== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
宴の後……。
あれを夕飯とは、誰も言えなかっただろう。
エスカレートしていく居間……。
『飲酒解禁』『マスターの暴走』『バーサーカーの現界』etc……。
今日から明日に変わる時間、士郎は、例によってアインツベルンに電話を入れる。
セラとの第2戦の幕開けである。
第49話 衛宮邸の団欒②
何度目かのコールの後、電話が繋がる。
楽しい事が始まるとイリヤは、スピーカーのボタンを押す。
セイバーを除く全員が、何が始まるのかと聞き耳を立てる。
『ハイ。』
「……セラか。」
『また、貴方ですか。
衛宮士郎。』
「また、イリヤを預かっている。」
『そんな事だと思いました。
貴方は、お嬢様の魅力に魅入られた獣のようですね。』
「相変わらずの毒舌だな。
アインツベルンは、メイドの教育が成っていないようだ。」
…
セイバーにライダーが話し掛ける。
「何なんですか?
この殺伐とした対決姿勢の会話は……。」
「ええ、私は、これで2度目になります。
会話しているのは、イリヤスフィールのメイドなのですが、
シロウとの相性は最悪です。」
セイバーの落胆する雰囲気に覚えがある全員は修羅場を予感する。
…
『貴方程度の俗人に高貴なお嬢様に仕えるメイドの教育など、
お分かりになるとは思えませんが?』
(きついわね……。
電話の相手に、ここまで切って捨てるなんて。)
「ほう。
そのお嬢様は言っていたぞ。
『一兵士の方が料理が上手い』と。」
『何を馬鹿な……。』
「己を恥じるがいい。
セラは、負けたのだからな。
お前の負けは、アインツベルンの負けだ。」
(いや、どう考えても、そんな大それた事にはならないわよ。)
(士郎は、今日も絶好調ね。)
(イリヤスフィールが訪れた時の恒例の儀式みたいになって来ました。
どちらかと言うと悪魔系の儀式ですが……。)
『まさか、貴方ごときに遅れを取るとは……。』
(以外に素直だな……セラという人物。
小僧の嘘かもしれんというのに。)
「俺は、料理をしていない。
今日、料理をしたのは俺の部下だ。」
『くっ!
私は、二番煎じに負けたのですか!?』
…
赤い主従が、怒りを灯す。
「あの馬鹿!
私は、いつお前の部下に成り下がったというのだ!」
「人のサーヴァントを勝手に!」
「シロウは、その場の勢いで言っていますから、
真面目に考えると持ちませんよ。」
「まだ、続くんですか……。」
セイバーの言葉に、桜は、少し怯えた声で呟く。
…
「本題を話したいのだが、いいか?」
『ええ、承ります。
今回の怨恨は、必ずリベンジします。』
(第1ラウンド終了かしら?
ポイントでは、士郎がリード?)
「イリヤを2,3日借り受けたい。」
『は?
何をおっしゃっているのです!?』
「アインツベルンの魔術の知識が必要なんだ。」
『余所の魔術師の知識を
おいそれと公開出来る訳ないでしょう?』
「そこは、分かっている。」
『では、一体何なのです?』
「俺は、御三家の間桐の魔術書を手に入れた。」
『な!?』
「その解読にイリヤの力を借りたい。」
…
凛が、セイバーに話し掛ける。
「本当?」
「はい。
本棚から全て持ち出しました。」
「それって魔術師としての禁を侵してるわよ。」
「士郎の言い分だと
自分は魔術師じゃないから、いいそうです。」
「デタラメね。」
電話の声も同じ事を指摘する。
…
『それは、魔術師として如何なものでしょうか?
そんな事をすれば、他の魔術師達から罵倒されますよ。』
「セラ……。
俺は、魔術師じゃない。
しかも、こんな偏狭の東の地の出来事が伝わると思うか?」
『それは……。』
…
凛が頭を押さえる。
「冬木の管理人として、どうなんだろう?
魔術師の領域を侵す事態が目の前で行われている。
しかも、そいつは、アインツベルンを巻き込んで誘惑しようとしてる。」
…
士郎の悪魔の囁きは止まらない。
「大丈夫だ。
罪は、俺のせいにすればいい。
間桐が、なんと言おうとだんまりを決め込めばいい。」
(だんまりも何も、臓硯は、倒してしまったではないですか……。
いや、シロウの事です。
それを知っていて、セラを落とそうとしているに違いありません。)
『しかし、お嬢様は……。』
「イリヤも、了承済みだ。
『上手くいけばアインツベルンは、冬木に来ないで独自の道を開拓出来るかも』と言っている。」
…
イリヤは呟く。
「わたし、言ってない。」
「そうですよね……。
シロウが勝手に話した事です。
それが、イリヤスフィールが言った事に摩り替わっている。」
…
『分かりました。
アインツベルンは、密かに手を貸しましょう。』
…
「遂にアインツベルンが落ちたわ。
冬木の管理人の前で、堂々と密約が交わされたわ。」
…
「冬木の管理人は、任せてくれ。
俺は、アイツの弱点を知っている。
アイツも巻き込んで共犯にする。」
『衛宮士郎……。
貴方が、こんなに頼もしいとは思いもしませんでした。』
…
「弱点って、何よ?」
「気になりますね。」
「凛、ここで問い詰めない方がいい。
この場に居る全員に聞かれる。」
「そうね。
後で、ゆっくりとアイツの体に制裁という問い掛けで聞くわ。」
…
「問題は、イリヤの着替えとかなんだが……。」
『安心してください。
改築から全てをあわせて、二時間で何とかして見せます。』
「待て!
