== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
その足音は玄関を通り過ぎ、居間まで一直線に近づくと勢いよく障子を開けた。
「おっはよ~~~っ! 士郎!
今日の朝ゴハンは、何かな~~~っ!?
お姉ちゃん、お腹へっちゃったよ。」
障子を開けた瞬間、固まる刻。
目の前には、よく知る少年と見知らぬ少女の土下座する姿。
藤村大河は、何も言わず障子を閉め直した。
第6話 土下座祭り②
「…………。」
居間の障子を挟んで沈黙する内と外。
内では、会話が止まり土下座をキープ。
外では、障子を閉めて、そのままフリーズ。
一呼吸置いて動き出す刻。
そう、刻は動き出す。
「士郎ーーーっ!
なんで、土下座してんのーーーっ!」
咆哮と共に勢いよく開けられる障子。
藤村大河は、朝から元気だった。
士郎とセイバーは、同じタイミングで藤村大河に振り返る。
士郎は、目を丸くし、セイバーは、泣きはらした顔で……。
「女の子泣かしちゃ、ダメーーーっ!!」
藤村大河のグーが、士郎の顔面に炸裂した。
「お、お、お姉ちゃんは、
士郎を、そんな風に育てた覚えはありません!!」
セイバーは、藤村大河の教育的指導に固まったまま動けない。
「士郎! 説明しなさい!
まさか、女の子を襲っちゃったりなんかしたんじゃないでしょうね!?」
ぶっ飛ばされた士郎は、ゆっくりと立ち上がる。
「いや、襲ってない……。
ただ、首絞めたあとで畳に叩きつけた。」
「そっかぁ。
・
・
って、それもダメーーーっ!」
そして、再び藤村大河のグーが、士郎の顔面に炸裂した。
「士郎! 歯を喰いしばりなさいっ!」
「~~~っ!
またかっ!
殴られた後に歯を喰いしばっても、ダメージは軽減出来ない……。
でも、これで少しは、気が済んだ……。
藤ねえ、ありが…と………。」
士郎は、テンプルへの衝撃で意識が途絶えた。
はあはあと荒い息を吐いて佇む藤ねえにセイバーが近寄る。
「あ、あの……。」
「どこのどなたか分かりませんが、うちの士郎がとんだ粗相をっ!」
藤ねえは、セイバーに土下座する。
セイバーは、直ぐに藤ねえの肩を掴んで立たせる。
「止めてください!
私が泣いていたのも、
シロウが、あのような行為に及んだのも私に原因がある。」
「え?
いや、でも……。」
セイバーは、気絶している士郎を見る。
そして、奥歯を噛み締め、悔しそうな顔を一瞬すると藤ねえに頼み事をする。
「すみません!
私にも制裁を入れてください!」
「え? え? ええっ!?
なんで? なんでなんでなんで~~~っ!?」
「この件に関しては、私も悪い。
お願いします。」
セイバーは、藤ねえの肩を強く掴んだまま放さない。
そして、藤ねえ自身も、こういう体育会系のノリは嫌いではない。
「分かりました。
でも、あなたは女の子だから平手でいきます。
歯を喰いしばりなさい。」
藤ねえは、力一杯、セイバーの頬に平手を打ち込んだ。
(女同士だと、ちゃんと叩く前に『歯を喰いしばれ』って言うのな……。)
士郎は、意識を取り戻してセイバーが叩かれる音を聞いていた。
…
「オホン。
二人とも座りなさい。」
テーブルを挟んで藤ねえの前に士郎とセイバーは正座をさせられている。
「まず、喧嘩の原因はなんなの?」
「俺が全面的に悪い。」
「違います!
シロウを怒らせた私に問題がある!」
土下座勝負の続きは延長戦に突入し、士郎もセイバーもどちらも譲らない。
藤ねえは、溜息をつく。
「じゃあ、士郎を怒らせた原因は?」
「…………。」
「恐らく私が言った『やり直したい』という言葉です。」
藤ねえは、あちゃ~と額に手を置いて不味い顔をしている。
「分かったわ……。
士郎、あんたは、もういいわ。
ご飯の用意して。」
「ああ。」
「それと……。
昔の事、言っちゃうわよ。」
「構わない。」
(夢でアイツの過去を見ちまったんだ。
それぐらい……。)
士郎は、台所に向かう。
「さて、どこから話そうかな?
あれ? ところであなたのお名前は?」
「セイバーと呼んでください。」
「セイバーちゃんか……。
変わった名前ね。
わたしは、藤村大河。よろしくね。」
「…………。」
「え~っとね。
セイバーちゃんが言った事は、士郎にとっては禁句なの。」
「禁句?」
「そう。
士郎は、過去を乗り越えて来たから。」
「過去を……。」
「うん。
十年前にね、大火事があったの。
その時、士郎は、一人だけ生き残った。
切嗣さん……士郎の養父になった人に助けて貰って……。
・
・
あの時の士郎は、自分一人生き残った事に後悔してた。
きっと、やり直したいって思ってた。
・
・
でもね。
士郎は、がんばって乗り越えたんだ。
どんなに願っても、わたし達には過去を変えられないからね。」
(そうだ。
聖杯の存在を知らない人にとっては、それが常識なのだ。
そういう人達は、過去を乗り越えている……。
なのに……私は……。
でも……それでも……。)
セイバーは、他の人との矛盾を噛み締めながら、藤ねえに質問をする。
「本当に……。
シロウは、乗り越える事が出来たのですか?」
「うん。」
「どうやって……?」
「え?
