== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
一日が終わり、衛宮邸の面々は、眠りにつこうとしていた。
その与えられた部屋で、少女が一人で苦痛に耐える。
体の中から魔力を吸収するために暴れる蟲に抵抗して……。
自分は、この苦痛から逃れられない……。
でも、やっと取り戻した平穏を手放したくない……。
しかし、この事を話せば、その平穏は壊れてしまうかもしれない……。
長年の間に蓄積された己の業……。
辛い事は、常に胸に仕舞い込んでしまう。
解決出来ない悩みに少女は、必死に耐え続けた。
答えは、すぐ側にある。
勇気を出して頼ればいいだけなのだ。
第56話 間桐の遺産④
深夜、もう一人の少女が、儀式を行おうとしていた。
目の前に並んだ僕を前に目が落ち、唇が優しく吊りあがる。
そして、僕の一人を手に取り、そっと抱きしめる。
「ふむ。
やはり愛らしい……。
ついつい『ぎゅっ』としてしまう。」
セイバーは、ゲームセンターで取ったライオンを抱きしめ、悦に浸っていた。
「こんなに愛らしくて、この抱き心地……。
・
・
もう、ひとつ。」
セイバーは、更に、もう1匹のライオンを抱え込む。
「この手応え……。
嬉しさも二倍ですね。
・
・
それにしても……。
なんて円らな瞳なのでしょう。
・
・
我慢出来ません。
全員一緒に抱きしめなければ……。」
セイバーは、ライオンを取ろうと手を伸ばし静止する。
目を擦り、『疲れているのでしょう』などと口にして、もう一度確認する。
変わってない……。
セイバーの腕から、2体のライオンが転げ落ちる。
そして、問題のライオンを手に取る。
「あ……あ……アスタリスクが……。
お、大人になってしまった!」
セイバーは、鬣を生やしたライオンを掴むと隣に繋がる襖をスパーンと力一杯開ける。
「シロウ!
アスタリスクが、大人になってしまいました!」
士郎は、何を訳の分からない事を言っているんだと布団から起き上がると電気をつける。
「アスタリスクって、なんだ?
* の事か?」
「これです!」
セイバーは、鬣の生えたライオンを士郎に突きつける。
(ああ……これか。)
「昼間までは子供だったのですが、今、見たら大人に……。
シロウ! これは一体!?」
「俺がやった。」
「…………。」
暫しの沈黙。
士郎は、あれが来るかと予想する。
「貴方が……。」
セイバーは、マジマジと鬣の生えたライオンを見つめる。
「素晴らしい……。」
「は?」
「シロウに、まさかこの様な能力も備わっていようとは。」
「なんの話だ?」
「シロウ、あと二匹を大人にしてください。」
「は?」
「バランスがいい。
私は、この前から鬣の生えたライオンも欲しいと思っていたのです。」
「…………。」
「明日で良ければ……。」
「感謝します。」
「……ところで、アスタリスクって何さ?」
「この子の名前です。」
「…………。」
「この前、アニメの再放送でブリーチなるものを見ました。
そのオープニングテーマから、名前を頂きました。」
セイバーは、にっこりと笑いながら鬣の生えたライオンを強く抱きしめる。
士郎は、その笑顔にドキリとする。
(今のは、不意打ちだった……。)
「どうしました?」
「いや、なんでもない。
ちょっと、俺が得しただけの事だ。」
「?」
「突然、すいませんでした。
おやすみなさい、シロウ。」
「ああ、おやすみ。」
セイバーは、上機嫌で自分の部屋に戻って行った。
士郎は、電気を消すと夜の寒さで頭を冷やしながら眠りについた。
(それにしても……。
アニメを勧めたのは失敗だったか?)
