== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
衛宮邸の深夜。
場所は、庭。
凛の魔力が最も高まる時刻。
桜への魔術の行使が始まろうとしていた。
「そろそろ始めるわよ。」
凛の声に周りの人影が頷く。
そんな中、凛のサーヴァントであるアーチャーが質問する。
「小僧とセイバーの姿が見えないようだが?」
その質問にイリヤが答える。
「士郎は、アインツベルンの古文書を解読中よ。」
「何故、今頃になって?」
「士郎の能力を無駄にしないために、
わたしが『これも解かないと桜を救えないわ』って言ったら、
慌てて作業してくれたんだ。」
「…………。」
「イリヤ……君も大概にして悪どいな。」
「だって、士郎とは姉弟だもん。」
上機嫌に返事を返すイリヤを見て、凛は思った。
(わたしも、明日、一族の古文書を解かせないと。)
第58話 間桐の遺産⑥
凛の魔力が高まり切る前に、イリヤが桜を前に暗示を掛けようとしていた。
「桜……力を抜いて、わたしの目を見て。」
イリヤの紅玉のような目に魔力が宿り始める。
桜は、イリヤの目を暫く見続けると脱力してライダーに体を預けた。
「これで暫く眠って起きないわ。
感覚も麻痺させといたから、何も感じないはずよ。」
「ありがとう、イリヤ。
こっちもいいみたい。」
凛は、魔術刻印を浮き上がらせ呪文を紡ぎ出す。
呪文により、スイッチが入ると作り上げた魔術の成果が左手に表れる。
「アーチャー、お願い。」
アーチャーが、桜の左の掌を深々と切り裂く。
そして、己自身の魔術を起動する。
桜の体の解析を行い、状況を把握出来たところで凛に合図を送る。
「アクセス……。」
昼間同様に、桜の体に寄生する蟲へ開発した魔術を接続していく。
「コンタクト……。」
接続を確認すると蟲への命令を始める。
「左手の傷口から、蟲を追い出すわよ。
ライダーは、それをトレイに。」
「分かりました。」
「郡体である以上、少しでも残せば再生するかもしれない。
桜の体から全て追い出したら、消滅させるのよ。」
凛が、魔術を行使して数分。
桜の左手の傷口から寄生していた蟲が姿を現した。
「気味が悪いわね……。」
イリヤの口から本音が漏れる。
この言葉は、人を傷つける言葉にあたるが誰もそれを咎めなかった。
怒りはイリヤにではなく、臓硯へと向けられているためである。
「許せません。」
ライダーは、桜を強く抱きしめる。
「ライダー、気持ちは分かるけど、
今は、桜をしっかり治しましょう。
左手をしっかりトレイに固定して。」
「凛……。
すいません、あなたも辛いのに。」
「大丈夫……。
わたしも桜も、しっかりと覚悟を決めたから。
ライダーやみんなに勇気を貰ったから。」
凛が、ライダーに向けて微笑む。
ライダーも凛の気持ちに微笑んで返した。
…
魔術を行使し続けて1時間が経った。
トレイは、既に3個分が蟲に占拠されていた。
トレイの中では、ウネウネと蟲が動き続けていた。
イリヤは、容量が一杯になったトレイに結界を張る。
万が一にも、この蟲達が自分達を襲わないように。
「凛。
後は、心臓付近の大物だ。
それ以外は、全て外に追い出した。」
ライダーの手の中の桜は、やつれて軽くなっていた。
突然、体の体積が減ってしまって、桜の体は大丈夫か心配になった。
「あと少し……。
あと少しです、桜。頑張って。」
そして、凛の魔術が残された大物に向けられた。
…
衛宮邸の士郎の部屋。
士郎は、お昼から延々とアインツベルンの古文書を解読し続けていた。
イリヤを煽って士郎に古文書を解かせるように差し向けたセイバーは、少し罪悪感に苛まれていた。
「シロウ。
そろそろ一息入れては、どうですか?」
「ダメだ。
外では、もう、始まっている。
俺の解読が遅れたら、桜が死んでしまうかもしれない。」
(シロウ……すいません。
それは、間桐の魔術と全然関係ないものなのです……。
・
・
慣れない事は、するべきではありませんでした。
嘘をついた事が、こんなにも心苦しいとは。)
士郎は、必死に解読を続け、セイバーは、片隅で反省し続けた。
…
魔術を行使し続け、最後の大物に取り掛かっていた凛は焦っていた。
「くっ!
