「兄貴、あれを―――」
「ああ」
角が本陣を指差した。牙門旗の横に黒無地の旗が立てられ、盛んに振られている。
戦場では、春蘭隊三万数千と高順の重装歩兵ががっぷりと組み合う力押しを展開していた。
真桜の合流から、すでに十日が経過している。
その間、各歩兵部隊の一時的な潰走はすでに数えきれないほどだった。曹仁の騎馬隊も、一再ならず馬を散らして難を逃れている。本陣だけは、新たに設けた馬防柵に守られて無傷を保っていた。
赤兎隊が陣形をかき乱す。そこに霞の騎馬隊が、あるいは高順の重装歩兵部隊が乗ずる。曹操軍を敗走に陥れるのは、いつも決まってその形だった。
連日、赤兎隊への対策は話し合われていた。恋を抑えること、それが唯一の方法であることはすでに戦場で証明されている。落とし穴のような単純な罠の類は何度も試みられたが、決して恋は踏み込んでこようとはしなかった。
「角、後は任せた」
戦場の端にぽつんと孤立する赤兎隊に、曹仁は白騎兵の旗手だけを従え歩み寄った。
疾駆すれば距離を置かれる可能性もあるため、あくまで並足で進んだ。旗手にはいつも通り、黒地に白抜きの曹旗を堂々と掲げさせている。
汗血馬は、戦闘中であることを忘れそうになるほどに、実に思い思いに過ごしている。こちらに顔を向けて警戒を示すものもいれば、自由に草を食んでいるものもいる。さすがに鞍は乗せたままだが、兵は降りて側に付き添うだけだ。兵の方はさすがに幾らか曹仁を気にするそぶりを見せながらも、やはりあまり緊張感はなく、のんびりと馬の背を撫でたりしていた。
如何に汗血馬と言えど、強引なまでの突撃を闇雲に繰り返せば脚が持たない。休む時は徹底的に休むというのが赤兎隊の強さを支える一つの要因だろう。恋が危険を察知してから馬に飛び乗っても、そこから悠々と敵を引き離せるという余裕がそれを可能としている。
一人一人の顔が見て取れるほどの距離まで近付いてからは、旗手も残してただ一騎で進んだ。牙門騎周辺に恋の姿は見えない。陣形を組むわけでもなくそれぞれが自由に振る舞っているから、曹仁はしばし目を凝らしてその姿を探さねばならなかった。戦場で武威を煌めかせているときには、恋を見失うなどあり得ないことだ。戦地にありながら、平時ほどにも緊張を解いているということだろう。
一人、目的を持って足を進める人物に目が留まった。こちらに近づいてくる。
「……そーじん」
恋の方から、先に声を掛けてきた。
「恋、―――いや、呂奉先殿、一手お相手願いたい」
「…………ん」
恋は押し合いを続ける春蘭隊と高順隊に目を向け、しばし思案に暮れると、一つ小さく頷いて承諾を示した。
そろそろ戦場に介入したいところだが、曹仁一人を片付ける程度の余裕はあると言う判断か。
特に腹を立たてるような段でもない。皇甫嵩の屋敷では何度となく手を合わせ、数合の内にひねられている。保って二十合というところだった。
恋はまぎれもなく天下に並ぶ者の無い武人だ。それも曹仁の知る限り、愛紗や春蘭といった二位以下を大きく引き離して、頭一つどころか二つも三つも抜けた存在である。
恋が視線をやると、答えて汗血馬が一頭駆け寄ってくる。
間近で目にするとやはり大きい。白鵠も並みの馬よりも一回りも大きいが、それ以上の巨馬だ。しかも恋の馬だけが特別なわけでなく、他の二百頭も等しく大きかった。
「そーじんをつかまえて帰れば、こーじゅんとねねが喜ぶ」
「高順はともかく、音々音の奴は喜ばないんじゃないか?」
「ううん、喜ぶ」
恋はぶんぶんと首を振って否定すると、おもむろに用意を始めた。
曹仁が手にしているのは穂先を外した槍―――すなわちただの棒である。他は腰に青紅の剣を刷いているだけだ。
恋はそれに合わせて、兵に方天画戟を預けると、代わりに槍を借り受け穂先を外した。
柄の内部に茎(なかご)を差し込み目釘を通して穂先を固定する曹仁の国の槍とは異なり、この世界の槍は棒の先端に蓋状の穂先を被せ込むものが主流だ。外すのは容易である。
「それじゃあ、始めようか」
「んっ」
騎乗した恋が、曹仁の言葉に小さく頷いた。
ちょうど日は中天に差し掛かり、地に落ちる影は小さい。曹仁は視界の片隅に映る戦場の喧騒を頭から追いやった。いつも通りに相手の視線と柄の先端から根本までが一直線に沿うように、槍を構えた。
