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No.7800の一覧
[0] 真・恋姫†無双 ~天人・曹仁伝~ [完結][ケン](2018/05/12 13:03)
[1] 第1話 主人公不在[ケン](2009/04/04 14:20)
[2] 第2話 主人公は遅れてやってくる[ケン](2009/04/05 23:51)
[3] 第3話 曹子孝、劉玄徳に出会うのこと[ケン](2009/04/11 14:01)
[4] 第4話 天の御遣いと劉玄徳[ケン](2009/04/16 21:43)
[5] 第5話 公孫賛との再会と趙雲との出会い[ケン](2009/04/27 19:08)
[6] 第6話 張飛拠点イベント[ケン](2009/04/27 19:51)
[7] 第7話 関羽拠点イベント[ケン](2009/05/19 22:53)
[8] 第8話 劉備拠点イベント[ケン](2009/05/19 23:07)
[9] 第9話 褚燕 前編[ケン](2009/05/24 11:10)
[10] 第10話 褚燕 後編[ケン](2009/05/30 13:23)
[11] 第10.5話 幕間[ケン](2009/06/05 18:48)
[12] 第11話 官軍の将軍[ケン](2009/06/12 20:51)
[13] 第12話 再会と1つの別れ(?)[ケン](2009/06/21 08:05)
[14] 第13話 広宗の戦い1[ケン](2009/07/05 14:39)
[15] 第14話 広宗の戦い2[ケン](2009/07/20 23:10)
[16] 第15話 それぞれの歩み[ケン](2009/08/06 22:08)
[17] 番外編 一年前[ケン](2009/08/16 19:22)
[18] 第2章 第1話 洛陽の日常[ケン](2009/08/16 19:16)
[19] 第2章 第2話 天下無双の居る日々[ケン](2009/08/30 10:42)
[20] 第2章 第3話 動き始める洛陽[ケン](2009/10/04 17:11)
[21] 第2章 第3.5話  流浪の大器[ケン](2009/11/06 21:37)
[22] 第2章 第4話 暗闘[ケン](2009/12/05 10:51)
[23] 第2章 第5話 残兵 上[ケン](2009/12/20 15:04)
[24] 第2章 第6話 残兵 下[ケン](2010/01/05 23:20)
[25] 第3章 第1話 反董卓連合[ケン](2010/01/22 16:30)
[26] 第3章 第2話 英傑達[ケン](2010/02/10 19:42)
[27] 第3章 第3話 華雄[ケン](2010/03/01 20:29)
[28] 第3章 第4話 心戦[ケン](2010/04/26 20:11)
[29] 第3章 第5話 決戦前夜[ケン](2010/05/09 18:54)
[30] 第3章 第6話 勇将達の戦場[ケン](2010/07/11 19:45)
[31] 第3章 第7話 力戦[ケン](2010/08/10 20:37)
[32] 第3章 第8話 張繍[ケン](2010/10/19 00:01)
[33] 第3章 第9話 董卓 上[ケン](2010/12/29 20:44)
[34] 第3章 第10話 董卓 下[ケン](2011/04/29 12:17)
[35] 第4章 第1話 曹操軍[ケン](2011/05/10 22:04)
[36] 第4章 第2話 青州黄巾軍[ケン](2011/07/31 12:18)
[37] 第4章 第3話 是れより始まる[ケン](2011/10/23 20:34)
[38] 第4章 第4話 臣従[ケン](2012/01/03 14:28)
[39] 第4章 第5話 曹嵩[ケン](2012/01/29 17:12)
[40] 第4章 第6話 曹孟徳の覇道[ケン](2012/03/08 22:07)
[41] 幕間 白蓮[ケン](2012/03/25 14:38)