制御出来ない!」
「嘘!?
魔術書は、完全に解き明かしたはずよ!」
凛の魔術と蟲との動向を見ていたアーチャーが声を掛ける。
「凛、魔術を止めろ。
丸っきり、受け付けていない。
と、いうよりも、コイツは、自らの意思を持っているようだ。」
「意思?」
凛は、額に流れる汗を拭いながら、魔術のスイッチを切る。
「アーチャー、分かる範囲で説明してくれる?」
「了解した。
凛、今まで追い出した蟲は、単細胞的な存在だ。
命令通りに動くか、食欲のようなものしか持ち合わせていない。」
「ええ。
それを利用して、命令を出して追い出したんだもの。」
「しかし、残された蟲は、自分で意思を持っているとしか思えん。
コイツは、凛の魔術に障壁を張って防いでいる。」
「蟲が魔術障壁を張る!?
そんな馬鹿な!?」
アーチャーの説明にイリヤが推測を立てる。
「凛、もしかしたら制御用の蟲かもしれないわ。
郡体である蟲を一元管理する役割を誰かがしないと、
桜の体は、その他の蟲に喰い殺されているはずだもの。」
「待って……。
そうか、単細胞である蟲の食欲をコントロールして
桜の体を支配していたのね。
・
・
じゃあ、この蟲を追い出さないと……。」
「ええ、下手をすれば、また、同じ状態に再生するかもしれない。」
「しかし、どうする?
コイツは、心臓に寄生していると言っても過言ではないぞ。」
「魔術が効かない以上、直接攻撃するしかないわね。」
イリヤの言葉に誰もが言葉を失う。
「……仮に攻撃を加えたら、どうなりますか。」
ライダーが質問をする。
「心臓は、使い物にならなくなるでしょうね。」
「くっ!」
ライダーが、唇を噛み締める。
ハッと凛が、何かに気付き、ポケットから宝石を取り出す。
「これ……。」
凛の手には、年代物の宝石が握られている。
「凄い魔力が宿っているわね。」
「これを使って、心臓を再構築する。」
「…………。」
「凛、確かに出来るかもしれない。
でも……あなたは、桜の心臓を傷つける事が出来るの?」
イリヤの言葉に凛は息を飲む。
「凛、問題は、それだけではない。
正確に蟲を殺し抜き出さなければならない。」
問題が発生し暗礁に乗り上げ、誰もが言葉を失った時、屋敷の結界が警告を発する。
「こんな夜中にサーヴァントと魔術師が、
お揃いで、何をやっているんだ?」
衛宮邸の屋根の上。
深紅の槍を担ぐ青年が凛達を見下ろしていた。
…
凛達の前にアーチャーが仁王立ちする。
ライダーは、桜をイリヤに任せるとアーチャーの横に肩を並べる。
「ランサー……何の用だ?」
「小一時間も魔力を発し続けて、『何の用だ』もないもんだ。
ほう、新顔も居るな。
キャスター……いや、ライダーってところか。」
ランサーは、屋根の上から品定めをする。
「2対1か……分が悪いな。
まあ、相手の能力の偵察が目的だ。
適当に遊んで帰るか。」
ランサーは、屋根から飛び降りる。
すると、そこに人影が現れる。
「イリヤ! 解読出来たぞ!
これで……ギャッ!」
ランサーを除く全員が額を押さえる。
代表してライダーが口を開く。
「なんと間の悪い……。」
士郎は、ランサーに踏みつけられたまま、もがいている。
「ん? 何か踏んだか?」
「な、なんか落ちて来た!?」
(意外と元気じゃない……)
凛が呆れて見ている中で、士郎とランサーの視線が合う。
「何だ? オマエは?」
「俺は……。
見知らぬあんたに踏みつけらている者だが。
説明するから、どいてくんない?」
ランサーは、溜息を吐いて足を退ける。
士郎は、誇りを払って立ち上がる。
「俺は、この家の家主の衛宮士郎だ。」
「ほう……。
ん? 魔術師じゃないのか?」
「違う。」
「一般人かよ。
これじゃ、楽しめないな。」
「楽しむ?
