== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
左右の腕をロックされ、少しふてくされて歩くイリヤ。
しかし、直に自分から士郎とセイバーの腕を掴んで歩き出す。
そして、イリヤの口からポツリと言葉がこぼれる。
「久しぶりだな。
こういう風に歩くの。」
「俺もかな。」
「私もです。」
「士郎、わたしにお願いしたい事があるんだね。」
「そうなんだ。」
イリヤは、士郎とセイバーの手を解いて士郎の背中に張り付く。
そして、ワサワサとよじ登り、肩車の体勢で士郎の頭にしがみつく。
「やっぱり、バーサーカーより見晴らしは低いわね。」
「あの規格外の人と一緒にしないで下さい。」
士郎の言葉にイリヤは、笑顔を浮かべる。
「このまま、士郎の家まで連れて行ってくれたら、協力してあげる。」
「了解だ、お姫様。」
第48話 衛宮邸の団欒①
士郎は、肩車をしながら、イリヤに今までの経過を伝える。
士郎のデタラメな行動をイリヤは、可笑しそうに聞いている。
途中、セイバーが入れる落胆や怒気が、より一層可笑しかった。
「セイバーも大変ね。」
「はい。
気が休まる事がありません。
しかも、行動的には、最終的に丸く収まるので説教も出来ない。」
「してるじゃんか。」
「私は、不完全燃焼です。」
「それにしても、わたしの知らない内に色々あったんだね。」
「ああ、なんか戦わない事を念頭に置いてんのに
知らず知らずに最前線に居るんだよ。」
「でも、戦う相手が士郎の近くに居るんだから、仕方ないかな。
しかも、通ってる学校が戦いの場所だったんでしょう?」
「避けられない戦いだった。
知り合い全員が人質みたいなもんだから。」
「その後、そのサーヴァントのために死に掛けるなんて……。
士郎は、やっぱり馬鹿ね。」
「反論の余地もない……。」
「でも、嫌いじゃないな。
そういうところ。
セイバーの言った通りだもの。」
「ああ、この前、別れ際に言ってた……。
・
・
(ようやく、分かった。)
・
・
そうだな。
結果として、あの言葉の証明をする事になったな。」
「後は、その桜って娘の事を解決するだけなんだね。
確かに魔術書は、魔術師に任せるべきね。
任せて。手伝ってあげる。」
「ありがとう、イリヤ。」
イリヤは、士郎に微笑む。
しかし、イリヤの会話を聞いていたセイバーが、疑問を口にする。
「やけに素直ですね?」
「当然よ。
士郎が、その子をほっぽり出す様な事をしたら手伝わなかったわ。」
「しかし、それは2次要素でしかない。」
士郎の言葉にイリヤは、ギクッと肩を震わせる。
「どういう事ですか、シロウ?」
「きっと、余所の魔術書は、言ってみれば門外不出の秘密の宝箱だ。
それを俺という泥棒の大義名分を持って、堂々と閲覧出来るという訳だ。」
セイバーが、ジト目でイリヤを見る。
「士郎、それは言わないでよ。」
「知りたいのは、間桐の令呪のシステムの秘伝じゃないの?」
「もう! 士郎!」
「……抜け目がないですね。」
セイバーが溜息をつく。
「まあ、いいじゃん。
もう間桐はなくなるんだし。
その技術を御三家の二家が受け継げば。」
「うん、士郎!
いい事、言った!」
「しかし、ですねぇ……。」
「いっその事、遠坂が受け継いでるサーヴァント降霊の技術も教えちまえば、
冬木から聖杯戦争がなくなって願ったり叶ったりだ。」
イリヤは、うんうんと頷いている。
「貴方という人は……。」
「大体、迷惑なんだよ。
平和な日本で消滅させるような宝具で争うなんて。
やりたいなら、もっと人様に迷惑の掛からない砂漠の真ん中ででも、
勝手に戦争して殺し合えっての。」
「士郎って、本当に自分主義よね。」
「自分、大好きです。」
イリヤとセイバーが同時に溜息をついた頃、衛宮邸に到着した。
…
衛宮邸に着くと玄関をあがり、直ぐに居間に向かう。
障子を開けると夕飯の支度は全て終わり、全員が席に着いていた。
「飲み物だけじゃなくて、食料も調達して来た。」
「…………。」
「夕飯の準備は、全部終わったみたいだな。
ありがとう、アーチャー。
あと、悪いんだけど1人分追加してくれ。」
「…………。」
「どうした?」
沈黙を破り、凛が代表して声をあげる。
「『どうした?』って聞きたいのは、こっちだーっ!
その子は、誰よ!」
凛は、ビシッとイリヤに指を向ける。
「ん? ああ。
公園に居て寒そうにしてたから連れて来た。」
凛のグーが、士郎に炸裂する。
「幼女誘拐かーっ!?」
「違うわ! 知り合いだ!
