも残したら再生するかもしれない。
だったら、マキリの資料を奪って虫下しみたいのを作って置くのも良くないか?」
「シロウ、そんな火事場泥棒みたいな……。」
「いいんだよ、戦争なんだから。
戦利品は、勝った方が貰うんだよ。
サーヴァント二人も居れば、運ぶの簡単だしバレないし。
指紋も足跡も追跡不可能だ。」
「丸っきり泥棒の発想ではありませんか!」
「まあ、固い事言うなって。
取られた方も魔術関係のものは、警察に言えないし訴えられないって。
再生して肉体作ってる頃には、虫下しも出来てるだろ?」
「簡単に言いますが、作れるのですか?」
「遠坂に作らせる!」
「他力本願でしたか……。」
(リンもエライ人と縁を作ってしまった……。)
慎二の家まで後半分というところで、士郎は、戦闘の詳細を聞く。
「ちなみに。
どうやって、やっつけるんだ?」
「宝具を使います。」
「家に居る臓硯を狙えるのか?」
「正直、難しいです。」
「外に誘き出せたら、どうだ?」
「それならば、確立が大幅に上がります。」
「じゃあ、俺が臓硯を誘き出す。
そっからがライダーの戦いの開始という事で。」
(シロウ、あれだけ言って甘いですね。)
「…………。」
「分かりました。」
ライダーもセイバー同様に士郎の甘さにクスリと笑みを溢す。
士郎は、セイバーとライダーに自分の甘さを見抜かれ、少し自己嫌悪する。
そして、三人は、慎二の家に辿り着く。
魔術師の工房なので距離は長く取る。
ライダーは、宝具を使用する準備をする。
「私は、上空で準備します?」
「上空?」
眩い光が一瞬するとライダーは、空に舞い上がる。
「天馬……。
まさか、幻想種!?」
「凄いな。
あれだけ高ければ、気付かないな。」
士郎とセイバーは、遥か上空で点になっているライダーを見上げる。
暫くしてセイバーは、士郎に話し掛ける。
「シロウ、私は?」
「俺がやられそうになったら、
ライダー、無視して助けてくれ。」
「シロウ、先ほど言った事とかなり違いますが……。
見守るのではないのですか?」
「出・来・る・限・り・だ。
俺は、死にたくない!」
「台無しです……。」
「そういう事で行って来る。」
セイバーは、溜息をついて慎二の家に向かう士郎を見送った。
…
士郎は、久方振りに訪れる慎二の家の前に立つ。
以前は、ただの同級生だと思っていた。
今は、魔術師の家と認識している。
この違いは、士郎を少し躊躇わせた。
「ふう……。
正直、足が竦むな。
気持ちだけでも負けないようにしよう。」
士郎は、天地神明の理を握り、集中して線を繋ぐ。
戦闘態勢だけは整えると家の呼び鈴を押し、門を潜る。
そして、中から一人の老人が現れる。
和服を着込んだその姿も然る事ながら、年輪のような深い皺が特徴的だった。
「何用かな?」
「慎二君から、御爺様に渡すようにと言伝を。
御爺様は、あなたで合っていますか?」
「儂で間違いない。」
「これ、何か分かります?」
士郎は、懐から偽臣の書を取り出す。
老人の目が見開かれ早足で士郎に迫る。
「何故、貴様がそれを持っておる!?」
(どうやら慎二の情報は、まだ、届いてないようだ。
なんの警戒もない。
俺をマスターとも認識していない。)
士郎は、立ち止まったまま、老人が近づくのを待つ。
空には、昼の彗星が流れる。
そして、士郎の2m前の地面が消滅していく。
「な、なんだ!?
これが宝具!?」
予想外のエネルギーの奔流が目の前を流れ続ける。
光と熱で離れていても火傷をしそうになる。
士郎は、半身になって熱を含んだ空気を避けようとする。
(ライダーの奴……。
これ……もっと距離取らないと危ない技じゃないか!)
エネルギーの奔流は、数秒間流れ続ける。
士郎が目を開けると抉られた地面が湯気を立たせていた。
そして、その中心でライダーが己の天馬を愛でていた。
「本当に消滅させやがった……。
ビーム兵器みたいだ……。」
「士郎、感謝します。」
「お礼は、いいけどさ……。
もっと離れて使おうね!
