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No.7800の一覧
[0] 真・恋姫†無双 ~天人・曹仁伝~ [完結][ケン](2018/05/12 13:03)
[1] 第1話 主人公不在[ケン](2009/04/04 14:20)
[2] 第2話 主人公は遅れてやってくる[ケン](2009/04/05 23:51)
[3] 第3話 曹子孝、劉玄徳に出会うのこと[ケン](2009/04/11 14:01)
[4] 第4話 天の御遣いと劉玄徳[ケン](2009/04/16 21:43)
[5] 第5話 公孫賛との再会と趙雲との出会い[ケン](2009/04/27 19:08)
[6] 第6話 張飛拠点イベント[ケン](2009/04/27 19:51)
[7] 第7話 関羽拠点イベント[ケン](2009/05/19 22:53)
[8] 第8話 劉備拠点イベント[ケン](2009/05/19 23:07)
[9] 第9話 褚燕 前編[ケン](2009/05/24 11:10)
[10] 第10話 褚燕 後編[ケン](2009/05/30 13:23)
[11] 第10.5話 幕間[ケン](2009/06/05 18:48)
[12] 第11話 官軍の将軍[ケン](2009/06/12 20:51)
[13] 第12話 再会と1つの別れ(?)[ケン](2009/06/21 08:05)
[14] 第13話 広宗の戦い1[ケン](2009/07/05 14:39)
[15] 第14話 広宗の戦い2[ケン](2009/07/20 23:10)
[16] 第15話 それぞれの歩み[ケン](2009/08/06 22:08)
[17] 番外編 一年前[ケン](2009/08/16 19:22)
[18] 第2章 第1話 洛陽の日常[ケン](2009/08/16 19:16)
[19] 第2章 第2話 天下無双の居る日々[ケン](2009/08/30 10:42)
[20] 第2章 第3話 動き始める洛陽[ケン](2009/10/04 17:11)
[21] 第2章 第3.5話  流浪の大器[ケン](2009/11/06 21:37)
[22] 第2章 第4話 暗闘[ケン](2009/12/05 10:51)
[23] 第2章 第5話 残兵 上[ケン](2009/12/20 15:04)
[24] 第2章 第6話 残兵 下[ケン](2010/01/05 23:20)
[25] 第3章 第1話 反董卓連合[ケン](2010/01/22 16:30)
[26] 第3章 第2話 英傑達[ケン](2010/02/10 19:42)
[27] 第3章 第3話 華雄[ケン](2010/03/01 20:29)
[28] 第3章 第4話 心戦[ケン](2010/04/26 20:11)
[29] 第3章 第5話 決戦前夜[ケン](2010/05/09 18:54)
[30] 第3章 第6話 勇将達の戦場[ケン](2010/07/11 19:45)
[31] 第3章 第7話 力戦[ケン](2010/08/10 20:37)
[32] 第3章 第8話 張繍[ケン](2010/10/19 00:01)
[33] 第3章 第9話 董卓 上[ケン](2010/12/29 20:44)
[34] 第3章 第10話 董卓 下[ケン](2011/04/29 12:17)
[35] 第4章 第1話 曹操軍[ケン](2011/05/10 22:04)
[36] 第4章 第2話 青州黄巾軍[ケン](2011/07/31 12:18)
[37] 第4章 第3話 是れより始まる[ケン](2011/10/23 20:34)
[38] 第4章 第4話 臣従[ケン](2012/01/03 14:28)
[39] 第4章 第5話 曹嵩[ケン](2012/01/29 17:12)
[40] 第4章 第6話 曹孟徳の覇道[ケン](2012/03/08 22:07)
[41] 幕間 白蓮[ケン](2012/03/25 14:38)
[42] 幕間 太史慈[ケン](2012/04/12 21:40)
[43] 第5章 第1話 徐州[ケン](2012/05/12 09:45)
[44] 第5章 第2話 桃香(8/7改訂)[ケン](2012/08/07 10:52)
[45] 第5章 第3話 呂布軍[ケン](2012/08/07 11:22)
[46] 第5章 第4話 許県[ケン](2012/09/07 15:59)
[47] 第5章 第5話 河北の雄[ケン](2012/10/07 22:08)
[48] 幕間 白波賊[ケン](2012/11/25 18:39)
[49] 第6章 第1話 陳矯[ケン](2012/12/21 06:54)
[50] 第6章 第2話 赤い兎[ケン](2013/01/06 12:59)
[51] 第6章 第3話 荀彧と劉備[ケン](2013/02/17 09:29)
[52] 第6章 第4話 泰山鳴動[ケン](2013/03/30 13:28)
[53] 第6章 第5話 揚州[ケン](2013/04/27 11:49)
[54] 第6章 第6話 管槍[ケン](2013/06/22 12:13)
[55] 第6章 第7話 決着[ケン](2013/07/29 14:47)