突き出した棒の先端に柄も、それを握る腕も、さらには体全体さえも隠れるように意識する。一切の予備動作を悟らせずに、穂先だけが伸びるように突き出す。実際に動き始めてしまえばそう上手くいくものではないが、それが曹仁の戦い方の理想だった。
「―――ふっ」
恋が一歩馬を進めた。同時に曹仁は槍を繰り出した。際どいが、当たる距離ではない。二歩目の踏み込みを牽制するための突きだ。恋が馬を押し止めると同時に、曹仁から踏み込んで突いた。初手としては悪くないが、恋が容易く弾くと、曹仁はすぐに間合いを取り直した。
不思議なほど気負いはなかった。もう一度、今度はこちらから出た。
普段方天画戟を片手で振り回すように、恋は棒を右手一本で捧げている。柄の中程よりもさらに先端側を持つのも、いつも通りだ。長柄を手にしながら間合いは刀剣のそれに近い。曹仁の感覚からすると長物の利を捨てるような無用の構えだが、恋の強さは理屈で測れるようなものではない。
右に―――恋の左手側に、馬を進めた。連続して槍を繰り突く。派手に振り回したりはしない。前に構えた左手の掌中を滑らせて、槍を扱き出す。槍術の基本の繰り突きをただただ繰り返すのみだ。
凪との内功の修練が一つの成果を生んでいた。氣の習得という意味ではほとんど何の実りもなく思えたが、丹田を意識した型稽古は姿勢の重要性を曹仁に再認識させてくれた。
馬上にあっても常に立身中正を保つ。白鵠を通じて大地を踏み締める感覚だ。肩と肘を落として、槍の重さを身体の重心でしっかりと受ける。
槍先に、かつてない程の力が乗るのを曹仁は感じた。馬上なら、春蘭や愛紗にだって容易く負けはしない。
それでも恋は、危なげなく一つ一つの突きを払いのける。本来対応が困難な左手側からの連撃も難なくさばいている。
槍を引くのに合わせて、恋が大きく踏み込んできた。槍の引きの方がわずかに速い。速いが、迎撃の突きを放てるまでの早さはない。白鵠が後ろへ跳ねた。
跳び退りながら牽制の突きを放つと、深追いを避けて恋は馬を止めた。
「今までのは、ちょっとした意地だ。だが、やはり使うしかないか」
さらに一歩大きく間合いを外して、曹仁はため息交じりに言った。
今の攻防、追撃をかけられれば危うかった。恋にはおそらく皇甫嵩の屋敷で繰り返した試合の間隔がまだ残っている。戦場での一騎打ちのつもりでいたなら、あんな苦し紛れの突きで恋は止まらないだろう。
「セキトが犬で良かった」
「?」
「ああ、こっちの話だ。」
恋の跨る汗血馬は確かに素晴らしいが、他の二百頭と比べて際立って優れているわけではない。長駆する力や歩兵の波を突破する力では白鵠よりも上かもしれないが、細かな起動ならこちらが上だ。
「……水筒? ……おやつにする?」
曹仁が取りだしたそれを見て、恋が怪訝そうに首を傾げた。確かに、水を入れる竹筒と形や大きさは似ていなくもない。もっとも、曹仁が手にしているものは真桜お手製の鉄細工だ。
「違う、秘密兵器だ。……槍術としては邪道だから、出来れば使いたくはなかったんだがな」
言いながら、空洞を通して覗き見ることで、蓋も底もない只の筒であることを示した。
「?」
それでもなお、恋のいぶかしげな表情は変わらない。
「ま、実際使っているところを見ないことには、理解出来なくて当たり前だな」
曹仁は、その拳二つ分ほどの長さの筒を槍に通すと、構え直した。槍の根元をもった右手を腰にため、左手は相手に向けて真っ直ぐ突き出した常の構え。ただ、左手は鉄筒を握っていて、筒越しに槍を支えていることが普段とは異なる。
「ちゃんと避けてくれよ、恋。―――いくぞっ!!」
「っ!」
三度、連続で繰り突いた。恋が、ほとんど落馬しかねないほどに大きく仰け反って、それを避けた。置き去りにされた髪が一房、棒に打たれ爆ぜたように乱れた。
いつも通りの繰り突きの連撃。しかし、その速さは天下無双の呂奉先を瞠目させるだけのものがあったようだ。恋が驚きに目を丸くしている。
管槍。別名を早槍とも呼ばれる武器がある。
遠く時を超えた未来に、ここ中華より海を隔てた島国にて結実する武器だ。構造は至って単純である。槍の柄の部分に、可動性の筒が付随しているだけだ。掌中ではなく、筒の中を滑らせることで、柄との摩擦を軽減する。つまりは繰り突きを速くする、そのためだけの工夫である。一部の槍術家からは邪道とされる向きもあるが、それこそがその有用性を物語ってもいた。