危うく死ぬとこだったわ!」
「士郎が見届けてくれると言いましたので。
最前列の特等席で実行しました。」
「……そんな気遣いはいらない。」
ゲンナリとする士郎にライダーは、優しく微笑む。
「直ぐに桜を連れて来ます。」
ライダーが屋敷に入ると、入れ替わりでセイバーが現れる。
「終わったようですね。」
「一瞬、お花畑が見えた。」
「凄まじい宝具です。」
「聖杯戦争って、こんな危ないもの使って戦うのか?
はっきり言って人目につかない様に夜戦っても絶対バレるって。」
セイバーは、何と言っていいのかという顔をする。
士郎は、一息吸うとセイバーに質問する。
「ライダーは、まだ現界していられるのか?
あれだけの威力だ。
魔力も桁外れに使うんだろ?」
「正直、分かりません。
ライダーの魔力量が、元はどれぐらいだったのか分からないので。
ただ、人を襲ってまで補っていたのです。
そんなに多くはなかったと思います。」
「恐らく、今のをもう1回使うはずだ。
それをしたら……。」
「だから、貴方は言ったのでしょう?
『見届ける』と。
ライダーが覚悟を決めているのを悟ったのでしょう?」
「…………。」
「消えて欲しくないとも思って桜の事を焚きつけた。
桜の事があれば、アイツは自分を抑えて戦うって。
そうすれば聖杯戦争が終わるまでの間は、桜に付いて居られると思ったから。」
「シロウは、随分とライダーに肩入れしますね?」
「妬いたか?」
「違います!」
「な~んかな、セイバーも含めてさ。
英雄って戦ってばっかじゃん?
それを否定はしないけど、戦って死ぬだけって嫌でさ。
温いマスターの下に居るんだから、
この聖杯戦争だけは、真面目に戦わなくていいんじゃないのって?」
「…………。」
「最近、それに浸り切っている気がして。
実は……私は、少し自己嫌悪に陥っています。」
「だとしたら、俺の思惑通りだな。」
「まあ、日々、新しい発見だらけなので飽きはしませんが……。
私の生前の威厳というか……品格が失われているようで……。」
「まあまあ、今だけ今だけ。」
セイバーは、溜息をつく。
何故、私は、この人に従っているのかと。
そして、ドアが開く音がして目を移す。
ライダーに肩を抱かれて女の子が姿を現す。
印象的な長い髪を片方だけ赤いリボンで留めている。
そして、ライダーの言った通りに髪と目の色が少し違う。
「桜です。」
ライダーの紹介にも、何も反応しない。
虚ろな目からは、何を考えているのか読み取る事が出来なかった。
「サーヴァント・セイバーと言います。」
「セイバーのマスターで、
慎二から偽臣の書を奪った男です。」
(そんな説明がありますか!)
「…………。」
「衛宮……先輩……。」
「桜、知っているのですか!?」
桜は、無言で頷く。
「有名人ですから……。」
「学校では、知られてる方かな?」
「……デタラメな人だって。」
(またか!)
セイバーは、顔を背け笑いを堪えている。
ライダーは、額に手を当て俯いている。
「何をしに来たんですか?」
「何もしないために来たんだ。」
「わたしは、待っていた正義の味方が来たのかと思いました。」
「?」
「俺は、そんな偉い人じゃない。
どちらかと言うと、これから不法侵入の火事場泥棒をする悪い人だ。」
「は?」
セイバーは、次に自分が行う作業を思い出し愕然とする。
「正義の味方は、桜が呼び出した。」
「ライダー?」
「そう。」
「でも、ライダーは、兄さんが……。」
「これか?」
士郎は、偽臣の書を見せる。
桜は、呆然と偽臣の書を見つめている。
やはり、感情を読み取れない。
「慎二から奪って改竄して、ライダーを引き入れた。」
「……やっぱり、デタラメな人だったんですね。」
「…………。」
「セイバー。
なんのノリもなく冷静に『デタラメ』と言われるのは、
思いの他傷つくな。」
「私は、反省する良い機会かと。」
(ここに俺の味方は居ない……。)
桜に呆然と見つめられても困るので、士郎は、話を続ける。
「俺は、ライダーに好きにしろって命令を出している。
そうしたらライダーは、桜を……。」
「わたしを……?」
(なんて言えばいいんだろう?
