黄巾の狂信者の中に紛れ込ませていた密偵が、一枚の紙を持って帰陣した。軍議に使われる少し広めの天幕には、主だったものが集まっている。
「ここに書かれた地に、この日程で張角が現れるのか?」
公演日程、と大きく書かれたその紙を見ながら曹仁は尋ねた。そこには日付と地名が並んで箇条書きされていた。書かれた日付の大半は過去のもので、下から数えて3つだけがこれからのものだ。そして地名の方はどれも黄巾党の大規模な拠点のある地である。
「はい。渠帥と呼ばれる指揮官と極々一部の上級幹部にのみ配られているものです」
こちらが情報を得たことは気付かれてはいないはずだが、一度その地を襲えば、その後の日程は変更されてしまうだろう、と密偵の男は疲れ果てた表情で続けた。元々は曹仁と共に江湖を渡り歩いた好漢である。それだけに大胆な潜入もやってのけたし、侠客出身者が多い黄巾の幹部連中にも受けが良かっただろうが、この手の男には辛い任務である。
「お疲れ」
曹仁は必要なことだけ聞き出すと、短く労いの言葉をかけ、退室を許可した。角が男の肩を軽く叩いている。後で二人で酒でも持って苦労話のひとつも聞きに行こう。
「さて、機会は一度だけか。…………朱里に雛里、二人の考えは?」
「は、はひ。私たちですか!?」
「あわわ」
「むっ」
新参の二人に話を振ったことに不満があるのか、愛紗がわずかに眉をひそめた。曹仁は気付かないふりで、二人に紙を渡した。しぶる愛紗を押し切って、二人を軍議に参加させたのは曹仁だった。
褚燕率いる賊徒討伐後、曹仁達は白蓮に別れを告げ、各地を転戦した。
名を挙げたことによる志願兵の増加と、敵兵の吸収を繰り返すことで、義勇兵はすでに兵数2000近くまで膨れ上がっていた。
朱里――諸葛亮と雛里――鳳統も劉備の盛名を慕ってやってきた者達だった。農民達と共に黄巾賊に襲われていた二人を助け、仲間に加えたのはつい最近のことである。
曹仁が二人に抱く期待を知らぬ当人たちは、いきなり意見を求められるとは思ってもみなかったのか、激しく狼狽して二の句を告げずにいる。
「はぁ。落ち着いて、自分の考えを言うといい」
愛紗がこちらに向けていた視線を、二人に移すとため息交じりに言った。
「「は、はひっ!」」
愛紗の言葉はむしろが逆効果の様でもあったが、二人は何度か深呼吸を繰り返すと、口を開いた。
官軍と連携して張角包囲網を敷く、という朱里と雛里の提案を入れた桃香達は、北中郎将の盧植を訪ね冀州までやって来ていた。桃香の師である盧植は、左中郎将皇甫嵩、右中郎将朱儁と共に、黄巾討伐のために任命された3将軍の1人となっていた。盧植が陣を構えるという魏郡へと向かう途中、桃香達は囚人を護送する一団と出会った。
「盧植先生!」
恩師の姿を目にするや、桃香は駆け寄った。
「お主は……玄徳か!?」
「はいっ! 先生、お久しぶりです」
三年ぶりの再会を果たした師弟の間には、二人を分かつように鉄格子が張り巡らされていた。盧植は罪人を移送する檻車に乗せられていた。一団が捕らえていた囚人とは盧植のことであった。
「お主の最近の活躍、我が耳にも入っているぞ」
「そんなことより! どうして先生がこんな目に?」
表向きの事情は、檻車を護衛する兵達から聞いていた。黄巾賊討伐の任を放棄した罪に問われているというのだ。兵達も先日まで盧植の指揮下で賊徒と戦ってきた者たちだ。誰一人としてそれを信じる者はなく、桃香達の面会にも目をつぶってくれている。
「こうして獄に繋がれてはいるが、私には天に対して何ら恥ずべきことはない」
盧植はそういうと、胸を張って背筋を伸ばした。女性としては非常に大柄と言っていい彼女がそうして居住まいを正すと、それだけで場全体が引き締まる感じがする。
「何があったんですか?」
桃香がさらに尋ねると、盧植は苦笑交じりに話し始めた。