[42] 幕間 太史慈[ケン](2012/04/12 21:40)
[43] 第5章 第1話 徐州[ケン](2012/05/12 09:45)
[44] 第5章 第2話 桃香(8/7改訂)[ケン](2012/08/07 10:52)
[45] 第5章 第3話 呂布軍[ケン](2012/08/07 11:22)
[46] 第5章 第4話 許県[ケン](2012/09/07 15:59)
[47] 第5章 第5話 河北の雄[ケン](2012/10/07 22:08)
[48] 幕間 白波賊[ケン](2012/11/25 18:39)
[49] 第6章 第1話 陳矯[ケン](2012/12/21 06:54)
[50] 第6章 第2話 赤い兎[ケン](2013/01/06 12:59)
[51] 第6章 第3話 荀彧と劉備[ケン](2013/02/17 09:29)
[52] 第6章 第4話 泰山鳴動[ケン](2013/03/30 13:28)
[53] 第6章 第5話 揚州[ケン](2013/04/27 11:49)
[54] 第6章 第6話 管槍[ケン](2013/06/22 12:13)
[55] 第6章 第7話 決着[ケン](2013/07/29 14:47)
[56] 第6章 第8話 曹家の天の御使い[ケン](2013/08/26 16:50)
[57] 幕間 西涼[ケン](2013/09/21 20:42)
[58] 第7章 第1話 華琳と桃香 その一 許での日常[ケン](2013/10/19 14:11)
[59] 第7章 第2話 王道の軍[ケン](2013/11/23 12:43)
[60] 第7章 第3話 徐晃[ケン](2013/12/15 13:28)
[61] 第7章 第4話 天子[ケン](2014/01/18 13:26)
[62] 第7章 第5話 華琳と桃香 その二 桃香とお出かけ[ケン](2014/02/08 12:23)
[63] 第7章 第6話 黄祖[ケン](2014/03/01 13:06)
[64] 第7章 第7話 華琳と桃香 その三 喧嘩[ケン](2014/03/22 07:58)
[65] 第7章 第8話 華琳と桃香 その四 旅立ち[ケン](2014/04/18 06:09)
[66] 幕間 曹仁と華琳[ケン](2014/06/03 06:16)
[67] 第8章 第1話 官渡城[ケン](2014/07/04 05:53)
[68] 第8章 第2話 江夏争乱 上[ケン](2014/08/01 17:26)
[69] 第8章 第3話 江夏争乱 下[ケン](2014/08/22 16:48)
[70] 第8章 第4話 窮地[ケン](2014/09/18 06:17)
[71] 第8勝 第5話 官渡の戦い その一 秘策[ケン](2014/10/17 05:42)
[72] 第8章 第6話  官渡の戦い その二 神速[ケン](2014/11/14 07:07)
[73] 第8章 第7話 官渡の戦い その三 陥穽[ケン](2014/12/06 11:48)
[74] 第8章 第8話 高順漫遊記[ケン](2015/01/10 11:06)
[75] 第8章 第9話 官渡の戦い その四 麗羽[ケン](2015/03/07 11:32)
[76] 第8章 第10話 官渡の戦い その五 蹋頓[ケン](2015/04/04 13:46)
[77] 第8章 第11話 官渡の戦い その六 勁草[ケン](2015/05/10 14:35)
[78] 幕間 再起[ケン](2015/05/31 01:25)
[79] 第9章 第1話 凱旋[ケン](2015/06/22 19:44)
[80] 第9章 第2話 蜜月[ケン](2015/07/16 06:48)
[81] 第9章 第3話 入朝[ケン](2015/08/03 23:57)
[82] 第9章 第4話 雪蓮[ケン](2015/08/23 11:33)
[83] 第9章 第5話 鄴[ケン](2015/09/11 12:00)
[84] 第9章 第6話 江陵[ケン](2015/10/09 23:25)
