== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
凛は、普段と違う雰囲気の士郎に戸惑いを見せる。
(いつものアイツらしくない。
目が真剣だ。
微動だにもしない。
セイバーの答えを待っているの?)
士郎とセイバーを皆が静かに見守った。
第60話 幕間Ⅰ②
セイバーは、ゆっくりと顔をあげる。
目には、力が宿っている。
決意をして、迷いを振り切ったセイバーは、士郎に自分の答えを語った。
「シロウ、私は願いを手放します。
そして、受け入れます。
どのような形であれ終わりを迎えるのは、私自身でなければいけない。
後悔もあります……。
惨めさもあります……。
しかし、あの場所には、嘘偽りのない私が居ました。
それこそ、大切な人々と共に。
そして、私は、その延長でシロウ達と供に生前成し得なかった少女の生き方も体験した。
どちらも大事なものです。
なかった事になど出来ません。
国の人々やシロウ達の事をこれ以上……傷つけられない。
大事にするとは、変える事だけではなく持ち続ける事でもあります。
私の思いは、持ち続ける事こそ大切だったのです。
・
・
これが、私が出した答えです。」
セイバーの真摯な眼差しを士郎は、目を逸らさず受け止める。
(何かが違うんだ……。
初めて会った時と……。
・
・
目だ。目に力があるんだ。
思い返せば、最初、セイバーは後悔に打ちのめされていた。
でも、今は違う。
全てを受け入れた上で答えを出したんだ。
だから、あの目が力強く見えるんだ。)
士郎は、微笑む。
そして、セイバーに話し掛ける。
「おめでとう……? それとも、ありがとう……?
どっちを言うべきなのかな。」
「シロウ?」
「なんか、そういう言葉を掛けてあげたい気分だ。」
「……では、おめでとうをいただきます。
そして、私は、貴方にありがとうを返したい。」
セイバーの微笑みにシロウはドキッとする。
(不謹慎だな……こんな時に。)
シロウは、立ち上がると居間を出ようとする。
「どちらへ?」
「慣れない事して、頭が湯だってる。
屋根に登って頭冷やしてくる。」
シロウは、そのまま居間を出て行く。
残された者達は、暫しの沈黙の後、爆笑する。
「士郎の奴! 照れてる!」
「少し驚きました。」
「ふむ、そうなると小僧とセイバーとの間の話が気になるな。」
「それは、聞かないのが美徳というものでしょう。」
凜が、セイバーに向き直る。
「よく分からないけど、わたしもおめでとうを言わせて貰うわ。」
「わたしも、あの、おめでとうございます。」
セイバーは、少し驚いた後、微笑んでお礼を言う。
「ありがとうございます、リン、サクラ。」
ライダーが前に出る。
「セイバー、あなたも大事なものを失った英霊のようですね。
わたしも遠い日に大事なものを失いました。
国ほど、大きなものではありませんが、
失う事の痛みは、少なからず分かります。」
「ライダー……。
思いは、多い少ないではないでしょう。
きっと、失った痛みは、誰もが均等でしょう。
ただ、私は、受け入れられなかったのです。
だけど……もう、大丈夫です。
答えを得ました。」
「そうですか。
セイバー、おめでとう。」
「ライダー、ありがとうございます。」
イリヤは、少し溜息を吐いて感想を漏らす。
「士郎ってやっぱり甘いわね。
ひねくれ者のくせに……。
セイバー、わたしの士郎に感謝しなさい。」
「ええ、感謝します。
しかし、『わたしのシロウ』とは、聞き捨てなりませんね。
あれは、私のマスターです。」
凛は、セイバーとイリヤの会話を聞いて思う。
(士郎の株が上がったのかしら?
その割には、『あれ』扱いだけど……。)
アーチャーは、黙って出て行こうとする。
「アーチャー。
あんたまで、何処に行く気?」
「私も小僧同様にこの空気に耐えられん。
外で監視をする。」
アーチャーは、霊体化して居なくなる。
「逃げたわね。」
凜は、獲物を逃がしたと不機嫌そうに舌打ちした。
…
士郎は、屋根の上でぼんやりと沈んでいく夕日を眺めていた。
その横でアーチャーが現界する。
「アーチャーか……。
どうしたんだ?」
「ここは、私の監視する特等席だ。」
「そうか……。」
アーチャーは、セイバーの別れ際の言葉を思い出す。
『……貴方を愛している。』
その言葉が頭に響く。
かつて、自分に向けられた言葉。
自分の可能性のひとつのコイツは、別の方法で答えを引き出した。
(コイツは、一体、何を思ったのか?)
