== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
長い夜が終わりを迎えようとしている。
凛とライダーは、桜を部屋に運ぶと服を着替えさせベッドに寝かせる。
2人は、桜が目を覚ますまで側に居る事にした。
アーチャーは、衛宮邸の屋根で再び監視を続ける。
魔力を発し続けてランサーに居場所が露呈した。
これまで以上に敵との遭遇の可能性が高い。
士郎とセイバーは、既に布団へと横になっていた。
しかし、士郎は、直ぐに布団を抜け出し、イリヤの部屋へと向かった。
第59話 幕間Ⅰ①
士郎がノックをすると『どうぞ』と返事が返って来る。
士郎は、イリヤの部屋へとあがり込む。
「中は、こんな風になっていたのか。」
「部屋を見に来たの?」
「それもある。」
「どう?
わたしのお部屋は?」
「外から見た部屋の大きさより、中の方が広いのが納得いかない。
空間でも歪めているのか?」
「う~ん。
セラに任せたから、分からないわ。」
「……セラも、大概にしてデタラメだよな。」
士郎の言葉にイリヤは、クスクスと笑いを漏らす。
そして、士郎は、溜息を漏らす。
「ん?」
士郎は、イリヤの部屋で別の気配を感じ取る。
途端に唇の端が吊りあがる。
そして、イリヤに小声で話し掛ける。
「イリヤ、これからアイツを騙す。
適当に相槌を打ってくれ。」
(士郎……もう、気付いたんだ。)
「いいわよ。」
士郎とイリヤは、普段の声の大きさで会話を再開する。
「ところで、他の用件は?
『それも』って事は、他にもあるんでしょう?」
「ああ。」
「もしかて、わたしが目当て?」
(さすが、イリヤ……。
からかう事に関しては、通じるものがあるな。
しかも、相槌どころか自分から仕掛けるとは。)
「そうだ。
俺は、イリヤが欲しい……。」
「士郎……。
こんな、わたしでいいの?」
「ああ、愛しているよ……。」
「士郎……。」
イリヤが、士郎に抱きつこうとする。
「衛宮士郎ーーーっ!」
(来たな!)
士郎は、パンと頭の上に振り下ろされる何かを白羽取りする。
「やはり、セラか……。」
「な!? 気付かれていたのですか!?」
「当然だ。
今のは、イリヤとお前を炙り出すために一芝居打ったんだ。」
「お嬢様!?」
「ごめんね。」
士郎は、振り返りつつ手の中の物を確認する。
「おま!? これ、薙刀じゃないか!?」
「当然です。
お嬢様に触れようとする輩は、一刀両断にしなくてはなりません。」
「お前の前では、冗談も言えんな……。」
「で、衛宮士郎。
何用で、お嬢様の部屋に来たのですか?」
(さらっと流したな。
謝罪ぐらいしろよ。)
「実は、さっき渡したノートの事についてだ。」
「これ?」
イリヤが、ノートを取り出す。
「分かるか?」
「セラと見てみたんだけど、今一はっきりしなくて。」
「古文書とノートを照らし合わせ、
衛宮様の解読に間違いがないのは確認しました。」
「確認ね……。
信用してないって?」
「当然です。
何十年もの間、解読出来なかったものが、突然、解読されたのです。
嘘だと疑うのが心情でしょう。」
「そんなもんか。
それな……ただ見ただけじゃ分からないぞ?」
「なんで?」
「イリヤに渡したのは、解読した半分なんだ。」
「半分?」
「何故、全てをお渡しにならなかったのですか?」
「あの場には遠坂やライダーも居たし、敵のランサーも居た。
アインツベルンの遺産が、万が一にも流出したら拙いだろ?」
「貴方は、意外と目配りが利くのですね。」
「信用には、信用で応えないとな。」
「それで?
残りの半分は?」
「これだ。」
士郎は、サランラップを取り出す。
「ふざけているのですか?」
「大マジ。
ノート貸して。」
イリヤは、士郎にノートを渡す。
士郎は、図の示してあるページに持っていたサランラップを巻き付ける。
「どうだ?」
イリヤとセラは、ノートを覗き込む。
「図に説明が!」
「そう、別項の各説明を図の適材適所に配置しないと分からない。
そのサランラップには、マジックで適所に説明が書いてある。
これがその古文書に隠されていた、もう一つの秘密だ。」
「凄いですね。
……しかし、巻き付けてあるのがサランラップとは。」
「悪いな。
セロファンみたいなものは置いてないんだ。」
「しかし、この図は……。
とんでもないものを紐解いたようですね。」
「ええ、聖杯戦争の禁忌。
多分、アインツベルンの誰かが聖杯戦争のシステムを研究して、
独自に作り上げた根源への道の繋げ方だと思うわ。」
「この方法なら、魔力だけあれば繋げられそうです。
お嬢様、如何ですか?」
「確かに可能ね。
でも、膨大な魔力が必要よ。
聖杯戦争を開始するのに貯める霊脈の魔力の15倍は、必要なんじゃないかしら?
周期を40年としたら、600年掛かるわ。」
「だから、古文書にしてお蔵入りにしたのか?」
「多分、そんなところでしょうね。」
「もう一つの意味合いがあるかもしれません。」
「どういう事だ?」
「お嬢様、この聖杯戦争には幾つかの禁忌があります。
そして、この膨大な魔力を聖杯戦争中に確保する術が一つあります。」
(回りくどいな。)
「それは、サーヴァントによる魂食いの事?」
「……気付いておられましたか。」
「ええ。
同じ要領で大量の人間の魂を吸収してしまうんでしょう?
それを実行すれば、歴史に汚名を永遠と残せるわ。」
「大量殺人か……。
かなりの範囲が予想されるな。」
「そのような不本意な汚名を残す事など出来ません。
お嬢様、この古文書は、見なかった事にしませんか?」
「いいえ、それはしないわ。
わたしの見た限り改善点も多くあるし、
もしかしたら、アインツベルンの領土で根源の道を開けるかもしれない。」
「本当ですか!?」
「本当よ。
要は、魔力を確保する問題と使用する魔力量なのよ。
魔力を定期的に確保する霊脈と使用する魔力量の削減をクリア出来れば、
アインツベルンの領土でも600年なんて待たずに出来るはずよ。」
「へ~。
じゃあ、冬木から聖杯戦争を本当になくせるんだ。」
「セラ、今の魔術の技術なら、
魔力量の削減も可能なんじゃないかしら?」
「そうですね……。
・
・
しかし、この古文書が出来たのは聖杯戦争後ですから、それほど、時間は経っていません。
対応出来る技術があるかは、望みが薄いと思います。
それでも、技術の革新が続いているのは事実です。
もしかしたら、今なら対応出来る技術もあるかもしれません。」
「……変だな?」
「どうしたの? 士郎?」
「この古文書って、もっと古いものに見えるんだけど。
200年前にしては、紙も表紙も痛み過ぎてないか?」
「そう言われれば……。」
セラは、古文書を手に取り確かめる。
「逆かもしれないな。
この古文書をアインツベルンの誰かが紐解いて、
聖杯戦争に利用したのかもしれない。」
「確かに士郎の言う通りかもしれない。
古文書に示されている説明が優れているから、錯覚させられたわ。
画期的な事も幾つか記されているから、聖杯戦争を模倣したと思ったけど……。
・
・
セラ、この古文書は、もっと詳しく調べる必要があるわ。
もしかしたら、とんでもない技術が、まだまだ隠されているかもしれない。」
「はい。
続けて調査します。」
「調査続けられるのか?」
「衛宮様のお陰で、解読の鍵は解かれています。
後は、文字が読める我々で精査するだけです。」
「俺は、そこの字が読めないから、ニュアンスしか伝わらないけど。
魔術の専門家が言うなら間違いないな。」
「では、お嬢様。
これで屋敷に戻ります。」
「ええ、ご苦労様。」
セラは、イリヤに挨拶をすると部屋を出て行った。
「イリヤは、帰らないのか?」
「関わった以上、最後まで面倒見るわ。」
「イリヤは、いい子だな~。
この子が、いきなり俺を殺そうとしたとは……。」
「そんな昔の事、いいじゃない。」
(まだ、1週間も経っていないんだが……。)
「イリヤ、本当に古文書を紐解けそうなら、
聖杯戦争をなくして、アインツベルンで根源の道を開くの考えてくれないかな?」
「いいわよ。
こっちも願ったり叶ったりだし。」
「…………。」
「そりゃそうか。
魔術師の最終的な目的なんだから。
遠坂に言ったら、怒りそうだな……。」
「わたしだったら、『抜け駆けした』って怒るわね。」
「そうか……。
どうしよう?
