== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
慌てて家を飛び出して行った藤ねえに比べて、士郎はのんびりしている。
セイバーは、二人の違いに疑問を覚える。
「シロウ。
貴方は、ゆっくりしていて良いのですか?」
「今更、急いでも変わらないからな。
それに策は討ってある。」
「よく分かりませんが、悪い事をしていませんか?」
「気のせいだ。
それよりも顔を洗って来いよ。
涙の跡が残ってるぞ。」
「本当ですか!? 失礼!」
セイバーは、洗面所に消えて行った。
「さて、用意するか。」
第7話 赤い主従との遭遇①
制服に着替えて玄関に向かう。
後は、戸締まりをするだけだ。
しかし、何も分からない住人を置いて、家を出る訳にはいかない。
「お~い、セイバー。」
返事がない。
「セイバーちゃ~ん。」
返事がない。
「金髪泣き虫少女~。」
奥の方から、走って来る音がする。
そのまま勢いを止めず、セイバーは、士郎にグーを叩き込んだ。
「人を変な名前で呼ばないでください!」
「いや~、付き合いが短いから共通の話題がなくて。」
「そんなコミュニケーションはいりません!
それで、何か用ですか?」
「別に……呼んだだけ。」
セイバーのグーが、士郎に炸裂する。
「シロウ、いい加減にしなさい!」
(う~ん、ツッコミの素質はあるんだけど……。
いつになったら冗談を冗談と受け取ってくれるのか。
毎回、ツッコミが入る度に全力で殴られてちゃ、脳細胞が死滅するぞ。)
『まあ、いいか』と受け流し、士郎は質問する。
「俺は、これから学校に行くんだけど。
セイバーは、どうするんだ?」
「もちろん、ついて行きます。」
「マジで?」
「はい。
聖杯戦争は始まっています。
貴方を狙っているマスターが居るかもしれません。」
「でもさ。
奴らも魔術師じゃない奴を狙ったりするか?」
「キャスターなら可能です。
サーヴァントの魔力の位置からマスターを発見するのも容易いでしょう。」
「つまり、もうバレてるかもしれないと……。
なるほど。
じゃあ、よろしく頼む。」
「任せてください。」
士郎は、戸締まりをするとセイバーと学校へ向かった。
…
登校時間は、聖杯戦争の詳しい説明に充て、今後の行動は、昼休みと帰宅してからになった。
生徒達の登校の時間より遅い家出で、人通りは少ない。
士郎とセイバーは、目的地の学校近くまで辿り着く。
「あれ? 校門の前に誰か居るぞ。
お役所出勤とは、図々しい奴だ。」
「シロウ、貴方も人の事を言えませんよ。」
校門に近づくにつれて、シルエットがはっきりしてくる。
ツインテイルに赤いコート。
「……アイツか。」
「向こうも気付いたようです。」
「みたいだな。
ところで……。」
「はい。」
「お前は、どこまでついて来る気だ?」
「当然、学舎の中まで。」
「生徒ではないお前が、どうやって中に入る?」
「霊体化すればいいだけです。」
セイバーは、胸を張って答える。
「ほほう。
では、その霊体化というヤツを第三者の居る前でやる気か?」
「あ。」
セイバーは、ハッとした顔をしている。
「なかなかやりますね、シロウ。」
「誉めても、お前のミスは消えんからな。」
セイバーは、笑って誤魔化そうとしている。
「さて、どうしようか?
あの赤い奴。
ずっと、こっち見て、なかなか居なくならないぞ。」
「サーヴァントだと気付かれたのでしょうか?」
「そうかもしれないけど、お前の金髪が珍しいだけかもよ?」
「まさか。
それより、シロウ。
何でさっきから、私は、『お前』扱いなんですか?」
「戦争なんだろ?
