== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
士郎は、凛と別れた後、風呂場に向かう。
昨日からの疲れを体の汚れと一緒に洗い流すために。
アーチャーは、霊体化するとそのまま屋根に向かい監視を始めた。
士郎は、脱衣場の扉を開けて固まった。
「下着が……。
女性の下着がある……。」
士郎は、見なかった事にして風呂場に向かった。
「あれ、今後どうしよう?
聖杯戦争終わるまで、アイツら居るんだよな。
俺が、一緒に洗濯していいのか?」
士郎は、湯船に浸かりながら葛藤し続けた。
第51話 間桐の遺産②
凛とイリヤは、士郎の部屋に来ていた。
件の魔術書は、士郎の部屋にあったためだ。
「さて、何処で作業しようか?」
「わたしの部屋は、ダメよ。
アインツベルンの魔術の知識が置いてあるんだから。」
「わたしは、荷物は持って来たけど、
まだ、自分の部屋にセットしてないのよね。」
「?」
「凛は、荷物持参して来たの?」
「だって、桜を殺されたと思ったから、
犯人探しの手伝いを士郎にさせるつもりだったのよ。」
(士郎に手伝わないの選択権はなかったのね……。)
「魔術書運ぶの面倒だし、ここで作業しましょうか?」
「そうね。
薬品の調合する訳でもないし。
本を解読するだけなら、机があれば十分だわ。」
凛とイリヤは、士郎に断りもなく部屋を占領し、魔術書の解読を始めた。
…
一方、居間では……。
セイバー、ライダー、桜が台所に立っていた。
「セイバー、料理をしようというのは構いませんが……出来るのですか?」
「いえ、出来ません。」
「…………。」
「サクラ。」
「は、はい。」
「貴女は、シロウやアーチャーが料理を出来るのが悔しくありませんか?」
「いえ、特には……。」
「私は、アーチャーは、まだしも、シロウの料理が美味しいのが納得いきません。」
「美味しい料理が食べれていいと思いますけど……。」
「セイバー。
私は、あなたの言っている事が少し分かります。」
「ライダー?」
「桜、あのデタラメな士郎が料理を作っているのですよ。
我々に出来ないのは、おかしいと思いませんか?」
「それは、日々の積み重ねなんじゃ……。」
「それもありますが、シロウ如きに出来たものを
我々、サーヴァントが、何日も掛けて身につけるものではないでしょう?」
「でも……。」
「桜、料理のレシピ本もあります。
この通りに作れば間違いありません。」
「そうです。
間食の時間に合わせて挑戦してみましょう。」
「どうせなら、三者三様で違うものを作り、食べ比べてみましょう。」
「わたしは、自信ありません。」
「では、始めましょう。」
この時、彼女達は、自分達が地獄の扉を開けた事に誰一人気付いていなかった。
…
風呂からあがり、士郎は、自分の部屋の襖を開ける。
「なんでさ?」
部屋は、凛とイリヤに占領され間桐の魔術書が散乱している。
「士郎、何しに来たの?」
「ここは、俺の部屋なんだが……。」
「今、わたし達が使っているから、隣の部屋を使って。」
「ここ狭いだろ?
本なら運ぶの手伝うからさ。」
「手伝う気があるなら、士郎が部屋を替えて。」
「…………。」
士郎は、隣のセイバーの部屋に追い出された。
「…………。」
「まあ、いいさ。
寝て血を作るだけだ。」
士郎は、畳に大の字で寝転ぶと寝息を立て始めた。
…
魔術書の解読は、解読の糸口も見つからない状態だった。
「全然、分からないわ。」
「まあ、直ぐに解読出来るとは思わなかったけど。」
「文字に手掛かりが有り過ぎて分からない。」
「そうなのよね。
イリヤが抜き出してくれた文字とわたしの抜き出した文字。
・
・
これ、どう見てもよく知っている魔術文字なのよね。」
「そう。
そういったものが、本のあちこちに散乱してる。」
「まさか、文字の中に文字を隠すとは……。
これ、意味が分かっちゃうから、先入観に囚われて混乱するわ。」
「はっきり言って、士郎が纏めたリストすら、どうやって纏めたか分からない。
付箋のページの挿し絵を見て、どことなく判断はつくけど……。」
「そうよね。
臓硯の手記も同じ文字が使われてはいるけど……。」
「…………。」
「魔術文字を使っているという事は、何か意味があるのかも。
意味を反対にしてみたりして試すしかないわね。」
解読は、困難を極めていた。
…
居間では、三人の料理が完成する。
台所は見るも無残な有様で、物がごちゃごちゃと散乱している。
「では、試食を……。」
「誰のものから試しますか?」
「…………。」
「自信はありますか? ライダー?」
「あなた以上には……。」
「では、見た目の悪い順という事で。
私、ライダー、サクラの順番で。」
三人の前に地獄の扉が置かれる。
「セイバーさん、この料理の名前は、なんですか?」
「確か……。
ホットケーキと書いてありました。」
「…………。」
三人は、無言で視線を合わすと頷く。
そして、地獄の扉Xを口に運ぶ。
「「「ガリッ……。」」」
「見た目ほどではないですね。」
「ええ、入れ過ぎた砂糖が、
ガリガリに焦がされてコーヒーの様な味がします。」
「なんとか食べれま……。」
桜が台所に走り出す。
セイバーとライダーが疑問符を浮かべながら、食べ進める。
そして、数秒後。
同じ様に、台所に走り出す。
「……凄く苦いです。」
「しかも、あれだけ焦げているのに何故か生生地……。
この生地が焦げて苦い……。」
「こんなはずでは……。」
台所で口を漱ぎ、水をコップ一杯飲み干す。
「次は、ライダーです。」
「セイバーのものは、見た目通りの結果でしたが、
私は、本に忠実に作りました。」
「期待出来ますね。」
「見た目も、本の通りですね。」
三人の前に、一口サイズに切られた第二の地獄の扉が置かれる。
そして、地獄の扉Yを口に運ぶ。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
三人は、台所に行って慎ましく処理する。
「噛み切れませんでした。」
「おかしいですね?」
「ライダー、何を作ったの?」
「ゼリーというものを……。」
「私の料理と甲乙付け難いですね。」
そして、残される桜の料理。
「食べるのやめませんか?」
「ダメです。」
「そうです。
我々だけ恥を晒して、サクラだけ逃げるなど。」
「失敗前提で、会話しないで下さい。」
三人の前に、第三の地獄の扉が置かれる。
そして、地獄の扉Zを口に運ぶ。
「「「サクッ」」」
「…………。」
「気のせいですかね?」
三人は、再度、口に運ぶ。
「味がしない……。」
「歯応え食感は、完璧なのに……。」
「クッキーを作ったつもりなんですが、
これじゃあ、小麦粉食べているみたいです。」
「あ。」
セイバーが、台所から蜂蜜を持って来る。
「何のつもりですか?」
「シロウが、『甘さが、欲しいならこれをかけろ』と持参したのを思い出しました。」
「あの時、蜂蜜を持っていたのは、そのためでしたか。」
セイバーは、小皿に蜂蜜を絞る。
そして、三人は、蜂蜜を少し付けて試食を再開する。
「悪くないですね。」
「しかし、一味足りないような。」
「塩気ですかね?
