== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
時間は、そろそろ夕飯時になっていた。
士郎は、携帯を使って、忘れていた連絡を藤村組に入れる。
いつもの要領で誤魔化そうと思ったが、雷画爺さんは、豪快な笑いで一蹴してくれた。
藤ねえは、既に病院で騒ぎを起こした後だとか、耳の痛い話も入って来たが元気そうで何よりだった。
「さて、居間に戻るか。」
先に出て行ったサーヴァント三人を追って、士郎は、自分の部屋を後にした。
第47話 イリヤ誘拐
居間に行く途中でセイバーに会う。
「どうしたんだ?」
「はい。
お風呂の用意をしようと思いまして。」
「?」
「女の子が涙の後を残しっぱなしというのは、よくありません。」
「そうか。
・
・
セイバーは、意外と現代に馴染んでるな。
この家の間取りなんかも認識しているようだし。」
「サーヴァントですから。」
セイバーは、さっさと行ってしまった。
「どっちがデタラメだよ?」
士郎は、居間に向かった。
…
居間では、姉妹が泣き疲れて仲良く眠っていた。
「まあ、疲れたんだろうな。
長い時間を急速に埋めようとしたんだし。」
「ええ、幸せそうな寝顔です。」
ライダーが嬉しそうに答える。
台所では、リズムよく包丁を刻む音がする。
「ん?
なんで、アーチャーが台所に?」
「彼が夕飯を作るそうです。
主に対するお礼だそうです。」
「ふ~ん。」
セイバーが、居間に戻って来る。
「火を入れました。
20分程でしょうか?」
「そんなもんだな。」
テレビにスイッチを入れて音を低くする。
新都のガス漏れ事故は未だ続き、学校の事もニュースに取り上げられていた。
「やったな。
明日から休校だ。」
「喜ぶところですか?」
「ガス漏れ事故が止まらない。
と、いう事は、以前とどこかのマスターが継続中か。」
「確認出来ていないクラスは、あと三つありますから。」
暫くテレビを見ていると、ライダーが、士郎とセイバーに話し掛ける。
「少しいいでしょうか?
お伝えして置かなければいけない事があります。」
「なんだ? あらたまって?」
「士郎。
あなたは、セイバーへ、どのように魔力を供給しているかご存知ですか?」
「それが分からないんだ。」
「私も魔力供給だけは感じるのですが、ラインの繋がりは感じないのです。」
「…………。」
「やっぱり。」
「「やっぱり?」」
「大変、申し上げ難いのですが、
私は、士郎に魔力供給して貰った時に分かってしまいました。」
「それは良かった。
私も気にはなっていたのです。」
「セイバー、よく聞いた方がいい。
ライダーは、『申し上げ難い』と言っている。」
「?」
「士郎、あなたは体力のある方じゃありませんか?」
「ある方だと思う。
『衛宮は、無駄に体力がある』とか。
『衛宮の体力は、デタラメだ』とよく言われる。」
「だから、気付かなかったのでしょう。
結論から言いますとセイバーに供給されている魔力は、士郎の体力そのものです。」
「は?」
「なにーっ!?」
「士郎の中の何かを通して、体力を魔力に変換して送られています。
簡単に言うとセイバーは、士郎を襲っている状態です。」
「…………。」
「凄い衝撃の事実なんだが……。」
「…………。」
「私が…私が、シロウを襲っている!?」
「私も驚いているのですが……。
一番の驚愕は、士郎が気付いていないところです。」
「そうですよね。
・
・
体がだるくなったり、覇気がなくなったりするはずですよね?」
「多分、一日で回復する体力が
セイバーに送られる魔力より大きいのでしょう。」
「じゃあ、問題ないじゃん?」
「士郎、これは本来有り得ません。
ましてやサーヴァントの魔力供給を体力で補えるなど。」
「そうだよな。
魔力は、質のいい純粋なエネルギーだ。
それに比例する体力って……。」
「ライダー、直ぐにでも供給を止めないと!」
「どうやってですか?」
「それは……。
どうやってでしょう?」
「まあ、いいじゃん。
死なない程度で体力持って行っている分には。」
「私は、嫌です!