元より繰り突きをその武の根底に置いて、修練の中心としている曹仁が用いるに、これほど向いた武器も無い。曹仁の槍は、速さよりも早さを追求したものだ。相手よりも遠くから、最短距離を突く。だから相手よりも早く攻撃が到達する。そこに今、速さまでが加わっていた。
「さあ、もう少し俺に付き合ってもらうぞ」
祖国が生んだ神速の武器を手に、曹仁は言った。
槍を構え直すや、曹仁の攻勢が始まった。
「あの呂布を相手に。兄貴、すごい」
傍らで遠く一騎打ちへ目を凝らす蘭々が、呟くように言った。口調には感心するというだけでなく、安堵の響きがあった。
曹仁が一騎打ちで呂布の足止めをする計画は、華琳の他は春蘭と秋蘭、そして代わりに騎馬隊の指揮に付いた牛金しか知らないことだった。曹仁と呂布が馬を向き合わせた時には蘭々はかなり取り乱した様子だったが、今はすっかり落ち着きを取り戻している。
季衣と流々も、蘭々に同意する様にうなずき合っている。
「…………まったく、あの子は」
華琳が思わずこぼした言葉にも、同じく安堵の響きが含まれた。しかし残り半分は感心するというよりも、呆れる思いの方が強い。
―――俺が呂布を抑える。
そう豪語した、昨日の曹仁の顔が思い起こされた。
深更、華琳の幕舎を一人訪ねると、曹仁は言ってのけたのだった。
「……抑えられるの?」
胡乱な視線で華琳は返した。
「ここぞという時の四刻。その間だけは必ず。四刻で、高順か張遼のいずれかを捕えてもらいたい」
赤兎隊不在中の攻勢と新兵二万の合流を経て、再び兵力差が生まれている。それも、じりじりと詰められつつあった。今なら、赤兎隊の介入さえなければ数で押すことが出来る。
「捕えて、ね。相変わらずお優しいこと」
「優しい? ―――とんでもない。兵はすでに数えきれないほど死んでいる。明日の戦でも死ぬだろう。捕えるとなると、討ち取る以上にこちらの犠牲は増えるかもしれない。―――俺は兵の命と引き換えに、敵味方に分かたれた親しい者達だけを救いたいと言っている」
互いの軍勢を、削ぎ落とすような戦が続いていた。泰山の麓に陣を張ってからは一日も休むことなく、日々一千以上の犠牲を出し続けている。このまま一兵残らず狩り尽くして、最後に呂布か自分の首に剣が突き立つその瞬間まで、この戦が終わることはないのではないか。そう思われるほどだった。
激しい戦を経て、曹仁の口調にも表情にもどこか開き直ったような豪胆さが見える。
「そう、なら気が多いと言いかえましょうか。それで? その親しい者達の中で、貴方が一番大切なのは誰なのかしら? 知ったところで戦の展開を変えるつもりもないけれど、一応聞いておくわ」
「そんなの華琳に決まっているだろう」
「わたしっ!?」
悪びれもせずのたまう曹仁に、思わず喉が裏返った。
「な、何をそんなに驚く? 家族なうえに主君でもあるのだから、当然だろう?」
「……あ、ああ、そういうこと。―――って、そうではなくて! 呂布軍の中で誰を一番に助けたいのかって聞いているのよっ!」
「なんだ、そういうことか。……それは、みんなだ。恋、音々音、高順、霞、―――もう誰一人欠けて欲しくはない」
「……まったく、本当に気が多いこと。それで、結局呂布をどうやって止めるつもりなの?」
「一騎打ちにて」
曹仁は笑みさえ浮かべて堂々とそう言い放った。
「―――! ――――!!」
喚声に、華琳は想念から引き戻された。曹仁の攻勢に、兵は歓呼の声を上げている。
確かに天下無双の呂奉先を一方的に攻め立てている―――ように見える。その実、曹仁はまるで戦っていなかった。
「まったく、あれだけ偉そうに豪語しておいて」
呂布の間合いの外から高速で繰り出される連突き。そして呂布の馬に合わせて動き、一時たりともその間合いに曹仁の身を置くことのない白鵠。牽制を繰り返しながら後退を続け、決して打ち合うようなことはしない。これなら、確かに、体力の続く限り一方的に攻撃を仕掛けられる。しかし打ち合いの中での虚実無しに、ただ速いだけの突きを受ける呂布ではないだろう。負けはしないまでも、勝利も望むべくもない。いや、体力が尽きた瞬間の敗北は確定している。続ければ続けただけ、体力は削られ敗北はより確かなものとなっていく。約束された負けを、先送りにし続けているのが今の曹仁だろう。
