== Fate/stay night ~IF・緩い聖杯戦争~ ==
イリヤが去って、1ヶ月。
少し退屈な日々が続く。
キャスター帰還の連絡も、まだない。
第73話 その後③
久々の藤ねえとの登校。
気だるい朝に士郎は、大欠伸をする。
「士郎。
これから学校なのにそんな大欠伸して。」
「昨日、夜遅くまで本を読んでたんだ。」
「なんの本?」
「悟空とケンシロウが本気で戦ったらって本。
気功波の類はなしで、戦ったらって話。
なかなか面白い見方をしていて、つい読み耽った。」
「士郎~。
そんな変な本読まずに英語の勉強してよ。
此間のテスト、記号の選択問題しか合ってなかったわよ。」
「全部記号問題にしてくれれば、80点以上取る自信はある。」
「そんなんで受験出来るの?」
「選択問題だけで、合格点の届くとこを受験する。」
「お姉ちゃんは、どこかで育て方を間違えたわ。」
珍しく藤ねえが項垂れる。
「そういえば、今日、転校生が来るわよ。」
「女?」
「そうよ。」
「よし。」
「何が?」
「ヤロウに興味はない。」
「自分に正直過ぎて、また、不安が増したわ。」
藤ねえは、学校に着くまで終始項垂れていた。
しかし、職員室について件の転校生を見ると虎の咆哮が全校に響いた。
…
士郎は、HRの始まる前から眠りについていた。
しかし、耳を劈く虎の咆哮で目を覚ます。
「藤ねえの奴……。
別れて3分で人の安眠を妨害するとは、どういう了見だ。」
学校の生徒の8割も正体を把握している。
「久々の高音量でござったな。」
「5段階評価で、一番高いんじゃないか?」
「何の話をしてるのかな?」
士郎と後藤君の会話に由紀香はついていけない。
「拙者達ぐらいの達人になると、
藤村先生の声の大きさで衝撃の度合いが分かるでござる。」
「それを5段階評価で分けている。」
「……そうなんだ。」
「で、今のレベルは、5だ。」
「5って?」
「被害が生徒にまで及ぶ危険性大だ。」
「えーっ!?」
「希望は、まだあるでござるよ。
HRで教室に入って来た藤村先生の顔が笑っていれば問題ないでござる。」
「怒ってたら?」
「…………。」
「何で、そこで黙るのかな!?」
運命の分かれ目を迎える事になり、生徒の目は、藤ねえの現れる扉に注がれる。
そして、軽快な足音と供に扉が開かれる。
「おっはよう、みんな!」
生徒達の顔に安堵が広がる。
勝負に……賭けに勝ったと。
「新しいお友達を紹介するねー。」
(((((小学生でもないのにお友達って……。)))))
生徒達の心が一つになる。
そして、咆哮の原因が転校生である事に安心する。
藤ねえの後から入る生徒にクラスの男子は雄叫びをあげ、クラスの女子は感嘆の声を漏らす。
ピンと背筋を伸ばし、流れるような金髪と澄んだ緑の瞳。
「衛宮アルトリアです。
以後、お見知り置きを。」
士郎は、激しく机に頭を打ち付けた。
…
理解出来ない。
あの日、居なくなったセイバーが居る。
制服着て堂々と。
背丈が少し伸びた感じがするが、違和感はそれだけだ。
藤ねえは、上機嫌で頷いている。
セイバーは、士郎を見つけると微笑んだ。
それをクラスの生徒は、何を意味するのかと二人を交互に見ている。
「シロウ、お久しぶりです。」
「元気そうじゃないか。」
『お~』
「貴方に会いに来ました。」
『なにーっ!?』
『また、衛宮が何かしたのか!?』
『遂に日本を越えて外国まで巻き込んで!?』
(うるさいな、コイツら。)
「藤村先生、HRの続きをしてください。」
「うん、いいわよ。
二人で話を続けて。」
(あの馬鹿虎……。)
『さすが、藤村教諭』
『日頃の恨みも篭ってますな』
(いいだろう……。
お前らが止めないなら、ここを地獄絵図に変えてやろう。)
「いつ来たんだ?」
「8日前です。
雷画さんには、もう、挨拶を済ませました。」
「ところで、名前間違ってないか?
アルトリア・ペンドラゴンじゃなかったっけ?」
「いいえ、合っていますよ。
衛宮アルトリアで。」
「なんで、衛宮なんだ?」
「私達は、婚約しているではありませんか。」
「…………。」
『『『『『なにーっ!!』』』』』
今の言葉には、藤ねえも真っ白になっている。
藤ねえは、一気に士郎のところまで走り、首根っこを捕まえる。
「士郎ーっ!
