== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
凛とイリヤは、解読を快調に進めていく。
新たな魔術文字を記号に置き換え、判明した記号に意味を付け加える。
士郎のノートには、新たなページが加えられていく。
暗号化の記号とパターンを掌握すると、優秀な魔術師二人の作業は止まる事無く滑らかに手が動き続ける。
「悔しいわね。
このノート。
二割ぐらい解読済みだったわ。」
「ええ、魔術師どうこうじゃないわ。
士郎のあの能力は。」
「ただ、本人が学校のテストで赤点を取らない事にしか使っていないのよ。
解読に苦労していたわたし達のプライドを傷つけるわよね。」
「なんて無駄な使い方を……。」
凛とイリヤは、解読の手応えとともに士郎に対する怒りと脱力を感じていた。
第52話 間桐の遺産③
凛とイリヤは、一息つくために居間を訪れる。
居間には、炭屑とゼリーとクッキー、そして……蜂蜜。
「あら、おやつ用意したの?」
「一息入れたかったんだ。」
凛は、クッキーを摘まみ、イリヤは、一口サイズのゼリーを口に放り込む。
「「「あっ!」」」
居間で落ち込んでいた三人は、止めるタイミングを逸してしまう。
「姉さん、直ぐ吐き出してください!」
「イリヤスフィール、貴女も!」
「「?」」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
凛は、何とか飲み込むが、イリヤは、台所で慎ましく処理する。
「「何のトラップよ!!」」
「違うのです!
シロウとアーチャーが、簡単に料理をするので
我々も挑戦したのです!」
「そして、食べ比べてみたのですが……。」
「姉さん達と同じ様な事になって……。」
「そういうものは、サッサと処理する!
悲劇は、悲劇しか呼ばないわよ!」
「アインツベルンのレディがする事じゃないわ!」
一息つきに来たはずが、何故かお説教をする二人。
そして、それを甘んじて受ける三人。
その妙な叫び声に頭を抱えて監視を続けるアーチャー。
「真面目に監視するのが、馬鹿らしくなって来た。」
衛宮邸に真人間は、少なくなって来た。
…
目が覚えて眠れなくなってしまった士郎は、セイバーの部屋を物色する。
と、言っても、2,3日前に現れたセイバーの私物などある訳もなく、出て来るのは自分のものばかりである。
そんな中、机の上に綺麗に並んだ7匹のライオンに目が移る。
「この前、取ったヤツか……。
暇だし、これを改造するか……。」
士郎は、裁縫道具を取り出すと1匹のライオンの頭の縫い目を解き始めた。
…
20分の休憩の後、凛とイリヤは、居間を出る。
「エライ目にあったわね……。」
「ええ、士郎にだけ気をつければと安心し過ぎていたわ。」
溜息をつく二人だが、イリヤは、凛が、何処か嬉しそうに見えた。
「どうしたの?
少し嬉しそうだけど?」
「ちょっとね……。
失った時間って取り戻せるんだなって。」
「桜の事?」
「うん。
正直、怖かったんだ……。
わたしも桜も時間が経ち過ぎていたから。
・
・
直ぐに元通りにはならない……いえ、過去を消せないのだから元通りにはなれないわね。
この十数年の変化をお互い受け入れる事が出来るか怖かった。
気持ちがいくら望んでも、叶わないかもしれないから……。
・
・
でも、『桜とああいう思い出があればよかった』『こういう思い出があればよかった』
そう思っていた時間が、さっきの居間にはあったの。
失った時間にあったはずのものがね……。」
「そういう意味ね……。
凛は、桜が居てよかったわね。」
「ええ……。
本当にそう思う。
・
・
だから、きっちりと仕上げるわよ!」
「凛、感謝しなさい。
アインツベルンが、こんな小事に力を貸すのだから。」
「分かってるわよ!」
(失われ時間を取り戻すか……。
わたしは、士郎との時間を取り戻せるのかな?)