・
・
紹介する。
イリヤ…………アインツベルンだ。」
今度は、イリヤが、士郎にグーを炸裂させる。
「もう! また、名前忘れたの!」
「すまん……。」
「ちょっと、待った!
今、アインツベルンって言わなかった?」
「言ったけど。
イリヤの魔力を感じれば、気付くもんなんじゃないのか?」
再び、凛のグーが炸裂する。
「気付かないわよ!
この家の結界に、何も反応なかったじゃない!」
「結界?
この家にそんなもんがあるのか?」
「あ~~~!
そうだった。
コイツは、魔術師じゃなかったんだ!」
「溶けるのか?」
「そんな物騒なもんじゃないわよ!
敵意の持った人間の侵入に警報が鳴るのよ!」
「へえ。」
「そんな事より!
何故、アインツベルンのマスターが、ここに居るのよ!」
「公園に居て寒そうにしてたから連れて来た。」
「そうじゃない!
どうして、敵がここに居るのよ!」
「いや、結界に反応ないなら違うんだろ?」
「が~~~!
訳分かんない!」
「シロウ……。
また、リンをからかっているでしょう?」
「分かるか?」
ブチッと何かが切れる音がする。
凛は、士郎にローリングソバットを華麗に決める。
「分かる様に説明しなさい!」
「……はい。」
その後、士郎は、正座をさせられて凛に説明をする。
夕飯は、士郎と凛を置いて慎ましやかに開始する。
そして、その輪には、当然のようにイリヤが含まれていた。
士郎の説明を聞きながら、アーチャーがセイバーに声を掛ける。
「まさか、私達の知らない間にバーサーカーに勝利していたとは……。」
「あれは、バーサーカーに勝利したのではありません。」
「士郎の計略に、わたしが負けたの。」
イリヤが、自分の非を認める。
ライダーは、それでも感嘆の声をあげる。
「しかし、人の身でバーサーカーの攻撃を受け切るとは……。」
「シロウの話では、バーサーカーの攻撃が読めた様です。
イリヤスフィールの『手加減しろ』の命令と狂化による攻撃力向上は、
矛盾した命令であったため、動きに戸惑いが表れたそうです。」
「なるほどな。
動きが分かれば躱せるかもしれない。」
「士郎自身の能力も高いのですね。
いくら動きが読めても、英雄の動きについて行くのですから。
私の投擲が、士郎に弾かれたのも納得がいきます。」
アーチャーは、自分の過去を振り返っていた。
自分は、あの時、8年間の間、地獄のような魔術の特訓をしていた。
それは常識を超えた方法だったが、魔術回路を常人以上に鍛え上げる結果に繋がった。
与えられた基礎を目的のために愚直に繰り返し、何かに特化するのは、衛宮士郎の特徴だったような気がする。
(この世界の衛宮士郎は、魔術を持たない。
しかし、根本が同じなら、何かに特化した特訓をしていたのかもしれない。)
士郎の話が一段落すると、今度は、アーチャーの料理に話が移る。
セイバーが、料理の感想を漏らす。
「この煮物は、とても美味しい。
具の一つ一つに味が染込んでいる。」
「君に褒めて貰えるのは、感激の至りだ。」
「しかし、和洋折衷になっているのは何故でしょう?」
「私なりの配慮だ。
呼び出されるサーヴァントが、同一の国なら良いのだがな。」
「なるほど。
アーチャーのお陰で、世界中の料理を口に入れる事が出来る。」
満足そうに料理を口に運ぶセイバー。
イリヤとライダーは、複雑そうな顔をしている。
そして、疑問をアーチャーにぶつける。
「あなたは、本当にサーヴァントなのですよね?」
「無論だ。」
「う~ん。
料理の達人の英雄か……。
実は、歴史の中で腹ペコの国民を餓死から救い出した料理の鉄人の英雄とか?」
「イリヤスフィール……。
それではアーチャーの武器は、何になるのですか?」
「わたし、テレビでピザをフリスビーみたいに投げてるの見た事ある!」
全員の頭の中で敵と戦うアーチャーが、ピザ生地を投げる姿が浮かぶ。
暫く笑いを堪える作業で沈黙するが、直に皆耐えられなくなる。
「私は、一体どんな英雄なんだ!?