[85] 第9章 第7話 外征[ケン](2015/10/30 20:31)
[86] 第9章 第8話 露呈[ケン](2015/11/20 13:18)
[87] 第9章 第9話 兄妹[ケン](2015/12/11 16:44)
[88] 幕間 張衛[ケン](2016/01/08 19:50)
[89] 第10章 第1話 召集[ケン](2016/02/05 06:20)
[90] 第10章 第2話 潼関[ケン](2016/03/10 05:58)
[91] 第10章 第3話 急襲[ケン](2016/03/25 18:54)
[92] 第10章 第4話 荊州[ケン](2016/04/15 23:01)
[93] 第10章 第5話 厳顔[ケン](2016/05/03 01:53)
[94] 第10章 第6話 追走[ケン](2016/05/27 19:05)
[95] 第10章 第7話 長坂橋[ケン](2016/06/17 18:51)
[96] 第10章 第8話 燕人[ケン](2016/07/15 21:31)
[97] 第10章 第9話 雛里[ケン](2016/08/10 22:16)
[98] 第10章 第10話 舌戦(口喧嘩)[ケン](2016/09/01 21:06)
[99] 第10章 第11話 交馬語[ケン](2016/09/22 19:17)
[100] 第10章 第12話 速戦[ケン](2016/10/07 18:51)
[101] 第10章 第13話 好敵手[ケン](2016/11/18 18:48)
[102] 第10章 第14話 家族[ケン](2017/01/11 21:42)
[103] 第10章 第15話 韓遂[ケン](2017/01/27 19:41)
[104] 幕間 江陵後事[ケン](2017/02/03 18:47)
[105] 第11章 第1話 入蜀[ケン](2017/02/25 13:36)
[106] 第11章 第2話 宛城[ケン](2017/03/18 12:04)
[107] 第11章 第3話 帰順[ケン](2017/04/01 17:17)
[108] 第11章 第4話 秋蘭[ケン](2017/04/14 21:13)
[109] 第11章 第5話 急報[ケン](2017/04/28 17:43)
[110] 第11章 第6話 張燕[ケン](2017/05/18 07:00)
[111] 幕間 冊立[ケン](2017/06/17 13:18)
[112] 第12章 第1話 雛里[ケン](2017/07/11 17:14)
[113] 第12章 第2話 前哨戦[ケン](2017/07/29 12:54)
[114] 第12章 第3話 連環[ケン](2017/08/20 13:56)
[115] 第12章 第4話 強風[ケン](2017/09/07 19:56)
[116] 第12章 第5話 敗走[ケン](2017/10/16 20:46)
[117] 第12章 第6話 曹仁[ケン](2017/12/17 12:15)
[118] 第12章 第7話 天佑[ケン](2018/01/13 13:14)
[119] 第13章 第1話 喪失[ケン](2018/02/07 19:54)
[120] 第13章 第2話 集束[ケン](2018/02/28 20:00)
[123] 第13章 第3話 終結[ケン](2018/03/24 12:38)
[124] 第13章 第4話 終幕[ケン](2018/04/11 19:35)
[125] 再演[ケン](2018/05/12 13:01)
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[7800] 第9章 第4話 雪蓮
Name: ケン◆f5878f4b ID:32578db9 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/08/23 11:33
「雪蓮、どこへ行くつもりだっ!? これから軍議だぞっ!」