俺、このままじゃ遠坂に殺されそうだ。
・
・
そうだ!
イリヤ、遠坂と分け合ってくれないか?」
「どうやって?」
「200年前に祖先が協力して作り上げたのが聖杯戦争だろ?
その現代版。
つまり、イリヤと遠坂で根源の道を開けばいいんだよ。」
「だから、どうやって根源の道を分け合うの?」
「バイパスだ。
アインツベルンで開いた根源の道をバイパスして、
遠坂にも使えるようにするんだ。」
「…………。」
「そんなの出来るの?」
「勘で言ってるだけだけど?」
「…………。」
「出来ないか?」
「考えた事もないわ。」
「じゃあ、根源の道が開いたらバイパスを作るのが、
これからの先祖代々の宿題にしよう。」
「よそ様の先祖の宿題を勝手に決めるなんて……。」
「いいじゃん。
減るもんじゃないし。
俺のお陰で、イリヤも遠坂も大分おいしい思いをしたんだろ?」
「まあ、それは……。」
「じゃあ、決まり!」
「士郎には敵わないわね。」
「そうと決まれば、やる事やらないとな。」
「やる事?」
「うん。
桜が元気になったら、皆に話して巻き込む。」
「それ、やる事なの?」
「間違いなく。」
「嘘ばっかり。」
士郎は、笑顔を浮かべると振り返る。
「じゃあ、部屋に戻るよ。」
「士郎。」
「うん?」
「切嗣の事……知っている事だけでいいから、お話しして欲しい。」
「親父か……。」
「士郎の事も知りたいし、わたしの事も知って欲しい……。」
「……まあ、いっか。分かった。」
「横になって寛いで。」
「布団取って来るよ。」
「わたしのベッド広いから、一緒に寝ましょう。」
「…………。」
「男女のプライバシーというか……モラルは大事だと思う。
やっぱり、布団取って来るよ。」
イリヤが、パチンと指を鳴らすとバーサーカーが現界する。
「レディに恥をかかせる気?」
「決してそのような事は……。」
「バーサーカー!」
バーサーカーが、士郎を掴む。
「潰される~!」
「大丈夫よ。
こんな時のために細かい動作の特訓はバッチリよ。」
(なんて無駄な努力なんだ。)
「お兄ちゃん! 正座!」
士郎は、バーサーカーに強制的に正座をさせられる。
その夜、士郎とイリヤは話し続けた。
何故か当初の予定とは違い、士郎は正座して。
夜が明けお昼近くになって、士郎とイリヤは眠りに着いた。
眠りに落ちる直前、イリヤは、士郎に呟いた。
「本当は、凛と桜が羨ましかったの。」
その言葉を口にした事をイリヤ自身は記憶に留める事はなかった。
士郎も夢か現実か認識する事は出来なかった。
…
早朝。
凛とライダーに見守られながら、桜は、目を覚ました。
「姉さん……。
ライダー……。」
「桜、おはよう。」
「おはようございます、桜。」
桜は、ゆっくりと上半身だけ起き上がる。
「大丈夫?
何か変な事ない?」
「体が……軽いです。」
「それから?」
「気持ちも……軽いです。
不快な物が削ぎ落とされたような。」
凛とライダーの顔に笑みが浮かぶ。
「桜、もう大丈夫です。
あなたを苛むものはありません。
凛が治療してくれました。」
「じゃあ……わたしの中の蟲は……。」
「はい。
もう、居ません。」
桜が、嬉しさの余りに手で顔を覆う。
「姉さん……。
ありがとうございます。」
「みんなのお陰よ。
みんなが桜のために頑張ったわ。
お礼は、みんなに言わないとね。」
「はい。」
「ただ、心配な事もあるわ。
桜の体の体積が、蟲を排除した分だけ減っているの。
そればかりは、どうにもならないわ。」
「つまり……。」
「食べて太るしかないわね。」
「…………。」
「姉さん、その言い方……なんか嫌です。」
「しかし、桜。
凛の言っている事は間違っていません。
滋養のあるものを召し上がってください。」
「分かりました。
でも、心配するほどでもないかもしれません。」
「何でよ?」
「上手く言えませんが、蟲を追い出す前までこの体で生活していたんです。
蟲が居なくなった分、楽に動かせるというか……。」
「……分かって来たわ。
蟲ってのは、言わば脂肪みたいに余計なものなのよ。
その余計なものを背負って生活していたんだから、
桜の筋力は、本来、かなり強いのよ。
簡単に言えば脂肪を抜き取って、筋力だけ残ったようなものなんだわ。」
「ダイエット成功ですか?」
「その例えは、何か腹立たしいわね。
ふふふ……安心しなさい、桜。
3日で元の体型に戻るような滋養のつく料理を食べさせてあげるわ。」
(なんか姉さんの地雷を踏んでしまったようです……。)
「まあ、兎に角。
居間に行きませんか?
先ほどから、朝食の匂いが漂っています。」
「そうね。」
「はい。」
凛と桜とライダーは、居間へと向かった。
…
居間では、朝食の用意を終えたアーチャーと朝食の匂いに誘われたセイバーが、皆の着席を待っていた。
「遅いですね。」
「小僧は、一緒ではないのか?」
「昨夜、部屋を出てから戻っていません。」
「いいのか?
マスターを放って置いて。」
「ええ、大丈夫です。
外に行ったようではないので。」
「ふむ。
君が、そう言うのであれば、これ以上の追求はすまい。」
「ところで、今日は、随分と柔らかいものが多いような。」
「桜の事を思って、滋養に良いものと消化に良いものを作らせて貰った。」
「ほほう。」
「朝粥というのも、食が進むものだぞ。」
「そうですか。
・
・
しかし、遅いですね。」
「先に、頂くかね?」
「昨夜は、皆、遅くまで頑張っていましたから、
誰も起きて来ないかもしれません。
アーチャーの料理を冷ますのも良くありません。
不本意ですが、ここは、先に頂いて置きます。」
アーチャーが、盛り付けを始めようとした時、居間の障子が開き凛達が現れる。
「アーチャー、この子にカロリーの高いものをお願い!」
「藪から棒に……。
どうしたというのだ?」
「桜の奴、脂肪だけ減って筋力落ちてないんだって!
そんなの絶対に許せないわ!