凛とイリヤは、士郎の部屋に戻ると作業を再開した。
…
凛とイリヤが部屋に戻って来た事を隣に居た士郎は音で判断する。
20分の間にライオンの子供は、鬣を生やした大人のライオンに変わっていた。
士郎は、そのライオンを並んでいるライオンの真ん中に置く。
「目立つな……。
まあ、鬣が増えただけだし。
他のところもいじろうかと思案したが、これぐらいが限度だな。
考えた時間の方が無駄に長かった。」
士郎は、欠伸を一つする。
「単純な作業をして眠くなって来た。
もう1回、血を作ろう……。」
士郎は、再び大の字で眠り始めた。
…
居間のセイバー、ライダー、桜は、2匹の魔獣に叱られて、盛大に荒らした台所の片付けに入っていた。
「まさか、叱責が飛び火して、
台所を即座に片付ける羽目になるとは……。」
「どちらにしろ、私達は、お菓子を堪能して寛ぐ時間がなかったのですから、
結果的には、同じ状況になっていたでしょう。」
「フォローになっていませんね。」
「でも……楽しかったです。
わたしは、みんなで作業する事も失敗する事も初めてですから。」
「では、今度は、成功を目指しましょう。」
「ええ、一矢報いなければなりません。」
台所を片付けながらの反省会は、桜にとっては楽しいものだった。
しかし、後半、セイバーの意気込みに押され、第2の魔界の扉を開ける布石がまかれた事は言うまでもない。
これを打開するには、彼女に勝利をもたらさなければならないが、それが困難な事も言うまでもない。
…
日が傾き、夕暮れ時が迫る。
衛宮邸にも電気の光が灯り、時刻は夜へと変わっていく。
バンッと間桐の魔術書を積み上げ、士郎の部屋で凛とイリヤが笑みを浮かべる。
「リスト化終了!
これで魔術書を読めるわ!」
「間桐の知識は、これでアインツベルンのものだわ!」
妙なテンションで笑い続ける凛とイリヤ。
隣の士郎は、薄気味悪い笑い声で目を覚ます。
「終わったのか……?
なんで、叫んでんだろう?
・
・
ああ、試験終わった時のあのテンションか。」
士郎は、起き上がると襖を開け、二人に声を掛ける。
「盛大に盛り上がってるな。」
「士郎、リスト化終わったよ。」
イリヤが、士郎に抱きつく。
そのイリヤをエライと士郎は、頭を撫でる。
凛が、士郎に続きを話す。
「明日から、裏づけを取るわ。」
「で、明後日に実行か?」
「いや、必要なクスリがあれば調合しないといけないわ。」
「なるほど。」
「魔術を行使するなら、それなりの儀式も必要かも。」
「なるほど。
とはいえ、そこまで算段がつくぐらいに進んだんだ。」
「まあね。」
士郎は、凛とイリヤを交互に見る。
「やっぱり、凄いんだな。お前達って。」
「当然よ。
聖杯戦争のシステムを考案した家系なんだから。」
「アインツベルンの歴史は深いのよ。」
胸を張る二人を士郎は、何処となく誇りに思い、もう一つの事も聞いてみる。
「ところで……。」
「「?」」
「お前達に取って都合のいいものは、何かパクれたのか?」
答えは返って来ないが、凛とイリヤから妖艶な笑みが零れたので、それだけで士郎は理解した。
「収穫有りって事だな。
間桐の魔術書を奪った俺は、何も見ていないし聞いていない。
更に、この家には魔術師すら入り込んでいない。」
凛とイリヤは、その通りと頷く。
「じゃあ、居間に行って夕飯にするか?」
士郎と凛とイリヤは、居間へと向かった。
…
居間では、アーチャーが昨日同様に夕飯を作り始めていた。
(このアーチャーが、夕飯を作っている時に襲撃を受けたら、どうなるんだ?
