前回のあらすじ:容疑者【月村すずか】⇒逃亡者【月村静香】⇒交渉人?【カリム・グラシア】。 走る。走る。 心臓が張り裂けんばかりに。 自分の持てる全てを用いて、少しでも遠くへ逃げる。 ココは海鳴温泉。 つまりは翠屋から【相当な】距離を取ったことになる。 神速まで用いての逃亡は、今ボクの身体に異常な程の負担を与えている。 いつもの神速使用状態と違った、まさに命がかかった闘い……という名の逃亡劇。 何回か後ろを振り返ったがウチの妹、どう考えても人間の理論限界値を超えて動いていました。 多分、アドレナリンの異常分泌とかも入ってるんだろうね?じゃなかったら、おかしいだろう!?「…………ハァッ、ハァッ、ハァッ…………!!」 そういえば、ボクも妹も【夜の一族】。 普通の人間に比べれば身体が丈夫で、その能力は通常のソレを大きく上回る。 ならばすずかの異常な速度にも、一応の説明が付く……と思いたい。「シ、シズカさん……コレは一体、どういうことなんですか!?」「……あ。ゴメン。まだ抱えたままだったっけ……?」 必死に逃げてきたから、カリムを抱えたままだった。 だって途中で降ろそうにも、彼女の脚では妹にすぐ捕まってしまうだろう。 その様子が容易に想像出来てしまうだけに、そんなことは出来なかった。「よっと……!とりあえずココまでくれば、少しは大丈夫だろう……」 カリムを地面に下ろして、ボクは一息付いた。 滝のように流れる汗。 拍動の勢いが治まらない、この身体。 でも説明しないと。 今の内じゃないと、多分妹はすぐに追いついてくる。 ココからはカリムの協力も必要だ。仮に協力が取り付けられなくても、事情を知っているのと知らないのとでは、全くと言って良い程違うのだから。「それでシズカさん……何故……あのようなことを……?」 【あのようなこと】。 ソレは明らかに、お姫様抱っこ&逃亡劇のことを指しているのだろう。 ……今になって考えてみると、確かにアレはない。普通だったら、ソレをやった人間の神経を疑う。「あー、あのね?カリムはウチの妹……すずかについて、どう思った……?」「どう……とは?」「…………オカシなトコロがあったでしょう……!?」「そうですね~…………少し人見知りするようでしたが、素直な良い子だと思いますよ……?」 ……そうか。カリムにはすずかの変化が見えなかったのか。 ならその穏やかな反応にも、納得がいく。 ……弱った。ソレなら彼女に、何て説明すれば良いんだ……?「……あのね、カリム……?」 仕方がない。包み隠さず話すしかない。 だが、それでも理解は出来ないかもしれない。 何故なら【アノ現象】は、普通人の考えの範疇外にあるモノ。常識の中には居ないモノなのだから。「……ウチの妹――――すずかはその……ボクのことになると、周りが見えなくなるんだ……」「まぁ……」「……それでね?ボクに近付くヤツは、サーチ&デストロイにしちゃうんだよ……」 前に会った時は、ココまで暴走するようなヤツじゃなかった。 せいぜいボクに対してのみ発動される暴走で、人様に迷惑を掛けるようなことはしなかった。 八年の月日というのは、予想以上に重かったのか。それとも何か、別の要因があるのだろうか……?「ソレは…………まるでシャッハと義弟のようですね……?」 カリムが何を想像したのかは不明だが、多分ソレは違う。 確かにヴェロッサが女性に近付こうとする度に、シャッハはサーチ&デストロイになる。 だがその対象は、ヴェロッサ本人だ。シャッハが【ヤンデレて】いるワケではない。 ソレを説明すると、カリムは【ワケが分からん】というような顔になった。 まぁ、仕方がないことだ。 ソレが普通の反応というモノなのだから。「……本当にそのようなことが……?にわかに信じがたいのですが……」「…………ボクもね?どれだけ勘違いであれば良かったと思ったか、数え切れないよ……」「……しかし。妹に慕われるのに、何か問題でもあるのですか……?」「……良薬も過ぎれば、ただの毒……てね?想像してごらんよ?カリムのストーキングをするヴェロッサ。入浴中に乱入してこようとする義弟……」「……………………!?」 漸く分かって頂けたらしい。 兄妹でそんな事態になるなんて、どう考えても異常事態だ。 あ。