「ちょっと気晴らしに遠乗りにでも。軍議には、私がいなくても冥琳がいれば十分でしょう?」

「気晴らしって、どれだけ晴らせば気が済むんだっ! ―――待てっ、雪蓮っ!」

 制止する冥琳を振り切り、馬を駆けさせた。
 兵も良く知ったもので、馬上の雪蓮の姿を見てはさっと道を開ける。歩哨に軽く手を振って、雪蓮は野営地の入り口から飛び出した。
 再びの荊州侵攻である。当然目的は領土の拡大と仇敵黄祖の討伐にあるが、旗揚げ以来初の敗北を喫し、消沈した軍を立て直す意味もあった。
 普段からぴりぴりとせわしない冥琳であるが、それだけに今回はいつも以上に気が立っていた。こんな時は雪蓮か祭―――冥琳を苛立たせる原因になることも多い二人であるが―――が軽口を叩くなり馬鹿をやるなりして、張り詰めた気を緩めてやるのが常だった。しかし今は雪蓮の方にも、普段通りにおどける余裕がない。
 冥琳に申し訳なく思いつつも、馬の脚の向くままに駆けた。親衛隊の朱桓も追って来ていない。

―――見捨てられたかしら?

 朱桓は、こちらの意を良く組む護衛で、雪蓮が一人になりたいときにはすっと身を引いてくれた。それでも戦時中ともなれば雪蓮が無理に振り切らない限りは親衛隊を率いて付いて来る。しかしこの数ヶ月、親衛隊の動きがどうにも鈍い気がした。といって雪蓮はあまり気にもせず、これ幸いと一人の時間を楽しんでいた。
 最近の気侭振りは我ながら酷いもので、朱桓が目を逸らしたくなる気持ちもわからないではない。以前は気を高ぶらせる程度に飲んでいた酒も―――冥琳や蓮華は文句を言うが、酒で判断を鈍らせたことはないつもりだ―――、今は泥酔して意識を失うことも多々あった。
 理由は自分でもはっきりしている。

―――負けた。

 その思いが胸の底に根深くあり、何かで気を紛らわせなくては落ち着かないのだ。
 曹操との戦である。
 まともに対峙したのは野戦の一度きりで、その後は敗走から立ち直る間もなく気付けば長江以北の拠点を落とされていた。野戦では兵の損耗を避け、速やかに後退を命じた。また防衛の要はあくまで長江の水軍であり、あえて抗戦せずに早々に南岸まで退いた拠点の守備隊も多い。結果、兵の犠牲はほとんど出ておらず、冥琳や蓮華は最低限の被害で済んだと安堵している向きもある。しかしそれが一層、軽く用兵であしらわれたという感じを強くしていて、雪蓮の心に深い楔を打ち込んでいた。
 呂布がいない今、野戦では自分が一番だという思いがあったことに、雪蓮は負けて初めて気付いた。いや、例え呂布が相手であっても、一騎打ちならいざ知れず用兵の閃きは自分の方が上だとすら思っていたのだ。
 曹操の軍略は、孫呉の遠祖孫武の記した兵法書を自ら編纂し直すほどだという。それで確かに呂布との激戦を制してはいるが、どこか頭で戦をするというところがある。呂布には何度もあわやというところまで追い詰められ、最期には自ら武器を取ってもいる。戦の微妙な機微を読む力は、兵法書をいくら読んでも身に付くものではないのだ。
 といって甘く見ていたつもりはない。だが、実際に戦場で対峙してしまえばどうとでもなるという楽観もまた雪蓮の中には間違いなくあったのだ。
 そんな楽観と、用兵に対する自信が一戦で打ち砕かれていた。

「まったく、政も出来て、戦も私より強いなんて反則よね」

 一層腹立たしいのは、惚れ惚れする様な用兵の妙に感心が先に立って、悔しさが滲み出たのがつい最近になってからということだった。負けた当初は雪蓮よりも余程気落ちしていた冥琳がせっかく気勢を張ってくれているのに、それも今は煩わしく思えてしまう。
 戦の才能は、自分で思っていた以上に雪蓮という人間の拠り所となっていたらしい。戦に勝てない自分なら、皆の主君である意味があるのか。そんな考えすら思い浮かぶ。
 政なら、蓮華の方が上手い。元々自分は乱世の主君であり、孫呉による天下平定を成し遂げたなら王位には蓮華を、とも雪蓮は考えてもいたのだ。
 幼いが小蓮にも、人を惹き付ける天性の愛嬌が備わっていた。自分に人望がないとは思わないが、兵や民の中には恐怖から従う者も少なくないだろう。
 なかんずく、冥琳がいる。周家は三公を二代に渡って輩出した一族で、江東では最大の名家である。家格としては本来孫家よりもずっと上だった。幼い頃からの親友で同輩である自分が、こうして主君として祭り上げられているのは、孫堅という一代の傑物の娘だからでしかない。
 母孫堅は、自分の苛烈さに蓮華の誠実、小蓮の快活、それに冥琳の緻密さまでも併せ持ったような稀有な人徳の持ち主だった。今にして思えば、母は生前からすでに乱世の到来を予期していたのだろう。早くから半ば意図的に江東の民の輿望を集め、勢力形成に余念がなかった。元々豪族が強い土地であった江東には、周家の他にも呉の四姓―――穏の陸家がこれに含まれる―――と呼ばれる名門等、いくつもの勢力が威勢を誇っていた。そんな中で母は、無名の浪人から海賊退治で身を起こし、ついには諸豪族から仰がれる立場へと昇りつめた。それをただ受け継いだのが自分である。孫堅の台頭がなければ名門子弟の冥琳と親しく付き合う事もなく、今頃は周喩軍の一兵卒にでもなっていたかもしれない。