アーチャーは、士郎に問い掛ける。
「彼女を愛しているのか?」
士郎は、思いっきり吹いた。
「なんだ、それは!?」
「違うのか?」
「違う! 俺は、アイツをダチ以上にしか思っていない!」
「そ、そうか……。」
(コイツとは、根本的に違うようだ。)
「びっくりした。
アーチャーは、話を飛躍させ過ぎだ。」
「すまなかったな。
では、何をしていたんだ?」
「考えてた……英霊と世界の契約について。
そして、セイバーについて。」
アーチャーの眉が少し吊り上がる。
「世界っていうのが生き物みたいなのは理解した。
自分の危機に英雄と契約して、いざこざを収めるのも。
そして、それを利用してサーヴァントを召還するのが聖杯戦争のシステムだってのもな。」
「何が言いたい?」
「これから話す事は、セイバーには黙っていてくれよ。」
「良かろう。」
「セイバーは、世界に騙さていたと思うんだ。」
「?」
「セイバーの願いは、絶対に叶わないんだ。
受け売りだが、世界は、安定を維持するために戻ろうとする力がある。
例えば、過去に遡ってヒトラーを殺しても、
別の独裁者が、ユダヤ人の大虐殺を行うというのがよく出される例だ。
これをセイバーの願いに当て嵌める。
全部は言えないが、アイツは、ある後悔から、ある事象のやり直しを望んだ。
しかし、それは、セイバーという人物が置き換わって歴史が進む事に他ならない。
俺の居る現代こそ、世界が出した安定という答えだからだ。分かるか?」
「ああ、彼女の居ない歴史だけが塗り替えられるという事だな。」
「そう。
世界は、それを知っていてセイバーと契約した。」
アーチャーは、無言でシロウの言葉を待つ。
「この不平等な契約を、何故、セイバーが気付かずに結んでしまったか?
俺は、こう考えている。
・
・
死というものは、走馬灯と言うように一瞬で人生を振り返る。
この時、幸せを振り返る者は、どれだけ居るだろうか?
ほとんどが、後悔とか未練だと思わないか?
・
・
死に際、家族に看取られたとする。
しかし、満足に死を迎えられるだろうか?
まだ、家族と一緒に居たいと思わないか?
これは、未練だと思う。」
「しかし、満足する者も居よう。」
「みんなが、心が強い訳じゃない。」
「英雄に関して言えば、皆、心が強い。」
「そこだと思う。
心が強くて願いも一般のものより気高い。
もし、死の間際に、なんでも叶う『聖杯』という餌を見せられたら?
彼らは、気高いからこそ目的の完遂を目指すと思わないか?」
アーチャーは、少し考え込む。
士郎の考えに当て嵌めれば、セイバーは、世界に『聖杯』という餌で騙されたという事になる。
この考えは、生前思い付かなかった。
だが、納得いかないものもある。
「そういう考えも出来る。
しかし、それは極端ではないか?」
「なんでさ?」
「彼女は、やり直しを望んだだけだ。
そのやり直しと引き換えに死後を捧げたはずだ。」
「じゃあ、なんで、やり直した歴史が存在しないんだ?」
「それは……。」
「魔術師で言う等価交換がなされてないじゃないか。」
「だから、願いを叶えるため聖杯戦争に参加している。」
「それって……。
世界が願いを叶えるんじゃないじゃん。」
「…………。」
(そうかもしれない……。)
「しかし、聖杯戦争に参加するには英霊の身でなければ……。」
(ならない?
・
・
違う。
私の世界の彼女は違った。
この世界の彼女は、死んで契約したと言っていた。
恐らくこれが霊体化出来る理由だ。
・
・
等価交換と言いながら、自分で聖杯を取らせるのはおかしい。
それに願いを叶える聖杯戦争が頻繁に行われ、
そこに願いのある英霊全てを送り込む事など出来るのか?