だから、3日で太らせるのよ!」
「別にいいではないか。」
「姉さん、わたしは徐々に体重戻しますんで……。」
「仕方ない……分かったわ。
アーチャー、桜の分は、二倍用意して!」
「姉さん!?」
(凄い執念ですね。)
「サクラ、アーチャーの料理は美味しいですよ。
気にせず食べるべきです。
今のサクラは、見ているこっちが心配になります。」
「そうですか?」
「はい。」
「折角、痩せたんですけど、
みなさんを心配させるのは良くないですね。
太り過ぎないようにいただきます。」
「朝食は気を使ったが、
その調子ならば、昼食は普通のもので良さそうだな。」
「はい。」
「ところで、士郎とイリヤは?」
「まだ、姿を見ていません。」
「ふ~ん。
イリヤは兎も角、士郎は、早起きのイメージがあったけど。」
「お腹が空けば現れるでしょう。」
「そうね。」
朝食は、士郎とイリヤを除いて直ぐに開始された。
話題は、ほとんどが桜の体の調子に関するものだった。
そして、朝食後、凛が処方した薬により、桜と横から摘まみ食い(?)と言う名の味見をしたセイバーが苦さのあまり屍になった。
…
昼食時になっても士郎とイリヤは、姿を現さない。
寝ているのだから、当然なのだが他の者は気になり始めていた。
「おかしいですね。
昼食にも姿を現さないとは……。」
「セイバーではないので、絶対ではありませんが。」
「ライダー。
今のは、どういう意味でしょう?」
「気になさらず。」
セイバーとライダーの間に嫌な空気が流れる。
「放って置けばいい。
その間にやるべき事もある。」
「それは?」
嫌な空気を遮ったアーチャーの質問にセイバーが問い掛ける。
「セイバー、今は、聖杯戦争中だ。
今後の方針を考えねばなるまい。」
「しかし……。
不幸な事に、この家に居るマスターは、
シロウの計略に嵌り、決定権がありません。」
「「そうだった……。」」
赤い主従が、同時に額を押さえて項垂れる。
「まあ、律儀に守る必要もありませんが。」
「士郎のサーヴァントとは思えない発言ですね。」
「何というか……。
戦いもせず、相手の心の隙をつく卑怯極まりない遣り方に、
騎士である私は、自己嫌悪に陥っています。
いっその事、貴方達から裏切ってくれる方がスッキリします。」
「でも……衛宮先輩が行動を起こさなければ、
きっと、ここにみんな居ませんでした。」
「桜……。」
「確かにデタラメな人ですけど……。」
「そこが一番の問題なのよ!」
桜の付け足した一言に反応して、凛がテーブルを叩く。
「アイツが、まともな性格さえしてれば、
素直に感謝もするし、尊敬も出来るのよ!
な・の・に!
当の本人は、人をからかう事を念頭に行動するから、
わたし達は、いらないツッコミを入れたり、
からかわれたり、イライラさせられたりするのよ!」
「しかし、凛……。」
「何よ! ライダー!」
「士郎が、まともな性格をしていたら、暗号も解けませんでした。
それに……私は、未だに慎二の操り人形で人を襲い続けていたかもしれません。」
「だ~~~っ! もうっ!
アイツのいい加減さが思いもよらず役に立つから!
わたしは、この怒りを誰にぶつければいいのよ!」
「シロウで、いいのでは?
良くも悪くも全てシロウがいけないのです。
人の善意を最後の最後で、いつも踏み躙る。
折角、纏まり掛けたものを、また、バラバラにする。」
「そうよ!
全部、士郎が悪い!
・
・
そして、不覚にもアイツに借りを作っている自分に無性に腹が立つ!」
「シロウは、人を騙す事に長けていますから。
人生全て『人をからかう事』に懸けているみたいなものです。」
「もういい!
放って置くわ!
・
・
アーチャー! ご飯!」
「昼食は、君のリクエストでカロリーが高いのだが?」
「いい! 関係ないわ!
カロリーは、怒りで消費する!」
(聞いた事のない理論だ……。)
昼食は、凛に巻き込まれた皆が、やけ食いに付き合わされる。
桜は、徐々に体重を戻し、セイバーとアーチャーとライダーはサーヴァントのため、体重は変わらない。
その夜、凛だけが体重計の前で悲鳴をあげる事になる。
…
夕方、士郎とイリヤが揃って居間に現れる。
「「おはよう……。」」
「おはようございます。
随分と遅い起床ですね。」
「ああ……朝焼けが綺麗だ。」
「夕焼けです……。」
「お前ら、あんな夜更かしして、
なんで、起きれるんだ?」
「貴方の場合、二時間寝ても目が覚めていたではないですか。」
「……そうだな。」
「二人一緒とは、随分と仲がよろしいのですね?」
「うん、士郎と一緒に寝てたから。」
「ああ、イリヤと一緒に寝てたから。」
「…………。」
居間には、変な空気が流れる。
「シロウ。
何故、イリヤスフィールと一緒に?」
「ベッドが大きいからだ。」
「また、目的の内容を話さず結論だけを……。
私も学習しました。
貴方の言い方には、含みがある。」
「癖だ。
気にするな。」
「何の癖なのです!」
「あの赤いのとか……。」
凛のグーが、士郎に炸裂する。
「名前で呼べ!」
「赤いのもとい、遠坂とかに話すのめんどい時あるだろ?」
「あんた、いつもそんな扱いしてるわけ?」
「なんかさ。
いつも説明求められるんだけどさ。
説明してやるのにがっかりするんだよ。」
「「「「「ああ~。」」」」」
「で、説明聞かなくてもいいやってのが多くてさ。
結論から言う事にしてるんだ。
話し慣れるとそれで話を進めてくれるようになるから。」
「シロウの謎の交友関係が、少し見えた気がします。」
「全っ然、知らなくていい事だけど。」
「まあ、そういう事だから流していいか?」
「流せません。
何故、婦女子と寝ているのです。」
「だから、ベッドが大きいからだ。」
「繰り返すな!」
再び、凛のグーが士郎に炸裂する。
「お前らってさ。
意外と人のプライバシーに踏み込むよな。」
「シロウの行為が、犯罪スレスレだからです。」
「俺が、イリヤにいけない事でもしていると思っているのか?」
「やりかねないわね。」
「絶対にしない。
例えばだ。
お前らに、気になる異性が居たとする。
しかし、そいつに近づくには最強のボディーガードを倒さねばならない。
バーサーカーという……。
・
・
お前らは、死を覚悟してそんな事をするのか?」
「……しないわね。」
「……失念していました。」
「じゃあ、分かったな?」
「分かんないわよ!
だ・か・ら! 何で、イリヤと寝てたのよ!」
「昨日、イリヤとアインツベルンの古文書の話をしてたら、
他にも色々話す事があって、
そのまま寝ながら話すかってなって、
布団取って来ようとしたら、バーサーカーに正座させられて、
そのまま、力尽きた。
・
・
そんなところだよな?」
「うん、そんなところ。」
「それだけ?」
「それだけだが。
お前らは、他に何を期待してたんだ?」
「犯罪的な事?」
「私が制裁を入れる事でしょうか?」
「馬鹿じゃないの?」
「あんただけには、言われたくないわ!」
「シロウだけには、言われたくありません!」
(なんなんだ? この会話は?)
「まあ、いいや。
アーチャー、ご飯。」
「わたしも!」
アーチャーが、溜息を吐く。
「まだ、夕飯には早くて用意してないが?」
「お昼は?」
「色々あってな。
全て食べ尽くされた。」
「言い方が気になるな。」
「それと冷蔵庫が空だ。」
「人数増えたからな……。」
「士郎! お腹減った~!」
「仕方ない……。
買い物しながら、外で食べるか?」
「え~~~っ!」
「じゃあ、飢えるか?」
「もっと、ヤダ!」
「じゃあ、行こう。
俺のおごりだ。」
「仕方ないわね~。
顔洗って用意するから、待ってて。」
「分かった。」
伸びをした後、イリヤは、居間を出て行く。
「そうだ。
遠坂、俺に借りがあったろ?」
「な、何よ?」
「眼鏡を作ってくれ。」
「は?
わたしは、眼鏡屋じゃないのよ?
矯正なんて出来ないわよ。」
「度は、いらないんだ。
ライダーの魔眼を相殺出来ればいい。」
「魔眼を?
どうして、また?」
「ライダーの素顔が見てみたい。」
「士郎……。
何故、私の素顔が気になるのです?」
「気にならない理由が分からん。
他の連中も気になるだろう?」
他の皆は、目を逸らす。
「士郎……皆は、分かっています。」
「では、次だ。
ライダーの眼帯が、私服に全然合ってないと思うだろ?」
「それは……。」
「私服に眼帯ってなんだ!?
