前回のあらすじ:【なのちゃん】、襲来。 コチラ茜屋のカウンター。 提督ズが全員集合で【ある人間】の到着を、今か今かと待っていた。 恐らく今回の事件の切り札になるであろう、その人物を。 ――プシューッ!!「…………来たね?」 六課内の扉からではなく、外の勝手口から入ってきた男。 十四歳の頃から比べると、信じられないくらい大きくなった身長。 高かった声は落ち着いた大人の男のモノへと変化し、それでも変わらない優しい瞳。「……話は通信で聞かせてもらった。それで、なのは…………?」 肩に銀のモールが付いた、着慣れぬ黒の制服。 白いスラックスに同色の手袋をはめた姿は、まさしく将官のモノ。 自前の黒髪と併せて、ソレはとても映えていた。「良く来てくれたね?正直、忙しいから来ないかと思ったのに……?」 そう。艦船を預かる身分のモノとしては、コレは些事。 幾らロストロギアが出張って来ているからと言っても、提督が艦を放って来なければならない状況ではない。 ましてや、彼は重度のワーカーホリック。来た方が奇跡だ。「……良く言う。地上本部の将官連名の命令に、ハラオウンの家から根回し。……来ない方がおかしいだろう……?」 レジアス・リンディ・カリム・ザ○ィー○……そしてボク。 大将から准将までフルコンプ出来る、この連名。 それにリンディとフェイトのそれぞれのルートを使っての、エイミィへの説明。 ……うん。どう見てもコレは【脅迫】だ。 全てコチラの掌で踊ってもらうようで心苦しいが、この際ソレは甘受してもらおう。 なにせ冗談抜きの、【非常事態】なのだから。「ソッチこそ良く言うよ……?【こんなこと】をしなくったって、オマエさんは来ただろうに……?」「…………さてな」 不器用だが本当は心優しい青年。 故に妹の友人(ということにしておく)の危機には、必ず助けようとするハズだ。 ましてや、【ジュエルシード】とは因縁浅からぬ仲。来ない方がおかしい。「ま、そういうことにしておきましょう……?そんなことより、【コレ】を…………」 手渡したのは【青玉】と【台本】。 彼の場合は、外見は小さくすれば良いだけだし、性格も根底では変化ない。 だがなのはとの距離が違えば、その表に出るモノも変わる。そして今求められるのは……。「……待て。コレは何の冗談だ……?僕に…………僕になのはの、【恋人】役をやれというのか……!?」 現在のなのはの精神は、【リリカルなトイボックス】の本編終了後。 つまり【クロノ・ハーヴェイ】と恋仲になり、彼の再来を待ち続けている状態だ。 そしてたぶん、その【クロノ】になら【なのちゃん】は心を開き、大人しくジュエルシードを封印させてくれる……と思う。 出たトコ勝負。 分の悪い賭け。 だが……分の悪い賭けは嫌いじゃない……とか言ってみる。「そ。コレが唯一の突破口。キミじゃないと出来ない、【クロノ】という存在にしか出来ない策…………やってくれるね?」「…………分かった。やるしかないようだな……?」 そう、そう。残念なことに、【この】物語の主役はキミだ。 主役が上がらない舞台は成り立たない。 さぁ……幕を開けるとしようか……?「……なのは。久しぶりだね……?」「……ク、クロノくん…………!!」 目の前では【ハーヴェイ】少年と、【なのちゃん】の感動の対面が行われている。 泣きじゃくって少年に抱きつく【なのちゃん】。 何処か儚いイメージを漂わす、【ハーヴェイ】少年。 フェイトの性格の原案となったとも言われる、その物静かで儚い存在。 演技とか苦手な感じの【ハラオウン】少年は、何時の間にか腹芸が出来るようになったらしい。 ……歳月は人を変える。それでも変わらないモノも、有るんだけどねぇ……?「クロノくん!クロノくぅぅん!!」「……大丈夫。僕はココに居るよ……」 台本書いたのはボク。……なのだが、やはり目の前でソレをやられるのは赤面モノだ。 ましてや【この二人】のソレは、少し見ただけで糖尿病になりそうなモノ。 つまり、少女漫画を初めて見た時の恥ずかしさ。「……せっかく、ミッドチルダに来てくれたんだ。少し遊びに行こうか……?」「……うんっ!!」 手に手を取ってのランデブー。 ……古いか。この言い方は……? ともかく、子ども同士のお出かけ……という名のデート。 何時の間にか用意されたバスケットに、クロノ手製のおにぎり。 