英雄ともあろう者が、主の体力を貪り取り続けるなど!」
「セイバー。
お前は、俺のサーヴァントになった時点で品格なんてないも同然だろ?」
「貴方は、何故、人事のように流せるのです!
それに! 私は品格をなくしたくありません!」
「しつこいな。
・
・
じゃあ、あれだ。
俺の令呪の命令で、仕方なく体力を取ってる事にしよう。」
「シロウは、令呪を使えないでしょう!」
「じゃあ、正義の使者のセイバーに奇跡が起きて、
悪者の俺から体力を取ってんだよ。」
「何ですか! その子供騙しの設定は!
しかも、何で、正義と悪が手を携えて協力関係になっているのです!」
(だって、理由も分からないのに答えを聞くんだから、
適当に答えるしかないじゃないか。)
「じゃあ、魔法の言葉だ。
・
・
俺が、デタラメだからだ。」
「…………。」
「結局は、そこに至るのですね……。」
セイバーは、泣き崩れた。
ライダーは、これが士郎の日常と認識し、自分達が過ごした今日一日が例外だと強く認識させられた。
「うるさいわね。
何を騒いでんのよ。」
士郎とセイバーの騒動で、凛と桜が目を覚ます。
「起きたか?
悪かったな。」
「いいわよ、別に。」
「あ。
そろそろ風呂沸いてるから、入ってくれば?」
「お風呂? 何で?」
「鏡で見れないぐらいの泣き顔だぞ。」
凛は、ハッとして両手で顔を覆う。
「ちなみに。
その泣き顔は、写メに撮らせて貰った。
お前が逆らった時点で美綴に送信する。」
「ちょっと!
あんた卑怯よ!」
「逆らう気か?」
「そんなものは消去よ!
携帯電話ごと、この世から消滅させてやるわ!」
凛と同様に目を覚ました桜は、士郎と姉の壮絶な光景に目を見開く。
しかし、直に笑いが込み上げてくる。
そんな自分に桜自身が驚いていた。
捨てたと思った感情は、眠っていただけなんだと。
カバディでも始めるがごとく、間合いを取って臨戦態勢に入っている凛にアーチャーが溜息混じりにフォローを入れる。
「凛、落ち着け。
小僧の嘘だ。」
「嘘?
・
・
~~~!!」
凛は、士郎にグーを炸裂させる。
「桜! 行くわよ!」
凛は、桜の手を引くと風呂場に向かった。
「怪獣の様だ。」
「シロウが、からかうからです。」
「……それにしても。
桜の性格が数時間前と全然違うな。」
「ええ、姉のお陰でしょう。」
「ライダー、貴女もです。」
「休校明けが楽しみだ。
学校の連中、度肝を抜くぞ。」
士郎が可笑しそうに笑っているとアーチャーが声を掛ける。
「小僧、飲み物が足りない。
何か買って来てくれないか?」
「いいよ。」
「では、私も。
まだ、倒していない敵も居ますので。」
「そうだった。
じゃあ、行って来る。」
士郎とセイバーは、商店街へ向け衛宮邸を後にした。
…
商店街までの道は、夕闇に覆われ始め、空気も冷え始めていた。
本日は、バイトもお休みの日。
学校が休校のため、明日以降も暫くお休みにしようかと士郎は考えていた。
「シロウ、今回の聖杯戦争は、何処かおかしい。
聖杯に対する願望を持っている者が少ない。」
「なんだ? 自分だけ違う感じがして嫌になったか?」
「…………。」
「正直に言えば、自分が浅ましく感じます。」
「まあ、俺も同じ事を考えたけどな。」
「シロウも?
・
・
私が浅ましいと……。」
「そうじゃない。
聖杯戦争は、本来は、もっとドロドロとしたもののはずだって。」
(そっちの方でしたか……。)
「その通りです。
一族の悲願が懸かっているのですから、
魔術師達は生死を懸けて戦います。」
「今回って、その辺が薄いんじゃないの?」
「薄い?」
「俺はさ。
遠坂みたいに若いのは、稀で。
もっと老けた魔術師が参加するとばかり思ってた。
そういう頭固くなってる連中が、
『一族の悲願だ』とか『自分の研究の成果だ』とか言って参加する。」
「間違いではないでしょう。」
「そういう思想って若い内より、
歳とって思い詰めないと熟成されないんじゃないの?」
「一理ありますね。」
「だろ?