どっかのSMクラブか!?
ライダー! お前は、変態か!」
「違います!」
ライダーのグーが、士郎に炸裂する。
「あなたは、毎度毎度……。」
「桜、お前からも言ってやれ。」
「わ、わたしですか!?」
「そうだ! 素顔がいいって!」
「……でも。」
「もういい、分かった。
これを使う。」
士郎は、懐から偽臣の書を取り出す。
「あんた、そこまでする!?」
凛は、呆れて声をあげる。
「する! 俺は、ライダーの素顔が見たい!」
「馬鹿ですね。」
「馬鹿だな。」
「馬鹿ね。」
「……馬鹿なんでしょうか?」
「と、いう訳で、遠坂。
魔眼殺しの眼鏡を作れ!
・
・
で、ライダー。
お前は、眼鏡を掛けて素顔を見せろ!」
士郎の我が侭に凛は溜息を吐き、ライダーに話し掛ける。
「ライダー……諦めない?
わたしは、だんだん不毛に思えて来た。
・
・
それにこんな事で借りが返せるなら安いわ。」
「しかし……。」
「ライダー、お前の貸しもなかった事にしてやる。
桜の事も貸し借りなしだ。」
ライダーの視線が桜に移る。
(もう、ひと押しだな。)
「令呪も返そう。」
「本当ですか!?」
「シロウ!」
士郎にセイバーとライダーが詰め寄る。
「何で、戦力を手放すのです!」
「なんだ?
お前は、ライダーと仲良く姉妹ごっこでもしたかったのか?」
セイバーのグーが、士郎に炸裂する。
「そういう事ではありません!
何故、私に一言の相談もなく勝手に決めてしまうのです!」
「だって、俺、お前のマスターだもん。」
「ぐっ! そう来ましたか……。」
「それにさ。
戦うたんびに血吸われてたら死ぬって。
・
・
今回は、血吸われなくて済んだが。」
「そういえば、まだでしたね。では。」
ライダーは、士郎の首筋に噛み付く。
「待て! ライダー!
いつからお前まで、そんな勝手な事を……。
ああ、血が抜けてく~。」
ライダーは、唇を離す。
「今回は、この程度で我慢します。」
「ふふ……量は、この前ほどじゃないにしろ、しっかり吸うとは。」
「これも桜のためです。」
「セイバー、こういう訳だ。」
「~~~っ!
分かりません!
もう、勝手にしなさい!」
「じゃあ、早速。
ライダーに命令する。
今から、桜のサーヴァントに戻っちゃいなさい!」
士郎の命令で、ライダーに令呪の命令が下る。
それと同時に意味を成さなくなった偽臣の書が青い炎をあげて灰になる。
「これで眼鏡決定。」
「締まらないわね……『眼鏡決定』って。
・
・
それにしても、ライダーって本来は、こんなに強いサーヴァントなのね。」
「凄いのか?」
「ええ、桜による魔力の供給で失った力を完全に取り戻しています。」
「じゃあ、俺を噛む必要なくない?」
「……ありません。」
「オイ!」
「この前の味が忘れられずに……つい。」
「『つい』ってなんだ!?」
士郎は、ふてくされながら台所に向かい顔を洗い始める。
「歯は、磨かないのですか?」
「まだ、イリヤが使ってると思うから、
先に顔だけ洗ってんだ。」
「そうだ。
帰りに買い物に行かないといけないから、
誰か着いて来てくれないか?
この人数の食料は、さすがに持てない。」
「シロウ、私が行きます。
それに貴方に何かあっては大変です。」
「セイバーは、元々、頭数に入ってる。
もう少し、手が欲しい。
桜かアーチャー……手伝ってくれないか?」
「何で、わたしとライダーが人選から外れるのよ?」
「眼鏡作成共同体だから。」
「買い物行っている間に作るわけ!?」
「お前なら、ちょちょいのちょいだろ?」
「無理よ!」
「『どんな時にも優雅たれ』だろ?」
「そりゃそうだけど……。
・
・
何で、あんたが家の家訓を知っているのよ?」
「美綴と話してんの聞いた。」
「言った……かもしれないわね。」
「ちなみに、その後、全校にお前の家訓を知らせといた。」
「余計な事をするなーっ!」
凛のグーが、士郎に炸裂する。
「それで、誰が着いてく?」
「私が行こう。
直に材料を選びたい。」
「とことん料理人だな、アーチャー。
本当にサーヴァントなのか?」
「宝具を投影して見せただろ!」
「さて、そろそろ洗面所も空いただろう。」
士郎は、アーチャーを無視して居間を出て行く。
「私は、アイツの投げっぱなしで無視する姿勢が許せん。」
「貴方も、いっそ制裁を入れれば、どうですか?」
「……遠慮して置く。」
アーチャーは、自分の可能性に対して制裁を入れる事に自己嫌悪して、その場を流した。
…
数分後、衛宮邸の前に買い物に行く面々が揃っていた。
イリヤは、コートと帽子を被ったいつものスタイル。
セイバーは、藤ねえのダッフルコートに身を包んでいた。
士郎は、いつもの普段着。
そして、アーチャーは……『hollow』の時の黒の上下に身を包んでいた。
「アーチャー……目立ちますね。」
「そうだろうか?」
「でも、休日のお父さんみたいな服装は、
もっと似合わない気がするし……。」
「男の渋みを感じさせる年齢なんじゃないか?」
アーチャーを除く3人は、それぞれ思った事を口にする。
その後、商店街に向け、道中を話しながら進む。
「小僧、今後は、どうするつもりなのだ?
認めたくはないが、現状、我々の協定は貴様を中心に成り立っている。
且つ、マスター全てが貴様の配下にある……認めたくないがな。」
「そうだな……全員、揃ってるところで話そうと思ってたから、さわりだけ。
セイバーと話してた『冬木から、聖杯戦争をなくす』っていうのが、
出来るかもしれないに変わって来ているんだ。」
「そんな事を話し合っていたのか?」
「まあ。
40年周期とはいえ、毎回毎回、宝具ぶっ放す戦いは、もう勘弁。
200年前の人の少ない時期なら、兎も角、
こんなに人が増えた現代じゃ、聖杯戦争は、やっちゃいけない。」
「確かにな。」
(流してしまったが……。
40年周期だったか?)
「で、当初の思惑とは外れ、マスター4人が協力出来る事になった。
これは、大きな誤算だよ。」
「シロウと話した時は、『何を馬鹿な事を』と思っていましたが、
現状は、シロウの思惑通りに進んでいます。」
「遠坂の話で魔術師の最終目標が根源への道っていうのは理解した。
それをアインツベルンに譲渡する形で聖杯戦争をなくそうと思ってんだ。」
「な……本気か!?」
「本気。
とりあえず、アインツベルンの古文書解いて、
不可能じゃなさそうなところまでは、昨日、イリヤと話した。」
「本当なのですか、イリヤスフィール?」
「解決しなきゃいけない課題もあるけどね。」
「では、今後、我々はマスターを守護して、
『課題』を解くまでの時間を稼げばいいのですか?」
「それも一つの手だけど、残り三人のマスターとも協力出来ないかと思ってる。
特にキャスターの協力を得られれば、『課題』解決は加速度的に進むと思うんだ。」
「では、敵マスターとの話し合い、もしくは、捕獲を目的に?」
「うん、それがいいかと思う。」
セイバーとアーチャーとイリヤは、少し考え込む。
無理ではなさそうだし、出来なくもなさそう。
しかし、他のマスターの協力を得られるかは、不透明なところが大きい。
「これは、遠坂達とも話さないと分からない。
この話は、帰ってからにしよう。」
「そうですね。」
アーチャーとイリヤも、頷く事で返事を返す。
「ところでさ。
アーチャーの投影魔術って、なんなんだ?