[56] 第6章 第8話 曹家の天の御使い[ケン](2013/08/26 16:50)
[57] 幕間 西涼[ケン](2013/09/21 20:42)
[58] 第7章 第1話 華琳と桃香 その一 許での日常[ケン](2013/10/19 14:11)
[59] 第7章 第2話 王道の軍[ケン](2013/11/23 12:43)
[60] 第7章 第3話 徐晃[ケン](2013/12/15 13:28)
[61] 第7章 第4話 天子[ケン](2014/01/18 13:26)
[62] 第7章 第5話 華琳と桃香 その二 桃香とお出かけ[ケン](2014/02/08 12:23)
[63] 第7章 第6話 黄祖[ケン](2014/03/01 13:06)
[64] 第7章 第7話 華琳と桃香 その三 喧嘩[ケン](2014/03/22 07:58)
[65] 第7章 第8話 華琳と桃香 その四 旅立ち[ケン](2014/04/18 06:09)
[66] 幕間 曹仁と華琳[ケン](2014/06/03 06:16)
[67] 第8章 第1話 官渡城[ケン](2014/07/04 05:53)
[68] 第8章 第2話 江夏争乱 上[ケン](2014/08/01 17:26)
[69] 第8章 第3話 江夏争乱 下[ケン](2014/08/22 16:48)
[70] 第8章 第4話 窮地[ケン](2014/09/18 06:17)
[71] 第8勝 第5話 官渡の戦い その一 秘策[ケン](2014/10/17 05:42)
[72] 第8章 第6話  官渡の戦い その二 神速[ケン](2014/11/14 07:07)
[73] 第8章 第7話 官渡の戦い その三 陥穽[ケン](2014/12/06 11:48)
[74] 第8章 第8話 高順漫遊記[ケン](2015/01/10 11:06)
[75] 第8章 第9話 官渡の戦い その四 麗羽[ケン](2015/03/07 11:32)
[76] 第8章 第10話 官渡の戦い その五 蹋頓[ケン](2015/04/04 13:46)
[77] 第8章 第11話 官渡の戦い その六 勁草[ケン](2015/05/10 14:35)
[78] 幕間 再起[ケン](2015/05/31 01:25)
[79] 第9章 第1話 凱旋[ケン](2015/06/22 19:44)
[80] 第9章 第2話 蜜月[ケン](2015/07/16 06:48)
[81] 第9章 第3話 入朝[ケン](2015/08/03 23:57)
[82] 第9章 第4話 雪蓮[ケン](2015/08/23 11:33)
[83] 第9章 第5話 鄴[ケン](2015/09/11 12:00)
[84] 第9章 第6話 江陵[ケン](2015/10/09 23:25)
[85] 第9章 第7話 外征[ケン](2015/10/30 20:31)
[86] 第9章 第8話 露呈[ケン](2015/11/20 13:18)
[87] 第9章 第9話 兄妹[ケン](2015/12/11 16:44)
[88] 幕間 張衛[ケン](2016/01/08 19:50)
[89] 第10章 第1話 召集[ケン](2016/02/05 06:20)
[90] 第10章 第2話 潼関[ケン](2016/03/10 05:58)
[91] 第10章 第3話 急襲[ケン](2016/03/25 18:54)
[92] 第10章 第4話 荊州[ケン](2016/04/15 23:01)
[93] 第10章 第5話 厳顔[ケン](2016/05/03 01:53)
[94] 第10章 第6話 追走[ケン](2016/05/27 19:05)
[95] 第10章 第7話 長坂橋[ケン](2016/06/17 18:51)
[96] 第10章 第8話 燕人[ケン](2016/07/15 21:31)
[97] 第10章 第9話 雛里[ケン](2016/08/10 22:16)
[98] 第10章 第10話 舌戦(口喧嘩)[ケン](2016/09/01 21:06)
[99] 第10章 第11話 交馬語[ケン](2016/09/22 19:17)
[100] 第10章 第12話 速戦[ケン](2016/10/07 18:51)
[101] 第10章 第13話 好敵手[ケン](2016/11/18 18:48)
[102] 第10章 第14話 家族[ケン](2017/01/11 21:42)
[103] 第10章 第15話 韓遂[ケン](2017/01/27 19:41)
[104] 幕間 江陵後事[ケン](2017/02/03 18:47)
[105] 第11章 第1話 入蜀[ケン](2017/02/25 13:36)
[106] 第11章 第2話 宛城[ケン](2017/03/18 12:04)
[107] 第11章 第3話 帰順[ケン](2017/04/01 17:17)
[108] 第11章 第4話 秋蘭[ケン](2017/04/14 21:13)
[109] 第11章 第5話 急報[ケン](2017/04/28 17:43)
[110] 第11章 第6話 張燕[ケン](2017/05/18 07:00)
[111] 幕間 冊立[ケン](2017/06/17 13:18)