だから戦っているとは言えなかった。物を投げ、腕を振り回す幼子のそれに等しい。それゆえ呆れもしたし、この戦法ならば曹仁が傷を負うことも無いだろうと、華琳は安堵したのだった。蘭々はそんな曹仁の意図を推し量るには鍛錬不足で、季衣と流流は天稟に恵まれすぎているのだろう。
華琳は戦況に目を転じた。
最初、呂布軍は三万の歩兵を二段に分けて、その中央に高順の重装歩兵を並べていた。後方の歩兵が本陣の体をなしていて、これは山地に拠って袁旗を掲げている。
戦闘が始まるや、春蘭隊に正面から歩兵の第一段を切り崩しに掛からせた。いくらか崩れたところで一斉に散って、代わって高順隊が前に出た。そのまま春蘭隊との力押しとなる。曹仁に呂布足止めの合図を送ったのは、その状態が一刻ほども続き、春蘭隊がいくらか押し気味になった時だった。
張燕、凪、沙和の三隊は騎馬隊への備えとして春蘭隊の左右後方に配置している。曹仁に言われるまでもなく標的はあくまで高順の重装歩兵と張遼の騎馬隊である。どちらか一方を潰せば、呂布軍の戦力は半減する。赤兎隊の動きも限られたものとならざるを得ない。あるいは、部下の志を受けて戦うという呂布であれば、あっさりと降伏することも考えられた。曹仁の狙いもそこにあるのだろう。
「華琳さま。……これは、言うべきことではないかもしれませんが~」
風がそそと歩み寄ると、耳打ちするように言った。
「今なら、赤兎隊を―――」
華琳はそれ以上の発言を手で制した。
風の言わんとしていることは理解出来た。しかしそれは、やるべきではない。何より、やりたくもなかった。
「失礼を申しました~」
意見に固執することなく、風はいつもの眠そうな口調で言うと下がった。
桂花なら言いそうなことだった。今は戦陣に伴っていないから、その代わりのつもりの発言だろう。
「――――! ――――――!!」
曹仁の奮戦に、兵はさらに喚声を上げて士気を盛り上げた。
「ふっっっっっ!」
繰り突いた。左手に持った管の中を前後する槍は、繰り出す曹仁にとっても未知の速さにまで到達していた。二倍にまでは届かない。いつも二度突いていた間に、三度突ける程度のものだ。だがそれは突く側にとって、そしておそらく突かれる側にとっても、二倍にも三倍にも感じられた。
やることは、反董卓連合との戦で春蘭を相手にした時と同じ、負けない戦いだ。あの時は、初戦は流れ矢に邪魔されるまでの間春蘭を釘付けにした。二度目の手合せではけら首を落とされるという屈辱を受けた。春蘭よりも強い恋と対するための工夫が管槍だった。
「くっ」
十数度―――自分でも正確に把握しきれない―――連続で突いて、わずかに槍先が乱れた。槍を引く動きに合わせて、恋が前へ出た。白鵠が、それに合わせて半歩下がる。適切な間合いを維持することは、白鵠に任せきりだった。だから曹仁は機械的と言っていいほど単調に槍を繰り出すのみだった。
人馬一体の馬術をさらに先に進めた。互いが互いにそれぞれの役割を丸投げにする。二刀流の妙技を表す言葉に、左右の手それぞれが別の生き物のように自在に動く、というものがある。それと同じことだった。一度一体となったものが分かれ、それぞれに槍を突くこと、間合いを維持することだけに専心する。二対一にも近い状況が作り出されていた。
もちろんそれは利点ばかりではない。普段は白鵠の脚力を乗せて突く曹仁の槍だが、今はほぼ自身の腕力のみに頼っている。曹仁の攻めとは無関係に白鵠が動くのだから当然だ。勝つために戦うならそれは大きな欠点と言える。だが今の曹仁の目的はあくまで呂布の足止めであり、必要とされるのは牽制の突きだった。
「―――っ」
恋が汗血馬を大きく下がらせた。
時に、低い突きを織り交ぜる。それは馬上を狙ったものではなく、馬の胸の高さに放つもので、その都度恋は大きく後退を余儀なくされた。
恋の顔に失意が浮かんでいる。他人の目からは分かり難い恋の細かな表情の変化が、家族同然の時を過ごした曹仁にははっきりと理解出来てしまう。曹仁が馬を狙うような攻め方をするなど、思いもしなかったのだろう。忸怩たる思いはある。それでも、攻め方は変えない。渾身の連撃を続けるにも限界はある。恋の方に後退を強いることで、呼吸を整えるわずかな時間を稼ぐ。
