「動き出すのが少々遅かったのではないか、張燕?」
「あまり早くそちらへ追い込んでは、夏侯淵将軍ご自慢の弓兵隊が踏み荒らされると思ってな」
「要らぬ気遣いだ。それでいったいどれだけの犠牲を出した?」
「二百と言ったところだ。将軍の兵五百と引き替えと思えば、安いものではないのか?」
「五百も討たれると? 私の兵なら騎馬に迫られる前にすべてを射落とせる」
「それは調練では、弦さえ鳴らせば当てたことになる決まりだからな」
「実際に矢を放てば、外すと言いたいのか?」
「―――おいおい、お前らっ。私を放って喧嘩を始めるなっ!」
公孫賛が、秋蘭と張燕の間に身体を割り込ませた。
「公孫賛、いま大事な話をしているところだ。邪魔をしないでくれないか。―――だいたい何なんだ、さっきからそのふざけた格好は」
「お前が縛ったんじゃないかっ! 早く解いてくれよっ」
縄でぐるぐると幾重にも巻かれた公孫賛は、ぴょんぴょんと器用に飛び跳ねて怒りを表した。調練の模擬戦で捕虜に取られたという証だった。
雍州牧として再び長安に駐屯している公孫賛も交えた大規模な演習である。騎兵に歩兵で対するという形式で、騎兵には公孫賛率いる三万騎、歩兵には秋蘭の精鋭弓兵五千を含む三万五千と張燕の黒山兵一万五千。馬超が劉備軍に降ったという報告を受けて企画したものだ。
張燕―――黒山賊の兵との連係を本格的に考えたのは、これが初めてだった。戦となると秋蘭は最大兵力を有する春蘭の補佐に回るのが常であり、こちらから連係を取るのではなく、他の軍が追随するという形になる。
初めての連係にしては、秋蘭と張燕はかみ合った。兵の性質も戦法も大きく異なるが、秋蘭が自分ならここでこう動くという用兵を張燕はした。それは張燕も同じようだった。それだけに他の者との調練では気にならない細かい部分にまで目が付いて、しばしば言い争いとなった。
公孫賛の取り成しでその場は治め、さらに三度模擬戦を行った。やはり用兵はかみ合う。その都度、公孫賛は縛に付くこととなった。
「それでは」
調練を終えると、張燕は軽く頭を下げて黒山賊の兵の方へ去っていく。すぐに兵に取り囲まれ、賑やかな騒ぎが始まった。世を拗ねた皮肉屋であるが、元が賊徒の頭目だけあって兵に対しては磊落な顔を見せる。
「お前ら、もう少し仲良くやれないのか?」
公孫賛が隣に来て、溜め息交じりに言った。
二の腕にはくっきりと縄目の跡が付いている。公孫賛が捕縛された時点で、模擬戦の勝敗は決する。だから本当は縛り上げる必要などないのだ。演習を盛り上げるためのちょっとした懲罰であり、心情的にはおふざけのようなものだ。
少々強く縛り過ぎたか、と反省しつつ秋蘭は公孫賛の問いに返す。
「ふむ。私としても言い争いをしたいわけではないのだがな」
「そうかあ? 私には、珍しくお前が感情的になっているように見えたけどな」
「久々の大規模な模擬戦で、気が高ぶっていたのかもしれないな」
その場は軽く流したものの、自分が張燕という男に悪感情を抱いていることに秋蘭は気付いていた。
こうして思い起こすだけで、不快感が募る。珍しいことだった。他者に対する好悪の情が薄い方だと、秋蘭は自身を分析している。
もちろん華琳や姉の春蘭のことは大好きだと躊躇なく断言出来る。曹仁や幸蘭、蘭々も大切だし、最近では自分を慕ってくれる流琉も愛らしいと思う。といって、春蘭ほど直情にはなれないし、幸蘭ほど溺愛するでもない。最近の華琳と曹仁のいちゃいちゃ振りにも当てられるばかりだ。一歩引いて俯瞰する。それが秋蘭の立ち位置だった。