何か両手を胸の前で抱えて、ブルブルと震えてる。「……な、なるほど…………異常な事態であることは、【とても】良くわかりました…………!!」 お分かり頂けて、恐悦至極。 さて、あとは対策を練らないとねぇ? ……アカン。肝心の解決方法が浮かばないや。「でしたら、こういうのはどうでしょう……?」「……お。何か浮かんだの……?」 流石は騎士カリム様。 その明晰なる頭脳から弾き出された、素晴らしい答えってヤツを伺いましょう。 もしかしたら、本当に救いになるかもしれないしね?「今のすずかさんは、兄離れ出来ていない女の子です。つまり、兄離れが出来れば良いのです……」「……そりゃあ、ソレが出来れば苦労はないけど……具体的なアイディアでもあるの?」 ソレが出来ないから苦労しているのだ。 そう言外に込めると、カリムは目を伏せて黙り込んだ。 この流れは、あんまり良い感じがしない。というか、ヤバイフラグを立ててしまった気がしてならない。「カンタンなことです。兄……つまりシズカさんに、恋人が出来れば良いのですよ……?」 …………!! 何か今、バックで雷鳴が響き渡った。 多分彼女からしたら、何て名案なんでしょう!という感じの雷なのだろう。 でもボクには違う。ボクからすれば、ソレは何つーことを考えやがって!と言った感じの稲妻だった。 彼女居ない暦……百五十年以上。 そのボクにこの方法は、敷居が高すぎる。 もう一つ。兄に彼女が出来ましたというのは…………どう考えても死亡フラグだ。 彼女になった方と、彼女にした方。 その双方に死亡フラグが並び立つ、究極の選択。 ソレが【兄に恋人が出来ました】だ。「いや、カリムさ……その方法には穴があるよ……?」 折角考えてもらったところ悪いのだけど、カリムには無理だと言わなければ。 一つには【ヤンデレ】の危険性から。もう一つは根本的な問題から。 でも何とかオブラートに包んで説明しよう。ソレがせめてもの優しさだと信じて。「……何故ですか……?」「いや、そのぉ…………だってボクには、彼女になってくれるようなヒトは…………居ないんだから……」 途端に雰囲気が重くなった。 でもしょうがない。 コレが避けられない事実というモノなのだから。「ソレは、その…………ゴメンなさい……」 何か告白して振られたみたいで、ヤな感じだなぁ。 だが事実からは目を背けられない。 ボクに好意を寄せるオンナのコなんて、小さかった時のスバルやギンガ、あとは…………ウチの姉妹くらいしか考え付かん。「……気にすんな……」 コレでこの方法は潰えたのだ。 別の方法を考えよう。 やっぱ、例の隠れ家にまで逃げて、引き篭もれば良いかなぁ? アソコなら、ふつぅぅぅぅぅぅぅに考えたら追って来られない。 でもさ?ヤンデレには常識が通用しないしなぁ……。 脳内会議が進む中、遠くの方から地響きが聞こえてきた。 ド、ド、ド、ド、ド、ド……………………!! どうやらタイムアップらしい。 どう逃げたら良いか考えつつ、再び逃走劇の幕が開ける。 ……と思ったのだが、聖母のような騎士カリム様が、ソレに待ったを掛けた。…………史上稀に見る、究極の悪手を以って。「あの……それでしたら私が…………私がなりますよ……?」「…………ゴメン。一体、何の話……?」「いえ、ですから……………………シズカさんの彼女【役】を、私が引き受けましょうか?…………という意味なのですが……」 ……騎士カリムどん。 ソレは【一番やってはいけない手】の、上から十位までにランクインする程のモノだよ。 多分彼女からしたら、困っているヒトを放っておけないとか、そんな感じなのだろう。 でもその博愛精神と自己犠牲の志は、別の機会に取っておいてくださいな。 ソレをココで使っちゃったら、貴女アボーンされちゃいますよ? ドンドン音が迫ってくる。本当にカウントダウン開始のようだ。 三 二 一 ゼロ……って、アレ? もしかしてボク、カリムへの返答を…………してないじゃないかぁぁぁぁっ!? ヤバイ。ヤバイ……。もうソコに居るよ。ムリだよ。この状況じゃあ、どうすることも出来ないよ……!?「……フフ。オニゴッコは、もうオシマイなの…………オニイチャン……………………?」 ソコに居たのは、やっぱりモンスターだった。 左手に鉈。右手に包丁。 ……二刀流ですね?すずかったら、そんなトコロまでボクのマネをしなくても…………なんて言ってる場合じゃねぇぇぇぇっ!!「……すずかさん。実は貴女に、大切なお話があるのです……」「…………ナニカシラ……?」 マテ、マテ、マテ、マテェェェェッ!! ヤメロ! ヨセ!!引き返して来いっ!!「…………実は貴女のお兄さん、シズカさんと私は……………………既に結婚の約束までしているんです!!」 ブゥゥゥゥゥゥゥゥッ!? アリエナイ。有り得ないよ!? 騎士カリム様の中では、【恋人=将来を約束したパートナー】になるのかぁぁぁぁっ!? ……良く考えたら、そういう考え方をしていても、なんら不思議はなかった。 良いトコの御嬢様なカリム。 ならばそういった世間ズレした箱入り御嬢な考え方でも、ある意味仕方がない。「…………ウソですね……?お兄ちゃんの奥手具合は、妹である私が一番良く知ってるんですよ…………?」 若干現実に戻ってきてくれたようだけど、まだまだヤンな妹。 頼むからその瞳に、光を差させてあげて下さい。 ハイライトのない目って、どう考えても怖いから!?「…………私がお風呂上りに裸で会ってもすぐに逃げるし、偶然を装ってお風呂に乱入してもすぐに追い出すし…………」 当たり前だ。 相手は妹なんだぞ? 義妹とかいう特殊なシチュエーションじゃなくて、純粋培養の妹なんだぞ!? そんな相手に反応したら、人間失格じゃないか!? ……とは言いつつも、おねーたまやノエルと昔風呂に一緒に入っていたのは内緒の話だ。 ただあの時も欲情はおろか、気後れすらしたボクのこと。…………確かに妹に誤解されても仕方ないかも。「…………とにかく。そんなお兄ちゃんが、恋人はおろか婚約者なんて……………………」「…………ゴメンなさい。本当はもっと、はやくにお話すれば良かったのですが…………私も彼も、仕事が忙しくて……」 まだその設定でいくつもりか。 すずかじゃないがそんな話、ボクを良く知るモノなら絶対にウソだとばれるぞ? どうするつもりだ?……というか、この御嬢騎士。一体何を考えとるんだ?「本当です!私と彼は、既に【婚前交渉】まで済ませているのですよ!?」「……………………ウソだ」 ハイ、ウソです。 というか、騎士カリムどんよ。 何だそのテンプレは?お前さんまで、【お約束】を護る騎士になっちまったのかよ!?「だって、私のお腹には……………………彼との子どもが……………」「ウソだ……っ!!」 もうやだ。 何この、カオス空間パートⅡは? もう誰もがボクの意思なんて、無関係に話を進めていくよ。「……本当です。確かめる術がないのが心苦しいのですが……」 ――カチッ! ヤバイ。 ヤバイ! ヤバ過ぎるよぉぉぉぉっ!? 何か今、手榴弾のピンが外れたようなヴィジョンが!! 見える。ボクにも見えるぞ!! 新しいタイプの人類じゃないハズのボクにも、この危険性が見えてしまうぞ!?「……………………なら…………確かめてあげますよ…………?」「…………エ?」 一瞬にして風になるすずか。 当然カリムが反応出来るハズもなく、弾丸となったすずかに建物の壁に叩きつけられる。 こえぇぇよ。スゲェ怖いよぉ……!「…………サァ、【コレ】デタシカメテアゲマスカラネ…………?」 不味い! すずかのヤツ、鉈でカリムをかっさばくつもりだっ!! 間に合え!間に合ってくれぇぇぇぇっ!! ――ザシュッ!!「…………オニイチャン、ドウシテジャマスルノ…………?」 切り裂かれたのはボクの左腕。 丁度肘から先が無くなり、出血が止まりません。 でも間に合った。それだけでボクは、救われた気持ちになる。「……ボクが相手なら、最悪兄妹ゲンカで済む……じゃないか……」 冷や汗ポタポタ。 でも心はとってもホット。 冷静になる思考と、熱くなる身体。今のボクは、結構スゴイかもしれないな。「……ドいて、オニイチャン…………ソノオンナをシマツできないよ……?」「シズカさん!しっかりして下さい!!」 二人が何か言ってるけど、今のボクの耳には入ってこない。 考えろ。考えるんだ。 どうしてすずかが、アソコまで強いのか? いかにヤンデレても、あんな風に強くなるモノではないハズだ……! 頭。顔。胴体。腕。脚。……何処にもおかしな要素は見つからない。 