磨き上げた技に外連と邪道を上乗せし、醜くも足掻く。他に手がない以上、開き直るだけだった。
両腕はすでにして熱を帯び始めている。
華琳に誓った四刻(二時間)というのは、曹仁が朝晩欠かさぬ修練に当てるのと同じ時間だ。ただ修練中は何度か小休止を挟むし、延々繰り突きだけを突き続けるわけでもない。
槍を繰り出す後の手―――右腕と同様、管を持って構えを維持する前の手―――左腕にも疲労は貯まる。疲れの質は異なり、槍を左右持ちかえれば楽になる。実際に曹仁は左右どちらの構えでも戦えるように鍛えていた。しかし、相手が恋では槍を持ちかえている余裕はない。
槍の穂先を外したのは、恋の身を気遣ってのことではなく、単に少しでも得物を軽くするためだった。それで恋までが戟を棒に持ち替えてくれたのは、ただの僥倖である。けら首ならぬ棒先を斬り飛ばされて、間合いの利を失することだけはそれでなくなった。
通じている。天下無双を向こうに回して、今のところ作戦通りの戦いを展開出来ている。あとは相手の力量すらも関係ない。高順か霞を確保するまで―――約束の四刻の間、間断なく突きを放ち続けることが出来るのか。自分自身との勝負だった。
どうにかなる、否、どうにかするのだ。
戦況に目をむける余裕は最初からなかった。曹仁はただ槍を繰り出した。
「仁はよくやっているな」
主戦場から離れた曹仁と呂布の一騎打ちも、秋蘭の弓使いの目には残さず見て取れた。
「ふんっ、当たり前だろう。この私に勝ったのだから」
双子の姉の春蘭も、片目を失った今でも目は良すぎるくらいに良い。すねた口調で吐き捨てた。そんな姉を微笑ましい思いで見つめると、今朝方の情景が秋蘭の脳裏に浮かび上がった。
両軍の兵が起き出すよりも早い明け方に、春蘭と秋蘭は本陣に呼び出しを受けた。待ち受けていたのは華琳と曹仁の二人だ。
「一騎打ちで足止めするというのなら、それは私の役目だろう」
曹仁が呂布との一騎打ちに挑むと説明を受けると、春蘭がすぐに噛みついた。曹操軍中で最強の武人と言う自負があるだろうし、曹仁の身を気遣ってもいたのだろう。
「春姉じゃあ、恋には勝てないよ」
「なんだとっ! 仁、貴様っ!」
「……自分なら勝てると言っている様に聞こえるぞ、仁」
「まさか。恋を相手に勝とうと思えば、ほんのわずかでも可能性があるのは春姉だけだろう。だが足止めと言うことなら、俺で確実だ」
頭に血を昇らせた春蘭に代わって秋蘭が問い質すと、曹仁は悪びれもせず答えた。恋と、親しげに真名で呂布を呼びもした。今にして思えば、あれも春蘭を挑発する意図があったのだ。
「そこまで言うのなら、試してやろうっ!」
元よりその心算で呼んだのだろう、曹仁は小脇に抱えていた調練用の棒を春蘭に投げ渡した。ちょうど春蘭の愛剣七星餓狼の長さに合されている。曹仁自身も槍の長さに合わせたものを構えた。
「それでは、はじめっ!」
華琳の開始の号令と同時に曹仁は動いた。
曹仁の届くか届かぬかの間合いの突きを、春蘭がわずかに身を反らしてかわした。弓を引き絞るようなその動きが、すでに次への溜めになっている。槍が引かれるのに合わせて、春蘭が飛び込んだ。足元の地面が爆ぜるような、強烈な踏み込み。
「っ! ……なっ!」
がくんと、春蘭の身体が中空で静止した。胸元に視線を落とし、春蘭がうめく。
槍に見立てた曹仁の棒の先端が、胸の具足に当たっていた。つっかえ棒の要領で、春蘭の突進を押し留めている。
「よし、俺の勝ちだな」
言うと、曹仁はそそくさと槍を引いて一礼した。
「ちょ、ちょっと待て! 今のは」
「俺が呂布の相手ということでご納得いただけましたか、華琳様?」
再戦を要求する春蘭には取り合わず、曹仁は華琳をじっと見据えた。
傍から見ていた秋蘭の目にも、二度目の突きは見逃しかねないほどに速かった。だが、春蘭は速さだけで二度も勝てる相手ではない。幾度となく手合わせを繰り返し、曹仁の槍の速さに慣れている春蘭の意表を突いた形での勝利でもある。挑発されたことで、春蘭の動きが力任せで単純なものにもなっていた。
「……・同じ手が、あの呂布にも通用するのかしら?」
しばし曹仁の視線を黙って受けとめた華琳は、次いで勝利をもぎ取った槍に、その仕掛けに目を向けて言った。
「必ずや」
曹仁は片膝を付いて頭を下げた。