[112] 第12章 第1話 雛里[ケン](2017/07/11 17:14)
[113] 第12章 第2話 前哨戦[ケン](2017/07/29 12:54)
[114] 第12章 第3話 連環[ケン](2017/08/20 13:56)
[115] 第12章 第4話 強風[ケン](2017/09/07 19:56)
[116] 第12章 第5話 敗走[ケン](2017/10/16 20:46)
[117] 第12章 第6話 曹仁[ケン](2017/12/17 12:15)
[118] 第12章 第7話 天佑[ケン](2018/01/13 13:14)
[119] 第13章 第1話 喪失[ケン](2018/02/07 19:54)
[120] 第13章 第2話 集束[ケン](2018/02/28 20:00)
[123] 第13章 第3話 終結[ケン](2018/03/24 12:38)
[124] 第13章 第4話 終幕[ケン](2018/04/11 19:35)
[125] 再演[ケン](2018/05/12 13:01)
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[7800] 第13章 第1話 喪失
Name: ケン◆f5878f4b ID:32578db9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/02/07 19:54
 華琳が宛城に入って一ヶ月余りが過ぎた。
 赤壁での敗戦からはすでに三ヶ月が経過している。宛より南はすでに孫劉連合の領分であり、荊州北部の大部分を曹操軍は失っていた。
 州都襄陽に逃げ落ちた後、華琳は赤壁からの敗残兵の収容に努め、戦線の立て直しを図った。兵は八万余りを回収することが出来た。烏林に集った二十万の兵の過半をたった一夜の敗戦で失ったということだが、長く過酷な退路を思えば八万でもよく帰還してくれたと言うべきだろう。さらに幸いなことに、将は一人を除いて皆生還を果たした。安否が気遣われた稟と風も、身を潜めていたところを後続の春蘭達に拾われ無事に戻っている。
 将兵の犠牲が想定より少なく済んだ理由は、孫劉連合が追撃よりも荊州攻略を優先したためだ。追撃に姿を見せなかった桃香や張飛達の働きは特に大きい。桃香は黄忠ら荊州出身の将軍達とともに民に蜂起を促して回り、いくつもの城をほとんど無傷で手に入れていた。一方で張飛は如何なる結びつきがあったのか、荊州に割拠する異民族を糾合し、三万の剽悍な軍勢を組織している。
 そうして荊州の州兵と異民族の軍を加え十五万にまで膨れ上がった孫劉の陸上部隊が迫ると、華琳は襄陽を退去せざるを得なかった。漢水上流の漢中を劉備軍に、下流の夏口を孫策軍に抑えられているからだ。陸上で圧倒出来る兵力が無ければ、襄陽はやがては水路を断たれ漢水以南に孤立することになるのだ。襄陽を失えば、その対として機能していた樊城が落ちるのも時間の問題だった。戦線は導かれるように宛―――曹仁が許と洛陽を守護する最終拠点と見定めた地―――へと押し上げられることとなった。
 宛城に一万、その支城にも一万の守兵が置かれていた。そこに赤壁の敗残兵八万と襄樊の駐屯兵を加えると、兵力は十二万に達した。南陽郡の府も置かれる大規模な宛の城郭と、戦のためだけに作られた支城を組み合わせた入念な備えもあって、孫劉同盟はようやく攻勢の手を緩めた。今は宛より南に百数十里の距離にある新野に兵を入れ、睨み合いの形となっている。
 宛は、元々の駐屯兵は五千に過ぎなかった。支城を建て、兵力を増したのは荊州都督として曹仁が行ったほとんど唯一の事績である。それが生きていた。
 許に戻した桂花からはさらに援軍を工面すると連絡がきたが、それは断った。
 戦線は、この地に限った話ではなくなっている。
 荊州の主力とは別に、孫策軍は揚州方面からの侵攻も開始していた。率いるのは先日江陵で言葉を交わした孫権である。問答の中で孫呉の領すべき地と孫権が主張した長江北岸を攻め取る戦である。本人も望むところであろう。五万の兵力に加えて水軍の援護も受ける万全の態勢だ。こちらは凪、沙和、真桜の三将を三万五千の兵と共に送り込んだが、籠城で凌ぐよりないだろう。
 予てより交戦状態にあった西涼では、赤壁での曹操軍の敗戦が伝わると馬超に呼応する者が急増した。こちらは雍州牧の白蓮、曹仁から隊を託された詠と春華、それに蹋頓と龐徳を配置し、兵も騎兵六万に歩兵二万と戦力は充実している。とはいえ馬超率いる西涼騎兵が相手では、こちらに援兵を回す余裕まではない。
 徐州では再び反曹の兵が立っていた。陶謙の客将として桃香がしばし滞在し、官渡の戦いの際に劉備軍に呼応した土地である。また冀州中山国でも小規模ながら叛徒が立った。黄巾の乱の後に、桃香が一時県尉を務めた土地だ。加えて洛陽と許では宮中にも不穏な気配がある。それぞれ月と桂花が目を光らせているが、いずれは兵を動かす状況に発展しかねないという。他にも、騒乱の徴候はそこかしこに転がっていた。
 無為に思えた桃香の長い流浪の行軍が、いま現実の力をもって曹操軍の前に立ち現われていた。
 再び戦機が熟し始めている。孫劉が決戦を仕掛けて来るなら、各地の叛乱と呼応するこの機しかない。おそらく数日の内に、新野の孫劉連合は北上を開始するだろう。