だから、遠坂や桜は、そういった意味じゃ若過ぎるんだよ。
それに、歳とってないから『これが最後だ』とか考えないんだよ。
だって、まだ寿命は、たっぷり残ってんだから。」
「シロウ……。
寿命は、関係ありませんよ……。
戦争は、生死を懸けた殺し合いなのですから。」
「……そうだった。
なんとなくで生き残ってたから、つい自分は死なないものだと……。」
「危ないですね。
素人の陥り易い勘違いですよ、それは。
貴方も体験したでしょう?
傷つけば痛みも伴うし、血も出るのです。」
「すまん。
緩んでた。
しかし、この国では、誰もが戦いに慣れていないのは確かなんだ。
ここ、50年ぐらい戦争はないんだ。」
「凄いですね。」
「だから、常に周りに戦いがないから緊張感が持続しない。」
(シロウは、それとは無関係で緊張感が持続しない気もしますが……。)
「でも、戦国時代の時は、15歳で元服といって大人の仲間入りしてたから、
歴史上、常に緩んでいた訳じゃない。
なんかの漫画で言ってたな……人間の歴史はワルツの様だって。
革命→戦争→平和を繰り返すだったっけ?」
「話が逸れましたね。」
「すまんな。
で、この聖杯戦争が、野望がなくておかしいのは分かったけど。
マスターが若過ぎるで、いいのか?」
「それも一概には言えません。
呼び出されるサーヴァントが願いを望んでいるかもしれない。
それに召喚を行う以上、マスターにも理由が存在するはずです。」
「遠坂の召喚は、桜のためだもんな。
遠坂は、アーチャーに聖杯を譲るのかな?」
「そこは分かりません。」
「多分、ライダーとは、もう戦わないだろうな。」
「はい。」
「そうなると最後の一人にまでならないよな?」
「そういえば、そうですね。」
「仮にさ。
サーヴァントが誰も居なくならないで、
戦わなくていいという状態になったら、聖杯戦争って終わるのか?」
「…………。」
「考えた事もありません。
どうなるのでしょう?」
「聖杯が現れている期間とかって決まってんのかな?
俺は、どっちかというとサーヴァント召喚の待ち期間と捕らえてるんだけど。」
「…………。」
「確かに一度呼び出してしまえば、システムの後方支援で、
マスターの魔力以外の補正が入っているはずです。
多分、この冬木という霊脈を利用しているのでしょう。」
「つまり、一度呼び出して聖杯戦争を終わらせなければ、
システムのバックアップで、ずっと居られるんだな。」
「しかし、そんな妙な事態になりますか?
仮にも戦争ですよ。」
「セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカーに至っては、
戦わなくても良さそうじゃん?」
「まさか……。
貴方は、残り三人のサーヴァントを説得するつもりですか?」
「……なるほど。
そういう考えも有りか。」
「そんな事が出来るとは思えません。」
「それは、後で考えよう。
もう、半分達成出来たんだし。」
(楽観的な……。)
「今は、桜だ。」
「そうでしたね。」
「対策は、一通り立てたけど、やはり魔術書の類は、
遠坂の知識を借りないと解決しないだろう。」
「ええ、私達には解読出来ない文字が多過ぎる。」
「後さ。
桜に気を遣って話してないけど、
桜自身は、自分の体の事を知っているはずだよな。
話すべきなのかな?」
「それは、リンに任せるべきでしょう。
彼女は、サクラの姉であり、ライダー以上に長い月日を思い続けて来た。
その問題を話すのも治療して期待に応えるのも、リンであるべきでしょう。
我々は、助力をしても横槍を入れるべきではありません。
シロウは、リンに話すつもりなのでしょう?」
「そのつもりだ。」
「では、我々は、リンが魔術書を紐解いている間、
サクラの心をもっと開いてあげるべきです。」
「……それがいいかな?」
「はい。
だから、私も、先ほどはテレビゲームなるものを一緒にしたのです。」