なんかそのまま言っても、心に届かないような……。
・
・
まあ、いい。
熱い言葉なら通じるだろう。)
「ライダーは、こう言った。
・
・
『桜! お前が好きだ!
お前が、欲しいーーーっ!』と。」
桜の顔が少し上気する。
セイバーは、盛大に肩を落とす。
そして、ライダーは、士郎にグーを炸裂させた。
「私は、桜に告白などしていません!
『桜を守る!』と言ったのです!
何故、いきなり、そっちの方まで話が飛ぶのです!」
「すまん。
ちょっと、言い間違えた。」
「何処が、ちょっとなのです!」
(また、妙な流れに……。)
ライダーは、肩で息をして桜に振り返る。
「見苦しいところを見せて、申し訳ありません。」
桜は、無言で首を振る。
「桜、どんな状況であれ、私のマスターはあなたです。
あなたが望まないもの。
あなたを傷つけるものは、全て私が排除します。
・
・
私は、今から地下の修練場を消滅させます。」
「でも、御爺様が……。」
「あれは、もう居ません。
私の逆鱗に触れたのです。」
「…………。」
「桜、最後の戦いに行く前に
あなたを感じたい。」
ライダーは、桜を強く抱きしめる。
桜は、分からないという顔をしていたが、遠い記憶にある柔らかい感覚を少し思い出すと微笑んだ。
ライダーは、それを見るとゆっくりと桜を離し、士郎とセイバーを見る。
顔には複雑な感情が浮かぶ。
「約束は、守れないかもしれません。」
「見届けるよ。」
「私も、胸に焼き付けます。」
「ありがとう。
でも、誓いは果たしました。」
ライダーは、桜の微笑を思い出す。
「桜、行って来ます。」
ライダーは、屋敷の地下へと歩いて行った。
「……ライダーは?」
「…………。」
「ライダーは、お宅の『望まないもの』『傷つけるもの』を
排除するために、戦いに行った。」
「それは……。」
「ライダーは、魔力の提供が行われていない。
次に宝具を使えば恐らく消える。」
「!!」
桜に驚いた表情が見て取れる。
セイバーは、桜を見つめながら、ライダーを思う。
(ライダー、サクラに感情が見て取れます。
確かに貴女は、誓いを果たした。
彼女は、変わっていっている。)
セイバーは、拳を強く握り、屋敷を見つめる。
一方、自分の価値観を見出せないでいる桜の口から言葉が漏れる。
「ダメ……。
ダメです。
わたしなんかのために消えるなんて!」
桜の顔に混乱、後悔、自責……色んな感情が渦巻く。
士郎は、その表情に負の感情しかない事に気付く。
「…………。」
「セイバー。
男だったら、ライダーの戦いを見届けるべきだよな。」
「はい。」
「それも一つの美徳だよな。」
「はい。」
桜は、士郎の言葉に涙を流して違うと首を振る。
「でもさ。
この子は、認めてないぞ。」
「それは……。」
「騎士じゃないから?
英雄じゃないから?
覚悟がないから?
理解出来る齢じゃないから?」
「シロウ……?」
「実はな……。
今になって、俺も消える意味が分からん。」
「は?」
屋敷に光が満ちていくのを士郎達は確認する。
「悪いけど……地下の修練場まで案内してくれないか?」
桜は、涙を拭い頷くと屋敷に向かい走り出す。
士郎も続いて走り出す。
「シロウ!」
セイバーが、士郎を呼び止める。
「貴方は、ライダーの誓いを……。
戦いを見届けるのではないのですか!?」
「見届けない。」
「誇りを汚すのですか!?」
「汚す。」
「何故です!?」
「ライダーは、誓いを果たしていない。」
「サクラに感情は戻りました!」
「負の方のな。
陽の方の感情は?」
「それは……。」
「だったら、誓いを果たさせるべきだ。」
「しかし、ライダーは、既に……。」
「行動を起こしてから考えないか?」
「…………。」
「貴方という人は、こんな土壇場で……。」
セイバーは、気まぐれな主に腹を立てつつ、士郎を追い越して走り出した。
それに続いて士郎も走り出す。
士郎とセイバーは、桜を追って屋敷に入った。