眼前の戦場に意識を戻すと、わずか一手で決着の付いた今朝の手合せとはまるで異なる情景が展開されている。
呂布は意表を突いてなお勝てる相手ではない。ただあの戦い方なら、勝てないまでも疲れ切って速度を失うまでは負けることも無い。
いや、そもそも曹仁に勝とうという気が見えない。初めから買って出たのは足止めなのだ。呂布を傷付けることなくこの戦を終わらせようとしている。すでに数万の命が散った戦場では冒涜的なまでの青臭さであるし、天下無双を相手に思い上がりも甚だしい。
「おおっ、また突っ込んでくるぞ。曹仁ご指名の張遼だ」
赤兎隊が動けない今、張遼の騎馬隊の占める役割は大きい。絶えず駆け回りながら突撃と離脱を繰り返し、春蘭隊と高順の重装歩兵の力押しへ介入を試みている。しかし周囲に配置された歩兵部隊を突破しての攻撃であるから、春蘭隊に届くころにはその勢いもかなり失われている。
「姉者、華琳様お気に入りの劉備軍の関羽は、あの張遼に一騎打ちで勝ったと聞くぞ」
「なにっ!」
「そういえば関羽と張遼は曹仁とも親しいらしいな」
「むむっ」
春蘭が目をむいた。
春蘭がもっとも力を発揮するのは、曹操軍が誇る武の象徴、曹孟徳が大剣として戦いに臨む時だった。だが、その矜持は曹仁との立ち合いで軽くひび割れている。不意打ちのようなもので、次にやれば曹仁の勝ちはないだろう。それほど、本来の二人の力量には隔たりがある。だが、相手が弟分であるだけに春蘭にとって敗戦の衝撃は大きなものだった。
己が武への矜持に代わって発奮を促すべく秋蘭が利用したのは、子供じみた妬心だった。そうした感情をも高潔な誇りと同列で力へ変えるのが、秋蘭が良く知る双子の姉の春蘭である。
未練がましくも足掻く従弟のために、秋蘭にしてやれることは各々の戦場の決着を急かすことくらいだった。
高順は自ら先頭に立って血路を斬り開くという用兵をしない。指揮官が突出した武威を示すことは、重装歩兵の堅固な陣形にとってはむしろ不利に働きかねないのだ。
捕えるなら、常に騎馬隊の先頭を切って来る張遼だろう。
「私は旗下を動かす。秋蘭、全軍の指揮は任せた」
春蘭直属の騎兵百騎に歩兵四百は、まだ曹操軍が五千の私兵集団に過ぎなかったころからの生え抜きの一軍で、歴戦の兵達だ。華琳の虎豹騎や曹仁の白騎兵にもそう劣るものではない。
「ああ、姉者」
春蘭と旗下が、張遼隊を目掛けて自軍の中をかき分けていく。
「くっ、なんや?」
歩兵にぶつかる直前、その陣形の中から一隊が踊り出した。敵は小勢ながら横合いから攻撃を受ける形で、突撃の勢いがかなり削がれている。
「ちっ、すまんな、高順」
霞は即座に反転を命じた。大兵と向き合う高順に、今のところ効果的な援護が出来ていない。
高順の重装歩兵を潰させるわけにはいかなかった。高順の武将としての目覚ましい成長と足並みを揃える様に磨き抜かれ、重装歩兵は今や呂布軍に欠かすことの出来ない存在だった。追っては散らすという騎兵の戦だけで、大戦には勝ち抜けない。それまで騎兵頼みの戦を繰り返していた呂布軍に、ようやく育った精鋭歩兵部隊である。
しかし敵は四万にも届かんという歩兵大隊に、一万前後の部隊を三方に配する堅固な陣形を築いている。その内で脚を止められれば、騎兵の末路は一つだ。
「逃げるかっ、張遼っ!」
敵陣から飛び出した小隊の将が、用兵のなんたるかも知らずに喚き立てながら馬を並走させてくる。
「ウチと馬を並べようやなんて、百年早いわっ!」
「―――甘いっ!」
隙だらけと見えた首に、飛龍偃月刀を叩きつけた。金属音を響かせて偃月刀が弾かれる。
「おっ! やるやないかっ。―――んんっ? アンタ、もしかして夏侯元譲か?」
偃月刀を阻んだ片刃の大剣。左目には蝶を模した眼帯。いずれも曹操軍第一の武将、反董卓連合の戦で片目を盲いてからは盲夏侯とも渾名される、夏侯元譲の特徴を示していた。
「そうだっ! 我こそは曹孟徳が大剣、夏侯元譲! 張文遠、相手をしてもらうぞっ!」
「ははっ、四万の歩兵の大将がこないなところまで出張ってくるんか。アンタ、おもろいな」
霞は騎馬隊の進路から逸れると、手振りで兵に先行を促した。
「ここで勝負を決めるっ! いくぞっ!」
夏侯惇はいきり立って叫ぶと、大剣を唸らせた。背にかついだ構えから、身体ごとぶつかってくるような斬撃。