俺の家を改築するのか!?」
『当然です。
お嬢様には、相応しい場所を用意しないといけません。』
「いやでも、ご近所に迷惑も掛かるし……。
家は、武家屋敷だから……。」
『抜かりはありません。
見事に改築して見せます。
それに……これが通らないようであれば、条件は飲めません。』
「っ! 了解だ。
ただし、一部だぞ!
角部屋だけだからな!」
『お任せください。』
…
赤い主従は、首を傾げる。
「変な流れになって来たわね。」
「揚子江とアマゾンが合わさった位にな。」
…
『では、二時間の時間を頂きます。』
「分かった。」
『…………。』
「どうした?」
『衛宮様。
一つ、お礼を言って置きます。』
(衛宮様?)
『先日、頂いた絵です。』
「ああ、あれか。
鉛筆のデッサンだぞ?」
『はい。
モネやフェルメールなどの巨匠に比べれば、足元にも及びません。』
(モネ? フェルメール?
ナディアのネモ船長しか頭を過ぎらん。)
『しかし、あの絵は、温かくていいものです。
額に飾って大切にしてあります。』
「そこまでして貰わなくても……。」
『あの絵には、私達が居ます。
それだけで大切な宝物なのです。
お嬢様、リズ、バーサーカー、私。
もしかしたら、誰一人として存在しなかったかもしれないのです。』
「?」
(そういえば、イリヤは、やけに嬉しそうだった。)
『ありがとうございました。では。』
電話は、プツリと切れた。
「なんだ?
最後に強烈なカウンターを喰らった気分だ。」
不思議がっている士郎の顔を見ながら、イリヤは、セラの気持ちが分かっていた。
作られた者の定め。
それは、創造者の気まぐれで自由にされる。
『あの絵には、私達が居ます』その言葉には、どれ程の思いが込められていたか。
士郎は、首を傾げてイリヤに話し掛ける。
「セラが変だ……。」
「セラは、優しいよ。
ただ、一生懸命だから言葉もきつくなるだけ。」
「俺限定って事はない?」
「少しある。」
「なんか事情があるのかな?
まあ、いいや。
・
・
それより、二時間で改築って、どんな魔法だ?」
「そろそろだと思うよ。」
外では、けたたましい音が始まる。
まるで、何かが大量に駆け抜けて行くようだ。
「イ、イリヤ……。
これは?」
「分かんない。
多分、セラがお金に物を言わせてやってると思う。」
「…………。」
「アインツベルンって、サーヴァント呼ばずにセラを戦わせれば?」
「フフ……。
それもいいかも。」
「それにしても……。
俺以外は、動じないな。」
「みんな落ちてんのよ。」
「え?」
「士郎もお酒飲んだみたいだけど、
他のみんなの前をよく見てよ。」
テーブルには、山がある。
もう、誰が飲んだか分からない量である。
「俺は、自分が弱いの知ってるから飲まなかったけど。
イリヤは……未青年か。
遠坂は……自分でリミッター外してたな。
サーヴァントの連中は……何故か飲み比べの対決になって酔い潰れたんだ。
コイツら、この体たらくで、どうやってマスターを守るんだ?
・
・
そうだ! 桜は!?
アイツは、この家の唯一の真人間だ!」
「真人間だから、真っ先に凛に潰された。」
士郎は、がっくりと跪く。
「馬鹿ばっかだ……。
いや、おかしいだろ!?
さっきまで、普通に突っ込んでただろ!?」
「途中に『…』が、あるでしょう?
あの時、士郎が言った事件が起きてたのよ。」
「誰に伝わるんだ?
