== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
翌日から、新たな目標に向けて動き出す。
キャスターをリーダーにして、凛とイリヤと桜が新たなシステム作りを開始した。
初日から数日は、御三家の古文書解析が主になる。
その直ぐ近くでは、音声遮断の結界に守られた鍛冶場で、バーサーカーが剣を打っていた。
剣など打った事のないイリヤは、セラとリズを呼び出して一緒に剣作成の手伝いをして貰っている。
システム作りをしながら、バーサーカーを制御する。
イリヤは、器用にそれをこなしている。
一方、ランサー捕獲部隊。
士郎、セイバー、ライダー、アーチャーは、言峰綺礼神父の居る教会へと向かっていた。
第65話 教会という名の魔城①
坂を上ると立派な教会が姿を現して来る。
ある意味イメージ通りだが、ここは本当に日本なのかという疑問が頭に浮かぶ。
「へ~、凄いもんだな。
無宗教だから、こんなものがあるのを知らなかったよ。」
「…………。」
「なんか言ってくれよ。
独り言言ってるみたいで変じゃないか。」
「…………。」
「霊体化やめてくんない?」
「…………。」
「令呪使ってやるー!」
セイバーのグーが、士郎に炸裂する。
「何をトチ狂っているのです!」
「俺、無視されるの嫌いなんだ。」
「子供じゃあるまいし。」
セイバーに続いて、ライダーとアーチャーが現界する。
「ああ! 眼鏡は!」
「眼鏡を掛けては戦えません。」
「どう思う? アーチャー?」
「至極、当然の答えだな。」
「裏切り者め!」
士郎は、いきなり左手を高く掲げると右手を添える。
「士郎、何をしているのですか?」
「俺とセイバーの間で、このポーズをしたら霊体化する決まりにしてるんだ。
条件反射で攻撃避けれるように。」
「セイバーは、霊体化していませんが?」
「……ありましたね……そういう設定……。」
「全然、条件反射出来ていませんね。」
「やる気がないんだよ、セイバー。」
セイバーのグーが、士郎に炸裂する。
「貴方も、口だけで練習していなかったでしょう!」
「いやさ、ランサーの宝具が発動したら有効かと思って。」
「貴様、英霊同士の戦いに逃げろと言うのか?」
「セイバー、言ってやりなさい。」
セイバーは、渋い顔をしながら説明を始める。
「私も納得はしていないのですが……。
攻撃を躱すのに霊体化するのは、聖杯戦争の基本らしいのです。」
「基本だと?」
「はい。
私達は、生前の戦い方に固執して、
英霊らしくない戦い方らしいのです。
・
・
簡単に言うと霊体化したり現界したりを繰り返し、
攻撃を避けたり不意打ちをするのが当然だという事です。」
ライダーは、なるほどと納得して頷く。
「それでは、全員アサシンみたいではないか。」
「お前らが、おかしいんだよ。
勝ち負けだけに拘るなら、そうなるだろ?
なんだかんだで、お前ら自慢したいんだよ。
『俺って、こんなに強いんだぜ』みたいな。
マスターにしてみれば、
『私、こんな英霊持ってますの! ホホホ!』みたいな感じで。」
「……頭に来るな。」
「まあ、実現出来ないのは身に染みて分かったよ。
そんな事する英霊もマスターも居ないってな。」
「おや? どうしたのですか?」
「結局、プライドがないと戦えないんだろ?