「……行かないわけにはいかないわね」

 呟き、華琳は執務机の椅子に沈めていた腰を上げた。
 季衣と流琉、それにひとまずは華琳の従者に据えている無花果を連れて、支城の視察に向かう。宛の城門を出ると、城外に駐屯していた白騎兵が駆け寄ってきた。
 白騎兵は、今は率いる者がなかった。遊撃隊として独自に動くことを認めているが、いつからか虎士と虎豹騎の大半を失った華琳の供回りを務めるようになっていた。
 宛城より西へ十里、小さな山の麓に辿り着いた。支城はその頂に建てられている。主将として霞が、副将として牛金を入れていた。張遼隊はちょうど城外に出て調練中で、山の斜面を登っては下りてを繰り返している。
 白騎兵を一騎走らせ、霞に構わず調練を続けるよう伝えると、華琳達も山を登った。丈の短い草で覆われた山で、複雑な道を辿る必要はなく、どこからでも登頂することが出来る。直立する門番に軽く会釈し、騎乗のまま城内へ入った。
 曹仁と共に建設に立ち会った無花果の先導で、城内を見回る。城門をくぐるとすぐに広場と見紛うばかりに幅広の大通りが続いた。東西南北の城門を結ぶ十字路で、つまり入城した騎馬隊は隊列を維持したまま別の城門から再出撃が可能だった。通りの左右には多層作りの櫓が組まれ、味方の騎馬隊に紛れて侵入した敵はそこで激しい迎撃に曝されることになる。
 大通りに限らず、騎馬での移動を意識して全体に広々としていた。通常なら大半を歩兵が占める駐屯兵も、一万のうち五千までが騎兵だった。砦そのものの防衛を目的とした城郭ではなく、支城として宛を、あるいは洛陽や許を狙って北上する敵を邀撃するための拠点なのだ。
 城壁に上ると、歩兵が弓の調練をしていた。やはりそのまま続けるよう言い渡し、見物する。
 城外の張遼隊と連携した訓練のようだ。山の斜面を駆け登る味方を矢で援護し、合図があれば素早く城門の開閉を行う。張遼隊の動きは常に相手より高所を占め、攻撃は全て逆落としを想定したものだ。城壁からの援護でそれが可能となる。騎兵にとっては夢のある戦場だろう。