遊びに来たのか?
こんな深夜に?」
「違う!
俺は、戦いに来たんだよ!」
「ああ、アイツらと?」
「そうだ。」
「じゃあ、勝手に遊んでてくれ。
イリヤ! ちょっと、いいか?」
声を掛けられたイリヤが複雑な顔をする。
「相変わらずのマイペースね。
ランサーを無視して声掛けるなんて……。」
「しかも、場が一気に弛緩してしまった。」
「セイバーは、動揺していませんね。」
「慣れたんでしょ。」
無視されたランサーの額に青筋が浮かぶ。
「オイ、坊主!」
「なんだ?」
「俺を無視するとは、余裕じゃないか?」
「だって、俺意外と戦いに来たんだろ?」
「見られたからには、オマエを殺さなきゃなんねぇ。」
「じゃあ、最後にしてくれよ。
俺、忙しいんだよ。」
「ああ!? 忙しいだ!?」
「そうだ!
桜が死んじゃうかもしれないんだ!」
士郎は、ランサーを無視してイリヤに駆け寄る。
「何だってんだよ?」
ランサーは、状況が掴めず悪態をつく。
「イリヤ、分からない文字だらけだが、リスト化だけはした。
後、もう一つ。
解読したら変な図面とそれのキーポイントになる各説明に行き当たった。
これを見てくれ。」
士郎は、イリヤにノートを見せる。
「士郎、本当に悪いんだけど、今、それどころじゃないの。」
「それどころじゃない?
どうしてだ!?
これないと桜が死ぬって!?」
「ごめんね。
それ……桜となんにも関係ないの。」
「…………。」
「え? もう一度、頼む。」
「それね。
アインツベルンの難攻不落の古文書で、
桜と関係ないんだ……えへへ。」
「なにーっ!」
士郎は、頭を抱えて絶叫する。
そして、セイバーが士郎の後ろに申し訳なさそうに現れる。
「セイバー、士郎に言ってなかったの?」
「すいません、言えませんでした。
サクラのために、必死に解読を進めるシロウを見て、
『嘘です』なんて言えませんでした。」
セイバーは、恐ろしいぐらいに落ち込んでいる。
イリヤも苦笑いを浮かべて、一筋の汗を流す。
そして、どうしたもんかという場の雰囲気を士郎が、再び、ぶち壊す。
「まあ、知ってたけどな。」
「え?」
「は?」
士郎の口から信じられない言葉が漏れる。
セイバーは、パクパクと口を開いて言いたい事が言えない。
イリヤも呆然としている。
「だって、古文書解いたら、図が出て来るなんておかしいだろ?
途中でイリヤのイタズラだって気付いたよ。
セイバーも途中からよそよそしいから、一枚噛んでるなって。」
「で、では、今までのやり取りは!?」
「ああ。
逆にイリヤとセイバーを騙してやろうと思って。」
プチンと何かが切れる音がするとセイバーとイリヤのグーが、士郎に炸裂する。
「もう! こんな時に、どうして士郎は!」
「冗談にも程があります!
私が、どれだけ心を痛めたか!」
「そもそも、お前らが俺を嵌めようなんて
浅はかな事を考えるから、こんな事になるんだろう?」
「では、ランサーを無視する必要はないじゃないですか!?」
「だって、ああしないとリアリティが出ないじゃん。」
「そんなものは、必要ありません!」
「何言ってんだよ。
一度、俺に騙されてる奴の警戒を解くには、
それぐらいしなくちゃバレるじゃないか。」
「貴方は、どれだけ無駄な事に労力を注ぎ込むつもりですか!?」
「そうだな……。
半日掛けて古文書解いて仕込みを行うぐらい?」
「士郎……。
これだけのために古文書解いたの?」
「そうだけど?」
再びランサー以外の全員が額を押さえる。
「あんた、本…………っ当に馬鹿じゃないの?」
凛の口から、呆れたを通り越した本音が漏れる。
「俺も途中から思ったんだけどさ。
古文書解く方がしんどい作業だって。
でもさ、セイバーとイリヤをからかいたい一心で、がんばっちゃったよ。」
「馬鹿って、凄いのですね……。」
「ライダー、それは大きな勘違いだと思うぞ。」
「はは……また、騙されました。
もう、どうでもいいです。
シロウなど、どうでもいいです。」
「セイバー、気落ちしちゃダメよ!