「ああ……あれね。
セイバーもライダーも、はっちゃけ過ぎてた。」
「あれは、ワザとです。
ライダーと示し合わせて、私達が先導したのです。
サクラは、積極的な方ではありませんので、
私達が行動を起こせば無理にでも賛同します。
無理やりではありますが、私達なりに考えた結果です。」
「なるほど。
俺は、セイバーのネジが飛んだのかと思った。」
「そう思うなら反省してください。」
「なんでさ?」
「私達の行動は、貴方を参考にしています。
ネジが外れたと思っているなら、それは、貴方自身の行動に原因があるのです。」
「…………。」
「あの行動に思い当たる節はあるが……。
俺の行動を参考にしていたのか……。
他人からは、ああ見えるんだな。」
「理解して頂けましたか?」
「ああ、やられるよりやった方がいい。」
「話を聞いていたのですか!?」
「俺の辞書にはミント同様に
『こりるとか反省するという言葉』は、載っていない。」
「最悪な理念です……。」
話をしながら歩いていると商店街に到着した。
…
商店街のスーパーで飲み物を購入する。
そして、増えた人数も考えて食料も購入する。
「両手が凄い荷物になったな。」
「あれだけの人数が増えましたからね。」
「賑やかな方がいいから、構わんがな。
この荷物だけは、なんとも……。」
「給仕係は、持ち回り制にした方がいいかもしれませんね……。」
大量の荷物を持ちながら公園を通り掛かると小さな影がブランコに座りながら空を見上げている。
士郎は、声を掛ける。
「どうしたんだ? 寒いんじゃないか?」
少女は、士郎に気付き駆け寄って来る。
「士郎、みーつけた!」
両手が塞がり無防備で受け止めた少女のおでこが士郎の鳩尾に直撃する。
セイバーは、あれは痛いと心の中で合掌する。
「……元気がいいのは良いが、鳩尾に飛び込むのはどうかと思うぞ。イリヤ。」
「大丈夫! ワザとだから!」
「…………。」
(話を聞いていませんね。)
イリヤは、不思議そうに士郎達の荷物を見る。
「何? この大量の荷物?」
「色々あってな。
人数が増えたんだ。
その食料調達の結果、こんな状態に……。」
「なんで、増えるの?」
「実はだな……。」
「シロウ! 敵に情報を漏らしてはいけません!」
「敵って……。
イリヤは、もう俺達の仲間じゃないか。
俺が不当なやり方でイリヤを嵌めて、アインツベルンの名に誓わせただろ?」
「そう……。
士郎に陥れられたの……。」
イリヤが、がっくりと項垂れる。
「本人が不当と自覚しているのが……。
救いと考えるべきなのか?
質が悪いと考えるべきなのか?
どちらにしても、いつも余計な所で葛藤させられる。
・
・
そんな事は、どうでもいい!
何故、情報を漏らすのですか!」
「イリヤって、魔術師のエリートなんだろ?
だから。」
「答えになっていない!」
「士郎は、分かってるわね。」
「魔術書の解読は、1人より2人の方が早い。」
「…………。」
「なるほど。」
「今度は、わたしが分からない。
なんで、二人は納得してんの?」
「イリヤスフィール。
無礼を許してください。
貴女は、私達の仲間です。」
「何!? なんなの!?
なんでセイバーが、突然、友好的になったの!?」
「まあ、簡単に言うと『これから一緒に重労働するから、よろしく』と。」
「何!? 重労働って!?
どうして決定事項みたいに話が進んでんの!?」
「大変だなぁ。
敗者って。
じゃあ、イリヤ。
一緒に行こうか? 夕飯ご馳走するから。」
士郎とセイバーは、イリヤの腕を左右でがっちりロックすると衛宮邸に向けて歩き出す。
「キャー! 攫われるー!」
「イリヤスフィール。
そんなに、はしゃがないでください。」
「喜んでない!」
「俺んちは、楽しいぞ。」
「気が向いたら寄るから!」
「今までの経過もお話しします。」
「もういい! もういいから!」
士郎とセイバーは、イリヤを……誘拐して帰宅した。