以前、食べた時は、若干の塩気があったような……。」
「すいません。
塩は、入れてません。」
ライダーが、お茶を啜り結論を出す。
「全員、失敗ですね。」
居間には、ズーンと暗い影が落ちた。
…
凛とイリヤは、本を投げ出して悩んでいた。
「意味を反対にしてもアナグラムみたいに置き換えても、
一向に意味が見えて来ない。」
「アインツベルンに伝わっている暗号解読を試しても分からない。」
「何か暴れたい気分……。」
「やめてよね、凛。」
「士郎は、どうやって見極めてリストを作ったのかしら?」
「リストぐらいなら、わたし達にも出来るわよ?」
「でも、話を聞くと士郎は、全部の本を数時間でリスト化したって。」
「これ全部!?」
「そうよ。
そのノートにあるリスト全部よ。」
「それって……やっぱり、ある程度意味を理解してないと
リスト化なんて出来ないんじゃないの?」
「わたしも、そう思う。
・
・
士郎に聞いてみようか?」
「でも、アイツは、これ以上読めないから、
わたし達に頼んだんじゃない。」
「でも、ヒントになるかもしれないわ。」
「…………。」
「そうね。
一歩も進んでいない今の状態よりは、マシね。」
凛とイリヤは、隣の部屋の襖を開ける。
士郎が大の字で寝ていると何だか腹が立って来た。
「ムカつくわね。」
「ええ。
わたし達が必死に解読してるって言うのに……。」
凛が、士郎を起こそうとして近づく。
「にぃえっきし!」
突然の士郎のくしゃみで転倒する凛。
「ん? 何だ?
どうしたんだ?
・
・
遠坂、パンツ見えてるぞ。」
寝起きで判断能力の落ちている士郎は、地雷を躊躇う事無く踏みつける。
凛のグーが士郎に炸裂する。
「って~~~!
何すんだよ!」
「あんたが、デリカシーのない事を言うからよ!」
「あれ?
なんで、ここに居るんだよ?」
「イリヤ、本当にコイツを当てにしていいの!?」
「わたしも自信なくなって来た。」
「なんなんだよ、一体。」
「士郎に聞きたい事があって。」
「俺に?」
「解読の事なんだけど。」
「俺、字読めないぞ。
特に横文字の類は。」
「知ってる。
でも、士郎は読めないのに
あの大量の本をリスト化したでしょう?」
「ああ、その事か。」
「どうやったの?」
「どうって……。
俺は、遠坂やイリヤのように字が読めないからさ。
みんな形で判断だよ。」
「形?」
「そう。
文字を文字と見ないで形として判断したんだ。
・
・
それに得られる情報は、挿し絵だけだろ?
だから、挿し絵の表題から、これっていうものを見つけてから、
その同じ形の多く載っているページを見て、
この本が、そういうものだって判断したんだ。」
凛とイリヤは、考え込む。
「その過程の手記は残ってる?」
「ノートの裏側から書いてあるよ。
俺、表は大事な事書いて、裏にはメモを取る癖があるんだ。」
凛とイリヤは、ノートの裏側を見る。
そして、パラパラと数ページに亘って書かれたメモ書きを読み進める。
「そうか。
この魔術文字自体が、魔術師を騙すトラップだったのよ。」
「生粋の魔術師なら魔術文字に目が行く。
でも、士郎のように分からない者が見れば、
ただの記号にしか見えない。
つまり、魔術文字=記号なんだわ。」
「おかしいと思ったのよ。
士郎如きがリスト化出来るなんて。」
「オイ!」
「そうよね。
士郎如きがわたし達より賢い訳ないものね。」
「こら、チビッ子!」
「士郎が馬鹿だから解読出来たのよ。」
「こら、赤いの!」
「そっか。
士郎が馬鹿でよかったわ。」
「人を馬鹿馬鹿と……。」
「助かったわ。
また、寝てていいわ。」
赤と白の台風が去ると士郎は、一人部屋に残された。
「なんなのさ?」
士郎は、覚醒してしまった意識で寝転ぶが眠りにはつけなかった。
凛とイリヤは、足掛かりを得ると水を得た魚のように解読を進め出した。