・
・
しかも、願いを叶えられる英霊は、7人のうち1人だけ。
これが等価交換だと?)
「結果から見れば、セイバーは、思い悩んだ末に答えを出してくれた。
これは、純粋に嬉しい。
だけど、気付いてしまった契約の事実に不快になってる。」
アーチャーは、混乱していた。
デタラメな可能性のコイツは、ここに来て新たな疑問を投げ掛けた。
かつて共に命を懸け愛した人が騙されていたのかもしれない。
(事実なら、確かに許せない。
しかし、それでも彼女は答えを出し貫き通した。
この事実は変わらない。
・
・
世界は、何を求めたのだろうか?
彼女に考える機会を与えたかった?
ただ単純に彼女の英雄としての力を欲した?
・
・
機会を与えたなら、世界の彼女に対する思いやりだ。
力を欲したなら、小僧の言う通りだ。
・
・
あの英霊同士の壮絶な戦いが思いやり?
しかし、頑固な彼女を思い直させるほどの
状況を作るというのも中々出来ない。)
「…………。」
「とりあえず、世界に一矢報いてやりたい。」
士郎は、世界がセイバーを騙したという前提で話を進める。
その士郎をアーチャーの目が、何をする気だと言っている。
「聖杯戦争のシステムを解き明かして、根源への道を開いたら……。
世界とサーヴァントの契約を断ち切る!」
「!!
何故、そうなる!?」
「だって、可哀想じゃんか。
騙されたのに死んだ後も戦い続けるなんて。」
「騙されたと決まった訳ではないだろう。」
「なんでさ?」
「いいか?
やり直しを望んだのは彼女だ。」
「うん。」
「そして、願いを叶える聖杯戦争に送り込んだのは世界だ。」
「うん。」
「そこで彼女が願いを叶えたとしたら?」
「……あれ?」
「…………。」
「でもさ。
セイバーは、もう願いを手放しただろ。
そのセイバーが英霊続けるのは、どう思う?」
「そうだな。
そこは、穏やかな死を迎えて、
機会があるなら別の生を歩んで欲しいところだな。」
「…………。」
「……やっぱり、アイツを呼び出したのは、俺なんだ。
・
・
俺、アイツが好きだ。」
(小僧……。)
「俺は、アイツみたいな奴に会った事がない。
まるで望んでいた相手を見つけたみたいなんだ。」
「…………。」
「あんな的確なツッコミを入れる奴なんて。」
アーチャーが、バランスを崩し屋根から落ちそうになる。
「このアホが!」
アーチャーのグーが、士郎に炸裂する。
「何すんだよ?」
「こっちのセリフだ!
何で、しみじみとツッコミを召喚した感慨に耽っているんだ!」
「いや、だから。
素晴らしいツッコミの親友の事を思って、
世界との契約を断ち切ってやろうという真面目な話をしているんだろ?」
「違う! 何かが違う!
貴様は、根本的に間違っている!」
「そうかな?」
(忘れていた……。
コイツは、どうしようもない馬鹿だという事を……。)
「じゃあ、ほっぽとくのか?」
「それはそれで嫌なものだ。
しかし、自分の意見ばっかり相手に押し付けるのもどうかと思う。」
(コイツを目の当たりにすると
自分が丸くなったのが良く分かる……。)
「じゃあ、どうしようか?」
「折りをみてセイバーに聞いてみろ。」
「そうするよ。
そのためには、キャスターの捕獲は絶対条件だ。
絶対に一泡噴かせてやる。
・
・
それと、さっきの話……くれぐれも内緒でな。」
「ああ、分かっている。」
アーチャーは、有り得ないデタラメな自分の可能性に脱力する。
ここに来てからこればっかりだと溜息をつく。
そして、最後の質問を投げる。
「小僧、何故、私に打ち明けた?」
「?」
「相談するなら、凜の方ではないのか? 」
「言えば遠坂は、手伝ってくれるだろうな。
でも、この話は、男同士でしたかった。
なんとなくだけどな……。」
「フ……何となくか。
ああ、何となく分かる。」
男同士の内緒話で聖杯戦争は、次の段階へと進み出す。