霞は愛馬―――黒捷の腹を、踵で軽く突いた。黒捷は真っ直ぐ駆ける速度はそのままに、半歩横に距離を取った。夏侯惇の大剣を透かすや、今度は反対の腹に踵で合図を送る。馬体を寄せる黒捷の動きに合わせて、飛龍偃月刀を振るった。
「―――っ!」
夏侯惇は大剣を斬り返して、偃月刀を弾いた。霞は反動を強引に抑え込んで、二撃三撃と攻撃を続けた。
夏侯惇の受け太刀は一々大きい。それは隙と言って良いものだが、こちらの得物を弾く力も相応に強く、その分連撃にも齟齬が生ずる。
「これならっ!」
右の肩口から斜めに斬り込む一撃。受けにきたところで制止して、手首と肘の動きだけで左肩口に狙いを切り替える。
「くぅっ!」
反応も出鱈目に良い。夏侯惇は大剣を振り回していては間に合わないとみるや、柄頭で霞の斬撃を受けた。そのまま反撃に転じてくる。攻撃もやはり大振りながら、速い。上段からの斬り下げと、大剣を返しての斬り上げを、霞は受けずに馬術で避けた。
「ここまでやっ!」
夏侯惇の斬撃の切れ目に、霞は馬首を返す動きに合わせた牽制の横薙ぎを見舞った。振り向いた先を、ちょうど騎馬隊の最後尾が駆け抜ける。
「待てっ、逃げるか!」
「すぐにまた相手したるっ」
騎馬隊に続いて離脱した。さすがに夏侯惇も四万を放置して追っては来ない。一万の歩兵部隊が遮りに来るが、力任せに突破した。強引な突撃を避けたから、馬の脚にはまだ余力が残っていた。
一度並足に落すと、歩兵の陣形を遠巻きにゆっくりと回って突入点をうかがった。
意外にも恋はまだ曹仁を相手に手間取っている。すでに二刻近くも一騎打ちが続いているはずだ。
霞も皇甫嵩の屋敷で曹仁とは何度も手合せを重ねている。弱い相手ではない。間合いの取り方が絶妙で、こちらの嫌な距離で戦うことに長けていた。それが白鵠に跨れば、さらに難敵と言える。それでも自分なら百合、恋なら十合二十合の内に勝てる相手ではなかったか。
行く手に数百の騎兵。
曹仁と恋の一騎打ちに関しては、考えても詮無いことだった。とにかく今は恋の赤備えはいないものとして動くしかない。
並足からいくらか脚を速めると、ぶつかりもしないうちに敵騎兵は逃げ散った。
曹仁不在の曹操軍の騎馬隊は、副官の牛金の指揮ということになるのか。独特の構えを見せていた。一万騎を百騎二百騎単位の小勢に分けて駆け回らせている。こちらは馬の質でも兵の練度でもわずかずつ勝っているから、小隊での攻撃に脅威は感じない。しかし、捨て置いた小隊が不意に背後で数千の軍にまとまったりするのだ。無理押しはしてこないが、犠牲を出さずにじわじわと圧力だけは圧し掛かってくる。
「よしっ、いくで!」
曹操軍の歩兵は夏侯惇の四万の後方に張燕隊、左右には遅れて合流した兵を楽進、于禁という将がまとめている。霞は于禁の陣形にわずかな綻びを認めると、騎馬隊を疾駆させた。
並足でしばらく駆けたことで、馬の脚はいくらか力を取り戻している。馬を騙しているようなもので、本当に回復させようと思えば一度脚を止めて兵を降ろさねばならない。恋の赤備え不在の折に、その余裕はなかった。
「はあっ!」
ぶつかった。偃月刀が血飛沫を生む。一万の歩兵の陣形の只中を駆け抜けた。抜いた先の四万。突き崩して、今度は中程まで進んだ。高順隊にかかる圧力を、かなり除けたはずだ。
「―――張遼!!」
正面に大剣をかついだ夏侯惇。突如現れたという感じがした。
「来おったか。せやけど、悪いが相手出来へん」
反転を命じた。四万を突破するにはすでに勢いを失っている。まして本来先頭を駆ける自分が夏侯惇の相手をしていては、取り込まれかねない。
「くっ、逃がすかっ!」
追い縋る夏侯惇と数合打ち合い、引き離した。先刻と同じく、四万から突出してまで追っては来ない。
繰り返し、歩兵部隊の切り崩しを図った。恋の赤備えと連携して動く普段のようには、思うに任せた用兵は出来ない。
曹操軍に新たに加わった歩兵部隊の特徴はほぼ飲み込めている。兵の練度自体に差異は見られないから、率いる将の性格と言っても良いだろう。
楽進隊は堅固な陣形を築くのが上手い。じりじりと迫るような戦い方は高順の重装歩兵にも似ていた。対して于禁隊は、いくらか隙が多い。ただ一度崩れてからの立て直しは早く、容易に潰走までは至らない。士気が高く保たれているのだろう。