事の始まりは、帝が気まぐれに発した、宦官達による戦場の視察である。宦官達は各地を回りながら賄賂をかき集め、ここ冀州にも一人やって来ていた。盧植は部下たちに何を言われようと、決して賄賂を贈ったりはしなかった。小黄門の左豊というその宦官には、その本来当然と言っていい行動が、自分への冷遇と感じられたようだった。都に取って返した左豊は、直ぐに盧植を貶める讒言を帝の耳に囁いたのだった。
「そんなことって!」
「仕方ないさ。これも漢室に仕えていながら、ここまでの腐敗を許してしまった私自身の責任でもある」
「そんな! 先生は悪くありません!」
盧植がどれだけ民を想い、国を想ってきたか、彼女の不遇時代を知る桃香にはよくわかっていた。桃香は盧植に学問ではなく志を、紙に書かれた知識ではなく、何かを考えるということを教わったと言っていい。盧植もまた桃香に、学問を覚えこませるのではなく、国や民の在り方を考えさせることに時間を費やした。今の自分を形作る多くのものを、盧植から教わったと桃香は思っていた。
「まあ、いきなり死罪となるわけでもない。あまり心配するな。……ところでお主らは、一体ここで何を? もっと南の方で活動していると聞いていたが」
「あなたに、お力を借りに来たのです」
いつの間にか寄って来ていた曹仁が、憤りの冷めやらない桃香に代わって答えた。落ち着かせるように肩に置かれた曹仁の手が、少しだけ桃香の興奮を治めてくれた。
お互いに軽い自己紹介を交わした後、朱里と雛里の口から盧植へ現状が説明された。時につかえながらではあるものの、理路整然としたその話に、状況整理を兼ねて桃香達も耳を傾けた。
「なるほど。……ならば、 ―――皇甫嵩の元に行くとよい。今は長社にある城で、黄巾賊10万と対しているはずだ」
「左中郎将、皇甫義真殿ですか」
曹仁が納得したように頷きながら返している。皇甫嵩の勝ち戦の噂は、いくつか桃香の耳にも入っていた。
「うむ。天下も民も想わぬ俗物だが、戦争は天才的だ。その軍略は天下に並ぶもの無しと言っても過言ではなかろう。」
盧植はそこまで言うと、今一度居住まいを正した。
そして、曹仁達に向けて頭を下げた。その大きな体が小さく縮こまって見える。
「曹仁殿、それに皆さん。玄徳は出来の悪い弟子ですが、誰よりも心根は真っ直ぐです。今こうして良き仲間達に恵まれている姿を見られて、安心いたしました。玄徳のことを、これからもよろしく頼みます。」
「……先生」
顔を上げた盧植は手を伸ばすと、鉄格子越しに桃香の頭を撫でた。桃香は目を閉じ、されるままにした。大きな手を、暖かく感じた。
長社の城はいくらか補修されてはいるものの、いつ崩れてもおかしくない様な古城であった。そこに3万の兵を率いて皇甫嵩が籠っていた。対する10万の黄巾賊は城を包囲することなく、100里ほど離れた位置で陣を敷いていた。義勇軍はなんの妨害も受けることなく、城へと辿り着くことが出来た。
曹仁と桃香はろくに用向きも聞かれぬまま、その一室に案内された。明かり取りの窓が一つあるだけの、薄暗いその部屋に二人の女性が待っていた。
「盧植に紹介されて来たとか?」
相手は官軍の将軍である。もっと面倒な手続きが必要かと思っていたが、どうやら直接皇甫嵩の元へと案内されたらしい。口を開いた女性は盧植のように巨躯というわけではないが、ただそこに座っているだけで強烈な威を放っている。おそらく彼女が皇甫嵩だろう。盧植もそうであったが、将軍にしては若い。30をいくつか過ぎたぐらいだろうか。
もう一人の女性は特に緊張感もなさそうに、その横に立っている。にこやかに笑みすら浮かべているが、そのたたずまいには一分の隙もない。剣を佩いているが、かなり使いそうだと曹仁は感じた。
「はい、わたしは劉玄徳といいます。盧植先生の弟子です」
「俺は曹子孝」