突然、槍とか出たけど。」
「投影は、マイナーな魔術で使い手も少ないわ。
理由として精度が悪い事とイメージがしにくい事があげられるわ。」
「精度とイメージ?」
「例えば、なんの変哲もないナイフがあったとするわ。
士郎は、そのナイフを理解出来る?」
「理解?
見ただけで重さとか材質とかを判断するって事?」
「ええ。」
「無理だな。分からない。」
「そう、それが出来ないと投影は出来ないのよ。
多分、アーチャーは、桜に施したように解析能力が長けているから、
対象物を解析して投影出来るのよ。」
「なるほど~。
イメージの方は?」
「アーチャーが、槍を矢に変えたでしょう?
あれはアーチャーが、イメージによって槍を別の物に変えた結果なのよ。」
「イリヤスフィール、君には敵わんな。」
イリヤの状況判断にアーチャーは素直に感心する。
「はあ~……凄いな。
・
・
じゃあ、イメージから全く未知の武器も作れるのか?」
「出来ると思うけど、それは高等技術よ。
人は、それを認識するから物として存在させるのよ。
さっき言ったナイフも、材料から認識して形を変えてナイフにするの。
だから、何もない状態から作り上げるには強いイメージが求められる。
それこそないものをあるものと認識して、工程や錬度、技術をイメージしなければならない。
簡単なものならいざ知らず、宝具級のものをイメージだけで作り上げるなんて
人間の想像力を超えているわ。」
「じゃあ、アーチャーってサーヴァントの中でも特別なんだ。」
「それは間違いないわ。」
「じゃあさ。
今回は、アーチャーで召喚されたけど、
キャスターとして召喚される可能性もあるわけ?」
「面白い発想ね。
う~ん、どうだろう?
素質だけで言えば、ないとは言い切れないけど……。」
「待ってください。
アーチャーが投影出来るのは、弓だけではありませんでした。
そうなると全てのクラスで呼び出せるのではありませんか?」
「そうなるな。
そこのところ、どうなの?」
士郎は、アーチャーに視線を向ける。
「ふむ……あまり考えた事がないな。
呼び出すマスターの力量や性格にも影響するところかもしれんし……。」
「そうだった。
呼び出すマスターも重要な要素だった。」
「そして、結論から言うとクラスにはそれぞれ条件があるから無理だ。
キャスターなら、Aランクの能力が必要なはずだ。
それに私を引き当てるには、それなりの媒体が召喚には必要で、
それを保持している者は、現世では少ないだろう。」
「何か含みのある言い方ですね?」
「気にしないでくれたまえ。」
「俺にも魔術回路があるっていうけど、
仮に魔術を使えたら、何が起きるんだろう?」
「士郎の特性は、未知数だもんね。
気になるけど、今から修行しても大成するまで時間掛かるよ。」
「そっか……。
これあれば擬似魔術師になれるから、試してみようかと思ってたんだけど。」
士郎は、布袋に包まれた天地神明の理を手に取る。
(小僧に魔術か……。)
「うっ!」
アーチャーが、頭を押さえる。
(またか……。
今度は、何が引き金になった?)
「すまない。
先に行っててくれ。」
「アーチャー?」
アーチャーは、肩膝をついて目を閉じると意識を内へと向ける。
…
内では、擬似人格が嬉しそうに待っていた。
(『あなたに会うのも、これで第二回!
テンションが上がって来たでしょうか!?』
「寧ろ下がった……。
何で、そんなに元気なんだ?」
『何かここで取り込む魔力に毒されて構成する人格が、
だんだんとデタラメになって来たのよね。
寧ろ、わたしも被害者……。』
「前回より、早いお出ましだが?」
『それは慣れね。』
「…………。」
「凛が、ミントに見えて来た……。
どちらも似たようなものか……。」
『?』
「何で、呼んだのだ?」
『どう、少しは変わった?』
「ああ。
反省もしているし、君のアドバイス通り積極的に関わっている。」
『桜を救えたでしょう?』
「……ああ。」
『後は、あんた自身とイリヤね。』
「イリヤ?
・
・
そうか、イリヤは寿命が……。」
『また、自分を忘れるし……。』
「しかし、イリヤの寿命だけは、誰にも治せないはずだ。」
『はあ……。
ここの世界の可能性を忘れた?
デタラメなあんたが、キーパーツなの!
だから、アイツに何かをすれば都合のいいように変わるのよ!』
「そんな都合良くいくものか。」
『アイツに何かを託すとデタラメな選択肢が増えるのよ。』
「……この状況下では、アイツに投影を教える以外ないではないか。」
『分かってんじゃない。』
「しかし、それが役に立つとも思えんし。
私の世界のイリヤは……。」
『いいじゃない。
ここの世界のイリヤを救いなさいよ。
少しは、胸のつかえが取れるわよ。
桜を救って少しは、気が楽になったんじゃないの?』
「……そうだな。
楽になったのは確かだ。
今度は、救えたのだから。
・
・
足掻いてみるか……。」
『しかし、託すのは壊れた性格をしたあんたよ。』
「そうだった……。
ダメかもしれない……。」
『まあ、試してみる事ね。』
「…………。」
『ところで……。
あの好き勝手してるセイバーは、どう?』
「認めたくない……。
ただ、ああいう風にも変われるのかとも思ったな。」
『でしょ?
あんたも、少し肩の力抜いたら?』
「踏み越えてはいけない一線があるのも自覚している。」
『馬鹿しろとは言わないわよ。
ただ、連中を見て苦笑いでも浮かべて楽しいと思いなさい。
重症なあんたは、自分じゃ無理。
他人から分けて貰いなさい。』
「……何を?」
『本物の馬鹿さ加減ってヤツよ。
・
・
さて、いい方向に変わって……いるかもしれないし。
わたしは、これで最後にするわ。
正直、記憶に制限かける必要もなかったわ。
少しずつ慣れさせようとした優しさだったんだけど……。』
「はた迷惑な……。」
『直に記憶は戻ると思うわ。』
「ああ……。
心配を掛けていたんだな。」
『ええ、正義の味方ならアフターケアもしてよね。
身近に居る人なんだからさ。
おっと、それが嫌でこんな事したんだった。』
「重要性には、気付いてるつもりだ。
そして、それでも彼女を忘れられない。
しかし、後に会った君に似た少女も忘れられない。
何より、君の事を忘れられない。
楽しい思い出だよ……遠坂。」
『楽しい……?
あんた、もう、変わってんじゃない!』
「最近、思い出した事だ。
まだまだ、リハビリ中だ。」
『もう、いいわ。
好きにすればいい……。』
「他にアドバイスはあるか?」
擬似人格は、右手でチョイチョイとアーチャーを呼ぶ。
アーチャーは、お礼を間近で言いたいと近づく。
アーチャーが近づくと擬似人格は、アーチャーにグーを炸裂させる。
『これを一度やりたかったのよね!』
「な、何をする!」
『じゃ~ね~!』)
擬似人格は、笑いながら消えて行った。
…
アーチャーは、ぼんやりと意識を取り戻し呟く。
「あのヤロー……。」
「「「あのヤロー?」」」
普段と違う言動遣いに疑問符を浮かべる三人。
「何でもない。
・
・
先に行っててよかったのに。」
「置いて行ける訳ないでしょう。」
「セイバー……。」
「…………。」
「きっと、ここから恋愛に発展するんだ。」
「ほんと? 士郎?」
「間違いない。」
セイバーとアーチャーのクロスボンバーが士郎に炸裂する。
(今の死ぬんじゃないの?)
「この馬鹿が!」
「息の根を止めますよ!」
(止まってんじゃないの?)