于禁隊を突き破り、今日何度目になるか分からない四万への突撃を敢行した。
「張遼、勝負だっ!」
「ちいっ、ウチとしたことが乗せられとるんかっ?」
何度突入しても、最後には夏侯惇の小隊とぶつかった。
騎馬隊で敵陣を抜くには、布陣の弱い部分を狙って駆ける。それが一番効率的だし、混戦を避けるにはそうせざるを得ないとも言えた。意図的に布陣に間隙を作って、夏侯惇の元へ誘導されていると考えざるを得ない。夏侯惇自身は勝手気ままに動き回って、騎馬隊を迎え撃っているとしか見えず、大軍を指揮している様子はない。副将で双子の妹の夏侯淵の指示だろう。夏侯惇の無軌道な動きに合わせて指示を出すのは至難であろうが、双子故の以心伝心が可能とするのか。
「まあええ、相手したるわっ!」
今回は、まだ騎馬隊の脚は温存されている。霞は、今度は自分から仕掛けた。
「―――ふっっっ!」
五つ、いや、恐らく六つ突いた。腕の感覚はもうほとんど残っていない。
一時は耐え難いほどだった疲労や苦痛すらも今は感じなくなっている。いつ動かなくなってもおかしくない気がするし、いつまででも動き続けられるようにも思える。
一騎打ちを始めて、どれだけ時間が過ぎたのか。あとどれだけ続ければいいのか。判然としない。
地面に落ちる自分の影が、最初小さく、今はかなり伸び始めている。それが何を意味することなのかも、思い付かなかった。身体に引きずられる様に、頭も朦朧としている。
「みうっ、ななのっ、――――ねねっ!!!」
「――――っっ!!」
恋の言葉に、曹仁の意識は現実に引き戻された。叫ばれた名は、想定にはなかったものだ。
一騎打ちを開始してから初めて、戦場に目を向ける。呂布軍本陣に立てられた、袁旗が伏せられていた。
「――――っ!!」
恋の動きが変わった。
人馬一体と言ってしまえばこれまでも同じだが、もはや人と馬の境界すらあやふやな、一つの巨大な獣のように思える。
―――赤く大きな獣が、飛び掛かってくる。
それは騎兵が馬を進めるのではなく、襲い来る獣としか見えなかった。
半身になった恋の、左の肩口に迎え撃つ突きが入った。いや、肩で受け流された。
自ら肩をぶつけ、直後に内に身をすくめることで衝撃を逸らしている。同時に、槍先も流されていた。当たると思った瞬間、反射的に槍を深く突き込みにいった分だけ、曹仁の上体も前のめりに崩れている。
恋はそのまま止まらず間合いを詰めてくる。体勢の崩れた曹仁が槍を引くよりも速い。白鵠が即座に後方へ跳ねたが、槍の牽制なしでは、猛追する汗血馬はさすがに振り切れない。
曹仁はとっさに槍を捨て、青紅の剣を抜いて掲げた。恋の方天画戟―――ただの棒が一閃する。
「―――っ」
恋の手にする棒が音も立てずに両断されていた。
幸運に恵まれた。
曹仁の目は恋の棒が描く方天画戟の軌跡を正確に捉えきれてはいなかった。ただおそらく恋も自分と同じく肩―――筋肉が厚く内臓を損なう心配の少ない―――を狙うだろうという予感の元、軌道上に青紅の剣を構えただけだ。高速で迫る棒に剣の刃筋が上手く立ったのも僥倖で、恋が手にした得物が本物の方天画戟ではなかったのも幸いした。さすがに運だけで斬鉄は出来ない。
しかし、僥倖は二度続かない。
さらに跳び込み、短くなった棒を恋が振るった。受けた青紅の剣は、虚空に跳ね飛ばされた。もう一度棒を振るわれれば、受ける術はない。
白鵠が一歩踏み込んで距離を詰めた。組み打ちの間合いだ。恋は躊躇いなく棒を捨てている。
徒手の格闘術であれば、この世界を訪れる以前よりの経験が曹仁にはある。それは、これより一千年以上を掛けて洗練された技術だ。
顎先を狙った恋の右の掌底を、前へと身を屈めることで避けた。次の瞬間には、その袖口と襟首を掴んでいる。肩に突きを受けた恋の左腕は、先ほどから動いていない。槍を振るい続けた曹仁の腕も、限界だった。股を締めて合図を送ると、白鵠が一瞬沈み込み、跳ね上がった。腕の力は使わずに、その勢いだけを借りて、恋を担ぎ上げる。
―――拙い!
恋の身体は羽毛が如くあまりにも軽かった。曹仁の動きに合わせて、自ら跳ねている。下手を打ったと、悟った時にはすでに遅かった。こめかみに衝撃が走る。
―――まさか、馬上から跳び膝蹴りとは。
揺れる視界の中で最後に曹仁が捕えたのは、自身の頭部を打ち抜いた恋の膝頭だった。