「―――ん?」

 誰かに、軽く肩を叩かれた。そんな気がして、思い悩んでいた顔を上げて雪蓮は後ろを振り返った。
 誰もいない。当たり前だ。断金の友を振り切って駆けて来たのだ。
 視線を落とすと、肩から矢が生えていた。訳が分からず戸惑い、鈍痛を感じてようやく射られたのだと気付いた。
 馬が膝を折った。馬の後足にも矢が突き立っている。馬体と地面に挟まれないように、雪蓮は崩れゆく馬から自ら飛び降りた。
 身体が、思った通りに動かなかった。爪先から静かに着地するつもりが、べたっと足の甲から膝までを打ち付けた。
 血を流し過ぎたか。いや、刺したままの矢からはほとんど出血は見られない。

―――毒か。

 矢が、続けて振ってくる。

「ふふっ、こんな使い方をしたら母様に何と言われるか」

 南海覇王を鞘ごと腰から抜いて、杖代わりにして身を支えた。視界も薄らとぼやけてくる。
 雪蓮は矢を避けるため、倒れた馬の影に身を隠した。それもやはり、南海覇王を杖代わりについての移動だった。

―――曹操の刺客か?

「ううん、そういえば黄祖との戦中だったわね。ふふっ、今の私に曹操が刺客まで送り込む価値はないわよね。―――っと、そんなことを考えている場合ではないか」

 自嘲へと流されがちな思考を、雪蓮は頭を振って切り換えた。
 自ら駆け抜けてきたばかりの蹄跡の脇に、人の背丈にも満たない灌木がわずかに群生している。その林とも呼べない十数本の木々が揺れ、人が立った。
 刺客―――交戦中なれば単に伏兵と言うべきか―――が、剣を抜いて雪蓮に迫る。背後にも回り込んで、四方から攻める腹だ。剣を取って包囲を形成しているのが全部で十人。さらに灌木を背に弓を構えている者が二名いる。
 冥琳が陣営の周辺の伏勢は初めに念入りに潰したはずだ。わずか十数名の少数故にその目を逃れたか、あるいは初めは遠くに伏せていた者達が接近してきたのか。それとも、単に雪蓮が調子に乗って遠くまで馬を走らせ過ぎたか。
 再び、南海覇王を杖代わりに立ち上がる。
 十人のうちの四人が先頭に立って、連携した動き方をした。二歩から三歩の間合い―――雪蓮が一歩踏み込んでもぎりぎり剣が届かない距離―――を保ったまま、ぐるぐると周囲を巡る。

―――来る。

 前方から二人が、一斉に間合いを詰めた。一人は地を這うように下―――馬の影に姿が消えた―――から、もう一人は馬体を段に高く跳躍して上から。背後でも空気が動く気配がした。四方、それも上と下からの同時攻撃。

「はぁっ!」

 前へ踏み込んで後ろからの攻撃を避けながら、跳躍した男の肩口に鞘ぐるみの南海覇王を叩き下ろした。馬の影から突き出さてきた剣の上に、男の身体が落ちる。仲間の身体に剣を絡め取られて、下から攻め込んできた男の動きが止まる。

「―――っ」

 抜き打ちに首を飛ばすつもりが、固い頭蓋に剣が食い込んだ。毒の影響か、いよいよ視界が暗く澱む。構わず頭の上半分を、力任せに薙ぎ飛ばした。
 後方の二人と向き直るために、薙いだ勢いそのままに身体を反転させる。そこで膝から力が抜けた。勢いを殺し切れず、前のめりに倒れ込んだ。咄嗟に剣を跳ね上げて相手を牽制するも、そこまでだった。
 転倒した雪蓮に、二人が殺到する。

「―――孫策様っ!」

 声が聞こえたのと、二人が矢に倒れるのが同時だった。争闘の場に、騎馬が一騎駆け込んでくる。

「太史慈、向こうに弓。毒が―――」

 言い終わる前に、弦が二つ鳴るのを聞いた。二つは連なって、ほとんど一つの音にしか聞こえない。敵弓手の姿はすでに目が霞んで見えなかったが、太史慈が外すはずもない。

「さすがの早業ね」

「お乗りください。あまりお話になりませぬよう」

 太史慈は馬を降りると、雪蓮の力無い身体を馬上に押し上げた。





 孫策を乗せた馬の手綱を引いて駆けた。
 いつもなら孫策抜きで軍議を始めてしまう周瑜が、珍しく探して連れ戻すように命令した。それも太史慈含め数人の将軍達にである。何か、胸騒ぎでも覚えたのかもしれない。そして現実として、刺客に襲われる孫策を太史慈は探し当てていた。
 刺客は太史慈の動きに合わせ、おおよそ三歩の距離を保って付いてくる。