ちゃんと成果は、あったんだから!」
イリヤは、士郎の解読したノートをセイバーに見せる。
「一体、誰が得をしたのでしょう?」
「さあ?」
イリヤは、苦笑いを浮かべて首を傾げる。
しかし、ここで無視をされ続けて怒りを蓄積させた蒼い野獣が、限界点を突破する。
「オマエら! いい加減にしろ!」
ランサーが、槍を構え深く沈み込む。
一触即発の雰囲気が辺りを支配する。
士郎は、少し真剣な顔になると凛に声を掛ける。
「冗談も、ここまでか……。
ランサーが現れなければ、もう少し楽しめたものを。」
「あんた、まだ、ふざける気だったの?」
「まあ。
・
・
それより、桜は?」
「今頃になって『それより』って……。
・
・
問題発生よ。
心臓に寄生している大物が取り出せないで困ってる。」
「大物?」
「桜に寄生した蟲を制御しているヤツで、
取り出すには心臓を傷つけないといけない。」
「つまり、外から……。」
「ええ、魔術で心臓の代替は出来るんだけど、
正確に蟲を攻撃する方法がないの。」
「なるほど。
間桐の魔術が効かない以上、多少強引でもってところか。
・
・
それが最後の1匹か?」
「ええ、そして最大の難関。」
「桜の体を診るには、アーチャーは不可欠。
これから間桐の魔術を再度組み上げるなり、
別の方法を試すには遠坂とイリヤが不可欠。
ライダーは、魔力の有限があって戦闘は不可能。
・
・
遠坂。
桜の治療は、1回で行う方がいいよな?」
「ええ、体に負担を掛けたくないから。」
「仕方ない。
俺とセイバーが、ランサーを相手にして時間を稼ぐ。」
「士郎?」
「まあ、俺は、セイバーの後ろでウロウロしているだけだけど。
・
・
引き続き、試して貰えるか?」
「言われるまでもないわ!」
(おお、心強いお言葉。)
士郎は、セイバーに声を掛ける。
「久々の戦闘だ。」
「シロウ?」
(目が本気だ。
ならば……。)
「分かりました。
貴方の剣となって、見事、ランサーを討ちましょう!」
セイバーが武装を換装し、アーチャーとライダーの前に出る。
「後は、私が引き受けます。
サクラを頼みます。」
「セイバー……。
気を付けてください。」
ライダーは、セイバーに声を掛けて、再び、桜に駆け寄る。
「奴とは、一戦交えている。
本来、この手の助言はしないのだが……。
相手は、『クー・フーリン』だ。」
アーチャーも助言を残すと桜に駆け寄る。
そして、入れ違いで士郎が肩を並べる。
「坊主、まさかオマエが、
セイバーのマスターだ……なんて言わないよな?」
「俺が、セイバーのマスターだ。」
ランサーは、大声で笑っている。
「魔術師でもない奴がマスターか。
じゃあ、そのサーヴァントも、あまり期待出来ないな。」
ランサーの嘲笑にセイバーは、不快感を表す。
「気にするな、セイバー。
所詮、どこぞの馬鹿の戯言だ。」
「何だと?」
「そんな聞いた事もないような中国人に
俺のサーヴァントは負けない!」
「…………。」
「シロウ?」
「オイ、坊主?」
「なんだよ!」
「「何で、中国人なんだ!」」
「え?」
折角、助言を残したアーチャーは、頭痛を引き起こしていた。
「あの馬鹿!」
「士郎に期待しちゃダメよ。」
「セイバーが、きっと、フォローします。
こちらは、作業を続けましょう。」
(そういえば士郎って、
ヘラクレスすら知らなかったわね……。)
士郎は、セイバーに質問する。
「『クー・フーリン』って、中国系の名前じゃないか?」
「貴方には、彼が中国人に見えるのですか!?」
「…………。」
「西洋風っぽいな。
だって、『巧・風淋』とかって書きそうじゃん。」
「勝手な当て字を入れて、妙な人名を作らないでください。」
「じゃあ、どんな奴なんだよ?