…
衛宮邸の朝、今日も士郎の朝は早い。
洗面所で顔を洗い、いつも通り居間に向かい台所へ。
「また、先越された……。」
アーチャーは、既に朝の仕込みを始めていた。
「遅かったな。」
「5時前だが……。
・
・
手伝う事あるか?」
「無いな。
下手に手伝われると味が落ちる。」
「個人の味付けを尊重しろと?」
「理解が早くて助かる。」
「お客様に朝食を作って貰うのも気が引けるが。
・
・
後、お願いします。」
「うむ。
任せておけ。」
士郎は、居間を出ると道場へ向かう。
ストレッチに30分を使い、軽い筋トレに30分。
そして、天地神明の理を正眼に構える。
「しまった……。
相手が居ない……。」
士郎は、そこで固まり、イメージトレーニングに切り替えた。
…
セイバーは、士郎の気配が隣の部屋から出て行くのを感じてから目を覚ましていた。
朝の気配が、何処となく気を落ち着かせたくなるとセイバーの足は、自然と道場に向かっていた。
道場では、先客が刀を正眼に構えて静止していた。
…
士郎は、セイバーの気配に気付くと振り返る。
元々、誰かを相手にしたいところだった。
「おはよう、セイバー。」
「おはようごさいます、シロウ。
剣の鍛錬ですか?」
「そんなところ。
丁度、相手が欲しかったんだ。
相手をしてくれないか?」
「いいでしょう。」
「その格好でいいのか?」
「そうですね。
鎧を編むまでもありませんが……武装だけを。」
セイバーは、甲冑を外した武装に換装する。
壁の木刀を取り、向かい合う。
「では、先日同様に魔力を開放します。」
「頼む。
俺も少しはマシになったつもりだ。」
「行きます!」
セイバーが、地を蹴り、突きを繰り出す。
士郎は、回避する時、体全体での回避をしないようにする。
膝から下だけを巧みに使い回避を実行する。
前の時と違い、速度は格段に落ちていた。
(?
妙ですね。
前は、もっと華麗に躱していたのに。)
セイバーは、突きを躱されると、即、薙ぎ払いへと転じる。
士郎は、それを天地神明の理で受ける。
セイバーは、ここでも異変に気付く。
(ここでも……。
手応えが強く返って来る。)
続いて振りかぶり、二度、三度と木刀を振り切る。
セイバーは、なるほどと納得する。
「型を変えましたね、シロウ。」
「さすが剣の英霊。」
「連続攻撃に耐えられるようにしたのですね。
前の時は、威力を完全に消していましたが、今回は、手応えが残っている。
確かにあの型は完全でした。
完全過ぎて動作が大き過ぎた。
それ故、連続攻撃に耐えられない。」
「人間相手だと有り得ないんだけどね。
サーヴァントは、連続で振り抜けるから、こんな在りもしない型になった。」
「在りもしない……ですか?」
「そう。
色々、考えたんだ。
体を強化するって、どういう事か。
単純に威力が上がるって考えると破綻する。」
「…………。」
「振り切った後が重要だった。
常人は、ここから次の攻撃に移る時、
振り切った慣性を殺して、新たに剣に威力を乗せなければならない。
しかし、サーヴァントは、強化されているから、ここのタイムラグがないに等しい。
常人なら、『振り切った後の時間の立て直し=俺の回避後の立て直し』が成り立つ。
サーヴァント相手では、成り立たない。
俺が立て直している間に切り込める。」
「『何かを得るには、何かを支払わねばならない』とエドも言っていました。
貴方は、威力を自分で受ける代わりに動作の大きさを修正した。」
「その通りだ。
真面目な話に鋼の錬金術師の話が出て来たのは、納得いかないが。」
(やはり、アニメを勧めるんじゃなかった……。)
「考えましたね。」
「しかし、まだまだ未完でさ。
微妙な力加減が出来ない。
今も手が痺れてる。
もう少し、自分の我慢出来る範囲を見極めないと刀を落とす事になる。」
「…………。」
「シロウ。
提案なのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「受けるのもいいのですが、やはり手を出すべきです。
シロウが、受け続ける事をしないといけないのは、
相手の攻撃を寸断する事が出来ないからです。
相手は、攻撃をしないと分かれば延々と攻撃を止めません。」
「尤もだな。」
「私は、シロウの攻撃する姿を見ていません。
是非、貴方から仕掛けてください。」
「…………。」
「やらなきゃ、ダメか?」
「何か問題でも?」
「弱点なんだよ。
攻撃するの。」
「は?」
「攻撃すると、いつも負けるんだ。
だから、俺は避け続けて、
相手に確実に入れられるまでの隙が出来るまで待ち続けるんだ。」
「それは……。」
「非効率だろ?」
「この上なく。」
「だから、体力ばかり人並み外れてあるんだ。」
「ライダーの言っていた意味が分かりますね。
話が逸れましたが、弱点というのは?」
「立ち合ってみれば分かる。」
士郎とセイバーは、向き直り構え直す。
今度は、士郎からセイバーに仕掛ける。
大きく振りかぶった瞬間、セイバーの胴打ちが決まる。
「って~~~。」
「……酷いですね。
受ける時と雲泥の差です。」
「昔から、こうなんだ。
藤ねえにも、結構、教えて貰ったんだけど、
どうしてもダメなんだ。」
「まず、振りが大きい。
受けの時、あれだけ細心の注意をしているのに……。」
「でも、振りかぶらないとスピード出ないだろ?」
「あんなに上段まで、振りかぶる必要はありません。
更に振りかぶった時間が長過ぎます。
振りかぶった瞬間は、隙が大きいものです。」
「振りかぶったまま、どこに打ち込んでいいか迷ってしまって……。」
「後、これは推測ですが、貴方は、打ち込む事に迷いというか
戸惑いを感じているように思える。
これは、貴方の発言の事ではありません。
心情的な事だと感じています。」
「…………。」
士郎は、天地神明の理に目を移す。
「これって凶器だろ?