「――――っ!」

 そして時に背後から、横合いから、太子慈の死角を突いては踏み込んでくる。剣を打ち合わせるまでもなく、太子慈がそちらへ視線を向けるとさっと引いていく。わずらわしいばかりだが、それで野営地に向かう足は確実に鈍らされる。

「目は、見えておりますか?」

 声を掛けて初めて、孫策の瞳が太史慈の方を向いた。先ほどから目蓋は見開かれたままで、それでも太史慈にも刺客の動きにもほとんど反応を示さなかった。
 孫策が、小さく首を横に振った。
 先刻から、刺客達が標的である孫策を狙わず、ただ足止めに終始しているのは何故なのか。毒と、孫策は口にした。あえて止めを刺す必要もない程の、強い毒なのか。

「―――一度馬を止めます。出血するでしょうが、矢を抜かせて頂きます」

 戦場では矢を受けても、出血を防ぐために治療が可能になるまでは抜かずに置く。しかし毒矢となると少しでも早く抜くべきだろう。出血はするが、それも毒を抜くには都合が良い気がする。

「わかったわ」

 孫策が小さく頷き、馬上に身を屈めた。

「南海覇王をお借りできますか? 矢を抜くのに、使わせて頂きます」

 孫策は無言で孫呉の宝剣を太史慈に手渡した。
 毒矢の矢尻が体内に残っては事だった。南海覇王を矢に沿って孫策の肩に突き入れる。長剣ながらも細身の南海覇王はちょうど良かった。厚く幅広の太史慈の剣では必要以上に傷を広げてしまう。
 背後で気配。太史慈は南海覇王と矢、二つ一緒に引き抜いた。そのまま勢いに乗せて背後を払ったが、空を斬るだけに終わった。これだけの隙を見せても、敵はやはり深くは踏み込んでこない。

「出血は、ひどくはありません。御不快でしょうが、今はそのままにしておきます」

 孫策に南海覇王を返しながら、太史慈は傷口を確認した。

「孫策様、私の合図で声には出さずゆっくり十数えて下さい。それまでに、道を開きます。数え終わったら、とにかく馬を走らせください。陣地への道は、馬が知っております」

 刺客に聞こえぬよう、耳元で囁いた。

「ええ、頼むわ。何とか私を、蓮華や小蓮、―――冥琳のところまで行き着かせてね、太史慈。なるべく、早く。言葉を、遺せるうちに」

「弱気なことを申されてはなりません。これからが、雄飛のときなのでしょう? いいですね、始めますっ!」

 太子慈が一歩前に出ると、刺客達もそれに合わせて動いた。やはり孫策をすでに標的としていない。あわよくば孫策軍の将と思しき自分も討ち取ろうという腹積もりか。
 刺客は残すところ六人。すぐには襲ってこなかった。距離を取って、こちらの隙を伺っている。
 時間が惜しかった。孫策が十数える内に仕留めきれなければ、身を楯に血路を開くしかない。
 太史慈は剣を地面に突き立てると、おもむろに弓を取った。刺客は遠巻きにしてはいるが、一息に跳び込める距離で太子慈を包囲している。弓は得策とは言えない。予想外の太史慈の動きに、刺客に虚が生じた。すかさず三矢を放ち、次の瞬間には弓を捨てて剣を取っていた。斜め後方に踏み込み様、剣を薙ぎ払う。死角から飛び込んできていた一人の腹を断った。それを合図に、他の刺客達も動き始める。
 矢で倒れた者が一人に、傷を負った者が一人。剣で斬った一人はすでに息絶えている。あとは無傷の者が三人だ。
 一様に、身体ごとぶつかってくるような剣を使った。捨て身の剣で、斬られようとも仕留めるという戦法だ。剣先が、わずかに黒ずんでいる。これも毒か。
 飛び込んでくる一人を、兜割りで股下まで両断した。返す剣で、矢傷を負っている一人を仕留めた。残り二人。
 左右に分かれ、距離を取って太史慈を牽制してくる。