セイバーは、知っているのか?」
「当然です。
彼は、光の御子と云われたアイルランドの英雄です。」
「分かってるじゃねぇか、セイバー。」
「ふ……俺は、聞いた事もないがな。」
「シロウ……威張るところではありません。
寧ろ、彼ほどの英雄を知らない自分の無知を恥じてください。」
「有名な英雄という事は、強いんだな?」
「はい。真名を知ったところで苦戦を強いられるでしょう。
そして、何より気をつけなければならないのが、彼の持つ深紅の槍です。
あの槍は、因果を逆転させます。」
「因果?」
「槍を放つという現象より、心臓を穿つという事が先に生じるのです。」
「この世界には、人の運命をつかさどる何らかの超越的な『律』……。
神の手が存在するのだろうか……。
少なくとも人は、自分の意志さえ自由には出来ない……。」
「…………。」
「何を言っているのですか、貴方は?」
「いや、急にベルセルクのナレーションが頭を過ぎって。
・
・
あ。
俺、武器置いて来ちゃったから、任せていいかな?」
「元より、そのつもりです!」
「あ……そう。」
士郎が、後ろに下がるとセイバーとランサーは、直ぐに戦いを始めた。
最初の一太刀の交差で、ランサーの顔色が変わる。
(あれは、驚くよな……。
あの体型で打ち合えるんだから……。
・
・
あ、剣も見えなくなってる。
あんな事も出来るんだな。
今更ながら気付いた。)
…
一方、桜の治療に当たっていた面々は、苦戦を強いられていた。
心臓を傷つける事なく蟲を取り出すため、魔術の威力を上げたりアレンジを加えるが、魔術ではどうにもなりそうになかった。
「やっぱり、直接取り出すしかないわ。
でも、どうやって……。」
「アーチャー、あなたの武器で蟲を刺し貫く事は出来ませんか?」
「私の干将・莫耶で出来なくはないが、
蟲が動かないという保証もない。」
「そうだ!
なら、弓で蟲を狙えばいいじゃない!」
(妹の事で、大分混乱しているな……。)
「凛……弓で狙うのも、刃を突き立てるのも同じだ。
しかし、どちらも同じ事なら覚悟を決めるが……。」
凛の動揺にイリヤは声を荒げる。
「どちらにしても実行するなら、みんなが覚悟を決めなきゃダメ!
特に凛!
あなたは、傷ついた桜の心臓を治療しなければいけないんだから!
今みたいに取り乱しちゃダメ!」
「…………。」
「そうね、ごめん。」
「まず、もう一度手順を決め直しましょう。」
凛達は、イリヤを中心に相談を始めた。
…
士郎の前で凄まじいスピードで、セイバーとランサーが交錯していた。
真名を知られ宝具の開放のタイミングを慎重に測るランサーと住宅地での宝具開放を厳禁にしているセイバーとの戦いは、己の技術と技術のぶつかり合いになっていた。
士郎は、呆然とその戦いを見ながら、別の事を考えていた。
(ランサーの武器……名前聞き忘れた。
・
・
兎に角! あの槍!
因果を逆転させるヤツ!
・
・
心臓を確実に貫くって言ってたな。
あれで桜の心臓の蟲を貫けないかな。
ただ、宝具の開放だから威力が強過ぎるか?
威力を下げるには……。
・
・
そうだ! ライダーの魔眼!
あれって、サーヴァントには直接効かなくてもランクを下げるって言っていたな。
つまり、ライダーの魔眼開放状態で、
ランサーの宝具を使えれば、桜の傷は、最小限で済むんじゃないか?
その後、遠坂の……なんだっけ?
まあ、その遠坂の変な魔術で治療を出来れば……。)
士郎は、セイバーとランサーの戦いを無視して、凛達のところに歩き出す。
「オイ。
オマエの主は、行っちまったぜ?」
「構いません。
シロウは、私を信頼しているから任せたのです。」
「羨ましいね、いい主を持って。」
「……ただの考えなしかもしれませんが。」
「ああん?」
「こちらの事です……行きます!」
「ああ! 存分に奮い合おうぜ!」
セイバーとランサーの激突は、更に激しさを増していった。
…
段取りを話し合っている凛達の元に士郎は歩いて行く。
説明をしているイリヤの肩をポンポンと叩き、肩に手を置いたまま人差し指を立てる。
振り返ったイリヤの頬に人差し指が当たる。
イリヤは、問答無用で士郎にグーを叩き込んだ。
「なんの用!」
「なかなかいいパンチを身につけたじゃないか、イリヤ。
桜の心臓の蟲の始末に困ってんじゃないかと思って。」
「何かいい案でもあるの!」
イリヤは、イライラした声で士郎に話し掛ける。
「うん、思い付いた。」
「へ?