痛いじゃん?」
「痛い……って。
当たり前ではありませんか。」
「そう思うと、ちょっとな。」
「イリヤスフィールには、刀を突きつけたではありませんか。」
「人の心を抉るような事は、言わんでくれ。
あれ凄い罪悪感なんだから。
それにあれは、この刀に刃がないから実行したギリギリの事だ。」
セイバーは、溜息をつく。
「貴方の行為は、上段者が行うものです。」
「上段者?」
「そうです。
相手を気遣うのは、悪い事ではありません。
しかし、未熟な腕で相手を気遣って、どうするんですか?」
「……それもそうだな。」
「もし、相手を傷つけたくないなら腕を磨くべきです。
どんな相手でも傷つけずに征する強さを身につけるのです。
未熟な腕では、庇うべき相手も倒すべき相手も……そして、自分自身さえ傷つけます。」
「……申し訳ない。」
「謝る必要はありません。
今は、私が居ます。
しっかり、鍛え直してあげましょう。」
「え?」
「まずは、素振りから始めます。」
「待て!
俺は、自分のペースでやる!」
「何を温い事を……。」
セイバーの雰囲気が変わって来る。
温和な上官から鬼軍曹へと……。
それから朝食まで容赦ない特訓が続く。
注意は、木刀での愛の鞭のみ。
朝の光の中で、士郎は、天への朝の光を垣間見るのだった……。
…
朝食時、士郎とセイバーを除く全員が席に着いていた。
「遅いわね。
何をやってるのよ?
アイツ、まだ寝てるの!?」
「いや、小僧なら起きている筈だ。
私と朝、会話をした。」
「じゃあ、どっかで遊んでるわけ?」
「この時間から遊んでいるとは思えんが……。」
その時、居間の障子が開く。
セイバーに抱えられた状態で士郎が現れる。
セイバーは、面倒臭そうに士郎を投げ捨てる。
「まったく、根性のない。」
屍の様に動かない士郎を目撃して、凛達の頬に一筋の汗が流れる。
「何これ?」
「シロウと剣の鍛錬をしていたのですが、
途中でへばって、この有り様です。」
「…………。」
ライダーが、一同を代表して質問をする。
「本気で打ち合ったのですか?」
「当然です。」
「ただの……人間相手にですか?」
「え?
……ただの?」
「ええ、ただの。」
セイバーは、テーブルについている各々の顔を確認する。
テーブルについている者は、無言で頷く。
イリヤが、士郎の服を捲り上げる。
「すごい痣の数ね。」
「そ、それは、この前のバーサーカーの時の痣も……。」
「面白い事を言うわね、セイバー。
バーサーカーは、木刀なんて使わないわ。
直撃を喰らえば死ぬだけよ。」
(((((どっちもどっちだ……。)))))
凛が溜息をつく。
「わたし……被害者は、わたし達だけだと思っていたんだけど、
今は、衛宮君に同情するわ。」
「しかも、殺され掛けたのが、
自分のサーヴァントですからね。」
「やり過ぎました……。
申し訳ない……。」
セイバーは、猛省している。
その時、士郎が、のそりと起き上がる。
「ううう……。
気絶してたか。」
「シロウ、申し訳ありません。」
「ああ、いいって。
体で覚えさせられるのは慣れてるから。」
アーチャーは、心当たりがあり、額を押さえる。
(また、あの人か……。)
セイバーの反省の弁は続く。
「しかし、気絶をさせるほど、打ち込んでしまい……。」
「まあ、つい最近、遠坂にも気絶させられた事だし。」
今度は、全員の視線が凛に集まる。
「わたし!?
