前回のあらすじ:レジアス、勇者になる。 とうとう、地球に行く日が来てしまった。 この日を一日千秋の想いで待って……るワケがない。 むしろ、転送ポートの故障を願った程だ。 行きたくない。 往きたくない。 ボクを逝かせないで。 現実は無情である。 転送ポートの具合は通常を通り越して、快調モード。 現地の天気も快晴。天はボクに、何か恨みでもあるのだろうか……?「シズカさーん!準備は出来ましたか~?」 自室の扉を、ウキウキ気分で叩くカリム。 彼女は非常に楽しみにしている組で、ボクはその逆。 ……というか、ボク以外には多分楽しみじゃない組はいない。 あのレジアスでさえ、最初の渋った様子は何処へやら。 この機会に地球のレシピと材料、調味料などを調達するつもりらしい。 ……オイ。お前は何処のコックだ……? 現在の本職がコックのボクを差し置いて、彼は料理ハンターになるようだ。 その内、彼が【メイド害】に進化してしまうんじゃないかと、ただただ心配だ。 ……やめよう。今鮮明に想像出来てしまった映像は、忘却の彼方に葬り去ろう。「シズカさーーん?」「……ハイ、ハイ。分かった、分かったから……」 ボクの(ある意味での)人生が、今日幕を降ろすことになるかもしれない。 仕方がない。覚悟を決めるしかないようだ。 だってボクには、元々選択肢なんてあってないようなモノなのだし……。「シズカさん、遅いですよ?出掛けに【水竜】と【火竜】に挨拶していくって、言ってたじゃないですか……?」「あー。そう言えばそうだったね?……あんがと。忘れるとこだったよ……」 【水竜】。そして【火竜】。 その二つの名前は、新たな勇者ロボの名前……になるかもしれないモノ。 というのも、その二体はまだスーパーAIの調整中だからだ。 元々は、ちっとも働かないニート騎士に仕事を与えることが目的だった。 でも、闘い以外はダメっ子動物な彼女。 正直処遇に困った。 ソコで考えたのが、スーパーAIへの人格移植への協力。 曲がりなりにも、騎士で将な彼女。 その思考パターンをコピー出来れば、優秀なロボになるかもしれない。 そう考えての研究。 そして実行された実験。 その結果……起動するのも面倒だというダメAI、【火竜】が誕生した。 流石にこんな事態は、ボクも予想出来なかった。 困った。 そんで悩んだ。 悩みに悩んだ結果、ボクはある種の解決策を思い付いた。 もう一つ同じタイプのAIを作り、ソイツに共振させて強制的に起こせないモノかと。 丁度その時医務室には、ウェルダンな堅物青年提督の屍が。 すぐさま人格コピーを始め、翌日にはスーパーAIが完成した。 堅物兄ちゃんタイプのAI【水竜】。 起動はコッチの方が若干ワザとはやくしたので、【火竜】は生まれた瞬間から兄が居ることになった。「おはようさん。【水竜】、【火竜】」『……おはようございます。月村博士』『…………』「……水竜。火竜はまた寝てるのかい?」『……いえ。昨日の夜中から、【ネットゲーム】とかにハマっていまして……』 人間臭いにも程がある。 とりあえずこの駄ニートAI、もう少し……以上に様子を見ないとダメだな……。 申し訳ない気持ちを抱きつつも、水竜に火竜を押し付ける。「水竜、ひっじょ~に申し訳ないんだけどさぁ……」『……分かっています。火竜の教育は、ボ……私が引き受けましょう』「……別に【僕】って言っても良いんだよ?』『……いえ。性分ですから……』 筐体丸出しのスーパーAIの一方がネトゲにハマり、もう一方が尻拭い。 ……ウン。コイツらに身体を与えるか、再考した方が良いな。 なのは型AI【洸竜】・【暗竜】ですら、未だに身体がない状態。ついでに言うと、精神がまだ未成熟……先行きは思いっ切り、不安だ。 