「あの子らしい城を作ったわね」

 城郭の設計など無理だと本人は言っていたが、しっかりと“曹子孝の城”になっていた。
 宛城に入って一ヶ月。その外郭を遠目にし続けてきたが、城内へ入るのは初めてだった。いつか、曹仁自らに案内させようと思っていたからだ。
 曹仁の消息は、未だ杳として知れない。
 呂布が遠目に見定めた通り、奔馬と化して躍起に駆け付けた白鵠の背にその姿はなかった。純白の馬体を真っ赤に染め上げた多量の血は、致命的な傷を負ったことを暗に示していた。曹仁は死んだ。そう考えている者も少なくない。
 華琳は、そうは思っていなかった。
 あの日確かに強い光を見た。曹仁がこの地に降り立った時と、同じ光だ。曹仁の身に何か起こったのは間違いないが、それはただの死ではない。あるはずがない。
 光を間近で目撃した者もいる。白騎兵の旗手である。白鵠に遅れること半日で帰陣した旗手は目にしたもの、そして目にしなかったものを事細かく語ってくれた。
 長坂橋で関趙二人と立ち合った曹仁は、四刻余りの死闘の果てに遂にはあの関羽に手傷を負わせ退けたという。曹仁と趙雲は何やらやり取りを交わすと―――旗手には会話の仔細まで聞き取ることは出来なかった―――、休息を挟み一騎打ちとなった。関羽との二人掛かりをも凌いだ曹仁にもはや負けはないと、旗手は胸を撫で下ろした。実際、始まるやまずは曹仁が押しまくる展開となった。しかし不意に攻守は逆転し、静かな対峙の後、どうやら勝負は決したようだ。旗手の目には交錯する得物を捉える事が出来なかったが、曹仁はいつの間にか抜き放っていた青紅の剣と槍を取り落とし、力無く頭を垂れた。
 白鵠が馬首を転じ、一路北へと向けて駆け始めたのはその時だ。すぐに旗手も後に続いた。趙雲に関羽、劉備軍の兵も遅れて追い掛けてきた。
 周囲が光に覆われたのは、二里ほど駆けた頃であった。光は、曹仁と白鵠を中心に膨れ上がったように見えたという。そしてその光がおさまった時、白鵠の鞍上に曹仁の姿はすでに無かったらしい。
 白鵠は一時足を止め、すぐに再び駆け出した。落馬を疑い旗手は周囲を見回したが、曹仁の姿はどこにもない。いや、そもそも白鵠が曹仁を落してそのまま駆け去るなどあり得ないことだ。そう思い至ると、旗手は呆気にとられる劉備軍の面々を残し、白鵠の後を追った。
 そこからは華琳も知る通りだ。駆けに駆けた白鵠は、華琳達の眼前に来るとようやく足を止めた。額に負った傷の治療を受け、今は大人しく宛城の厩に納まっている。
 曹仁が死んだのなら、亡骸を残して白鵠が帰陣するはずがない。共に帰って来るか、あるいは曹仁無き曹操軍に戻る理由もなく共に姿を消すだろう。白鵠が今も曹操軍に留まっていることが、何よりも曹仁が今もどこかで生きている証だと華琳には思えた。
 孫劉連合は曹家の天の御使いの消失を盛んに喧伝していた。つまりは曹魏から天意が去ったのだと。しかし曹仁を討ち取ったと明言しないのは、やはりその確かな証―――亡骸を発見することが出来なかったためだろう。
 こんな時にこそ役に立つのが天子である。華琳はこの切迫した状況の中、一時戦線を離れ洛陽を訪れた。しかし延ばしに延ばした三日の滞在期間中に、天子が超常の顔を見せることはなかった。華琳は肝心な時に役に立たないその存在に苛立ちを覚えたまま洛陽を辞去した。今にして思えば姿を見せないことそれ自体に何か意味があったのかもしれないが、あやかしの類の思惑など考えるだけ無駄と言う気もする。結局、確たることは何もわからないままだった。