嫌悪感に関しても同様で、喧嘩に発展するほど感情を露わにしたことなど生涯に数えるほどしかない。張燕に対してだけ上辺すら取り繕えない程に嫌悪を抱いている自分に、秋蘭は新鮮な驚きを感じていた。
卑劣な不意打ちで曹仁を傷付けたが、それが原因ではない気がした。曹仁本人がすでに気にも掛けていないし、何より嫌悪感を抱くようになったのはもっと最近になってからだ。
主将と副将として長安に入り、すでに数ヶ月が経過している。接する機会はそれ以前よりずっと増えた。そして増えた分だけ、不快が募った。斜に構えた態度が鼻に付く、と言ってしまえば同族嫌悪ということになるのだろうか。ありていに言えば、生理的に気に食わないということだ。
張燕の方もそれは同じようで、軍務以外で話しかけてくることもない。その日もそのまま顔を合わせることなく調練を終えた。
互いに極力関わりを避け、平穏に数日が経過した後、予期せぬ来訪者が長安に現れた。
「もうっ、本当に大変だったんだからっ」
「あー、疲れたよぉ」
「ちょっと、ちぃ姉さん、秋蘭様にそんな口の聞き方をしない。天和姉さんも、だらけてないで」
不機嫌顔で指を突き付けてくる次女地和に、漢中の地図を広げた卓の上に寝そべる長女天和、二人の姉を注意する三女人和。張三姉妹が、漢中から長安へ逃げ延びて来ていた。
軍議の間には他に、張三姉妹が連れ帰った五斗米道からの使者と公孫賛、張燕、そして秋蘭がいるだけだ。
「人和、構わない。お前達は我が軍の協力者であって、部下ではないのだからな」
姉二人に振り回される人和に、秋蘭は親近感を覚えつつ言った。
「すいません、秋蘭様」
人和が申し訳なさそうに頭を下げた。秋蘭の方こそ、頭の下がる思いである。疲れているのは姉二人と同様だろうが、先刻まで人和は漢中の情勢を詳らかに語ってくれていた。
五斗米道は漢中東端の交通の要衝陽平関を劉備軍に奪われ、今や張魯の本拠南鄭までが攻撃に曝されていた。張三姉妹は劉備軍による南鄭攻城が始まる直前、張魯と張衛の協力で城を脱し、長安までをひた駆けて来たという。
相当な強行軍であったようだから、天和と地和が疲れた疲れたと訴えるのも無理からぬことだった。とはいえ、声を上げるだけ元気が残っているということでもある。
元々は大陸全土を行脚する旅芸人だ。今では豪奢な馬車に護衛まで付けて旅をしているが、舞台ともなればほとんど休みも取らずに数刻歌い踊り続ける。並の兵よりもよほど体力はあるだろう。
「しっかし、桃香にしてはずいぶんと強引にきたな」
「五斗米道と我々が繋がりを持ったことを、諸葛亮あたりに気取られたということだろうな」
公孫賛の言葉に秋蘭は返した。
劉備軍の漢中進攻は突然であったという。主力を率いて陽平関に迫り、受け渡しの要求が拒まれると瞬く間に砦を落している。益州牧の印璽を掲げているから一応の大義名分は立つが、有無を言わせず力付くというのは劉備らしくない。もっとも、巴蜀を攻め落とした時点ですでに劉備は秋蘭達の知る劉備とは別の顔を見せ始めている。
「気付いた時には、敵は砦の中に入り込んでいただ」
五斗米道の使者の男が言った。陽平関の守備隊を率いていたという。
交通の要衝を任されていたのだから、五斗米道の軍の中ではそれなりの地位にあるのだろう。大男で身の丈だけなら曹仁の副官の牛金にも劣らない。しかし体付きに鍛錬の形跡はほとんどなく、朴訥とした話しぶりは田舎の農夫といった印象だ。五斗米道軍全体の練度も知れるというものだった。