コレじゃあ【電竜】や【嵐竜】なんて、夢のまた夢だよなぁ……。 六課メンバーが、無事月村家のトランスポートに到着した。 ソレは、先行しているヴォルヴォッグから確認済み。 あのポンコツロボは、休暇をとってまで地球に行こうとした。だから仕方なく、斥候に出させた。 ロボットなのに、あそこまで嬉しそうに表情を崩すとは……当たり前だが想像出来るワケがない。 ボディやら何やらの九十九パーセントはボクの設計なのに、残りの一パーセント。 AIの中身が変態シスコンなだけで、あそこまでへんた……個性的なロボットになるとは……良い意味でも悪い意味でも予想外だ。 まぁ逆に言えば、ティアナを含めた六課メンバーを監視し忘れるということもないのだ。 今回ばかりは、助かった結果になる。 何せボクは、表立って動きたくないからね……この【海鳴】フィールドの中では。 なのはたちがアリサに用意してもらったコテージを出て、翠屋に向かった様子。 ソレをボクたちは、ヴォルヴォッグから送られてくるリアルタイム映像で確認。 段々密偵というよりは、盗撮ストーカーみたいになってしまった彼。 ……アレ? コレは……涙……? ボク……泣いているの……?「……シズカさん。泣きたい時は、思いっ切り泣いても良いのよ……?」 違う。 ソレ違う。 ソレはこんなどうしようもない場面で使って良いような、安い台詞じゃないよ……!?「そうですか……でしたら、せめて涙を拭いて下さい……」 差し出されるハンカチ。 騎士カリム様は気遣いの淑女です。 人の優しさに触れたかったボクは、思わず差し出されたハンカチで涙を拭いていました。 ……あ。ハンカチに香水の匂い。 女の子って、こういうことするもんなのかなぁ? それとも、カリムみたいな良家のお嬢さんだけ?「……ん。ありがと、カリム……」「……どういたしまして」「あ、ハンカチ……洗ってから返すね?」「いえ。ソレは差し上げます。私は予備を持っていますので……」 まぁ、人が使ったのは流石に嫌か。 んじゃ、折角海鳴に居るワケだし……新しいの買ってプレゼントでもするかね。 翠屋のクッキーとかを添えて渡せば、礼儀的にも問題ないハズだしね? ……この時ボクは、思いもしなかった。 後に起こる異常事態への引き金。 ソレを、このハンカチが引き起こすことになるとは……。 久しぶりの翠屋。 何年かぶりのその建物。 見た目は全く変わっておらず、その事実が大事に使われていることを物語っていた。 なのはたちはスーパー銭湯に移動中。 だからボクたちは翠屋にやって来た。 こうしてニアミスにしていけば、彼女たちの足跡を辿っても大丈夫……なハズ。 それにボクとしては、海鳴に帰ってきたら必ず寄ると決めていた場所だ。 菓子作りの師匠である、桃子さんに会うために。 ……ついでに、士郎とかを揉んでやるために。 ――カランカラン! 入り口のベルを鳴らしながら、ボクたちは店内に入っていく。 リンディは現在、六課のコテージで調理中。彼女はボクたちと違って、隠れなくて良いのでラクだ。 フェイトの家族として会えば良いワケだしね。 「いらっしゃいませ~~!……って、アラ?静香ちゃん……!?」「お久しぶりです、桃子さん!」 久しぶり会った桃子さんは、以前と変わらず綺麗でした。 とても子持ちとは思えない、その容姿。 元気ハツラツとしたその動作。全然変わってないなぁ……。「(……何なんですか。その礼儀正しい青年ぶりは……?)」「(…………ボク、桃子さんの前では良い子で通ってるの!!)」 カリムさんがボクに疑惑の視線を向けてきます。 あぁ……貴女にそんな視線を向けられるなんて、初対面の時以来ですなぁ……? ……痛い。痛いよ。その真っ直ぐな瞳が、ボクのライフをオーバーキルにぃぃ!!「(……シズカ。