だったら、敵かもしれない奴にクラスの情報を与える必要はない。」
「驚いた。
シロウは、魔術師の様に冷静なのですね。」
「いや、人を嵌めたり騙したりするのが得意だから、
こういうのに慣れてるだけ。」
「シロウ。
私は、今、非常に納得がいったのと同時に虚しさを感じています。」
「誉め言葉として取って置くよ。
それにしても、いつまで居座る気だ? あの女。」
呆れている士郎にセイバーが声を掛ける。
「シロウ。
私は、このまま帰ったフリをして、曲がり角で霊体化します。
シロウは、そのまま学舎に行ってください。
後で合流します。」
「了解だ。」
セイバーは、振り返ると曲がり角まで歩いて行き、士郎は、校門に向かう。
赤いコートの女の子とすれ違う時、声を掛けられる。
「おはよう、衛宮君。」
「ああ、おはよう。」
士郎は、とりあえず返事を返す。
「衛宮君は、聖杯戦争って言葉を知っているかしら?」
「知ってるけど。
お宅、誰?」
「自己紹介が、まだだったわね。
わたしは、遠坂凛。
早速だけど……。
あなたは、何で、聖杯戦争を知っているの?」
凛は、不適な笑みを浮かべ、士郎は、眉間に皺を寄せる。
「答えてくれる?
わたし、とっても興味があるの。」
凛の追及は終わらない。
士郎は、溜息をつくと答えた。
「この前、歴史で習った。」
「そんなバレバレの嘘はいらないわ。」
「いや、嘘じゃないだろ。
西郷隆盛が政府と戦って敗れたヤツだろ?」
「それは、西南戦争よ!」
「違うのか?」
「わたしが言ったのは、せ・い・は・い!」
「じゃあ、知らんな。
で? それがなんなんだ?」
本気で知らない素振りを見せる士郎に、凛はあからさまにしまったと言う顔を一瞬した。
士郎は、内心で主導権を取れると確信する。
(甘いな……こうも簡単に騙されるとは。
それにしても、いきなり正体バラすとは……。
自信があるのか、抜けているのか。
・
・
どちらにしても紙一重な気がするな。
もう少し、トボケるか。)
「あの、もういいか?
結局、なんだか分からなかったけど……。」
「え? あ、うん。
もう、大丈夫。」
「そうか。
それと……。」
「な、何かしら?」
凛は、猫を被り始めた。
士郎は、からかうネタを仕込み始めた。
「俺で良かったら友達になるぞ。」
「は?」
「あまり言いたくないけど。
ああいう風に声を掛けても、なかなか人は、食いついてくれないぞ。」
(まさか、わたし誤解されてる?
しかも、友達のいない娘って思われてる?)
「人と話してないとさ。
余計に上手く話せなくなるもんだ。
心のリハビリが……必要だと思うんだ。」
(待って!
何で、そこまでわたしが、かわいそうな人になっちゃうわけ?)
(動揺してるな。
もう少し追い詰めたら、どうなるんだろう?)
「辛いとか死にたいなんて思っちゃダメだ!
もし、君が学校に来る勇気がないんだったら無理しなくていい。
少しずつでいいんだ……。」
士郎は、可哀そうな人を見るような目で凛を見る。
凛は、このどうしようもならない状態に内心で頭を抱えていた。
(どうすればいいのよ?
コイツをこのまま野放しにしたら、学校中に変な噂が流れちゃうじゃない。
いっそ、魔術で記憶を消しちゃおうかしら?)
「安心していいぞ。
俺は、人を中傷するような事はしない。
今日の事は、誰にも言わない事を誓うよ。」
「あ、ありがとう。」
(何で、わたしがお礼を言わなきゃならないのよ!
・
・
でも、案外、いい奴かも。)
「じゃあ、ミス・パーフェクト。」
「ごきげんよう。」
士郎は、何事もなかったように学校に向かう。
…
士郎を見送り、士郎の姿が校舎に消える頃、凛は気付く。
「あのヤロー! わたしの事、知ってんじゃない!」
凛は、校門の前で一人叫んだ。