曹仁は放たれる威に負けぬよう、短く、意識的に口調を強めて答えた。官軍が上、義勇軍が下という図式を作りたくはない。
「ほう、聞いた名だな。私が皇甫嵩だ。……で、用件は何だ?」
やはり正面に座る女性が、左中郎将皇甫嵩であった。
「黄巾賊に関する重要なじょ―――」
「先生を助けてください!」
曹仁の言葉は、桃香から発せられた、叫ぶような声に打ち消された。
「助けろ、とな。一応話は聞いているが」
「お願いします、皇甫嵩さん! 先生は悪くないんです」
「まあ、落ち着け。あやつが悪くないことなどわかっているし、心配せずともあやつなら大丈夫だ」
「本当ですか!?」
「ああ、大将軍の何進めが、そう簡単にあやつを手放すまい。私も政治の話には疎いので詳しいことは分からんが、あれは何進の大事な手ごまの一つのようだからな。あやつにしてみれば、不本意なことかもしれんがな」
「良かった」
桃香が安堵の声を漏らす。見ているこちらまで幸せな気分にさせてくれる様な、笑みがこぼれる。
「あやつめ、弟子に恵まれおったな。私の弟子とは大違いだ」
皇甫嵩はそれを優しげな表情で見つめている。
「……しかし、良いのか。そんなことまで俺たちに話してしまって?」
曹仁は当然の疑問を口にした。
「かまわんさ。私には直接関係のない話だ」
皇甫嵩は、本当に何でもない事の様に言ってのけた。
「……こちらも、もったいぶらずに胸襟を開いて話した方が良さそうだな。……あと二人、呼んでいいか?」
信頼できる、何となくそう思った。曹仁は掴んでいる情報を包み隠さずに全て明かすことに決めた。詳細の説明をするのは、自分より朱里と雛里の方が適任だろう。
「なるほど、それで私というわけか」
「何でも、天下に並ぶもの無きほどの軍略の持ち主だとか」
「ほう、盧植のやつがそう私を称したか?」
「ええ、それに俗物だとも」
「ちょっ、ちょっと、曹仁さん!?」
「くくっ……あーっはっはっは! あの大女め、言いよるわ」
桃香は慌てているが、皇甫嵩は気持ち良さそうに大笑した。そして、こちらを覗き込むようにして言った。
「それで、実際に会ってみて、お前はどう思う?」
「確かに俗物。俺も人のことを言えたもんじゃないが」
「あははっ!」
「軍略の方はまだ目にしていないので、何とも」
「あーっはっはっは! 今のところはただの俗物というわけか! 面白いな、お前。私はお前が気に入ったぞ」
「それは気が合いますね。俺もあんたが気に入ったよ」
「むぅ」
「はわ」
「あぅ」
二人見つめあうと、左右から不満そうな声が上がった。
「しかし、よくこんな情報集められたものね。官軍でもそこまでの情報を集めた者はいないというのに」
剣を佩いた女性が、初めて口を開いた。
「俺たちは官軍ほどお行儀が良くないからな。ああいった連中のなかに入り込むのは、あんた達よりは一枚上手さ」
「なるほどね。……私は孫策、字は伯符。私も朱儁将軍の元からこちらに移ってきたばかりよ。劉備に曹仁、それに軍師の二人も、お互い新参者同志よろしくね」
「はい。よろしくお願いします、孫策さん」
「江東の虎と言われた孫文台殿が娘、孫伯符殿か。こちらこそよろしく」
「は、はひ。わ、私は諸葛亮って言います。字は孔明です。よろしくおねがいします。」
「ほ、鳳統でし! よ、宜しくです!」
二人の愛らしい自己紹介に場の空気がなごむ。なんとも可愛らしい。
「他にも紹介したい者がいるのだけれど、生憎今出ているの。―――あらっ、ちょうど戻ったかしら?」
窓の外を覗きながら、孫策が言った。曹仁も並んで覗きこむと、200人ほどの集団が、こちらに向かって来ていた。
「曹子孝」
声に振り向くと、不敵な笑みを浮かべた皇甫嵩がこちらを見ていた。
「我が軍略、早速見せることが出来そうだ」
官軍の奇襲部隊により、10万の兵力を維持する兵糧がほとんど残らず焼かれていた。