「……十っ!」

 孫策が一声上げると、馬を走らせた。
 そこで初めて、刺客が孫策へ向かった。身を低く構え、馬の足元を目掛けて飛び込んでいく。やはり、狙いは足止め。

「――――――!!!」

 言葉にならない咆哮を上げ、太史慈は跳躍した。びくりと、刺客二人の身体が震える。直後、自分の身体がどう動いたのか分からなかった。ただ地面に降り立った時には、刺客の頭二つも一緒に落下していた。その一方を蹴飛ばし、馬が駆け抜けて行く。
 後を追って、太史慈は走り出した。





 これが死というものか。
 このまま、死に逝こうとしているのか。それともすでに死んでいるのか。判然としない。
 脱力して、水中をたゆたうような感覚。不快感はなく、むしろどこか心地良くすらある。暗い水底を漂いながら、雪蓮は漠とそう感じた。
 時に、明るい水面近くまで浮上した。そんな時はいくらか頭がすっきりとして、物事を考えることも出来た。
 水上から射す光に照らされながら、雪蓮は家族や皆に思いを馳せた。
 妹達のことはさすがに少し気に掛かった。自分に似て無茶をする下の妹は、皆が目を離さないでいてくれるだろう。それよりも気の緩め方を知らない上の妹の方が心配だった。だがそこは似た者同士、冥琳が陰になり日向になり手助けしてくれる気もする。
 むしろ心配なのはその冥琳の方か。自分が居なくなれば、今以上に無理を重ねるだろう。最近、少し体調が悪い日があるようだったから、そのことも心配だ。しかしそれも、祭が気遣ってくれるだろう。
 祭には、酒の飲み過ぎにだけは気を付けて欲しい。そこは、今度は冥琳の方が目を光らせてくれる。
 穏に亞莎、思春、明命、太子慈もいる。いずれも自分などより気の回る者たちだ。

―――なんだ、私が居なくても、案外上手く行きそうじゃないの。

 ほっと安堵を覚えながら、雪蓮の思考は再び暗い水の中へと沈み込んでいった。

 どれほどの時が過ぎただろう。水底付近を漂う間は頭が働かないためはっきりしないが、雪蓮はおそらく数日振りに水面へと浮上した。

―――ええと、前は何を考えたんだっけ?

 しばし振り返り、家族や仲間の先行きを憂いたことを思い出した。そしてその懸念もさしあたっては晴れた。

―――あとは、孫呉そのものの行く末か。

 曹操が、中原四州に河北四州までを併せた。これはもう、対抗しようがないほどの大勢力だった。しかし蓮華も冥琳も、戦いもしないうちに降伏などしないだろう。また曹操との戦になる。
 自分と冥琳が二人揃って勝てなかった相手に、今度は自分無しで立ち向かう事となる。果たして勝てるのか。
 今度は長江が主戦場となるだろう。水戦は一度動き始めてしまえば、簡単に仕切り直しというわけにはいかない。水戦では野戦よりも、準備と作戦が勝敗の要となる。一瞬の閃きに頼る自分とは違って、冥琳が最も得意とする戦だった。曹操も多分、その点においては冥琳に及ばない。加えて水戦に関しては、一日以上の長が孫呉にはある。

―――勝てるかもしれない。

 何とも胸の空く話だった。出来得ることならこの目でその光景を見たいものだが、それは望み過ぎというものだろう。
 意識が水面から遠退いていく。雪蓮は穏やかな流れに心静かに身を任せた。

 再びの浮上は、やはり数日の間を置いてだった。

―――これで最後ね。

 前回までよりも水面がいくらか遠い。意識が覚醒するほど浮上出来るのは、これが最後という確信があった。それにきっと、長くはもたない。

―――ええと、思い残すことは。

 家族のこと、仲間のこと、孫呉のこと。いずれも勝手な空想でしかないが、それなりに明るい未来を思い描けた。

―――あとは、自分自身の事か。

 ざわりと、穏やかだった心にさざ波が立った。
 短いながらも峻烈に生き切ったという思いもある。しかし思い浮かぶのは、やはり曹操からの敗戦と、その悔しさだった。こればっかりは、代わりに冥琳が勝ってくれるからと、払拭出来るものではないのだ。
 光が、遠くなろうとしている。再び、水底へと思考が沈んでいく。
 雪蓮は、ここに来て初めて手足に力を込めた。