「お前ら、息ぴったりだな。」
「…………。」
(士郎って……。
なんで、こんなに打たれ強いんだろう?)
士郎を除く三人が、どうでもよくなる。
暫し時間が経つとアーチャーは、擬似人格の言葉を思い出す。
そして、少し考えて投影魔術の伝授を思い出す。
「話を戻すぞ。
試しに私の投影を試してみてはどうだ?」
「投影? なんで?」
「何となくだ。
イメージだけすればいいから、もしかしたら出来るかもしれん。」
「わたしは、無理だと思う。
素人の士郎が、そんなに強いイメージを持てるとは思えないわ。」
「同感ですね。
それにシロウは、魔力の生成を分かっていない。
魔術回路を繋ぐ事しか出来なければ魔術は発動しない。
魔術回路を起動する魔力がなければ宝の持ち腐れです。」
「そうだった……。
俺、そもそも魔力が作れないんだった……。」
「修行もしないで魔術師にはなれないわよ。」
セイバーとイリヤは、『残念でした』と士郎に微笑む。
「でも、一応聞いて置こうかな?
アーチャー、どうやって投影してるんだ?」
アーチャーは、イリヤを見る。
今は、元気に笑っている少女に目を向ける。
(彼女の未来……。
聖杯戦争が終われば、ここに居ない私では救えない未来……。
デタラメで構成されたこの世界のキーパーツ。
コイツに託せば何かが変わる……。)
アーチャーは、粘り強く説明する。
「まず、魔術回路に魔力を通さねば、どうにもならん。
これにより、自分の魔術が始めて具体化するのだから。
その後、イメージもしくは、対象の情報を回路に乗せるのだ。」
「抽象的な説明だな……。
まあ、自分自身の感覚なんて相手に伝えてもしょうがないもんな。
とりあえず、俺が出来るとすればイメージするぐらいだ。
解析も出来ないし、魔力も生成出来ないんだから。」
「そういう事だ。」
アーチャーは、心の中で苦笑いを浮かべる。
解析を行わずに投影させる……順番が逆だった。
(質問に答えて順番が前後した。
珍しく真剣に聞くから答えてしまったな……。
訂正せねば……。)
「待てよ……。」
士郎が考えながら、止まる。
「どうしました?」
「少し時間をくれ。」
士郎が天地神明の理を強く握り、集中力を高めていく。
やがて、1本の線が、自身と繋がる感覚を返す。
(ここからだ。
慎二と戦って、ほったらかしにしていたライダーの魔力。
これをこの線に繋いだら、どうだ?)
士郎は、自身の中で主張する1本の魔術回路にライダーから吸収した魔力を流し込む。
(次は、イメージだ。
何をイメージする?
・
・
重さ、形、用途、威力、硬さ……。
イメージするのは、これだけ。
材質、工程、年月などは、全て無視。
元々、この世に存在しないものだ。
俺のイメージが全て。
・
・
このイメージを回路に乗せる!)
天地神明の理を持つ反対の手でバチバチと放電が繰り返される。
やがて魔力による構成が始まり、少しずつ姿を現し始める。
(っ! 頭が割れるように痛い!
・
・
それだけじゃない……。
天地神明の理に続く線が猛り狂ってる!)
士郎は、手の中で重さを感じる。
次に、柄の冷たさ。
そして、握り返した時の柄の硬さ。
イメージ通りのものが手の中にある。
(止めたいけど……。
ここで止めたら、今までの過程が全部無駄だ!
これが最後だ!
二度とやらねーっ!
・
・
ああ!
ここでライダーの魔力が無くなりそうだ!
・
・
どうする!?
どうする!?
どうする!?
・
・
そうだ!
セイバーに供給している魔力!
・
・
ライダーの魔力を供給するフリをして……。
・
・
よし! 逆に黄金の塊から魔力奪取成功!
これを残りのライダーの魔力と合わせて!)
最後に大きな放電を放つと手の中には、剣の柄が握られていた。
「……出来た。」
「嘘!?」
「何故!?」
「…………。」
(可能性としてないとは思っていなかったが……。
デタラメの可能性……。
一体、何をしたんだ!?
・
・
それより、魔力は、何処から!?)
全員が士郎の手の中の柄を凝視している。
「見た事もない剣だな。
しかも、柄だけとは……。」
「失敗したの?」
「いや、これでいい。
俺のイメージした通りのものなら。」
士郎は、柄に集中し仮想の敵を想像する。
その瞬間に柄から光が迸る。
「と、刀身が吹き出ている!?
シロウ、これは!?」
「イメージしたのは、覇王剣だ。
持ち主の闘気を刃のエネルギーに変える。」
士郎は、集中を解く。
剣は、再び柄だけになる。
「覇王剣……聞いた事がないな。」
「当然だ。
これは、漫画に出てくる武器だ。
この世には実在しない。」
「漫画だと!?」
「そんなものを投影したのですか!?」
「漫画なんて、それこそイメージ出来ないじゃない!?」
「とはいえ、投影出来ちゃったんだから、しょうがないだろ?」
「しょうがないで済むのですか!?」
セイバーは、アーチャーに視線で疑問を投げ掛ける。
「小僧、それを見せてみろ。
解析してみる。」
アーチャーは、士郎から覇王剣を受け取る。
「トレース・オン。」
アーチャーの解析が始まるが、アーチャーは困惑の顔をする。
「金属も分子配列も見た事がないもので構成されている。
これは、地球上には存在しない金属で出来ているのかもしれない。」
「原因は、分かりますか?」
「見当もつかない。
私は、このような投影を行った事がない。」
「ちょっと、待って。
士郎は、どうやって魔力を生成したの?」
「そうです!
シロウは、魔力を生成出来ない!」
「多分だけど、この剣は、二度と投影出来ないな。
種を明かせば魔力を合成したんだ。」
「何だそれは?」
「俺の中には、2種類の魔力があった。
一つは、俺の中の何かが、セイバーに提供するために生成している謎の魔力。
もう一つは、慎二との戦いで奪ったライダーの魔力。
初めは、ライダーの魔力で魔術を動かしていた。
だけど、最後の方で足りなくなってセイバーに向かう魔力を拝借した。
恐らくこの時に魔力の合成が起きて、今の結果になったと思う。」
「素人のくせにそんな無茶をしたの!?
士郎、手を見せて!」
イリヤは、士郎の手を奪い取るように見る。
「やっぱり、魔術回路が焼きついてる……。」
「そういえば、ヒリヒリするな。
頭もガンガンする。
・
・
治るのか?」
「治ると思うけど、時間が掛かると思う。
暫く、この魔術回路は使用禁止よ。」
「代償があったな……。
やらなきゃ良かった。」
「しかし、それが原因とは言い切れん。
何故なら、魔力は、ただのエネルギーにすぎず、
それを構築するのは、魔術師の魔術の力量によるところが大きいからだ。」
「なら、説明がつかないんだけど……。
俺は、てっきり最後のバチッてので合成完了したと思った。」
「イリヤスフィール、貴方の意見を聞かせて欲しい。
私は、魔術師ではないため正確な判断が出来ない。」
「常識で考えれば、アーチャーが正論。
でも、使った本人の感覚が一番重要。
だから、合成じゃないにしろ、
2種類の魔力を使って何かが起きたとしか言えないわ。」
「と、なると……また、ですか?」
「ええ、士郎がデタラメだから。
手順も確認しないで思い付きで実行したのが一番悪い。」
「俺のせい!?」
「貴様以外、誰が犯人なんだ?」
「…………。」
「まあ、いっか。
どうせ、俺、魔術使わないし。
他にも余分に魔術回路あるから。」
「そんな言葉で済ましていいのですか?」
「いいんじゃない?
・
・
ところで、これどうしよう?」
「強い武器なのですか?