命懸ける以上、そこは暗黙のルールなんだ。」
「アサシンは、どうなるんだ?」
「アサシンは、そういうスタイルを貫き通す事にプライドを持っている。
そのスタイルを捨てるんだったら、アサシンなんてクラスはいらない。」
「それもそうだな。」
「たださ、今回、一人も欠けちゃいけないから、
最悪、自分から霊体化して避けてくれって事だ。」
「プライドは、どうする?」
「さっきみたいに令呪使ったフリするから、
俺のせいにして霊体化してくれないかな。」
ライダーが、クスリと笑う。
「フフフ……そう言われては仕方ありませんね。
私は、堂々と霊体化させて貰います。」
「悪いが、私は、あくまで自分のスタイルを貫かせて貰う。」
「私は、この覇王剣を試し斬りしてみます。」
「「それは、ダメだ!」」
珍しく士郎とアーチャーが声を合わせる。
「君は、何を考えているんだ!?」
「宝具発動されたら、武器を切り替えて避ける事に専念しろ!」
「しかし、試してみたいではないですか。」
「子供じゃあるまいし。」
(この主従、変なところが似てるな……。)
一悶着の後、士郎達は、教会へと足を踏み入れた。
…
礼拝堂に入る。
ちなみにセイバー達は、霊体化をしている。
士郎は、キョロキョロと周りを見回す。
「こんなんなってんだ。教会って。
・
・
ところでさ。」
「何ですか?」
セイバーが、霊体化したまま答える。
「呼び鈴って、どこだろう?」
「…………。」
「教会の入り方って、これであってるのか?
でも、正面玄関だから間違いないよな。」
「シロウ、相手は、ランサーのマスターです。
気を引き締めてください。」
「気は引き締めるけど、話し合いが最初だろ?」
士郎とセイバーの声が礼拝堂に響く中で、カツンカツンと足音が近づいて来る。
神父の登場である。
「今頃になって現れたか、7人目のマスターよ。
私は、この教会を任されている言峰綺麗という者だが。
君の名は、何というのかな?」
「衛宮士郎だ。
・
・
っていうか、遠坂に電話貰ってるはずだよな?」
「直接、聞きたかったまでだ。
凛の言葉だけでは信じられんのでな。」
「信用ないな遠坂の奴……。
なんで『凛』って、名前呼びなんだ?」
「ふ……十年来の腐れ縁というヤツでな。」
「愛人とおじ様みたいな?
いけないな……援助交際は……。」
「違う!
・
・
一体、用件は何なのだ?」
士郎は、一息ついて本題を切り出す。
「手を組まないか?」
「馬鹿らしい。
己が手で望みを叶える気がないなら、
マスターなど辞めてしまう事だ。」
士郎の提案は、即、切り捨てられる。
「用件を言った方が早そうだ。
アンタのランサーを欲しいんだ。」
「力ずくで奪うのだな。」
(やっぱり、コイツとは話し合いにならんか……。
遠坂の予想通りだな。
理由ぐらい聞いてもいいと思うんだけど。)
「ここで暴れてもいいのか?」
「監督役の拠点が壊れれば、容易に予想もつくだろう。」
「じゃあ、場所を変えよう。」
「人目もある。
今日の零時に、そこの外人墓地に来い。」
「罠とか仕掛けてあるんじゃないだろうな。」
「そんな無粋な事はしない。」
「俺はするぞ。」
「好きなだけするがいい。
それがマスターの戦いというものだ。」
「話は、終わりだ。じゃあな。」
士郎は、今までにないぐらいの早さで話を切り上げると教会を後にした。
…
教会から少し離れた縁石の上に腰を下ろし、士郎は、額を押さえる。
「ダメだ。
全然、話に乗って来ない。」
「珍しいですね。
シロウが、そそくさと撤退するなど。」
「アイツ、手を組む気なんか更々ないんだよ。」
「確かにそうですね。」
「大体さ。
なんで、監督役のアイツがマスターやってるんだよ?
マスターやるなら、他の人間を監督役に宛がうべきだろ。」
士郎の意見にライダーが、自分の見解を話す。
「士郎の言っている事は正論です。
あの神父は、何処かおかしい。
私は、それ以外にも気になる事があります。」
「どういう事が気になるんだ?」
「全てを受け入れ過ぎているように感じます。
適切な表現が見当たらないのですが、
ランサーを所持している事を指摘されても、何の異も唱えませんでした。
普通は、相手を警戒したり、情報源を聞き返したりしませんか?