わたしが、いつ士郎を気絶させたのよ!?」
「凛、学校だ。」
「学校?
・
・
あ!」
凛は、思い出す。
桜は、おずおずと質問をする。
「姉さん、衛宮先輩に何をしたんですか?」
「え~っと……。
まあ、いつも通りグーを入れただけなんだけど……。」
「殴った先に消火器があったのだ。」
的確なアーチャーのフォローに居間に溜息が漏れる。
「何と言うか……。」
「色々と不幸が重なりますね……。」
「わたしは、冤罪よ!」
「まあ、いいよ。
腹減ったよ。」
「士郎は、流してしまっていいんですか?」
「大した事じゃないだろ?」
士郎は、ライダーの指摘を軽く流す。
『気絶させられる=大した事ではない』が、衛宮士郎と藤村大河のデフォルトになっていた。
そのため、常識を持って事実を受け止めているセイバーは、まだ、反省を続けている。
「シロウ……。」
「まだ、気にしてんのか?
収穫あったから、気にするな。
今度は、俺が、セイバーに一泡吹かせるから。」
士郎の言葉に、セイバーにスイッチが入る。
「ほう……。
面白い事を言う。
いいでしょう。
やはり、貴方に手加減はしません。」
「いや、そこはしてくれ。
あくまで人としてのレベルだから。」
居間には、再び、溜息が漏れる。
朝食が直に始まり、各々アーチャーの料理を胃に収めていく。
そして、本日も魔術師二人の戦いが始まる。
士郎は、昨日同様に血を作りながらライオン二匹を大人にし、セイバー、ライダー、桜も同様の一日を過ごす。
よって、この4人の話は、特にしない。
…
凛とイリヤは、作成し終わったリストを参考に裏づけと治療方法を話し合う。
魔術書の調査の結果、必要なのは、魔術の術式を組み上げる事だった。
間桐の水属性をコントロールし術式を組み上げる。
この組み上げ方こそが、魔術書に引き継がれた子孫への知識の秘密であった。
「凛、ここ。
これを解明しないと蟲は操れないわ。」
「待って……それは、こっちの本の……。
ほら、ここ。
これを使えば、いいはずよ。」
「分かったわ。
じゃあ、メモに追加しとくわよ。」
イリヤは、一見、分からない図に魔術文字を追加する。
「どう?
多分、今のを利用出来れば完全に蟲をコントロール出来ると思うんだけど?」
凛は、イリヤの追加した図の魔術文字を読み取り、組み上げた魔術を起動する。
左腕の魔術刻印が浮き上がり、翳した左手の前に起動された魔術の魔法陣が出現する。
「うん、出来そうよ。
本当に助かったわ、イリヤ。
術式も、もう少しってところね。」
「間桐の水属性をコントロールするには、
五大元素を操れる凛にしか出来ない事だもの。」
「分かっているわ。
これだけは、失敗出来ない。」
魔法陣が回転を始めると一筋の光に圧縮される。
凛とイリヤの前に安定した魔術の結果が出現する。
「出来……たわ。」
「これが?