魔力などは感じませんが。」
「使ってみるか?」
「はい。」
セイバーは、士郎から覇王剣を受け取る。
そして、正眼に構える。
「どの様に使うのですか?」
「闘気を込めるんだ。
・
・
そうだな、気合いを入れる感じだ。」
「分かりました。
やってみます。
・
・
ハッ!」
セイバーの気合いと供に覇王剣の柄から光の刀身が迸る。
「闘気を込めれば、それに呼応して威力が上がる。
その剣のエネルギーは、使い手の闘気なんだ。
あっ、その枯れてる木なら切っていいんじゃないか?」
セイバーは、枯れ木に向かって覇王剣を振り下ろす。
セイバーの手に何の手応えも伝えず、木は、真っ二つに両断される。
セイバーが、呆気に取られると覇王剣は刀身を納めた。
「な!? シロウ!
これは、凄まじい切れ味です!」
「宝具と比べて、どうなんだ?」
「既に宝具の域に達している。」
アーチャーが、驚きを持って答える。
「原作では、エネルギーも両断していたぞ。」
「信じられない……。
士郎のデタラメ加減って、底なしだわ!」
「イリヤ……それは、褒めているのだろうか?」
「しかし、これは使えます。
シロウ、私が頂いてもよろしいでしょうか?」
「構わんが……。
なんに使うんだ?」
「サーヴァント同士の戦いにおいて魔力を温存するのは重要です。
この剣を用いれば、私本来の宝具を温存して戦えます。」
「なるほど。
・
・
でも、投影魔術なんだろ?
いつか消えちゃうんじゃないか?」
「剣にダメージが蓄積されない限り消えないだろう。
小僧の投影は、私並みに成功している。
その剣に綻びは感じられない。」
「偶然にしては、出来過ぎね。」
「一生分の運を使い切っていたり……。」
「その代わり魔術回路が焼きついている。」
「士郎、もう一回投影出来る?」
「もう、魔力がない。」
「セイバーに回している魔力を使えば?」
「多分、それも上手くいかない。
さっきは、ライダーの魔力を呼び水にして、
自分の中でセイバーの魔力を引き込んだから。」
「じゃあ、外から魔力を吸収すれば出来るの?」
「多分、それは可能だと思う。」
「変な制約ですね。」
「どちらにしろ、使用するなら修練が必要だ。
このまま適当に使い続ければ、残りの魔術回路も焼き切れる。」
「めんどいし魔術師にならないから、もういい。」
「何をふざけた事を!
これだけの能力を持ちながら放棄するとは!」
「そうよ! 絶対ダメよ!」
「でも、魔術に興味ないし。」
「私が同じ立場なら、直ぐにでも修練を始めるが……。」
「聖杯戦争中に成果でなかったら意味ないじゃん。」
「確かにそうですが……。」
「聖杯戦争終わった後に暇なら覚えるよ。」
「セイバー! わたし、絶対に士郎に魔術を覚えさせるわ!」
(なんで、イリヤが燃えてんだ?)
(魔術に興味がないと、
この魔術の価値は分からないものか……。)
士郎は首を傾げ、セイバーとアーチャーは溜息を吐き、イリヤは燃えていた。
…
商店街に着くと料理店を探す。
「いつも来ているが、買い物以外は初めてだな。
あの中華料理屋は、どうかな?」
士郎の指差す『紅洲宴歳館・泰山』を見てアーチャーに忘れていた危機感が蘇る。
「ダメだ!」
「どうしたんだ?」
「何故だか分からないが、あの店だけはダメだと私の中の本能が告げている。」
「どうする?」
士郎の問い掛けにセイバーとイリヤが、アーチャーの様子を伺い答えを出す。
「アーチャーのああいう挙動を確認するのは初めてです。
私の直感も、それに呼応するように危機感を知らせています。」
「う~ん……サーヴァントの直感は信じた方がいいかな?」
「じゃあ、別の店にするか?」
アーチャーは、別の店を指差す。
「小僧、あの店ならば問題なさそうだ。
あの店は、割かし手の込んだ料理を出すから、
セイバーも納得するはずだ。」
「……俺とイリヤだけでいいんだが。」
「何を言っているのです、シロウ!
マスターとサーヴァントは、一心同体。
マスターとの寝食を供にするものです。」
「その割には、朝昼と俺を置いて食べたんだろ?」
「何事にも例外は付きものです。」
「…………。」
(なんか食に関しては、セイバーに太刀打ち出来る気がしない……。
アーチャーもそれを理解して、あの店を勧めたんだろうな。)
士郎達は、アーチャーの勧めた店で昼食と夕食の間の食事を取った。
…
店を出ると食材を求めて、スーパーに向かう。
途中、各々が感想を口にする。
「中々、美味しかったですね。」
「うん。
あの店なら、わたしも満足かな。」
「あれだけ食べて、文句を言われたら怒り狂うな……。」
士郎は、軽くなった財布の中身を確認して引き攣った笑いを浮かべる。
(この経験は、私にも覚えがあるな……。)
アーチャーは、士郎の落ち込んだ背中を見て懐かしさを感じる。
スーパーで食材の買い込みを終え、帰りの道中は、両手一杯の食材を全員が抱えている。
「まさか、わたしまで手伝わされるとは思わなかった。」
「イリヤスフィール、この程度で対価を支払えるのだから、
文句を言ってはいけません。」
「しかし、この多人数で生活するのは無理がある。
スーパーの人も食材だけ買った俺達を見て驚いてたぞ。」
「合宿でもするかのような大荷物だからな。
まあ、兵糧と考えれば極自然だろう。」
「その自然は、俺達にしか理解して貰えないだろうけど……。」
「聖杯戦争が終わるまでです。
それに、こうして皆で生活するのも楽しいではありませんか。」
(楽しいか……。
この数日で随分と考え方が変わったな。)
「今度、セラとリズも呼ぼうかな?
お城に居るのも士郎の家に居るのも変わらないし。」
「セラか……。
薙刀を持参する奴を家に置くのか。」
「何ですか? 薙刀とは?」
「武器だ。
棒の先に刃物がついている。」
「それは、知っています。
薙刀とセラの話が気になるのです。」
「簡単に言うと。
からかったら、振り下ろされたんだよ。
本物を……。」
士郎は、『はは……』とゲンナリして笑う。
「遂にからかうのも、命懸けの領域まで突入しましたか。」
「セラに限ってだけどな。
セラは、イリヤに関してのネタに丸っきり冗談が通じない。」
「しかし、貴方もいい加減やめたら、どうですか?」
「からかうの止めたら、兔は寂しさの余り死んでしまうんだ。」
「そんな兔など、煮込んでシチューにして食べてしまえばいいのです。」
「恐ろしい事を……。
でも、ピーターラビットのお父さんは、食べられたんだよな。
確か……。」
「そんな残酷な話だったっけ?」
「話に脈略がないな、君達は……。」
「暇な時の会話って、他愛もないものだろ?」
「聖杯戦争中なのだがな。」
「もう少し、緊張感を持てと?」
「その通りだ。」
「俺とイリヤは、いいんだよ。
マスターだから。
守られる、か弱い立場だ。
サーヴァントのセイバーとアーチャーだけが、緊張してくれればOK!」
「なんなら、バーサーカーも出そうか?」
「いい……。
我々だけで何とかしよう。」
「バーサーカーは、目立ちますからね。」
「背高くてカッコイイもんな。」
「うんうん。」
話しながら歩いていると意外と時間は短く感じる。
何だかんだと話している内に士郎達は、衛宮邸に到着した。
…
『ただいま』の挨拶に『おかえり』の声が返って来る。
荷物を台所に運び、直ぐ様、選り分けて冷蔵庫に食材を入れる。
落ち着いて席に着くとそこには眼鏡を掛けたライダーが居た。
「遠坂、いい仕事だ……。」
士郎は、凛にナイスガイポーズをして激眉先生の様に『ティーン』と歯を光らせる。
「士郎、反則よね……この素顔は。」
「美人過ぎる?」
「ええ、予想を超えていたわ。
だから、士郎の言っていた事にも、今は、同意出来る。」
凛は、予想外のライバル(?)出現に項垂れる。
「さて、やっと落ち着いたな。
当面の敵が居るにしろ、これで俺達は、行動を起こせる。」
士郎の言葉に皆が今後の聖杯戦争の話になると気を引き締める。
良くも悪くも、今、この戦いの中心の纏め役が士郎である事を皆が納得していた。
多少の不安を抱えながら……。
「わたしから、先に話させて貰うわ。
正直なところ、わたしは、既に目的を果たしている。
桜を取り戻す事が出来たから。
・
・
あらためて、みんなにお礼を言うわ。 ありがとう。」
凛が、深々と頭を下げる。
それに続いて桜も話を続ける。
「本当は、わたしの方が姉さんより先に
お礼を言わなければいけなかったんですが出遅れました。
・
・
皆さん、ありがとうございます。
わたしは、姉さんと再び話す機会が得られました。
わたしも姉さん同様に目的を果たす事が出来ました。」
桜も、深々と頭を下げる。
続いて、イリヤが語る。
「わたしは、正直に言えば目的を果たしていないわ。
だけど……。
士郎に負けて絶対服従になってる。」
「ちなみに遠坂も桜もそうだ。
自暴自棄になっている心の隙をついて、
協力関係に持って行っている。」
「貴方は、それを堂々と言いますか……。
私は、正直、恥ずかしいです。
・
・
後、内容を摩り替えないように!