一体、どういう事!」
「俺が知るか!?」
「雷画さんから、聞いていないのですか?」
「聞いてない!」
「お爺様!?」
「はい。」
「何やらかした、お前!」
「はあ。
外国人の滞在は面倒だからと、
シロウと婚約して日本人に帰化しろと。」
「そんな簡単に決められるのか!?」
「士郎……。
お爺様なら、やりかねない。
あっちの方には、顔が利くから。」
「それにしたって、婚約だぞ!
俺の意思は!?」
「シロウの意思など、どうでもいいではありませんか。」
『アルトリアさん、すげぇ……。』
『あの衛宮が、手玉に取られてる……。』
「お前は、いいのか!?」
「はい。
私は、孤児出身という設定ですので、
両親を気にする必要もありません。」
「そういう事じゃねー!」
『何だ? 設定って?』
「お前は、俺のこ、こ、婚約者になるんだぞ!」
「外国に戻る時に離婚すればいいではないですか。」
「離婚!?」
『有り得ない……。
あんな可憐な顔して、言ってる事はデタラメだらけだ。』
「藤ねえ! 雷画爺さんに言って解消しろ!」
藤ねえは、目を瞑り耳を塞ぐ。
「きっと、夢よ!
寝て覚めれば、虎に囲まれた平和な日常があるんだから……。」
「現実逃避をするな!
それに、虎なんかに囲まれた日常も有り得ない!
・
・
待てよ……。
そもそも、話に現実味がない。
セイバー、嘘だろ?」
「これが婚姻届なるものです。」
セイバーが、士郎に見せる。
「俺の字じゃねー!
誰だ、書いたの!?
役所も受理しないだろう!」
「少し積んだら、受け入れてくれました。」
「それは、犯罪だ!」
「そういう事ですので、
今後とも、よろしくお願いします。」
士郎が既婚者になった話は、たちまち全校に広がる。
地獄絵図を見せられのは、士郎の方だった。
…
お昼休み。
一人になりたい士郎は、屋上も避け、校舎裏で缶ジュースを片手に落ち込んでいた。
「悪夢だ……。
いや、まだ諦めるのは早い。
雷画爺さんに確認するまでは……。」
そこへ一人の女生徒が息を切らして逃げ込んで来る。
(ここは、避難所か何かか?)
女生徒と士郎の視線が合う。
「坊や!」
「坊や?
・
・
まさか、キャスターか!?」
士郎は、声でキャスターと判別するが、目の前の女生徒は違い過ぎる。
「な!? え~~~!?
どうしてだ!?
背が縮んでるぞ!?」
「しょうがないでしょう!
転生したら、この歳だったんだから!」
「待て! 待ってくれ!
俺、セイバーの事だけで一杯一杯なんだ。
説明してくれないか?」
「いいわ。
私も誰かに説明して鬱憤を晴らしたいとこだったから。」
「まず、セイバーとキャスターどっちから話す。」
「私の事からでいいかしら?
私とセイバーの経緯は同じだから。」
「頼む。
事態の把握が全然出来ない。」
「手紙は、読んだわよね?」
「読んだ。
だから、第2の人生を得たのも知ってる。」
「そう。
・
・
実は、転生の魔術開発の基礎を凛に任せたのよ。」
「遠坂に?」
「ええ。
セイバーは、上手く転生出来てたでしょう?」
「ああ、出来てた。
衝撃の登場シーンだった。
身元を隠すために孤児出身だとも言ってた。」
「だから、安心して任せてたのよ。
・
・
なのに!
私の設定をセイバーと同じにしたもんだから、
転生しても女学生じゃない!」
「……うっかりだな。
・
・
で、なんで、逃げてたんだ?」
「男子生徒がしつこいのよ!
転向初日で、何で、あんなにワラワラと!」
「お前、美人だからな……いや、美人だったのか。
あと、俺の勘だけど、キャスターって猫被るだろ?」
「被るけど、何よ?」
「遠坂も被ってる。
それで騙されてる。みんな。
アイツが清楚なお嬢様だって。
・
・
つまりな。男ってのは、分かり易い理想像に弱いんだ。
故にワラワラと集まる。」
「馬鹿じゃないの!?」
「否定はしない。」
「じゃあ、どうすればいいのよ!?」
「カミングアウトしてしまえ。
葛木先生が好きだって。
男のいる美人には近づかん。」
キャスターの顔がみるみる赤くなる。
「そんな……ヤダ、坊やったら。」
「葛木先生には会ったのか?」
「会ったわよ。」
「あの先生は内面を見るから、外見変わっても、
キャスターに対しての気持ちは変わってないだろ?」
「ええ、素敵なままだったわ。」
(惚気を聞かされそうだな。)
「だったら、言ってしまえ。
堂々と宣言しなくても、
『葛木先生みたいな人が理想だ』って言うだけでもいい。
あの手のタイプは、この学校に居ない。
と、いうか世界にも数少ない。」
「ええ、そうなのよ。」
(何言っても、惚気るな……。)
「いいか?
