== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
学校の結界の後処理。
教会の監督役への連絡。
それまでの間の重傷者の魔術による治療。
抜かりない作業でテキパキと凛は、仕事をこなしていく。
アーチャーは、最後になるであろう生徒を運び終え、凛に声を掛ける。
「流石、聖杯戦争の参加者だ。
この手際には恐れ入った。」
「この十数年、鍛えて来たもの。
・
・
アーチャー、質問があるの。
わたしは、本当に優秀なのかしら?」
凛は、魔術による治療を施しながら、アーチャーの答えを持つ。
アーチャーは、凛らしくない質問に疑問を持ちながら、腕を組み壁に寄り掛かった。
第44話 姉と妹①
アーチャーは、凛の質問の意図が読めずに聞き返す。
「どういう意味かな?
私の答えは、既に伝えてある。
君は優秀な魔術師だ。」
「じゃあ、何故、最初に会った時は、
認めてくれなかったのかしら?」
「その事か……。
理由は、既に話したはずだ。
一番の要因は外見だと。
君は若過ぎる。」
「そう、若いわね。
自分でも、未熟なのは承知よ。
経験も浅いし。」
「安心していい。
私が優秀だと感じたのは、それだけではない。
歳相応に相応しくない魔力量と知識を
その歳で身につけている事もあげられる。
一体、君は、どうやって、そんなに早く大人になったのか?」
アーチャーは、何処か自信のなさそうな凛を励ますつもりで最後に皮肉を込めた。
しかし、凛は、いつもの強気な答えを返さない。
「大人になりたくて生き急いだだけよ。
・
・
わたしが知りたいのは、今のわたしが優秀かどうか。
アーチャー……。
あなたが会った魔術師と比べて、今のわたしは、どうなのかを知りたいの。」
「難しい事を聞く。
端的に言えば、私の出合った魔術師の5本の指に入ると思う。」
「…………。」
「ありがとう。」
「凛、さっきからおかしな質問ばかりだ。
どうしたというのだ?」
凛は、最後の重傷者を治療し終え、一息つく。
そして、アーチャーの隣まで歩いて行くと自分も壁にもたれる。
「わたし……。
本当は、聖杯戦争のために修行して来たんじゃないの。」
「確かに出合った時に聞いた『実力を知らしめる』というのは、
願いではないので腑に落ちなかったが……。」
「わたしは、実力をつけて戦いを挑むつもりだった。」
「だった?」
「今回、聖杯戦争が、こんなに早く開始されたのは予想外だったのよ。」
「?」
「正直に言えば、アーチャーという味方を得られた事が、
わたしの計画遂行を前倒し出来るチャンスなの。」
「どういう事だ?」
凛は、一呼吸置いて答える。
「わたしは、妹を助けなければいけない。」
「まさか……。」
「ええ、あなたに協力を求めようと思ってる。
わたしが年月を費やして得る実力分をあなたに求めようとしてる。」
「凛……。」
「筋違いとも分かってる!
頼める立場でない事も分かってる!
でも、この機を逃して待たせられない!」
「この機か……。
それは、先のライダーとの戦いに関係があるのだな?」
「慎二が、ライダーのマスターだった事に関係があるわ。
わたしの狙いは、間桐にあるから。」
「倒すべき敵は、そこに居る訳か……。
そして、ライダーの行動……。
偽臣の書を奪う事が目的なら、ライダーは間桐に居ない。
敵を倒すなら、今だと?」
凛は、無言で頷く。
その後、暫くの間、時間が止まったように流れた。
…
凛は、アーチャーの返事を待った。
願いを押し付けたのは自分だから。
そして、これは聖杯戦争とは関係ない回り道を強要するものだから。
一方のアーチャーは、当惑の中に居た。
そして、また、頭痛が始まる。
アーチャーは、隣の凛に気付かれないように目を閉じる。
直に頭の中で会話が始まる。
「…………。」
(『わたしの声が分かる?』
「ああ……。
凛なのだろう。」
『正確には、あんたの頭の記憶を制御する擬似人格よ。』
「何故、こんな事をした?」
『あんたが、どうしようもない馬鹿だからよ。』
「……否定はしない。
しかし、記憶に制御を掛けるのは辞めて欲しい。
この世界の君に迷惑を掛ける事になる。」
『それは、心配しなくてもいいわよ。
この世界の未来は、あんたが呼ばれなくてもあまり変わらないもの。
そういう世界を選んだから。
まあ、あんたの努力次第で良くはなるけどね。』
「やはり君のせいなのか……。」
『頭が痛いでしょ?』
「ああ。
何もかもが掛け離れている。
特に自分と彼女が、こうも違うと不快感を覚える。」
『人は、自分を見るのは嫌なものだからね。
しかも、性格は、あんたの正反対。
あんたが捨てたものを肯定する。』
「正反対?