―――負けたまま、終われるか。

 もがいた。両の手で水を掻く。水はするすると指の間からすり抜けて、少しも浮上を助けてはくれない。それでも、足掻き続けた。

「―――終わってたまるか」

 声が出ていた。

「雪蓮っ」

 声が、聞こえもした。懐かしい声だ。
 しかし、水面は遠い。足掻いても足掻いても、届きそうにない。
 遠い水面から、手が伸びた。雪蓮も、手を伸ばす。掴んだ。引き寄せられる。だが、光は見えない。暗い水中に囚われたままだ。

「雪蓮っ」

 また懐かしい声がした。すぐ近くだ。しかし視界は一面の闇だった。
 雪蓮はふと、自分が目をつぶっていることに気付いた。ゆっくりと目蓋を開く。

「雪蓮」

 声のする方へ視線を向けると、涙をこらえるような表情の冥琳がいた。胸元に、雪蓮の手が抱き寄せられている。実際にはまったく耐え切れずに、滂沱とあふれ出た涙が雪蓮の手の甲を打った。

「ふふっ、冥琳、なあにその顔」

 冥琳の表情がおかしくて、思わず雪蓮は笑みを漏らした。

「ようやく目を覚ましたかと思えば、開口一番にそれか」

 冥琳が憮然とする。それでもやはり、涙はとめどなく零れ落ちてきた。
 冥琳が、幕舎の外に声を掛けた。人がばたばたと動き回る気配が伝わってくる。

「さすがにもう駄目かと思ったのだけれど。我ながらよく助かったものね」

「まったくだ。太史慈の処置が適切だったのと、―――覚えているか、華陀を?」

「ああ、あの明命を助けてくれた医者ね」

 流浪の神医として知られた人物だった。
 以前、蓮華が山越―――江東に暮らす異民族の総称―――の叛乱軍に襲われたことがあった。その時護衛に当たっていたのが明命で、蓮華をかばって全身にいくつも傷を負った。やはり生死の境を彷徨うような重傷であったが、偶然にも近くに居合わせた華佗の治療を受けることが出来た。今では、ほとんど傷痕も分からない。

「すると、華佗が私を?」

「ああ。江南の風土病を調べるために、長江の川沿いを旅して回っているらしい。折りよく戦場に通りかかり、負傷者の治療のために立ち寄ってくれたのだ。実に幸運だったな」

「そう、彼が助けてくれたのね。礼を言いたいわ、呼んでくれる?」

「それが、三日前に雪蓮の状態が安定したと見て、去ってしまった。せめて雪蓮の目が覚めるまで留まるように言ったのだが、後は本人の気力次第、自分に出来ることは何もないと言い張ってな」

「気力次第、ね」

「場合によってはそのまま寝たきりで、衰弱死も有り得るという話だったのだぞ」

「ふうん。それより、三日? 私は一体何日寝ていたの? うわっ、腕ほそっ!」

 体の状態を確認しようと冥琳の顔から視線を落とすと、まずは引き寄せられた腕が目に入った。

「十日だ」

「十日も寝たきりでいると、こんなに筋肉が落ちるのね。これじゃあ、水を掻いても掻いても進まないわけだわ」

「水?」

「こっちの話よ。しかし今回は、曹操に助けられたわね」

「曹操?」

「それもこっちの話よ」

 確かにあの時、自分は死に向かっていた。助かったのは華佗と冥琳、そして曹操のお蔭だった。

「人に心配を掛けておいて、何やらすっきりした顔をしているな」

「そうかしら? まあ、やるべきことははっきりしたわね」

 戦場で曹操に、敗戦の屈辱と今回の恩を返す。ぐちぐちと思い悩むのはもうやめだった。

「――――、――――!」

 がやがやと複数の人声と足音が近付いてくる。その中に妹達の声を聞いて、雪蓮は小さく笑みを漏らした。


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