言い寄ってくる男達の中には、絶対に『好きなタイプは?』とかって、
聞いてくるワンパターンな輩が居る。
沈黙を貫いて、タイミングを合わせて答えて黙らせろ。」
「なるほどね。
利用するのは慣れてるんだけど、
追い払うのは慣れていないのよね。」
「贅沢な悩みだ。」
「あら、そうかしら?」
「今度は、俺が質問していいか?」
「どうぞ。」
「セイバーと設定同じって事は、
同じ孤児院とかに居たんじゃないか?」
「ええ、そうよ。」
「サーヴァントだった時の能力は?」
「当然、あるわよ。」
「宝具がないぐらいか。」
「ええ。」
「当然、記憶とかも引き継いでんだから、
神童として、いい待遇してたんだろ?」
「あら、分かる?」
「やっぱり、そうか。」
「どうしたのよ?」
「セイバーが、余計な知恵をつけて現れた。」
「孤児院出てから日本に来るまでは会っていないから、
詳細な動向までは分からないけど……。
そんなに変わってたの?」
「ああ。
俺は、既にセイバーに婚約させられた。」
「…………。」
「冗談でしょう?」
「本当だ。
しかも、転向初日の紹介で、皆の前で堂々と。」
「……それは、災難ね。
・
・
と、いうか、貴方が出し抜かれたの?」
「ああ。
だから、セイバーの動向が知りたかったんだが、今の話では情報がない。
これでは期待出来ないな。」
「貴方、聖杯戦争が終わっても戦いが続きそうね。」
「全くだ。
もっと、平和的な再会が出来ただろうに。」
「さて、私は、行こうかしら。
知恵も授かった事だし。」
「遠坂達には会ったのか?」
「会ったけど、気付かないわよ。
お互い猫被ってたし。」
「……気付くまで黙ってるつもりだろ?」
「あら、分かる?」
「キャスターは、楽しんでるな……。」
「ええ。
この国は、争いがなくて過ごしやすいわ。」
キャスターは、踵を返すと楽しそうに戻って行った。
「あの姿は、反則だな。
絶世の美少女じゃないか。
キャスターふった男って、ブス専なのかな?
・
・
あ、鍵渡し損ねた。」
お昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
士郎も教室へと戻る事にした。
…
放課後。
士郎とセイバーは、一緒に帰っている。
学校の人間の冷やかしも抜群の対応能力で受け流し、『別にいいんじゃない』の一言で流してしまった。
「貴方と歩くのも久しぶりです。」
「俺、セイバーは、この時代に転生しないと思ってた。」
「何故ですか?」
「綺麗な別れ方だったから。
俺と会えば、また濁るじゃん。」
「相変わらず自分を卑下するのに躊躇がありませんね。
それに別れ際にリベンジすると言ったではありませんか。」
「そうだったな。」
セイバーは、暖かい陽気の風を受けながら呟く。
「日本は、いい国ですね。
あの時は寒い季節でしたが、今の暖かい季節も気持ちがいい。」
「それなりにな。
・
・
なあ、昼間の婚約って本当なのか?
よく考えたら婚姻届を見せたって事は、
まだ、役所に提出してないんだろ?
大体、証人とか本人確認でバレるんじゃないか?」
「流石、シロウです。」
「じゃあ、嘘か?」
「いえ、本当です。」
セイバーは、鞄の中から婚姻届を出して士郎に渡す。
「コピーです。
筆圧の掛かった形跡がないでしょう?」
「確かに……。
なんで、こんなもんを持ってんだ?」
「雷画さんが記念にと。」
士郎は、ようやく分かったという顔をする。
「そうか……。
セイバーは、素なんだ。
計画を立てたのが雷画爺さんなんだ。」
「その通りです。
それも言いませんでしたっけ?」
「言った。
『雷画さんに聞いてないのですか』って聞いてた。」
「シロウ、貴方らしくもない。」
「俺も、ここまでデタラメをした事がないからな。
さすが、師匠だ。」
「師匠?」
「そう、雷画爺さんが俺の師匠。
俺の考えの中心には雷画爺さんの教えがある。
だから、向こうも俺を騙すのはOKだし、
俺が、向こうを騙すのも暗黙の了解なんだ。」
「妙な師弟関係ですね。」
「キャスターに嘘ついちゃったな。
雷画爺さんの思惑と気付くのに手間取ったから、
セイバーの性格が激変したと言っちゃったよ。」
「何故、そうなるのです?」
「だって、セイバーの口からデタラメな
言葉が出るとは思わなかった。」
「変わりませんね。」
「お互いな。」
ク~とお腹の鳴る音がする。
「シロウ、お腹が空きました。
今日は、腕によりを掛けてくれるのでしょう?」
「そうだな。
偽装結婚とはいえ、新婚だし。
雷画爺さんも呼んで……いや、藤村組で宴にしよう。」
「はい。」
士郎に聖杯戦争の時の騒がしい日常が戻って来る。
それは、聖杯戦争で勝ち抜いて手に入れた本当の報酬なのかもしれない。