波才は、兵の損耗を嫌って攻城戦を避けたことを悔いていた。相手は黄巾党討伐の命を受けた官軍である。いつまでも城に籠っていることは出来ない。必ずいつか城を出て合戦を挑んでくるはずである。3倍近い兵力での野戦。これなら練度の低い自軍であっても、最小限の犠牲で勝利を収められるはずだ。
しかし、奇襲により兵糧を焼かれた。わずか200ほどの兵だったという。それだけの寡兵に兵糧を焼かれたうえ、ほとんど無傷で離脱されてしまっている。滞陣が続くなかで兵達の間に生まれていたゆるみを見抜けずに放置した、自身の失策であると波才は感じていた。
周囲に10万の兵を養えるだけの蓄えがあるような、大きな集落はない。もはや城の兵糧を奪う他、道は残されてはいない。兵糧は残り少ないが、逆にそのことで兵達に緊迫感が戻っている。城は朽ち果てたものを補修して、何とか体裁を整えているにすぎない。犠牲さえ恐れなければ、崩すべき隙はいくつでもある。そして兵力は3倍。3日以内に城を落とす。波才はそう思い定め、兵を走らせていた。
「あれね」
木々の切れ目から、敵軍が見えてきた。実に10万にも達しようという大軍である。隊列も満足に組まぬまま、ただ移動するだけでも威圧感がある。
「まだこちらには気付いていないようだな」
隣で冥琳が言った。その言葉通り、こちらの存在に気付いた様子はない。
何の警戒もなく、平野を突き進んでいる。山間を縫うように走る間道を通るこちらが、見えていないようだ。
「留守番で貯まった鬱憤を、晴らさせて貰いましょうか」
「仕方あるまい。策殿に隠密活動は難しかろう。それに、冥琳の行軍には逆に鬱憤が貯まるばかりじゃったぞ。儂も暴れ足りんわい」
昼は潜み、夜間だけ隠れる様に進んだという。確かに自分には耐えられないかもしれない。
「それじゃあ祭、一緒に暴れましょうか♪」
朱儁の元から抜け、皇甫嵩に付いたことに大した理由はなかった。皇甫嵩の元にいた方が手柄が立てやすい。何となくそう思ったのだ。あえて言うならば、勘である。戦に関する自分の勘には天性のものがあると、幼い頃から言われ続けてきた。勘を働かせるとき、その答えに行きつく自明の理が孫策にはあった。だから、正確には勘ではなく、他の者がそれを理解せぬだけだと思っていた。しかし、今回は違った。何の理由もなく、ふと思いついたことだった。本当の意味での勘だった。果たしてそれが当たるのか。不安を感じ始めた頃、天の御遣いと噂される男が現れたのだった。
「敵軍を崩す! 全軍突撃!」
皇甫嵩の声が響いた。孫策は一番槍を取るべく、馬を駆けた。
「下がるな! 方陣を組め!」
地から湧き出る様に、突如現れた敵軍だった。自軍がほとんどなんの抵抗もなく切り崩されていく。波才は悪夢でも見ているような気分で、その様を眺めた。
こちらに比べれば、決して大軍ではない。今見えているのは5000に達するかどうかの騎馬隊だけだ。歩兵隊の姿はまだ見えない。いったいどこから現れた軍なのか。決まっている。この付近でこれほどの兵を持つのは、皇甫嵩率いる官軍のみ。
「くそっ、斥候は何をしていたのだ」
ここでの野戦は予想外の事態だが、斥候は十分に出していたのだ。あれだけの兵数だ。幾ら間道を通ってこようとも、一度ぐらいは斥候に発見されているはずである。
また、城の周辺に置いた監視の者からも何も言ってきていない。波才が最も恐れていたのは、城を放棄して退却されることだった。そうなれば兵糧は手に入らず、餓えた10万の兵を抱えることになるのだ。城の周辺には多くの監視の者をつけていた。その者達からの連絡も来ていないのだ。
波才が思考に囚われている間にも、騎馬隊のみで構成された5000騎によって、自軍が崩されていく。騎馬隊は縦横無尽に駆け回っている。―――騎馬隊。
「……まさか」
波才は一つの結論に行き当たった。信じ難いことだが、他には考えられなくもあった。