己を偽るのは良くないぞ……?)」 レジアス大将様も忠告してきます。 ボクは良い子なんだよ!! ……桃子さんの前限定だけど。「(……ウッサイ!とにかく、ココではボクのこと……絶対にバラすなよ?)」『(……条件付で可決)』 レジアス……!『(……否決)』 カリムゥゥゥゥッ!!『(……可決)』 ……ザッフィー!! 流石は、マイ心の友!! 飲食店では、犬は立ち入り禁止。 だから外で待っているというのに、念話で助けてくれるその健気さ!! ……ヤバイ。 やっぱこのワンコ、めっちゃ欲しいわぁ。 一日中肉球プニプニしたり、フリスビーキャッチをしたり……良いねぇ?最高だよぉぉ!!「……静香ちゃん?どうしたの?すごい嬉しそうな顔して……?」 おおっと。妄想してる場合じゃなかった。 折角民主的に多数決で可決された、ボクの立場。 有効に使わせてもらわないと……。「それはもう、桃子さんに会えたからですよぉぉ!!」「アラ。嬉しいこと、言ってくれるわね~?」 …………!! 瞬間的に、異常な程の殺気を感じた。 狙いはボクのみ。 次の瞬間に投擲されたのは……飛針だ!!「桃子さん。今日は連れがいるので、ボックス席をお借りしますね?」「えぇ、良いわよ!!ちょっと待っててね?すぐにお冷とか持って行くから……」 サッと自然に身をよじり、何気なく飛針をかわすボク。 お冷とメニューを取りに、カウンターの方へ走っていく桃子さん。 コレで【剣士のボク】を見られることがなくなった。さぁ……懺悔の時間だよ!! …………! 今度は鋼糸が。 空気に触れる音からすると、恐らく四番。 なら素手で掴んでも問題ない。「…………フッ!」 拘束用の鋼糸を右手で掴み、逆に相手を吊り上げる。 相手もプロなので、普通は成功しない。 でも今のボクは強い。例え【閃】が来ようとも、破ってみせる自信がある!!「…………ぐあぁぁぁぁあっ!!」 フィ~ッシュ! 高町士郎、召し捕ったり! ……魚拓ならぬ人拓を取れないのが、残念で仕方がないが。「……っつぅぅっ!!」「…………士郎、久しぶりだねぇ?元気そうで何よりだよぉ……?」 多分今のボクは、さっき桃子さんと会った時とは違う顔をしている。 どれくらい違うかと言うと、五百四十度位違う。 つまり正反対。般若とか羅刹とか、呼び方は色々あると思うけどね……?「や、やぁ……静香さ……君。元気そうで何よりだ……」 様とか付けたら、メンチ切り。 外見上ソレは不味いからね? 昔徹底させたハズなのに……忘れてたな?「……それでぇ?今日ならボクに、勝てると思ったのぉ……?思ったから、仕掛けてきたんだよねぇ……?」「い、いや!その……仕事が忙しいらしいから、鍛錬する暇がないんじゃないかと思って……!!」「……確かに仕事は忙しいよぉ?……でもね?忙しすぎて、常に神速使わないとやってられないんだよぉ……!!」 常に神速。 普通は無理だ。 神経的にも肉体的にも、無理に決まっている。 だが人間は。 必要に迫られれば、何でも出来るようになってしまうのだ。 通常の食堂の仕事。リンディはウェイトレスだから、調理はしない。 調理スタッフは途中まで……ボク一人だけだった。確かに六課は小さな組織だ。人員も少ないだろう。 でもだよ?それでもあんな人数、一人で捌けるワケがないだろうに!! 今は【お残しを許さない食堂のおばちゃん】が、追加で入ってくれたから良かったものの……。 そして本業。 秘密基地でのマシン&デバイス作成。 コレもスタッフはボク一人。 コレはアレか? 【ジェバン2が一晩でやってくれました……】の真似をしろと!? 明らかにイジメだろう!? それでも時は過ぎて行く。 無常にも刻はその針を進め、ボクの時間を奪っていく。 闘わなければ生き残れない!!