大丈夫か……。
食事の時は、サーヴァント含め全員居るんだから。
これだけの危険人物を襲う勇気はなかろう……。)
居間に入り、それぞれテーブルの席に腰を落ち着ける。
士郎は、自分も大概だが、この面々も引けを取らないなと思う。
本当に、2,3日前の事なのに自分達のこの適応力の良さはなんなのだろうと。
英雄同士が打ち解け、隣では、自分を殺そうとした少女が笑っている。
そして、いつの間にか我が家同然で寛いでいる同じ学校の姉妹。
その学友のサーヴァントに至っては、家事までこなす。
「類は友を呼ぶか……。
呼びまくってんな……。
・
・
呼び過ぎだ。」
「シロウ、何ですか?」
「いや、お前ら全員、俺と同じ目をしていると思って。」
「「「「「そんな目はしてない。」」」」」
(7人のおたくって映画思い出すな……。)
夕食は、恙無く終わり、一日中、解読で苦労した凛とイリヤを含め、全員が寛いでいた。
ある者は風呂に入り、ある者は洗濯をし、ある者は掃除をし、ある者以外は、テレビを見たり……。
そして、唯一、聖杯戦争を忘れていない者だけが屋根に上り、監視を続けた。
士郎は、家事全般を片付けると居間を抜け出し、土蔵に向かった。
やる事は変わらない。
ほぼ毎日、欠かす事無く続けたイメージによるトレーニング。
士郎が、鍛錬を始めて数分。
気配に気付き、士郎は目を開ける。
「アーチャーか。
何か変わった事でも?」
「いや、気紛れだ。
屋根の上から貴様が見えたのでな。」
「ああ、鍛錬していたんだよ。」
(懐かしいな……。
なんとなくだが覚えている。
未熟な私は、ここで魔術を鍛錬した。)
「変わった鍛錬だな。
剣の修行なら、素振りや筋トレじゃないのか?」
「それも大事なんだけどさ。
俺、なんかイメージする事が合っている気がしてさ。
毎晩、仮想した敵と戦ってるんだ。
素振りして新撰組みたいに必殺の域まで一つの型を高めるのもいいけど、
柔軟に色んな事に対応出来た方がいいかなって。」
(イメージするのは変わらないのだな。
私が、刀剣の最強をイメージするように。
・
・
やはり、コイツも衛宮士郎である事に間違いないのだろう。)
「筋トレに関しては、バイトで補ってるかな?
45キロもある酒瓶運ぶのって、普通に考えたらいいトレーニングだからな。」
「なるほどな。
・
・
ところで、今、イメージしているのは、どのような相手なのだ?」
「ん? ああ。
セイバーと模擬戦したりして、大分修正を加えたんだけど……。
早さと剣速は、セイバー。
力は、バーサーカー。
必殺技は、ライダーの宝具。」
アーチャーは、目を見開き沈黙している。
そして、口を開く。
「なんてデタラメなイメージをしているんだ!?」
「ははは……。
お陰で、一度もイメージで勝ててない。」
「当然だ。」
「でもさ、これぐらいのイメージを持って置かないと
サーヴァントに対応出来ないだろ?
残ったサーヴァントが、俺のイメージより強いかもしれないんだから。」
「それはないと思うぞ……。
・
・
貴様は、戦うつもりなのか?」
「まさか。」
「では、何故、鍛錬を続ける?」
「セイバーの足手纏いにはなりたくない。
これが、サーヴァントだけの一騎打ちならいいけど、
マスターが殺されても終わりだろ?
全部の攻撃を躱すのは無理でも、1回でも躱せれば、
セイバーの強さなら、俺を守るまでの時間稼ぎになると判断した。」
「鍛錬は、昔から続けているようだが?」
「そうだな、習慣になってたからな。
・
・
初めは、藤ねえの剣術に付き合って……。
アバラ粉砕されてから怪我しないように始めたんだ。」
(ここは、少なからず覚えている。
あの人は、昔から滅茶苦茶だった。
・
・
そうか。
この衛宮士郎は、衛宮切嗣ではなく、藤村大河を根幹に持っているのだ。
つまり、私が衛宮切嗣の意思を継がずに育った可能性……。
・
・
そうだ! 思い出した!
私の根幹……。
頭痛は起きていない。
まだ、エネルギーを溜めているのか。)
「貴様には、義父が居たはずだな。
その意思を継ぐ気はなかったのか?」
「魔術師になるかってヤツか?」
「いや、心根……心情といった部分の事だ。」
「思い当たる節がないな。」
「『正義の味方になる』という様な事を言われた事は?」
「ああ、あったあった!
・
・
俺、この事話したっけ?」
「ああ、聞いた。」
「そうだっけ?