ただ壊れているとしか思えんが……。」
『セイバーも?』
「いや……。
彼女は、まだ、雰囲気が残っている。
ただ……何処か心に矛盾が残る。」
『いい傾向ね。
わたしさ。
あんたの歪んだ性格を作ったのは、あんたのお父さんだと思ってる。』
「…………。」
『でもね……。
それを縛っちゃったのは、セイバーかなって。
彼女は、最後まで貫き通した。
あんたも、それを美しいと感じて彼女に憧れたんじゃないかって。
・
・
だから、あんたは、自分も最後まで貫き通さなきゃって感じてる。』
「そういう言い方はしないで欲しい……。」
『ここの世界では、可能性を見て欲しいの。
こういう道も選べるって。』
「あの自分を見ると逆に選びたくなくなる。」
『あれは、無視していいわよ。』
「何?」
『あれは、この世界を形作るキーパーツみたいなものだから。
まあ、それでもあんたの可能性には変わらないんだけど。』
「どういう事だ?」
『そろそろ時間ね。
あんたが鍵を解いたから出て来れたけど。
また会話するなら、エネルギーを溜めないと。
あんたからエネルギーを貪って。』
「はあ……仕方ない。
流れに任せるか。
記憶は戻るのか?」
『わたしが出て来ちゃったからね。
直ぐ戻るわよ。
スイッチが入ってから切れるまでは短いから。』
「君が消えれば、記憶が戻るのか。」
『そういう事。
あ、そうだ。
積極的に関わりなさい。
この世界のあんたに戦う力はないから。』
「何だと……。」
『桜とイリヤを、また無くすかもしれないわよ。』
「それは……。」
『ああ、あとあと!
この世界を司るのは、”デタラメ”だから!
あ~~~! 時間が……。
・
・
凛……。
時間の調整ぐらいしといて欲しかったものだ。
結局、何のために記憶を縛ったか分からない。
そもそも記憶を縛る必要があるのか?
確かに自分の根幹になっているものを思い出せない。
・
・
一番厄介なのが、擬似人格のニュアンスで制限が入っている事だ。
何故、こんなデタラメな記憶の制限の掛け方なんだ?)
アーチャーは、溜息を吐く。
(今は、こちらの凛を優先しよう。
彼女は、私のマスターなのだから。
それに……。
助けなければいけないという衝動が走る。
・
・
積極的にか……。
一番信頼出来る人物のアドバイスだ。
積極的に関わらせて貰おう。)
アーチャーは、記憶を少し整理して隣に佇む凛の事を考える。
そして、片目を瞑ると凛に語り掛ける。
「私は、ちょうどライダーのマスターを倒そうと考えていた。
その過程で、君が何をしようと口を挟む気はない。」
「アーチャー……。」
「チャンスなのだろう?