・
・
迂闊に触れられないわね。
令呪を作成した技術が入っているんだから。」
「そうね。
蟲だけをコントロールする名目で作ったつもりだけど、
試してみない事には分からないわ。」
「凛、今のうちに……。」
「ええ、呪文に置き換えるわ。」
凛は、組み上げた魔術を呪文に置き換えていく。
組み上げが終了すると、新たなスイッチを自分の中にイメージする。
呪文を紡ぐと心の中でスイッチが切れる。
魔術の光は、徐々に光を失い消滅した。
「魔力は、思ったより使わないわね。」
「郡体である体の蟲を制御して維持するのに
莫大な魔力を使っていたら、本末転倒になるもの。」
「それもそうね。
ただ、技術は、さすがと言ったところね。
蟲を操るために水属性だけしか使用していないけど。
これを全属性に適応させたらと考えただけで背筋が寒くなるわね。」
「上手くいけば、相手のサーヴァントの令呪に
令呪の上書きが出来るかもしれないものね。」
「…………。」
イリヤと凛は、沈黙する。
「実際にやって成功する保障はないけどね。
サーヴァントの対魔術は、半端じゃないもの。
わたしにイリヤほどの魔力が備わっていれば考えるけど。」
「わたしも出来ないわね。
生まれ持っての魔術の特性が合わないもの。」
「知識だけは頂くけどね。」
「ええ、知識だけは。」
凛とイリヤは、魔術師ならではの笑いを浮かべる。
そして、これからの段取りを話し合う。
「さて、計画を実行するには、ある程度の準備が必要ね。」
「ええ。
凛、説明をお願い。」
凛は、頷くと説明を始める。
「まず、桜の体の状態を見る必要があるわ。」
「アーチャーがやるんでしょ?」
「問題は、どうやって調べるかよ。
桜は、魔術師としての修行をして来ている。
アーチャーが魔術を使えば、直ぐに気付くわ。」
「凛は、桜に隠し通すつもりなの?」
「…………。」
「分からない。」
「桜は、なんで、凛に話さないの?
自分の体の修正は、知っているんでしょ?」
「それは……。」
「あなた達、本当に姉妹なの?」
「当たり前じゃない!」
「だったら、なんで遠慮するのよ!
なんで、お互い信じ合わないのよ!」
「イリヤ?」
「大好きなんでしょ!?
二人とも待ち望んでたんでしょ!?
なんで、止まっているのよ!」
「前にも言ったでしょう。
怖いって……。」
「怖くない!
信じていれば怖くないわ!
お互いで、そうやって相手の出方を見て、
傷を舐めあっていればいいの!?」
「やけに突っかかるじゃない?」
イリヤの厳しい言葉に凛は、少し不機嫌になる。
一方、イリヤは、凛に本当の事を言われて少し冷静になる。
冷静になると今度は、自分の本音が漏れた。
「…………。」
「わたしは、士郎と本当の姉弟になれない。」
「確かイリヤのお父さんが士郎の義父だっけ?」
「うん。
わたしは、士郎と本当の姉弟になりたい……。」
「それは……。」
「出来ないでしょ?
だから、本当の姉妹なのに遠慮しているあなた達が大嫌い!」
「…………。」
「十何年も離れていたのにイジイジしているあなた達が大嫌い!」
「…………。」
「わたしが望んでも手に入れられないものを持っているあなた達が大嫌い!」
「…………。」
「大事なものなのに大事にしない凛が……大嫌い。」
イリヤは、俯いている。
凛は、イリヤの言葉を頭で繰り返し反芻する。
言葉を頭に響かせる内に、沸々と自分への怒りが沸き上がって来る。
イリヤの言っている事は正しい。
「大馬鹿!」
凛の大声にイリヤは、ビクッとする。
「イリヤ、あんたが正しいわ!
馬鹿は、わたし!
何をイジイジイジイジイジイジイジイジしているのよ!
あれだけ、待って!
わたしは、何を遠慮してたのよ!
桜に遠慮する事が、姉妹としての侮辱だって気付きなさいよ!」
(凛が壊れた?)
凛は、イリヤをギンッと睨みつける。
イリヤは、再び、ビクッとする。
凛は、イリヤの前にズカズカと歩くとガシッと肩を掴む。
「決着をつけてくるわ!」
「戦いに行く訳じゃ……ないのよ?」
凛は、部屋の外に向け歩き出す。
そして、振り向き様にイリヤに指を刺す。
「イリヤ!
あんたが、どう思っているか分かんないけど、
士郎とあんたは、間違いなく兄妹よ!
あんた達、そっくりだわ!
・
・
行って来る!」
凛は、襖をスパーンと閉めると出て行った。
「行っちゃった……。
・
・
凛は、ああいうのがいいのよね。」
イリヤは、クスリと笑う。
「ちょっと、お姉さんなところを見せちゃったな。
・
・
わたしと士郎は、兄妹か……。
お姉さんにはなれないのかな?」
イリヤは、凛と二人で散らかした資料を片付け始めた。
心の中で姉妹が本当に救われるようにと願い続けながら。