あの神父は、ランサーを所持している事を受け入れて話を進めていました。」
「ライダーの意見も、尤もだな。
他には、何かあるか?」
「余裕があり過ぎる事だ。」
今度は、アーチャーが指摘する。
「余裕?」
「小僧は、魔術師ではないから仕方がないが、
神父は、間違いなく魔術師だ。
その神父が、サーヴァント三人の接近に気付いていない訳がない。
ただでさえ、手強いサーヴァントを前にあの余裕はおかしい。」
「すると、あの神父は、他にも隠し玉を持っていると?」
「考えられるな。」
「でも、残ったサーヴァントは、ランサーだけだろ?
ランサー一体を令呪で瞬間的に強化しても、
まだ、こっちに分があると思うんだけど?」
「では、シロウの様に嘘をついているのでは?」
「う~ん、嘘をつく理由がないな。
だってさ、『手を組もう』って言ってるんだから、
そのまま、手を組めばいいじゃん。」
暫しの沈黙が辺りを支配する。
誰もが考えを纏め切れない。
「少しずつ攻めてみよう。
問題になっているのは、
『監督役の神父がマスターやってる事』
『受け入れ過ぎている事』
『余裕があり過ぎる事』
これで、いいかな?」
セイバー達が頷く。
「じゃあ、順番通りに『監督役の神父がマスターやってる事』についてだ。
なぜ、代行者が来ないのか?」
「監督役である以上、マスターの数を減らして置けば、
管理するのが容易になるからではないでしょうか?
それにいざこざが起きた時にサーヴァントが居れば御しやすい。」
「それなら、納得いく事がある。
私との戦闘の際にランサーは、『下見だ』と言っていた。
監督役の立場なら、マスターとサーヴァントを知って置く必要がある。」
「管理運営のためか。
漁夫の利という考え方もあるな。
監督役を隠れ蓑にして、マスターが二人になるまで戦わない。」
「士郎の考え方だと、あの神父は、戦う気があるという事になりますね。」
「実際、零時に約束を取り付けてる。」
「小僧、神父は、ワザと連絡を入れていないのではないか?」
「そうです、シロウ。
神父に動機は見えませんが、戦う意思は見て取れます。」
「ええ、監督役というのは情報を集めるにも騙まし討ちするにも、
最適な役柄と考えられます。」
「分かった。
じゃあ、
『神父は、ワザと連絡せず、自己の有利のためにマスターをしている』
と結論付けよう。」
士郎は、忘れないように手頃な石を拾い上げ、ガリガリと道路に書き殴る。
「次だな。
『受け入れ過ぎている事』についてだ。」
「ランサーの事を知られているのを認識していたのでは?」
「俺も、それを一番に疑った。
でも、ランサーは、アーチャーみたいに……と、と。」
「遠見か?」
「そう、遠見が出来ないから接近するしかない。
それに俺達が得た情報は、キャスターからだ。
キャスターのレーダーに引っ掛かっていれば、
キャスターから指摘があるはずだ。」
「そうなるとランサーのマスターであるという情報は、
それほどの価値がなかったのではないでしょうか?」
「それって、聖杯戦争の戦い方とかけ離れてないか?」
「だからこそ、最後の議題『余裕があり過ぎる事』に
繋がるのではないか?