・
・
本当?」
「今、問題になってんのってさ。
桜の心臓に如何にダメージなく、正確に蟲を殺すかって事だろう?
それでアイツ……ランサー。
アイツの武器って因果の逆転とかで心臓を確実に貫ける。
ランサーに頼んで、桜の心臓の蟲をやっつけて貰えないかな?」
「頼むって……士郎。
どうするの?」
「あんた、とことん馬鹿よね。」
「遠坂もイリヤも、もう忘れたのか?
俺、お前達と接触すると必ず頼み事をしてただろう?」
「そういえば……。
あんたは、そういう奴だったわね。」
「わたしも忘れてたわ。」
「で、遠坂には、最後に戦うように約束取り付けただろう?
あのノリで、アイツにも頼んでみよう。
遠坂と同じで呆れて承諾してくれるかもしれない。」
「呆れてって……。」
「でも、今のあの状態で、どうやって話すの?」
イリヤの指差す方向でセイバーとランサーのガチンコ勝負は、嵐のような勢いで続いている。
「竜巻の回転を止めないと話も出来ないな。」
「その心配はいらない。」
アーチャーが、話に割って入る。
「どういう事だ?」
「凛、私の能力の一部を披露してしまう事になるが構わないか?」
「ええ、緊急事態だから目を瞑るわ。
一応、みんなとは協定結んでるし。」
「違うな、遠坂。
俺の巧みな話術で配下に治まったのを忘れるな。」
「ああ、はいはい。
分かってるわよ。」
(約束を反故にする気だな。)
「で、アーチャー。
あなたの能力って?」
「うむ。
・
・
トレース・オン。」
アーチャーの発した言葉の直後、アーチャーの手には、一本の深紅の槍が握られていた。
「これって……まさか!?」
「ランサーの槍だ。」
「投影魔術!?
しかも、こんな高度な完成度のものなんて!」
「イリヤ、驚いてるけど凄いのか?」
「魔術師なら、十人が十人驚くわよ!」
「へ~。
因みに精度と威力は?」
「ほぼ同じだ。
しかし、私は、本来の使い手ではないのでランクが落ちる。」
「その槍をランサーが使えば、本来の精度を発揮出来るって事か?」
「うむ。」
「なるほど、好都合だな。」
「何で、ランクが落ちて好都合なのよ?」
「多分だけど、そのまま使ったら威力が強過ぎると思ったんだ。
だから、武器のランクを落としたいと思ってた。」
「なるほど。
考えてるじゃない。」
「ふむ。
しかし、これでも人間相手では、まだ、威力が強いようだ。
・
・
I am the bor……。」
アーチャーが、何かを唱えたのは確かだが、それを完全に聞き取る間もなくアーチャーの手で変化する槍に目が移る。
「槍が矢になった!?