だとすれば、あとは身に着けてるモノ以外には…………!? 「…………すずか。その、首から掛けてる、蒼い石……ソレ、一体どうしたんだ…………?」 あった。 菱形の蒼い石。 アレはどう見てもヤバイモノだ。 アレが原因と見て、まず間違いはないだろう。 だが何なんだ……? 何でそんなブツが、妹の手にあるんだ……?「…………コレですか……?コレは【ジュエルシード】ってイって、ミチバタで会った【白衣のオジサン】がくれたんですよぉ……?」 ……白衣のおじさんか。 どう聞いても、アイツしか該当者がいないな。 余計なことしやがって……!「コレは願いを叶える石なんだっテ…………だから私は願ったノ。【オ兄ちゃんニ会いたい】。【オニチャンをヒトリ占めしたい】…………っテ」 歪んだカタチで叶えられた願い。 ボクを独り占めする為に必要な、邪魔な存在を排除するための力。 どう考えても妹の本意じゃない。 いくらヤンデレちっくだったとは言え、他人を傷付けてまで……とかは思わなかった、優しい妹。 ソレはなのはたちなら、良く分かっているハズだ。 少なくとも、ボクはそう信じている。 今のボクには、抵抗する術がない。 ならいっそのこと、一時撤退して状況を立て直すか。 己の左腕を見る。コレは早急な治療が必要。だが【あの場所】までの超長距離転送には、身体が付いてこない。 何処だ。 何処なら処置出来る? 一体この海鳴の土地の、何処でなら治療と立て直しが出来るんだ……!「……サァ、お兄ちゃん……?はやくソンナオンナを始末して、一緒にウチにカエロウ……?」 ……。 ……そうだ。 その手があったじゃないか!!「……すずか。やっぱりお前は、最高の妹だよ…………!!」「エッ!?ちょ、ちょっと!?シズカさん……!?」 斬られた左腕を小脇に抱え、無事な右手でカリムをホールド。 マーカーが既にある転送魔法は、異常な程のはやさで現地に飛ぶ。 郊外にあって、いかにジュエルシードの力を使っても、すぐには来れないそんな場所。 治療も出来て、体勢も立て直せるそんな理想的な場所。 ソレはあった。 そこの名前は【月村邸】。……つまりは現在、すずかとファリンが住んでいる【我が家】だ。 一瞬の燐光と共に、高速で移動するボクとカリム。 自室にマーカーがあるボクらの行き先は、当然ボクの部屋。 あと一時間ぐらい。……ソレまでにケリをつけないとなぁ……。 大将日記W シズカの言っていた、【地球での秘密基地】。 ソコはこれまたトンでもない場所で、一言では言い表せない程に常識ハズレなモノだった。 広大なスペース。整い過ぎている設備。 そして何より……。 いや、ソレはまた後ほどにしよう。 今はシズカから出された、この課題をこなさなければならないからな……。 シズカからの課題。 ソレは【ある】テレビアニメの鑑賞だった。 最初はバカなと思いながら、何気なく見ていた程度。 だが途中で気が付いた。 コレは何とも、熱い物語なのだろうか。 勇者とソレをサポートする人々。そして他のロボットの存在。 組織という異例の中での勇者の活躍は、意外なほどにマッチしていて、それでいて凄かった。 中でも興味を引いたのは、勇者……ではなく、その司令官の存在。 常に部下を信頼し、有事には自らも危険を被る。 同じ司令官としては、このような存在になってみたい。 部下に慕われ、自らの信念を突き通し、最後には若者に路を譲ることが出来る。 ……最高だ。後でシズカには、この映像媒体のコピーを貰おう。そしてソレを、自分の道標しよう。 …………ところで。ココがそのアニメに出てくる場所に似ているのは、一体どういうことなのだろうか……? ゲイズさんちのオーリスちゃん【捨弐】 現在、自棄酒用のアルコール類を調達中。 ただその様子を見ていたドゥー子さん(仮)の証言では、「金髪にして、アルコールを大量購入している彼女の姿は……まるで大人になってからの不良デビューみたいだったわ……」 とのこと。 あとがき >誤字訂正? くろがねさん。コレは誤字ではなかったのですが……確かに分かりにくかったかもしれませんね? 【人間の真剣という行為】を突き詰めると……に修正しましたので、コレで少しは分かりやすいかも……。 俊さん。毎度ご指摘頂き、ありがとうございます!