皇甫嵩は斥候よりも速く、騎兵のみで駆けて来たのだ。20倍の兵を有する、この軍を目掛けて。
曹仁は丘の上から、敵軍の動きを観察していた。周囲には、曹仁率いる義勇軍の騎馬隊300騎がいる。そしてすぐ隣には、皇甫嵩の姿があった。
敵軍に一当てした後、その中を突っ切る様に駆け抜けて離脱し、周囲を一望できるこの丘に陣取ったのだった。5000騎の騎馬隊は、現在孫策と彼女の部下の周瑜と黄蓋が率いている。兵糧の襲撃の指揮もしていたこの二人は、半日ほどの休みをとると、この作戦にも参加してきていた。
兵糧の奇襲と、その後の急襲。皇甫嵩率いる官軍30000、孫策率いる私兵団を含む官軍10000、そして曹仁達義勇軍2000。総勢42000の兵力のうち、作戦に参加しているのは騎馬隊5000のみである。相手の戦意の間を外した、大胆な作戦であった。
辛うじて応戦を試みていた敵軍も、騎馬隊の何度目かの突撃で、霧散するように潰走を始めた。騎馬隊の先頭を走る孫策の剣を振るうところ、まるで屍山血河が出来るようである。虎の子はやはり虎であった。
「……あれか」
隣で皇甫嵩が声を出した。
「どれだ?」
皇甫嵩が、曹仁にも解るように戦場を指でさした。指の示す方を追って注視すると、潰走する敵兵の中に、他と比べ足並みのそろった集団がある。わずかずつだが周囲の敵兵がそちらに向けて集まっているような動きも見える。
「見えたか?」
「ああ」
「では行くぞ。お前達の軍だ。お前の呼吸で動かせ」
その声に含まれる、こちらを試すような響きを、曹仁は聞き逃さなかった。私は軍略を見せた。次はお前の番だ、と。
「見てろよ。―――敵軍の大将、波才を討つ! 全軍続け!」
曹仁の率いる騎馬隊は精強だった。曹仁や関羽といった将はもちろん、兵の練度も官軍の精鋭である自身の軍に負けていないと皇甫嵩は思った。
進路上の障害となる敵兵のみを討ち、真っ直ぐ目標目指して突き進んでいく。
目標の集団は、すでに1000人ほどが集まりつつあった。やはり間違いない。敵将波才はあそこにいる。
「行くぞ!」
曹仁が馬を加速させた。曹仁の駆る白馬は、周りを突き放すように集団目掛けて駆け抜けた。
「おおおおおおぉぉーーーーーっ!!」
それに遅れまいと、騎馬隊から喚声が上がる。曹仁が敵軍に突っ込む。続いて関羽達が、そして兵達が敵軍にぶつかった。
皇甫嵩は剣も抜かず、騎馬隊の中ほどで隊の動きを見つめた。
曹仁が、まるで初めからそこに有ったもののように、敵軍に道を作っていく。それを関羽達がさらに斬り開いていく。すぐに敵将の前まで到達していた。
曹仁が駆ける。敵将に寄り添うようにいた騎兵二人が、遮るように前に出る。その間を曹仁が駆けた。二人の姿が馬上から消えた。曹仁は手傷一つ負ってはいないが、進路を逸らされたようだった。敵将のかなり離れた場所を駆け抜けている。
曹仁が馬首を返す頃には、代わって関羽が敵将に斬り掛かっていた。青龍刀を真っ直ぐに振り下ろす。受けようとした剣ごと、頭から腹部までを斬り下ろし、ようやくその勢いは治まった。
「敵将波才、劉玄徳が一の家臣、関雲長が討ち取った!!」
「俺たちの義勇軍はどうだった?」
追撃の指示を出し、捕虜への対応を指揮していた皇甫嵩が、馬を寄せてきた。曹仁は自分から声をかけた。
「正直言って驚いた。よくぞあそこまでの精兵に育て上げたものだ」
「……」
曹仁は正面からの褒め言葉に、何となく照れ臭く感じて無言で頷き返した。自分が育て上げた兵を褒められるというのは、何とも言えないこそばゆさがある。まるで父親の心境とでも言うのだろうか。
「ま、お前自身は少し格好悪かったな。勢い込んで敵軍に乗り込んでおいて、大将首は結局関羽に奪われた形だからな」
「うっせえ」
「くくっ。で、お前から見た私の評価はどうなった?」
「俗物。…………で天才……かも」
「はははっ」
皇甫嵩が楽しそうに笑い飛ばした。