すっげ! マジ、すっげぇぇぇ!」
「これならば、弓の張力で加減が効くだろう。」
「なあ、それって真名開放しても速度とか変わらないのかな?」
「どういう事だ?」
「漫画とかだとさ。
撃った後にギューンって、凄いスピードで飛んでって……グサッて。」
「なるほど。
しかし、事象が逆転するならば、撃った威力も反映されるだろう。」
「そうか。」
「まあ、一発試してみればいい。」
「じゃあ、あれに撃てば……。」
士郎の指の先には、ランサーが居る。
「流石に真剣勝負の不意打ちは出来ん。」
「でも、手頃な心臓なんてないしな~。」
「小僧……。
手頃な心臓でランサーを指定するのって、どうなのだ?」
「敵だし。
なんか、アイツしぶとく避けそうだし。
自分の武器だから弱点知ってんじゃないの?」
「士郎に賛成!」
「イリヤスフィール、その小僧に毒されてはいけない。」
「う~ん。
わたしも、士郎に賛成かな?」
「凛……君まで……。」
「ごめん。
正直、ランサーより、桜が大事!」
「アーチャー、すいませんが私からもよろしくお願いします。
私も桜が大事です!」
(同じサーヴァントとしてランサーに非常に同情する……。)
「分かった。
その代わり不意打ちだけはさせないでくれ。
英霊としての良心と誇りが傷つく。」
アーチャーは、深紅の矢を構えランサーに向ける。
「ランサー!」
戦いを続けるセイバーとランサーの動きが止まり、間合いを取りながらアーチャーを睨む。
アーチャーは、矢を放つと同時に真名を開放する。
矢は、スピードを増して、ランサーへと曲線を描いて突き刺さる。
……否。
ランサーは、矢を紙一重で回避する。
「当たんないな。
真名を開放したのに……。
遠坂、どう思う?」
「ランサー自体に何かあるわ。」
「?」
「矢は、間違いなくランサーに向かって行ったわ。」
「そういえば『矢よけの加護』というのが、
クー・フーリンにはあったな。」
「アーチャーは、物知りだな。」
「貴様が無知過ぎるのだ。」
「なんか凄い形相でランサーが睨んでるな。」
「当然だ。
真剣勝負に横槍を入れたのだから。」
「セイバー!
実験終わったから、続き頼む!」
士郎の声に、ランサーと一緒にセイバーも睨みつける。
士郎は、二人を無視して話の続きをする。
「やっぱり、ギューンってなったな。」
「威力は、これぐらいでいいのではないか?
人間の筋肉や臓器というのは、案外固いものだ。」
「大事な事を忘れてたわ。
対象となる蟲の防御力は?」
「今の威力なら、問題なく貫ける。」
「じゃあ、決まりね。
イリヤ、一応、おさらいしましょう。
新参者の馬鹿に場を荒らされたくないから。」
「酷いな。」
「分かったわ。
残る最後の蟲を退治するため、アーチャーの今の矢で桜の心臓を貫く。
そして、矢の上下2センチを目安に切り口を入れて蟲だけを取り出す。
その後は、凛の治療魔術を実施。
・
・
最後にライダーの宝具で全ての蟲を消滅させる。」
「なるほど。」
「その後……。」
「まだ、あるのか?」
「魔力の尽き掛けたライダーのために士郎が血を提供する。」
「…………。」
「なんで、当然の様に
俺の血液提供が組み込まれているんだ!?」
「一番、血の気が多いから?」
「イリヤ、意味違うぞ……。」
「まあ、ライダーも士郎の血は、お気に入りだからいいじゃない。」
「はい?」
「健康的で美味でした。」
ライダーは、士郎に微笑み掛ける。
「いやいやいやいや。
そんな笑顔を向けられても……。」
「士郎、諦めなさい。
桜の大事なサーヴァントを消させないために、
あんたは、血ぐらい提供すべきなのよ。」
「遠坂!
今の発言、おかしい!
イリヤを庇い立てするセラみたいだ!」
「そう?
でも、これ決定事項だから。」
「俺に選択の余地はないのか……。」
「では、行動に移すぞ。
凛、準備は?」
「大丈夫!」
ライダーが優しく桜を支え、アーチャーが弓を引き絞る。
そして、真名の開放と供に深紅の矢が桜の心臓を貫いた。
…
戦闘の途中でランサーは、セイバーに静止を掛ける。
「待て!
オマエの仲間、あの女の子に矢を撃ったぞ!?」
「あれは、治療の一環です。」
「オマエ達……一体何をしていたんだ?」
「簡単に言えば、お節介を焼いているのです。
マスターとサーヴァントが寄り集まって、
サクラ……あの少女を救おうとしているだけです。」
「な……馬鹿か!? オマエら!」
「ええ、私もそう思います。
聖杯戦争の本質を忘れ、己が願いを置き去りにして、
我々は、別の事で躍起になっている。
・
・
しかし、この行為に後悔はない。
これは、己が願いを叶える道の一つです。」
「置き去りにした願いを叶える道か……。
矛盾しているようだが、簡単に言えば急がば回れ。
遠回りこそ、正解に近づく道か……。」
「ランサー……。」
「興が削がれた。
また、今度にしよう。」
「いいのですか?