凛達は、絶対服従になっていません!」
(鋭いな……。
まあ、いいけどさ。
遠坂には、なんでも言う事聞いて貰う権利を取り付けてあるから。)
「次にサーヴァントの皆さん、どうぞ。」
視線で譲り合った結果、ライダーが口を開く。
「私の願いも既に成就しました。
士郎のお陰で慎二の呪縛から解放され、
桜を助け出す事が出来ました。
・
・
士郎、あなたに感謝しています。」
「ああ、俺も素顔を見れてよかった。
聖杯戦争に呼ばれる女性サーヴァントの美人率が高くて嬉しい。」
「台無しです……。」
続いて、アーチャーの番になる。
アーチャーは、士郎を見ると溜息を吐く。
「私は、目的を消失してしまった。
本来はあったのだが、余りにも掛け離れてやる気が失せた。
よって、次回に期待する。
その間に別の答えが見つけられればそれでいい。」
「なんだ、その思わせぶりな答えは?」
「全て貴様のせいなんだがな。
ただ、生前果たせなかった事象の一つを果たす事は出来ている。
今回は、マスターのために戦うだけにして置こう。」
アーチャーの答えに全員が疑問符を浮かべる。
「遠坂。」
「何?」
「令呪でアーチャーの目的を暴露させる事出来ないか?」
士郎の言葉に凛のグーが炸裂し、アーチャーのゲンコツが落ちる。
「馬鹿か!?」
「そんな事に令呪を使える訳ないでしょ!」
「まあ、いいや。
マスター優先なら、遠坂同様だから。
・
・
バーサーカーは、しゃべれないか……。
では、続いてセイバーさん、どうぞ。」
「このノリで、話すのですか……。
私は……。
・
・
セイバーは、そのまま沈黙している。
セイバーは、考えていた。
自分の願いは、選定をやり直す事に他ならない。
しかし、それが間違いだと否定されてから考え続けていた。
考え続けていたが、今までやって来た事は、どうだろうか?
馬鹿騒ぎ……。
士郎による暴走……。
それ以外に思い出せない。
一体、何の意味があったのか?
・
・
分からない。
答えを出そうと始めは考えていた。
・
・
なのに!
シロウの毎回の行動に……。
我を忘れて……。」
「地で過ごしてたな。」
「はい。」
「という事だ。」
「わっかんないわ!
結局、セイバーの願いは、どうなったのよ!?」
「俺のせいで考える暇もなく保留中だ。」
凛のグーが、士郎に炸裂する。
「あんた! いい加減にしなさいよ!」
「そう言われてもな~。
セイバーの願いは難しいんだよ。
結論から言えば、俺は、セイバーの願いに否定的。
その辺は、セイバーも重々承知。
だから、どうすればいいか考えてくれとお願いしたままだ。」
「で、その願いって何なのよ?」
「言えない。」
「は!?
この期に及んで、まだ、隠し立てする気!?」
「言えないな。
セイバーの願いは、もしかしたら歴史が変動するかもしれない位のものだから。」
「な!? それって……。」
「それだけ重いし大切なんだよ。
だから、簡単に言えないし答えも出せない。
故に葛藤して思い悩む。」
「…………。」
(普段、ふざけているのに他人の意思は尊重するのよね……。
わたしが馬鹿みたいじゃない。)
(彼女の悩み……。
ああ、これは重い事だったな……。
結局、何が正しいかなんて分からない。
しかし、あの時に出した答えを信じている。
・
・
フ……この辺の記憶はあるのだな。)
セイバーは、強烈に刻まれた数日の記憶と生前の記憶を比べていた。
生前は、王の責務のため奔走し自分を押し殺し、より良い国を築こうと必死だった。
最後に裏切りにあい国を滅ぼしてしまった事が、死んで尚、心の棘として残り続けた。
だから、選定をやり直す。
自分以外の誰かなら、あの国を導いてくれたかもしれないから。
一方、聖杯戦争中は、どうだろうか?
変なマスターに呼び出され、毎日を地で過ごしていた。
ある意味、自分を解放し奔放にしていた。
私にも、こういう生き方があったのだと気付かされる。
この2つの思い……どちらも大事ではないだろうか?
前者は、己の全てを懸けて力の限り駆け抜けた。
最後は、悲しい終わりだったが、自分と一緒に駆け抜けた人々との熱い思いは本物だった。
悔いはあるけど、大事な大事なものだ。
後者は、生前叶えられなかった……いや、許されなかった生き方。
それをこのマスターは、強引に押し付けた。
本気で怒らせ、脱力させ、仲間を与えて事件に巻き込む。
それこそ、否応なしに強引に……。
その中で、自分が変わっていったのを自覚している。
楽しいと感じたのも自覚している。
それら全てをなかった事にして、選定からやり直す……?
「……スン。」
「ん?」
士郎は、セイバーに目を移す。
セイバーは、俯きながら涙を流している。
周りにいる全員が気付いて驚いている。
「……なかった事にしたくない。
国の事も……。
シロウ達の事も……。
・
・
大事なのです。
しかし、大事だから……。」
(やり直さなければいけないか……。
終わらせないように……。
・
・
きっと、遠坂と桜の願いの成就を重ねたんだろうな。
目の前で、まざまざと成功例を見せ付けられたんだ。
自分の失態は、辛く感じただろう。
……遠坂と桜の思いは、重い。
十数年の月日を掛けたものだ。
それは、長い年月を掛けて国を作り上げたセイバーと
通じるところがあるんじゃないだろうか?
・
・
国か……。
大き過ぎて考えた事もないな。
セイバーにとって、どれだけ大事なんだろう?
・
・
踏み込めない……。
俺が足を踏み込む事は、セイバーの思いに土足で踏み込むのと同じだ。
俺は、それを一度している。
だから、二度目はしない。)
セイバーの言葉の意味は、士郎にしか分からない。
初めて出会った日に本気で意見をぶつけ合った二人にしか。
士郎とセイバーを覗くメンバーは、誰も声を掛けられないでいる。
そして、士郎に目が行く。
士郎は、セイバーから目を離さない。
マスターとサーヴァントだからではなく、本気でぶつかり合った親友だから。
士郎は、セイバーから目を離さない。
どんな答えを出しても、受け止める覚悟を決めたから。
そして、セイバーは、答えを出した。