その様な戦い方はしない。」
「しかし、やられた方のサーヴァントは焦りますね。」
「セイバー……。
君も悪ノリし過ぎだ。」
「でも、なんで、料理が得意なの?」
「別に苦手である必要はあるまい。
戦いばかりの中で、上手い料理が食べられるのも悪い話ではなかった。」
「ええ、よく分かります。
私も、あの時、この料理があれば勝てたという戦が思い浮かびます。」
「私は、皆が喜んでくれればいい。
・
・
私の料理の味は、どうかな?」
アーチャーは、桜とイリヤに質問をする。
「とっても美味しいです。
わたしは、料理をしませんから。」
「悔しいけど、美味しい。
アインツベルンのメイドの料理が、
一兵士の料理に負けるなんて思わなかった。」
アーチャーは、満足そうにお茶を啜り、イリヤは、メイドへの料理特訓を密かに胸に抱いた。
…
士郎の凛への説明も終わりに近づいていた。
・
・
という訳で、今に至る訳だ。」
「よく分かったわ。
あんた、天性のトラブルメーカーね。」
「そうなんだ……。
セイバーやライダーとかが悪いサーヴァントなら無視も出来るんだが、
人の道のど真ん中を行く行動だろう?」
「そうね。
あんたが滅茶苦茶やるから影に潜んでいたけど、
魔術師でもないあんたが、実は、一番の被害者だったわね。」
「そうだ。
バーサーカーにも殺され掛けてる。」
「……よく生きてたわね。
結界にも引っ掛かるし。」
「そうだ!
溶かされ掛けているんだ!
そして、そのサーヴァントへの人道支援!」
「…………。」
「まあ、士郎だからいいわ。」
「オイ!」
「セイバーと契約した時から、覚悟は出来てたんでしょう?」
「お前に話したよな? 経緯?」
「…………。」
「お腹空いちゃった。
夕飯食べましょう。」
(こういう流れになる事は、分かってたさ……。)
士郎は、凛の後を追ってテーブルへと向かった。
…
凛と士郎が、固まっている。
「終わりましたか?」
「長かったですね?」
「美味しかったよ!」
「私も作った甲斐があった。」
返ってくる返事は、全て過去形である。
「わたしの夕飯は!?」
「俺の分は!?」
テーブルの上は、綺麗になくなった皿だけが残る。
「落ち着け、遠坂。
イリヤが加わったとしても、一人分多いんだ。」
「そうよね。
何処かに残っているはずよね。」
「…………。」
目が泳ぐ。
「まさか、サーヴァントが『もう、ありません』なんて
ベッタベタな落ちを用意している訳ないさ。」
「そうよね。
そんな使い古された展開……。」
「もう、ありません。」
セイバーが、言葉の宝具で問答無用の止めを刺す。
「ありえねーっ!
俺が、一番栄養取らなきゃいけないのに!
俺の血がーっ!」
「英霊って、なんて図太い神経してんのよ!
マスターの命令がなければ、何でもありかーっ!?」
喚き散らす、士郎と凛。
そんな中、唯一の理解者が救いの手を差し出す。
「あ、あの……。
おかず少しだけど、避けて置きました。」
桜が、一皿分の盛り合わせをそっと差し出す。
「桜~!
流石、わたしの妹だわ!」
「本当だ。
どこかの馬鹿サーヴァントとは、大違いだ。」
(((馬鹿サーヴァント!?)))
しかし、ここで再びの沈黙。
飢えた2人の戦いが切って落とされる。
「遠坂……。
女の子は、体重管理とか大事じゃないか?」
「お生憎様。
わたしの管理は完璧よ。
これは、許容範囲内の摂取量よ。」
「そうか。
・
・
俺は、お前の妹のために、妹のサーヴァントに血を提供していてな……。」
「ありがとう。
この言葉には、万にも匹敵する感謝が込められているわ。」
「…………。」
「素直に言おう。
これは、俺が食べる。」
「譲れないわね。
わたしは、学校での救済活動で魔力を使ったの。
新たな活力を体に注ぎ込まなければいけないわけ。」
一つの皿を前にバチバチと火花を飛ばす飢えた獣達。
士郎の袖をクイクイと誰かが引っ張る。
「ハイ、士郎の分。」
「イリヤ……。
お前だけだ!
俺の事を本当に理解してくれるのは!」
「ううん。
お礼なんていいの。
お兄ちゃんは、わたしの命の恩人だもん。」
飢えた獣達に餌が与えられる。
しかし……。
「なんじゃこりゃーっ!?」
「わたしの嫌いな野菜だよ!」
「肉は?」
「ないわ。」
士郎は、凛に振り返る。
凛は、我関せずで食事を始めている。
残された士郎は、野菜スティックをかじる。
「適度な細さが噛み切り易い強度に保たれた絶品だ。
付け合せのドレッシングも悪くない。」
『おお』と居間に声が漏れる。
「……が。
こんな扱い我慢出来るかーっ!
こうなったら!」
士郎は、立ち上がり受話器を握る。
「すいません。
ピザの配達をお願いしたいんですけど。
・
・
「流石、シロウ。」
「自分主義。」
「まあ、この扱いを受けては……。」
「シロウ、自分だけでなく我々の分も。」
「まだ、食うのか!?」
衛宮邸の夕飯は、まだまだ続く。