・
・
親父は、確かに『正義の味方になりたい』って言ってた。
でも、もう親父は正義の味方だったんだよな。」
(そうだ。
あの火災から救い出してくれた男は、紛れもなく正義の味方だった。
だから、私は強く引かれて、今、英霊として世界と契約している。
しかし、夢と現実の違いは、私を蝕み続けている。
私は、誰一人の取り溢しもなく救いたかったのだ。
・
・
だが、百を救うために一を切り捨て、
十を救うために五を切り捨てなければならない時もある。
彼の言う通り『正義の味方は、自分が救いたいと思った人』しか救えない。
目に見えない誰かを救う事は出来ないのだ。)
「貴様は……正義の味方に憧れなかったか?」
「…………。」
士郎は、天地神明の理を鞘に収め、夜空を仰ぐ。
「俺は、その資格がないからな。」
「資格がない?」
「一つ後悔している事があるんだ。
あの火災から助けてくれた正義の味方に言いそびれた言葉があるんだ。」
「…………。」
「屍同然で生きる気力もなく、
生き残った事を責め続ける俺を救ってくれた正義の味方。
自分が魔法使いだと打ち明けて、俺を信頼してくれた親父。
爺さんは、いつまでも一緒に居てくれて、
そのうち、俺も外国へ一緒に連れて行ってくれると思ってた。
・
・
だから、爺さんの死期が近いなんて気付かなかった。
いつも微笑んでいたから……。
・
・
俺は、照れ臭くて、その言葉を先延ばしにし続けていた。
きっと、正義の味方は、この言葉を聞いて頑張れる。
”ありがとう”を言えないでいた。
『あの火災から助けてくれてありがとう』……この言葉を言えないでいた。
・
・
正義の味方を蔑ろにした俺に、正義の味方になる資格はない。」
(正義の味方を蔑ろにした……。
ここが私とコイツの大きな分岐点なのだな……。)
「もし……。」
士郎の言葉に、アーチャーが耳を傾ける。
この言葉は、過去に忘れて来た後悔に苛まれた自分からのメッセージに聞こえたから。
「もし、アーチャーが正義の味方を目指していたなら、
何がなんでも生き抜いて欲しい。
・
・
英霊って死んでるのに変な言い方だな……。
・
・
あ~~~! そうじゃなくて!
世界に頼まれて、どこかに赴く時に死ぬなって事!
正義の味方に、俺の言いたかった言葉を伝えたい奴が居たとして、
アーチャーが死んでたら、そいつは、一生救われないから!
・
・
何言ってんだ!? 俺は!?」
(資格か……。
確かにあまり考えなかったな。
そして、救った者の気持ちも……。
取り溢しがないように……。
犠牲者を出さないように……。
数に拘っていた訳ではないが……。
・
・
正義の味方を癒せるのは、救った者の言葉だけかもしれない。
そして、救ったつもりが救われているのは、正義の味方なのだろうか?)
混乱し続けた士郎は、まだ、話を続ける。
「あ~~~! つまり!
正義の味方ってのは、なろうと思ってなれるもんじゃないし!
なりたくなくてもなってしまうものなのだ!
正義の味方ってのは自覚じゃない!
守られた側が思ったら、そいつは正義の味方だからだ!」
(面白い奴だ……。
藤ねえの影響を受けるとこうなるのか。
言いたい事を言えないが、何故か伝えたい事は伝わって来る。
あの人は、そんな人だった……。)
士郎は、頭を抱えて混乱している。
もう、自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
「もういい。
言いたい事は、大体分かった。
私は、救った者の言葉を受け止めればいいのだろう?」
「そう! それ!
・
・
よくあの説明で理解出来たな。」
「これでも、随分と永い時を過ごして来たものでな。
しかし、貴様は少し勉強した方がいいぞ。」
「そうしようかな?
なんか聖杯戦争始まってから、会う人会う人が馬鹿だ馬鹿だって言うんだよ。」
「ああ、いい転機だ。
・
・
邪魔をして悪かった。
私は、監視に戻る。」
アーチャーは、土蔵の外に出ると一気に屋根に駆け上がった。
「なんで、アーチャーと親父の話なんてしたんだろ?
なんか誘導された気もするんだが?
・
・
まあ、いっか。
ただの世間話だ。」
士郎は鍛錬を切り上げ、衛宮邸に戻る。
そして、間桐の魔術書の解読一日目が終わる。
凛とイリヤは、必要な魔術文字=記号をほぼ洗い出し終えた。
明日からは、これを使い自分達が計画通りに蟲を操れるかの確証を掴む作業に入る。