「桃香!ひっさしぶりだなー!」
「白蓮ちゃん、きゃー!久しぶりだねー♪」
白蓮の居城へとやってきた桃香たちは、すぐに玉座の間へと案内された。盧植の私塾を卒業して以来、3年振りにあった白蓮は太守の地位についていたが、以前と変わらず桃香を友達として歓迎してくれた。
「3年間どうしてたんだ? 全然連絡が取れなかったから心配してたんだぞ?」
「んとね、あちこちで色んな人を助けてた!」
「ほおほお、それで?」
「それでって?それだけだよ?」
「……はあーーーーーーーーーっ!?」
「ひゃんっ!?」
「ちょっと待て桃香! あんた、盧植先生から将来を嘱望されていたぐらいなのに、そんなことばっかやってたのかっ!? 桃香ぐらい能力があったなら、都尉ぐらい余裕でなれたろうに!」
まるで責める様に白蓮が詰め寄ってくる。
「で、でもね、白蓮ちゃん。私……どこかの県に所属して、その周辺の人たちしか助けることができなっていうの、イヤだったの」
「だからって、おまえ一人が頑張っても、そんなの多寡が知れてるだろうに……」
「そんなことないよ?わたしにはすっごい仲間たちがいるんだもん♪」
「仲間? そうか、義勇兵を率いているんだったな。それに…」
白蓮が、曹仁達の存在にようやく気が付いた。桃香がそれぞれ紹介する。義妹である関雲長、張翼徳。同盟を結んでいる曹子孝にその妹曹子和。城外で兵をまとめていてここには来ていないが、曹仁の副官牛金。
「曹仁!?」
「お久しぶりです、伯珪殿」
「おーおー、ひっさしぶりだな!いるなら早く声掛けろよぉ」
曹仁は白蓮が盧植の元を卒業し、洛陽に居を移した頃に知り合ったらしい。
「劉備殿と伯珪殿の再会に水を差してはいけないと思いまして」
「……堅苦しいなあ。私のことは白蓮でいいぞ」
「えっと、いいんですか?」
「ああ、お前には前から真名を許してもいいと思っていたんだ。麗羽のやつがうるさそうだから言い出せなかったけどさ」
「ああ、麗羽さんが。なるほど。」
納得したように一つ頷くと、曹仁は一歩前へ進み出て白蓮の正面に立った。ちょっと居住まいを正してから口を開く。
「それじゃ、改めてよろしく、白蓮さん。俺には真名がないから、今まで通り曹仁と呼んでくれてもいいし、好きなふうに呼んでくれ。」
「うっ、なんだか、こっぱずかしいな。……それじゃ、これからは仁と呼ばせてもらうよ」
(……いいなぁ)
桃香はそんな二人に羨望のまなざしを向けた。隣にいる愛紗も難しい表情を浮かべている。桃香達3人は、未だ曹仁に真名を預けられずにいた。主と見定めた人物であり命の恩人でもある曹仁に、桃香としてはすぐにでも真名を預けたい気持ちがあった。それは愛紗達も同じだろう。しかし最初に臣従の意を断られてから、なんとなく言い出し難く、ずるずると時間だけが過ぎ去ってしまっていた。
「お前の馬、白鵠は元気か?」
「もちろん。城内にまで付いてこようとするから、止めるのが大変だったよ」
「相変わらずべったりなんだな、お前たち。別にあいつなら中に連れてきても良かったのに」
「白蓮さんが良くても、さすがに拙いだろ」
2人の会話が盛り上がりを見せ始める。桃香達を完全に取り残したまま、話は白鵠の話題を皮切りとして、馬術、騎兵戦のことにまで及んでいる。
(……そういえばご主人さまって、白馬に乗ってて、馬術も巧い。それに顔も可愛…格好いい)
それは白蓮の理想の男性像なのではないだろうか。桃香は胸にモヤモヤとしたものを感じた。
(うぅ、なんだろ、この感じ)
「兄貴、そろそろ本題に移ろうぜ」
曹純の言葉に、二人の話がようやく途切れる。胸のつかえが取れた思いの桃香が曹純の方を窺うと、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませていた。そんな彼女に桃香はなんとなく仲間意識のようなものを感じた。
「おっと、そうだったな。白蓮さん、一つお願いがあるんだが」
「なんだ? 私に出来ることなら、出来る限り手は尽くすぞ」
曹仁に視線で促されて、桃香は慌てて後を引き取った。
「ええっとね、白蓮ちゃん、わたし達、武器と兵糧がいっぱい必要なの」
この辺りも戦時中ということで、白蓮の城にも余分な武具はやはりなかった。白蓮はすまなそうにすると、城下街の鍛冶屋の顔役という男に使いを出してくれた。
「ほぅ、そのように長い槍、如何に使われる?」
「おわっ、せ、星」
やってきた鍛冶屋の男にいくつか注文を出していると、白蓮の後ろから覗き込むようにして一人の少女が顔を出した。曹仁の側からは近づいてくる彼女の姿が良く見えていたが、気配を消してやってきた彼女に白蓮が動揺した。少女はそんな白蓮の姿を楽しそうに見ている。
「白蓮さん、そちらは?」
「おっと、これは失礼をした。私は趙子龍と申すもの。白蓮殿の下で客将をしている」
趙子龍。これも聞いた名だ。劉備、関羽、張飛に続き、今度は趙雲。曹仁は何かが動きだした、と感じた。それは一つの時代、乱世の幕開けなのかもしれないし、ただ自身の人生にとっての分水嶺なのかもしれない。
「私は―――」
「曹子孝。曹仁殿、でしょう?白蓮殿の口からお名前はよく伺っておりましたぞ」
「ちょ、ちょっと、星!」
「なんでも、馬術が相当にお得意だとか。調練の度引き合いに出すものですから、我が軍の騎馬隊にあなたの名を知らぬ者はおりませぬぞ」
「わーー、わーー! 星、ちょっと!」
「して、曹仁殿。これほどの長槍、兵達がたやすく扱えるとは思えませぬが。如何なご存念か?」
騒ぐ白蓮を無視して、趙雲が続ける。
「無理に扱う必要はない、とでも申し上げておきましょうか」
「ほほぅ。何か面白い考えがお有りのようだ」
「ま、詳しいことは出来てからのお楽しみということで。実際に見た方が早いと思いますしね」
「それでは、その時を楽しみに待たせてもらおう。では」
言うと、趙雲は劉備達の方へと歩いていった。劉備達3人と趙雲の出会い。少し、いやかなり興味はあるが、颯爽と去っていく趙雲の背中は何とも格好良く、付いて行くのがなんとなく無粋に感じられた。
「な、なぁ、曹仁」
「ん? なんだ、白蓮さん?」
「べ、別に、いつもお前の話をしてるわけじゃないからな! ただお前の馬術がすごいって、目標にしろって、兵達にそう言ってるだけで」
そう慌てた様に言いつのる白蓮の顔はなぜか真っ赤に染まっていた。
「ああ、分かってるよ。俺も白蓮さんにそう言ってもらえて、うれしいよ」
白馬揃えの騎馬隊で名を轟かせる白蓮からの賞賛に、曹仁は本心からそう答えた。白蓮はホッと安心したような、それでいて少し残念そうでもある複雑な表情を顔に浮かべていた。
こうして―――
曹仁達は戦の準備が整うまでの間、公孫賛の居城で過ごすこととなった。