「……一人か」

 華琳はため息交じりにこぼす。支城の視察を一通り終え、城門から麓へと続く斜面を見下ろしていた。
 曹仁は生きている、その思いは揺るがない。それでもなお、曹仁が手元にいないというだけで、歩むべき道はいくらか荒涼として見えた。
 曹仁は幾度となく、華琳の覇道を支えると口にした。考えてみると、華琳に付き従うと忠誠を誓った部下はいても、華琳の覇道に共感しそれを支えると明言した者は多くない。春蘭や桂花は華琳がどんな道を選ぼうと変わらず付き従うだろう。華琳の政策に引かれて帷幕に加わった稟や風も、志の在り処まではみていない。
 己が道と思い定めた覇道を前に、独り立つ。そんな当たり前のことが、いつしか当り前ではなくなっていた。曹仁は行く先を照らす明かりであり、手を繋ぎともに歩く伴侶であった。

「ふふっ、まさか私が、男一人いないというだけでこんなに気分に陥るだなんてね」

 ひとりごち、自嘲気味に笑う華琳を、季衣達が気遣わしげに見つめていた。





「……本当に、星ちゃんにも曹仁さんがどこへ行ったか分からないんだよね?」

「はっ」

 桃香は何度目になるか分からない問いを星にぶつけていた。返って来たのは、これも何度も耳にしたいつも通りの短い返答だった。
 長坂橋で、星は間違いなく曹仁に致命傷と言える傷を与えたらしい。改めて止めを刺す必要も感じない、確かな手応えを得たという。しかし直後に強い光を発し、曹仁の姿がかき消えた。
 初めに報告を受けた時には、何か悪い冗談でも聞かされているのかと思った。そも西涼にいるはずの曹仁があの戦場に現れること自体、予想だにしていなかったのだ。しかし星だけでなく愛紗と五百の兵までも曹仁の姿と眩い白光を目にしている。孫策も曹仁旗下の白騎兵と副官の牛金と交戦したという。
 現実に曹仁は幾千里を越え華琳の窮地に駆け付け、そして光と共に消えたと信じるしかなかった。疑ったことなどなかったが、やはり曹仁は天上より遣わされた存在だったのだろう。光というのが天上人の死を意味するものなのか、それ以外の何かを示唆するものなのかは分からない。

「……では、私は隊に戻ります」

 無言でいると、星は一礼して踵を返した。腰に佩いた剣が、いやでも目に付いた。
 鞘の拵えこそ異なるが、曹仁の青紅の剣である。星が戦利品として抜き身のまま持ち帰ったもので、一度は桃香に献上された。側に置いておく気にはとてもなれず、そのまま星に褒賞として下賜していた。

「―――あっ、星ちゃん、偵察お疲れ様っ」

 自身のあまりな態度に気付いて、桃香は星の背中に慌てて労いの言葉を掛けた。自ら宛城までの斥候を買って出てくれた星が、その報告に戻ったところを捕まえていたのだ。
 星は首だけこちらを振り向いて小さく微笑むと、部屋を出て行った。

「はぁ、気を使わせちゃった」

 分かっているから気にするな。そう言われた気がした。
 曹操軍随一の武功を誇る曹仁を破った星の大功は褒め称えられるべきものであって、責めて良い理由など欠片もなかった。しかし、捕らえることは出来なかったのか、そう思ってしまう自分がいる。
華琳と戦うと決めた時から、いつかこんな日が来るかもしれないと考えてはいた。覚悟までは、決まっていなかったのだろう。
 これから戦いへ赴く将に、敵に情けを掛けろとは言えない。まして相手の曹仁はあの呂布と伍した今や当代一とも目される武人なのだ。しかし愛紗や鈴々、そして星なら、上手く事をおさめてくれるのではないか。そんな淡い希望にすがり、ここまで来てしまった。

「―――っ」

 桃香は頭を振って、勢い良く立ち上がった。
 愛紗達将軍は城外に布陣する自身の隊に、朱里達は連日孫呉の軍師と協議を重ねていて、劉備軍の本営を置いた宮中の一角には桃香だけが取り残されている。こうして一人籠もっていると、どうしても内省にばかり耽ってしまう。曹操軍との決戦を控え、今は自分の想いにばかり囚われている時ではない。