私にとっても君にとっても。」
「ええ!」
「では、後は、今来た神父に任せて行くとしよう。」
相変わらずの憎まれ口を叩く従者が協力を了承してくれて、凛の顔は晴れていた。
凛とアーチャーは、残りの事後処理を言峰神父に任せると学校を後にした。
…
間桐邸に着いて、凛は愕然とする。
門を潜って直ぐに、円形に抉れた地面が見える。
接触面を見ると空間ごと切り取ったような見た事もない跡が見える。
戦いの痕跡にしては、綺麗過ぎる跡。
抵抗の痕跡がなく、一方的に戦いが進行した後だった。
アーチャーは、呆然とする凛に指示を求める。
「戦いは終了している。
この後は、どうする?」
凛は、ハッとして気を取り直す。
「地面の土が乾いているから、戦いがあってから時間が経ってるわ。
ならば、敵は居ないと考えるべきね。
・
・
生存者も確認しないと……。」
「了解だ。
では、続いて屋敷の探索に入る。」
アーチャーを先頭に凛が後に続く。
直に一つの部屋が目に入る。
「開いてる?」
「何者かが、既に屋敷に入ったのだろう。」
アーチャーが、警戒して扉を開く。
「やはりな……。
荒らされている。」
続いて、凛も中に入り確認する。
「サーヴァントに間違いない。
金庫を力で開けられている。
しかも、魔術書の類を奪って行っている。」
凛は、空の金庫と本棚を睨む。
「目的は、間桐の知識か。」
「そうでしょうね。
他は、荒らされてないみたいだし。」
屋敷の探索は続く。
屋敷に人の気配はしなかった。
「何……これ?
どうなってんのよ?
桜は?」
廊下で立ち尽くす凛に反対側の探索を終えたアーチャーが声を掛ける。
「凛、こっちだ。
地下に続く道がある。」
目的の人物の生存……。
凛達は、最後の希望を持って地下に移動した。
「嘘?
何で?
何で、何もないのよ!」
地下の扉の奥は、空間があるだけだった。
アーチャーが、地面の土を手に取り確認する。
「門の前にあった痕跡と同じだ。
ここで、あの力を使ったに違いない。」
凛が地面に座り込む。
「凛!」
「どうしよう?
・
・
ここには生きた人間が二人しか居ないはずなのに……。
桜と臓硯……。
痕跡が2ヶ所って事は……。」
最悪が頭を過ぎると凛は嗚咽する。
アーチャーが、凛に近づく。
「少しだけ……。
直ぐに立ち直るから……。」
アーチャーは理解した。
この世界の凛が早く大人になった理由。
彼女の並々ならぬ努力は、ただ一人のために注がれた愛情の裏返しであると。
…
数分の後に凛は自分の気持ちを立て直す。
立ち上がった彼女は、もう、いつも通りのように見えた。
「アーチャー、痕跡を調査して。
これをやったマスターとサーヴァントを探す。」
「了解だ。
しかし、調査をする前に敵の目星をつける事は出来そうだ。」
「クラスの特性と今までの情報で判断するの?」
「その通りだ。
私を除いて考える。
ランサー……戦った限り、彼の宝具ではこの状態を再現出来ない。
セイバー……小僧といる者が、ここに居たとは考え難い。
バーサーカー……戦い方の痕跡が少な過ぎる。
アサシン……魔力量の少ないクラスで、この芸当が出来ると思えない。
考えられるのは、以下の2クラス。
キャスターかライダー。」
「なるほどね。
この消滅したような痕跡は、魔力によるところが大きい。
正体の分からないキャスターかライダーと考えるのが妥当ね。」
「その中でも、キャスターが怪しいと私は考える。
理由としては、ライダーが実行したとするとマスター殺しになり、
ライダー自身が存在出来なくなるからだ。」
「そうね。
士郎の話から推測すると偽臣の書を奪って得た自由を
自ら放棄するのはおかしいわ。
でも、偽臣の書を奪って慎二もリタイアした今では、
ライダーは、自由に何でも出来る。
魔力供給のため、自ら人を襲い出すとも考えられる。」
「ふむ。
痕跡を調べるまでもなさそうだな。
これから、どうする?」
「…………。」
「正直、手数が欲しいわね。
キャスターとライダーを見つけないと。」
「手数か。」
「そう、手数なのよ。」
「…………。」
「当ては、あるんだがな。」
凛とアーチャーは、顔を見合わせる。
そして、溜息を吐く。
「仕方ないわね……。
まだ、ライダーを倒した訳じゃないから協力関係だし。」
「では、行くか?」
凛とアーチャーは、屋敷を出ると衛宮邸に向かった。