私なら、決着が着くまでお相手します。」
「宝具の開放なしで真剣勝負もないもんだ。
俺は、死力を尽くした戦いをしたいんでね。
・
・
それに俺のマスターから、お呼びが掛かっちまった。」
「そうですか。」
「また、今度な。」
ランサーは、霊体化するとセイバーの前から姿を消した。
「ランサー……。
次に見える時には、必ず決着を。」
セイバーは、踵を返すと士郎達のところに歩き出した。
…
アーチャーの矢が正確に心臓を貫き、刺し穿つ死棘が心臓と蟲を捕らえる。
アーチャーは、急いで刺し貫いた矢傷の上下を切り裂き、矢に刺し貫かれた蟲をゆっくりと引き抜く。
「よし! 凛!」
凛は、直ぐに秘蔵の宝石の魔力を用い、血液の流れを作りつつ、心臓の修復と傷口の修復を始める。
アーチャーは、ライダーに代わり、桜を支える。
ライダーは、アーチャーから受け取った矢をトレイに放り投げると宝具を使用し、天馬を召喚する。
「イリヤ、離れよう。
ライダーの宝具は強力だ。」
士郎がイリヤを庇って離れると、夜空に輝く彗星は、大きな曲線を描き再び舞い戻る。
間桐邸で見た強力なエネルギーの奔流が地面を抉り続ける。
「相変わらずだな。
だけど……威力も範囲も前より小さい。」
「当然ね。
魔力の供給が行われていないんだから。
でも、この威力で十分だし消滅させるなら、
ライダーの宝具は、打って付けだわ。」
「イリヤのお墨付きなら、間違いないな。」
「後は、桜ね。」
桜の周りに全員が集まる。
凛は、肩で息をして秘蔵の宝石に目を移す。
「魔力……ほとんど、なくなちゃったわね。
父さん……ごめんなさい。
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・
でも、桜……生きてる。
全部、終わったわ……。」
凛が、涙を浮かべて嬉しそうに振り返る。
その笑顔は、魔術師とは、ほど遠い少女の笑顔だった。
「リン、おめでとうございます。」
「安心しました。
桜が無事で。
凛、あなたが頑張ってくれたお陰です。」
「セイバー、ライダー、ありがとう。」
「我々の完全勝利だな。」
「ええ、ありがとう。
アーチャー、あなたが私のサーヴァントでよかったわ。」
「…………。」
「イリヤ……。
あなたに一番感謝してる。
わたしを励ましてくれた事、一緒に魔術書を解いてくれた事。
本当にありがとう。」
「べ、別に、凛のためじゃないんだから!
でも……桜が助かって、よかったわね。」
「ええ、二度と失わないわ。」
「士郎……。」
「分かるぞ。
俺なんかにお礼を言いたくないのは。
俺も遠坂の立場だったら、言いたくない。」
「そんな事はないわよ!」
「だから、俺からお前に言葉を贈ろう。」
「え?」
(珍しいですね。
シロウが、リンに優しいなんて。)
(何だかんだで、こういう結果に導いた要因は、
士郎にある事が大きい。
彼も、それを分かって声を掛けるのでしょう。)
(小僧も、一応、凛の性格を分かっているのだな。
こういう時、素直になれないのが彼女だ。)
(士郎……。
今回だけは、許してあげる。
でも、これ以降は、わたしのものなんだから!)
「遠坂……。
桜が助かって、本当によかった。
そして、それを遠坂の頑張りで助けたのが嬉しいよ。」
「士郎……。
うん、ありがとう。
長い間待ってたものを、やっと、取り戻せたわ。」
「少し痩せちゃったけどな。」
「ええ、滋養の着く料理を無理にでも食べさせて
元気になって貰うわ。」
「薬とかは?」
「うん、処方する。
完全に治るまで、わたしが面倒見る。」
「そうか。」
「士郎……ありがとう。」
「ああ、よかったな。
俺も、嬉しいよ。
・
・
痩せてしまっても、桜の胸の大きさは変わらなかった。」
「は?
・
・
この馬鹿!」
凛のグーが、盛大に士郎に炸裂する。
他の面々は、頭を押さえて溜息をついた。