「間諜に潜入されたな」
城門は内側から開かれたらしい。鳳統が育てたという諜報部隊の働きだろう。戦いに強い精兵ではないが、間諜としては精鋭中の精鋭である。荊州では曹操軍も、華琳の眼前まで接近を許していた。
名にし負う関張趙に加えて、先日まで心強い味方であった錦馬超までを眼前に並べられては、調練不足の兵など武威だけで腰砕けになりかねない。そこに城門が内側から開かれたとあっては、兵は逃げ出すしかない。双方一兵たりとも損なわれることなく、陽平関は劉備軍の手に渡ったという。出し惜しみ無しの豪勢な陣容は、無駄な犠牲を避けるためと考えればやはり劉備の本質は変わっていないのか。
「それで、そちらの御教主様は何と?」
使者の大男に問う。
「は、はい、援軍を頼めないものかと」
「それは、我々に帰順するということか? こちらの提示した条件を飲むということか?」
張三姉妹の派遣は、想像以上の効果を発揮した。交渉はすでに帰順後の待遇に関して意見を擦り合わせる段階にまで至っていた。劉備軍の進攻さえなければ、もう一、二度使者が行き来する間に話はまとまっただろう。
「む、難しい話は俺には。詳しい話は、お三人様がお聞きかと」
人和に視線を送ると、小さく頷きながら口を開いた。
「全て飲むと」
「わかった」
五斗米道の教義に干渉するような条件も突き付けている。それだけ状況は逼迫しているということだろう。
「では軍議に移るとしよう。使者殿は、―――お疲れであろう。部屋を用意させよう」
二度手を打ち鳴らすと、軍議の間に侍女が二人入って来た。
「あ、あの、援軍は―――」
「御案じなく。すぐに出陣の用意をさせる」
侍女に挟まれるようにして連れられて行く大男に、秋蘭ははっきりと言い切った。大男は安堵の表情で軍議の間を後にした。
「御主君にお伺いを立てず、漢中に兵を入れるのか?」
大男の野暮ったい足音が遠ざかると、張燕が言った。
「この機を逃せば、漢中平定には多大な労力を費やすことになる」
春蘭の補佐と言う形でも、六日で一千里と謳われた行軍速度を落とさない自信が秋蘭にはある。一方で兵を奮わす武名では、姉は言うに及ばず曹仁や霞にも自分は劣る。それでも武官筆頭の姉でなく、自分がこの地を任された。つまりは情勢を読み解く判断力を求められたということだ。
「そうか」
張燕は一応確認したというだけのようで、小さく頷くとそれ以上は何も聞いては来なかった。知った風な顔が鼻に付く。
「張燕、お前は長安に残れ。漢中には私一人で行く」
「おい、それは―――」
公孫賛が声を上げるのを、手で制する。個人的な好悪から張燕を遠ざけようというのではない。卓上に広げた漢中の地図の一点を指差した。幸蘭の手の者や高順の情報で、地図にはかなり細部までが描き込まれている。
「馬超か」
張燕がすぐに小さく呟いた。
普段行動を共にしている姉が相手であれば、さらに言葉を費やさねばならない。いけ好かない男だが、察しの良さに手間が省けることが多いのも事実だった。
秋蘭が指差したのは、褒斜道と呼ばれる桟道のとば口だった。陽平関から南鄭に掛けてを劉備軍が手にしたということは、西涼へと至る蜀の桟道をも確保したということである。西涼に曹操軍の政はまだ根付いたとは言えず、錦馬超が再び立てば数万の兵が従うだろう。長安を落されるようなことになれば、再び潼関以西は曹操軍に対して叛旗を翻す。漢中に侵攻した軍が退路を断たれるのみならず、一朝にして劉備軍は雍涼益と三州を統べる大勢力に伸し上がることになるのだ。長安の防衛は、ある意味で漢中進攻以上に重要な役割だった。