「桃香様、お出かけですか?」

 部屋を出ると、すぐに室外に待機していた焔耶が駆け寄ってきた。
 入蜀を果たして桃香が漢中王に就いてからも、劉備軍の軍制は明文化されていなかった。五千の流浪の軍が一年余りで土地と領民を得、兵力を十数倍にまで増したのだ。文官の手が足りないのもあって、その都度対応するという形が取られてきた。雛里が曹操軍より帰還したことでようやく制度が定まり、各々の立場も明確となった。
 流浪の軍の頃には外出の度に愛紗や鈴々達が護衛役を務めてくれていたが、今は焔耶の兵が桃香の旗本であり近衛という扱いである。

「ちょっと気分転換に、外の空気でも吸おうと思って」

「お供いたします」

「うん、お願い」

 焔耶が相手というのは、今は気が楽だった。曹操軍と袂を分かって以降の仲間であり、曹仁とも面識はない。一人でいると必要以上に物思いに耽ってしまうが、義姉妹や朱里達といると黄巾の乱で戦陣を共にしたことや許での暮らしが自然と思い起こされてしまうのだ。
 宮殿を出、街を適当にぶらついた。
 新野は南陽郡では宛に次いで大きな城邑である。しかし十五万の軍が駐屯し、その兵を相手にする商人も多く流れ込んできているから、城内は人でごった返していた。
 この新野までは、ほとんど抵抗も受けずに進んできた。多少なりとも戦闘があったのは華琳が一時立て籠もった襄樊の二城程度のもので、あとは勧告に従って城門を開いてくれた。赤壁での曹操軍の敗報に加えて、劉備軍に身を寄せた荊州出身の者達が説得に当たってくれたお蔭だ。将では紫苑と桔梗―――焔耶は性格上不適と思えたので外れてもらった―――、若手の武官では鄧芝、廖化、宗預、文官では荊州の俊英と名高い馬氏の五常に、能吏として長く劉表を支え民にも慕われていた伊籍らである。軍の上層から役人、名士、地元の若者達まで多方面に顔が聞く面々が揃っていた。
 そして彼らとの交渉を経てなお開門を拒んだ曹魏を支持する城の多くも、曹家の天の御使いの消失を知ると降伏を受け入れた。かつては天の御使いとして扱われることに強い抵抗を示していた曹仁だが、いつの頃からか吹っ切れた様子だった。自ら天人旗などを掲げ、天の御使いである自身を否定しなくなった。それは大徳の盛名を武器として扱うことを躊躇わなくなった桃香とも似ているかもしれない。今では恐らく本人や華琳が思っている以上に、曹操領内における曹仁の存在は大きい。殊に荊州北部では、都督として民を慰撫して回ったのが曹仁なのだ。天人旗の下に整然とした騎馬隊を引き連れ、噂に違わず颯爽として、武名に反して穏和で気さくな曹仁に住民達は直に触れている。その消失を知れば、今後の身の処し方を考えたくなるのも当然だろう。

「……桃香様、どうかなさいましたか?」

「―――うっ、ううん、何でもない」

 気付けば城の端―――城壁に突き当たっていた。しばらくそこでぼうっと足を止めていたようで、焔耶が心配そうに顔を覗き込んでくる。また、曹仁のことを考えてしまっていた。
 やはりお供が焔耶で良かった。これが愛紗達なら要らぬ気を遣わせてしまっただろう。

「せっかくだし、登っていこうか」

「はっ」

 城壁の上へと続く階段に足を向けた。
 登り切ると、眼下に調練に励む兵の姿が見えた。孫劉それぞれの兵と、新たに加わった荊州兵と志願兵、さらに南方異民族の若者達までが合わさった混成軍である。息の合った連携などは初めから望めないが、最低限互いを知っていなければ足を引っ張り合うことにもなりかねない。
 視線を上げた。登ったのはちょうど北面の壁で、地平の先に華琳の籠る宛城とその支城があるはずだが、さすがに見えはしなかった。
 宛の支城は曹仁が建てたものだという。星や斥候の兵によれば、騎馬隊による出撃を重視した実に曹仁らしい構えの城であるという。

―――そんな場所に立って、華琳さんは今頃何を思っているだろう?

 曹仁を失った悲しみは華琳の方が自分よりも大きいだろう。ましてそれが自分を救うためとなれば、その苦悩はいかばかりだろうか。

「いけないいけない」

 またも内省に耽り掛けた自分を、桃香は頭を振って打ち消した。


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