そんな微妙な設定……。」
「いいじゃない。
改築済むまで、ゆっくり話でもしましょう。」
「いいけどさ。
なんで、コイツら静かになったわけ?」
「士郎は、何も知らないのね。
酔っ払いは、放置されると寂しくて寝てしまうのよ。」
「そんな設定初めて聞いた。」
「よく覚えて置くといいわ。」
「なんか、どんどん聖杯戦争から離れて行くな。」
「それはそうよ。
マスターとサーヴァントが4組も居て戦わないんだから。」
「挙句の果てに宴会して酔い潰れて……。
俺、初日にこっ酷くセイバーに怒られたんだけどな。」
「見る影もないわね。」
「大体、バーサーカーと飲み比べして勝てる訳ないんだよ。」
「体積からして違うもんね。」
「その通りだ。
アルコールを分解する肝臓がでかいんだから、勝負にならんだろう。」
一息つくとイリヤは、真剣な顔になる。
今、この場には、士郎とイリヤしか意識を覚醒させている者は居ない。
「…………。」
「士郎、そろそろ本当の事を教えて。
どうして魔術書を解読するのか。」
士郎は、周りを確認するとイリヤにそっと話し出す。
「本当は、遠坂にも一緒に聞いて欲しかったんだけど。
桜の体についてなんだ。」
イリヤは、桜の髪の色を見る。
「人体の修正を受けているのね。」
「そう。
臓硯から奪った資料を見て、なんとかなりそうなんだけど。
完全な解読は、俺や他のサーヴァントじゃ無理なんだ。
そうなると生粋の魔術師に頼むしかなくて……。」
「なるほどね。」
士郎は、桜を見て溜息をつく。
そして、魔術師に対する本音が少し漏れる。
「俺、魔術師って、よく分かんないよ。
そこに自分があって自分がないようで。」
「難しい例えね。」
「だってさ。
一族の積み重ねて来たものを完遂させるために自分を犠牲にしている。
確かに自分の選んだ道だけど、自分の意思がないようでさ……。
しかも、目的達成のためには、なんでもありで事を進めてる。
聖杯戦争にしろ、人体修正にしろ、他人に迷惑掛けなきゃ達成出来ない。」
「否定出来ないわね。」
「な~んで、そんな生き方しちゃうかな?
人より一歩秀でた存在が魔術師なんだからさ。
そう思うと一般人として、同じ弱者の桜をなんとかしたくなっちゃうわけ。」
「生まれた時から、それを当たり前って思っちゃうと
士郎みたいに考えられなくなっちゃうかな?
周りが魔術で染まっているから、普通の人の事を忘れちゃうの。」
「でも、俺は、イリヤと話をしていて楽しいぞ。
これは、共通の思いなんじゃないか?」
「うん。
そうだね。
わたしも士郎と話すと楽しい。
・
・
違うかな……。
士郎と話して楽しい事に気付いた。
こんな馬鹿みたいな事は、周りで起きないもの。」
「じゃあ、今、気付いてよかったな。」
「うん。」
「俺は、魔術師じゃないから何も知らない。
だから、分からなくても出来なくても、なんとかしたいと暴走する。
最後は、結局、他力本願で行動を実行する。
・
・
すまないねぇ、イリヤにはいつも頼ってばかりで。」
「お兄ちゃん、それは言わない約束でしょう?」
「…………。」
「ここで悪代官でも出てくれば、話が進むんだがな。」
居間の障子が開き、白いメイド服の女性が現れる。
「お嬢様、全て終わりました。」
「悪代官の登場だ。」
「誰が悪代官ですか! 衛宮士郎!」
「セラは、俺を見て分かるんだな。」
「当然です。」
「そっちの赤いのが
衛宮士郎かもしれんだろう?」
「小物を見極める選定眼は、持ち合わせています。」
「相変わらずだな……。
いや、想像通りの人物だ。」
士郎とセラの間に、イリヤが割って入る。
「セラ、ありがとう。」
「お嬢様、私も、ここでお世話をします。」
「大丈夫よ。
お城のリズも一人だと心配だし、大事な物の管理はセラのお仕事よ。」
「…………。」
「分かりました。
衛宮士郎、くれぐれもお嬢様に粗相のないように!」
「分かった。
・
・
それにしても、二時間どころか30分ぐらいだぞ?」
「一般庶民には分からない事もあるのです。
ああ、ついでに庭も直しました。
バーサーカーが暴れた後だったようなので。」
「それは助かった。
ありがとう。」
「意外ですね。
貴方は、礼も言えない人格破綻者だとばかり思っていたのですが。」
「何を参考にして、そういう判断に至ったんだ?」
「貴方の言動とお嬢様の話からです。」
「なんか聖杯戦争が始まってから、変な二つ名が増えていくな。」
「これで貸し借りはなしです。」
「貸しなんてあったか?」
「ええ、確かに返しました。
では、お嬢様。
失礼いたします。」
白いメイドは、一礼するとそそくさと引き上げて行った。
「凄いな……アインツベルン。」
「そう?」
「なんでもありだ。
聖杯要らないじゃん。」
「魔法を完成させるには必要なのよ。」
「分からん。
やっぱり、魔術師の考える事は分からん。」
混乱する士郎の横で、イリヤが目を擦り欠伸をする。
「士郎、わたし眠くなっちゃった。」
「そうだな。
この酔っ払い共は、このままにして寝ようか?」
「うん。」
「でも、その前に……。」
士郎は、泥酔して爆睡している面々の手足を紐で繋ぐ。
居間の中に巨大な綾取りが出現する。
「さあ、寝よう。」
「顔に落書きでもするのかと思ったけど……。
士郎は、斜め上を行くわね。」
「明日が楽しみだ。」
「早起きしなきゃね!」
「いやいや、きっと叫び声が目覚ましになる。」
士郎とイリヤは、静かに居間を出る。
衛宮邸に見事に出現した洋風の扉に度肝を抜かされながら、士郎とイリヤは、床に着いた。