「馬超。そうか、朱里が錦馬超の名前を利用しないはずがないか」
公孫賛も得心いったようだ。
長安防衛に関して、意見を交わしあった。公孫賛は弘農王を擁した馬騰と馬超に、一度は長安を落されている。少々入れ込み過ぎなくらいの意気込みを見せた。対する張燕の冷やかさが、上手く均衡を取ってくれるだろう。
「あの、私達はどうすれば? 出来れば中原に戻りたい―――」
「―――え~っ、せっかくだから、公演していこうよ、長安公演っ」
おずおずと人和が差し挟んだ言葉を、天和が遠慮なく遮る。
「天和姉さん、今の話聞いてた? これからここで戦争が始まるかもしれないんだよ?」
「ちぃも嫌よ。もう戦に巻き込まれるのはこりごりだって、言い合ったばっかりじゃない」
「でもでも、長安だよっ。大陸制覇のためには、絶対抑えておかないといけない場所でしょっ」
「むっ」
地和が押し黙る。大陸全土で公演を開催するのが、張三姉妹の目下の夢らしい。廃れたとはいえ漢王朝西の都とでも言うべき長安は、開催地として外せない場所なのだろう。
「それに、今なら曹操軍の皆が沢山いるじゃない。初めての土地では苦戦することも多いけど、皆が見に来てくれるなら心強いよ。いざとなったら守ってもくれるだろうし」
「うーん、確かに赤字を出す心配はないし、警備を雇うお金も……」
思い悩んだ表情で、人和がこちらを窺う。
「お前達の信奉者が増えれば、それだけ馬超に味方する者が減る。公演をするというのなら、協力しよう。公孫賛と張燕、それで構わないな」
実際に長安を守護することになる二人に問うと、公孫賛は力強く、張燕は曖昧な表情で頷いた。
「やった。じゃあ決まりだねっ」
「はぁ、仕方ないわね」
天和がぽんと手を打って話をまとめ、人和が頭を振って承諾した。
「公孫賛さん、それに駿くん、よろしくね~」
天和が二人に―――主に張燕に向けて微笑みかけた。張燕は仕方がないという顔で肩をすくめた。
初めて耳にしたが、駿と言うのは響きからして真名であろう。曹操軍では誰も張燕をその名で呼ぶ者はいない。憎まれ口を叩き合いながらも良く連れ合っている曹仁からも、飛燕と渾名で呼ばれていたはずだ。
「なんだ、張燕は張角達と親しいのか?」
公孫賛が問う。
「別に親しくはないな。ただのなりゆきと言うやつだ」
「昔、お兄さんと一緒に会いに来てくれたんだよねっ。あの頃は他にも沢山の人達を紹介されたけど、駿くんが一番格好良かったからはっきり覚えてる」
「お兄さんと一緒に?」
「……黄巾の乱の時の話です。駿さんのいた黒山賊と私達の信奉者が集まった黄巾党は、同盟を結びました。会盟の際に、その証として駿さんとお兄さんから真名を預けてもらったんです」
口の重い張燕と、要領を得ない天和に代わって人和が答えた。
黄巾党が盛んだった頃には、多くの賊徒が同盟と言う形でその傘下に加わった。その中でも有名なのが車騎将軍の楊奉が率いた白波賊と、張燕の義兄張牛角が頭をしていた黒山賊である。
「な、なるほどな」
“お兄さん”が誰を指しているかに気付いて、公孫賛が口籠る。張牛角が曹仁に討ち取られていることは、曹操軍の将兵であれば誰もが知っていることだ。
「夏侯淵将軍、出陣の準備を始めなくて良いのか?」
「―――ああ」
張燕に促され、秋蘭は軍議を散会した。
急ぎ手配を進め、翌朝早々に出立となった。長安の城門まで公孫賛と張燕が見送りに現れる。
民は遠巻きにしている。西涼独立の旗を掲げた長安を、つい半年ほど前に陥落させたばかりなのだ。ほとんどの住民にとって、曹操軍はいまだ敵のままであろう。