神父は、ランサー以外に何か勝てるカードを持っているのだろう。」
「サーヴァント以外の勝てるカードって……。」
「だが、そういう事だろう。」
ライダーが、纏めに入る。
「つまり、『監督役の神父がマスターをやっている』のは、
『ワザと連絡せず、自己の有利のためにマスターをしている』。
そして、『受け入れ過ぎている』のは、
既に『ランサーの役目が終わりを向かえ、情報価値を失っている』から。
・
・
準備を終えている神父は、切り札を持っているため『余裕がある』。
事は、神父の掌の中という事ですね。」
「拙いな。相当の切り札を持っていると見た。」
「それだけじゃない。
ランサーの価値がないなら、
神父は、いつでもランサーを切り捨てるぞ。」
「どういう事ですか?」
「俺達のランサーの重要性は知られていないが、
神父は、令呪でランサーを楯にもするし、
消滅させるような脅迫を俺達に出来るって事だ。」
「我々の目的がバレるのは厳禁ですね。」
「作戦を変更しよう。
切り札を使われる前に神父を倒してしまおう。」
「奇襲を掛けるのですか?」
「今から戻ろう。」
「しかし、教会を破壊しては……。」
「破壊してもいい……。」
「え?」
士郎の目が座っている。
「既に連絡入れないような細工をしてるんだ。
暫く連絡がなくても怪しまれないに決まってる。
それにここは遠坂の管理地だって言ってた。
大暴れしても遠坂が揉み消す。」
「貴様、凛に後始末をさせる気か!?」
「させる。
アイツが、今までドジなく管理出来たとは思えない。
どこかで失敗を揉み消してるに違いない。」
(凛には、うっかりがあるから……否定出来んな。)
「ほ、本当にやるのですか!?」
「やる。
あの神父をフルボッコにしていい。
ランサーの命が懸かっている以上、
ゆっくりして相手に準備期間を与える必要はない!」
セイバー達は、暫し考え込むが、結局は、士郎の意見に行き着く。
「じゃあ、ランサーを救出に行こう!」
戦うべき相手を救出しに行くという矛盾を抱えて、士郎達は、教会に引き返した。
…
教会の正面玄関手前10メートル。
士郎は、天地神明の理と対話を開始して魔術回路を接続する。
セイバーは、覇王剣を構える。
ライダーは、鎖付きの杭を構える。
アーチャーは、干将・莫耶を構える。
「ここから、どうしますか?」
「俺は、邪魔になるから、ここに残る。
ライダーは、ランサーを足止め。
セイバーとアーチャーで神父を叩きのめす。
ただし、何が切り札か分からない。
気を付けてくれ。
・
・
そして、最後に……。」
セイバー達が士郎を見る。
「扉を蹴破る時は、『ダイナミック! エントリー!』と叫ぶ。」
「…………。」
ライダーとアーチャーのグーが、士郎に炸裂する。
「シロウ……ガイ先生とアスカ、どちらのパターンで蹴破ればいいのでしょうか?」
「「やるな!」」
ライダーとアーチャーから、セイバーにツッコミが入る。
セイバーは、少し残念そうな顔をする。
(やりたかったのですね……セイバー。)
(小僧に毒されている……。)
そして(しかし?)、10秒後、我慢し切れなかったセイバーが、『ダイナミック! エントリー!』を叫んで突入した。
…
蹴破った扉が四散して、礼拝堂に舞う。
突然の奇襲、15分での約束反故、言峰の予想を完全に覆す。
「何だと!?」
言峰が油断した理由は三つ。
・マスターが、若い少年だった事。
・マスターが、名ばかりの魔術師でもない人間だった事。
・そして、彼の義父が正義の味方を目指した衛宮切嗣だと知っていた事。
以上の事から、少年が平気で約束を反故にするとは考えなかった。
奇襲を成功させ、三人のサーヴァントが言峰に迫る。
アーチャーが、斬り掛かる直前、ランサーが現界する。
その瞬間、ライダーの速度が限界まで上がる。
そして、ランサーを押し切り壁をぶち破り、戦場を二手に分けた。
押し切られながら、ランサーは、ニヤリと唇の端を吊り上げる。
「失敗だったな。
オマエからは、化け物の匂いがするぜ。」
…
礼拝堂では、仕切り直しの戦いが再開しようとする。
その直後、セイバーの頭をチリッと何かの予感が過ぎる。
「アーチャー、下がって!」
セイバーとアーチャーが、後方に飛んだ地面には夥しい武器が突き刺さる。
武器の雨は、更に降り注ぐ。
広い礼拝堂が狭く感じるほどに武器が錯乱する。
「お前らしくないな、言峰。
雑種如きに後れを取るとは。
・
・
ここでは、埃が舞って我の鎧が汚れる。
出るぞ。」
「予想外だったな。
まさか、あの男の息子が、こんな手を使うとは。」
黄金の騎士を先頭に神父が続き、爆散した礼拝堂を後にした。