まさにそんな状況だった。「な、何だって~~~~!!ま、まさか……普段から神速状態になることによって、戦闘移行時での身体の負担を極小にしたっていうのか……!!」「……まぁ、結果的には」「…………クッ!完敗だ…………だが!!」 目をクワっと見開き、再起動する士郎。 どうしよう。コレが当代最強の御神の剣士だなんて、とても思えない。 下手をすると、最盛期の最強軍団にも匹敵するんじゃないか?「だが負けられない!!桃子は渡さん…………渡さんぞぉぉぉぉぉぉっ!!」 凄い気迫だ。 思わず一歩、後ろに下がってしまいそうになる。 このオヤジも、何時の間にかヒトの壁を超越しようとしたのだ。 ……喜ばしい。 先達の剣士としては、後進の成長振りを見るのが一番楽しい時なのだ。 だけど……ソコには誤解があるのだから、ソレは解いておかないとねぇ……?「……士郎。盛り上がってるところ悪いんだけどさぁ?ボクは別に、桃子さんを恋愛対象として見てるワケじゃないからね……?」「…………エ?そうなの……?」 やっぱり誤解してやがったか。 ボクの桃子さんに対する気持ちは、尊敬とかだ。 後は……まぁ、母性に飢えてたんだよ。 はやくに両親を亡くし、姉はあの通りの存在。 如何に幾度もの転生の記憶があろうとも、やはり魂は肉体に引きずられるモノ。 ボクもその例に漏れなかった、というワケさ。「だからさ、とりあえず…………席に案内してくれ」「…………畏まりました。お客様方、どうぞコチラへェェ……ッ!?」 士郎の言葉が、変な所で驚愕のモノへと変化する。 彼が見ているのは扉の向こう。 一体何があったという……………………グハッ!!「…………お兄ちゃぁぁぁぁん、見ぃぃぃぃつけたぁぁぁぁ?」 ソコに居たのは……長く美しい髪を蛇のように逆立てた少女。 紫がかった髪はボクとお揃いで、顔も瓜二つ。 そう…………我が妹、【月村すずか】という名のモンスターが、ソコには存在していたのだ。 大将日記V ソコには修羅が居た。 それは比喩でも何でもなく、本当に修羅と見まごうばかりの猛者がいたのだ。 その漢の名前は、【高町士郎】。 あのエースオブエース・高町なのはの父親であり、自分と同じく魔法の才がないモノ。 だが世界は広い。 己の肉体と刀剣類だけで、あそこまでの領域に行けるとは……!! ココは管理外世界。 故にガトックなどの使用は、緊急事態以外は避けなければならない。 しかし挑んでみたい。異世界の技術によって支えられし、究極の戦闘。 ……機会があれば、この漢とも闘ってみたいモノだな……。 ゲイズさんちのオーリスちゃん【捨】 あの不思議な現象が止んだ。 ティーダの病室で起こっていた怪奇現象。 ソレが今日、まだ一度も起きていないのだ。 本来は喜ばしいこと。 だが再び無反応になってしまったティーダを見ると、そうも言えなくなる。 どうすれば良いのだろうか? 何も考えられずにいると、ソコには今日持ってきた【ユリの花】が。 気分を紛らわせるために活けようとするが……上手く位置が決まらない。 何度もやり直す内に、気が付けば両手が花粉だらけに。 もしやと思って鏡を見ると、やはりソコには花粉まみれの自分の姿が。 我がことながら、笑ってしまう事態。 仕方無しに、洗面室で花粉を洗い落としに行く。 帰ってきた時、ソコには一枚の写真があった。 ティアナの私服写真。 それも、六課のメンバーと一緒に写っているモノだった。 不思議に思いつつも、ソレ以上に心が温かくなる。 オーリスはそう感じつつ、再びユリの花に挑むのだった。 あとがき >誤字……というか、勘違いの訂正 俊さん。毎度ご指摘いただき、本当にありがとうございます!! どうも、名前と実物が一致してなかったみたいでした。 以後気を付けますです。