「張燕先生ーっ」
そんな敵意の視線の中にあって、黄色い声がいくつか上がった。
張燕は小さく笑みを浮かべると、軽く手を振った。いつもの冷笑ではない。
―――こういう顔もするのか。
元々、整った顔立ちをした男だ。曹仁も可愛らしい顔付きをしているが、張燕のそれは綺麗とでもいうべきか。しかし皮肉屋気取りの言動と相まって、切れ長の目は常に冷たい印象だった。
「教え子か?」
公孫賛の問いに、張燕は無言で頷き返す。口元にはまだ、暖かな笑みをたたえている。
学者達が大勢集まっていた荊州とは違い、西涼では学校の講師の確保に難儀していた。公孫賛からその話を聞くと、張燕は軍務の合間を見つけては率先して教壇に立つようになっていた。子供の相手など得意には見えないが、意外にも評判がいい。
「許では女子生徒の人気を仁と二分していると聞いていたが、本当らしいな」
「……軍務に支障を来たしてはいないはずだが」
秋蘭の言葉を皮肉と取ったようで、張燕は冷ややかに返してきた。ずっとそんなやり取りを繰り返してきたのだから、無理もない。
公孫賛が居心地悪そうに秋蘭と張燕の顔を見比べる。
「何も悪いとは言っていないさ。こういったことから、西涼の民が我々を受け入れるようになっていくかもしれない。頼みにしているぞ、張燕」
言い置き、背を向けた。目の端で捉えた張燕は、意外そうに目を丸くしていた。これも、今まで見たことの無い表情だ。
「―――それでは使者殿、参ろうか」
「はいっ」
使者の大男を促し、出陣した。
視線の先には秦嶺山脈の稜線がすでにはっきり窺えるが、麓までは六十里(30キロ)ほども離れている。それだけ高山の連なりなのだ。
その日は麓に着いたところで少し早めの野営とし、翌日より桟道に挑んだ。旗下の三万五千を五千ずつ七隊に分けて進む。
蜀の桟道をこれほどの大軍が通過するのは、楚漢戦争の折の高祖劉邦以来だろう。行軍計画は綿密に練り上げているが、細かい修正はどうしても必要となる。秋蘭は使者の大男を伴って自ら第一隊に加わった。
―――仇の一族に仕えるというのは、どういう気持ちなのだろうな。
険しい桟道を進みながら、頭に思い浮かぶのはあの男のことだった。
別に珍しいことではない。月と詠も、反董卓連合の戦で家族同然の幼馴染を失っているのだから、曹操軍は仇敵の一部である。乱世においては、ありふれたことだった。ただ、どこか自分に似たところのある張燕だけに、その胸の内が気になった。
華琳を、春蘭を、曹仁を、幸蘭を、蘭々を、どこかの誰かに奪われたのなら、復讐を遂げずにはいられない。仇を討ち果たすその時まで他のことなど考えられないし、まして仇の片割れに仕えるなど思いもよらない。
曹仁に復讐の念を打ち砕かれ、華琳の志に共感した。張燕の帰順の理由を、秋蘭はそのように解していた。学校での教育―――華琳の掲げた改革の柱の一つ―――に、人一倍熱心なのもそれを裏付けている。
秋蘭や春蘭は、華琳の志に惹かれたわけではなかった。惚れ込んだのは華琳という人間の器量、才覚である。華琳が思い描く未来がどんなものであっても、その実現に尽力していただろう。
だとすれば、張燕は自分などよりもずっと深く華琳の志を理解し、ずっと強くその実現を望んでいるということにならないだろうか。
―――次に会った時にでも、少し話を聞いてみるか。
秋蘭がそう結論を出したのは、桟道を辿ること七百余里、十日目にして遂に漢中へと足を踏み入れた時だった。