・
・
気合い?」
「…………。」
「違うだろ、藤ねえ。」
士郎は、気を利かしてお茶のおかわりを持って来るとセイバーと藤ねえの前に置く。
「オヤジと藤ねえと雷画爺さんのお陰だろ。」
セイバーは、会話に入った士郎の顔を見つめている。
士郎は、視線に気付くと頭を掻いて少しぶっきらぼうに言葉を続けた。
「正直、苦しかった。
みんな死んだ中で一人生き残ってしまって。
生き残ったのが罪だと思った。
・
・
でも、許してくれたんだ。
俺が生き残った意味を……。
一人で生き残った自分を責めていた俺を……そう、許してくれたんだ……。
・
・
そして、信じてくれたんだ。
立ち直れるって……。
また、歩き出せるって……。
それだけで、俺は乗り越えたんだと思う。」
「そうだったね。
時間が掛かったもんね。」
「そう…ですか……。」
「…………。」
「だから、セイバーも藤ねえに許して貰え。」
「え?」
「信じて貰え。」
「でも、私は……。」
「セイバーちゃん。
わたしは、許してあげるよ。」
藤ねえは、優しい微笑みを浮かべている。
藤ねえの笑顔を見つめていると、セイバーは胸が熱くなった。
今日、初めて会った人なのに思いが胸に込み上げて来る。
心の奥に少しだけあった気持ち。
王である事と責務を果たすため、強固な堤防で守って来た心の一欠片。
その人は、たった一言と笑顔で、セイバーの心の壁に穴を開けた。
流れ出る思いは、水のように止まる事がなかった。
セイバーは、藤ねえに思いの丈を少しずつ話し始めた。
「私の罪を聞いてくれますか……。」
「うん。
聞いてあげる。」
「……私は、国を守れず。
……皆の気持ちも分からず。
・
・
自分だけで……。
自分の思い…だけで……。
・
・
そればっかりでした……。
・
・
でも……それでも!
何としても守り通したかった!
守り通さねばいけなかったのに!
・
・
違う……。
初めから間違っていたのだ。
誤った選択をしたまま、突き進んだから……。
・
・
だから!
だから。
だから……。」
(結局、何も守れなかった……。
だから、やり直さなければいけない……。)
セイバーは、俯いて服の裾を力一杯握り締める。
胸の奥から湧き上がる悔しさは、人にぶつけても消えるものではなかった。
藤ねえは、セイバーに近づくと優しく抱きしめる。
「それでも許してあげる。
そして、信じてあげる。
また、歩き出せるって。」
ぶつけた言葉は、優しく受け止められる。
たったの一言。
その言葉だけで、悔しさではなく感謝で胸が一杯になる。
それは、やさしい信念の肯定だった。
問答無用に信じてくれる藤ねえにセイバーは質問をする。
「……何故、貴女は、私を許してくれるのですか?」
「頑張ったから。
セイバーちゃんは、きっと、全力で走って来たから。
だって、一生懸命じゃないと本当の後悔はしないんだよ。」
セイバーは、やさしく抱いている藤ねえにしがみつく。
誰にも話す事が出来なかった気持ちを藤ねえは何も聞かずに受け止めてくれた。
目からは、感謝の涙が……。
口からは、ありがとうの言葉が流れ続けた。
(やっぱり、藤ねえには敵わないな。
俺じゃあ、セイバーの心は救えない。
・
・
そして、やっぱり、あの頃を思い出すよ。
その一言が……。
いたわりの心が、どれだけ嬉しかったか。)
士郎は、再び台所に立つ。
時間は、もう少し掛かりそうだ。
士郎は、久しぶりにお弁当を作り始めた。
…
藤ねえから離れるとセイバーは少し落ち着いた。
時間が経つと気恥ずかしさが込み上げて俯いた。
目の前では、着々と朝食のために作られた料理が運ばれて来る。
「士郎~。
早く食べようよ。」
「ああ、そうしよう。」
士郎は、エプロンを外すと席に座る。
電子ジャーを開けてみんなのご飯を盛り付けていく。
「「「いただきます。」」」
三者三様で『いただきます』をすると朝食は開始される。
「う~ん。
今日も士郎のご飯はおいしいね。」
藤ねえは、景気よく朝食を胃袋におさめていく。
「シロウが作ったのですか?」
「そうだ。
日本食は合わないかもしれないが、そこは勘弁してくれ。
朝は、そんなに仕込む時間がないんだ。」
「いいえ、とても美味しいです。
……貴方に感謝を。」
セイバーは、律儀に感謝を述べると食事を再開する。
和やかな朝の時間が流れ、食事が終わると士郎は洗いものをする。
藤ねえとセイバーは、お茶を啜っていた。
洗いものが終わった士郎は、藤ねえに声を掛ける。
「藤ねえ。
こんなにゆっくりしていて、いいのか?」
「なんで?」
「もう、10時になるぞ?」
藤ねえは、むせ返ると時計に振り返る。
「なんで、教えてくれなかったのよ!」
「今、教えたじゃないか。」
「士郎!
あんた、もっと早く気付いてたんじゃないの!?」
「なぜ、そう思う?」
「うっ……か、勘よ!」
「勘かよ!
ま、気付いていたけどな。」
「士郎! 帰ったらぶっ飛ばす!」
藤ねえは、士郎にビシッと指をさすとけたたましい音を立てて玄関に走って行った。
「士郎のいじめっこ~っ!」
玄関の戸が閉まると辺りは静かになった。
「シロウ。
今のは、酷かったのでは?」
「いいんだよ。
気付いたのは、セイバーが泣いている時だったんだから。
どうしようもない。」
「……すいません。」
セイバーは、顔を赤くして俯いた。