水筒にはお茶を入れ、敷物にするシートもお忘れなく。 由緒正しい、小学生デート。ココに準備完了!! その手にしたのは、デジタルカメラ。 写し出すのは二人の思い出。場所は草原。【かつて】一緒に行った、【あの】草原を思わせる場所。 今度はいつ会えるか分からない。だからこそ、いっぱい記録を残したい。 小学生の頃の記憶というのは、思い出すと恥ずかしくて、それでいて甘酸っぱいモノ。 ソレを現在進行形で追体験している二人。 特に思考が大人のままソレを体験しているクロノは、何とも言えない気分になっているのだろう。「(……そうか。なのはと恋人になっていたら、こうなっていたのかもしれないのか……)」 十四の時に感じ、暫くして置いて来た気持ち。 特に現在は二児の父親になったぐらい月日は経過しており、当時を思い出すことは少なくなった。 でも、なくなってはいなかった。その小さく小さくなっていた火の種が、今はハッキリと感じ取れる。「(……気付かなかった。いや、気が付かないフリをしていた。もし彼女の笑顔が崩れるかと思うと、僕は一歩を出す勇気が持てなかったんだ……)」 少年の心は臆病である。 現在の関係を壊すことを恐れ、そうこうしている内に事態が変わってしまう。 忙しくなり、環境が変わり、そして自分も何時の間にか変わっている。 ソレが成長。 そして忘却。 つまり思春期の思い出……というワケだ。「……?どうしたの、クロノくん……?」 心底心配そうな顔の【なのちゃん】。 ズキリと、心が痛む。 このあどけない少女をコレ以上騙すことは…………したくない。 だが現実に何が出来る? コレからするのは、少女を騙したままジュエルシードを封印することだ。 【ハーヴェイ】少年の仮面を被り、何も知らない【なのちゃん】を騙す。 大儀のため。ミッドのため。次元世界全体のため。 言い繕うことは幾らでも可能だ。 そしてソレは嘘ではない。嘘ではない…………のだが。 「(……大人の割り切り。十を救うために一を捨てる。ソレが上に立つモノの役割……)」 彼は提督。 何百人・何千人もの部下の命を預かり、大きなモノを護るためには小さなものを捨てる。 取捨選択を強いられる立場。ソレが今の【ハラオウン】提督なのだ。 覚悟したハズだ。 ソレは管理局に入った時から。執務官になった日から。 そして……提督の制服に袖を通した、その日から……。「…………なのは、少し話を聞いてもらえるかな…………?」 良いじゃないか。 今の己は、【ハーヴェイ】少年なんだ。 ココに【ハラオウン】提督は居ない。ならば、自分の心に素直になっても良いハズだ。「なぁに?クロノくん……?」 小首を傾げて聞き返すなのは。 瞑目し、深呼吸をする少年。 ……大丈夫。言うべきことは、もう決まっているのだから。「……なのは、驚かないで聞いてね……?今の君は…………【ジュエルシード】っていうモノに、寄生されてるんだ……」「……【ジュエルシード】……?それって、イデアシードみたいなモノ……?」 その名前は、【ハーヴェイ】少年と【なのちゃん】を繋ぐモノだった。 【かつて】ソレを巡って争い、そして仲良くなった。 そう。まるで【なのはちゃん】と【フェイト】のように……。「……うん。【ジュエルシード】の特徴は、生物の願いを叶えること…………。ただし、必ずしも想った通りにはならないんだけど……」 かつてのP・T事件。 その詳細を知るモノなら、ソレは嫌という程理解している。 捻じ曲げられた願い。ソレは願ったモノの想像の範疇を超えて、異常な事態を引き起こす。「だから…………ソレは封印しないと、いけないんだ…………」「…………ねぇ、クロノくん……?ソレを封印したら、わたしは…………どうなっちゃうの……?」「それは…………」 言葉に詰まる。 嘘を言って騙すのはカンタンだ。 だがソレは出来ない。したくない。するワケにはいかないのだ。「…………今【ココ】での記憶を失って…………元の世界に【戻る】ことになる…………」 搾り出した声。 悲しそうな瞳。 ソコに演技の色は微塵もない。「…………………………………………やだ」「…………エ?」 何かの聞き間違いだと思った。 【なのはちゃん】は頑固だが、それでも聞き分けの良い子だった。 ……というよりも、ハイと返事して後で命令違反するタイプである。 だが今、目の前の少女は何と言った? 長い沈黙の後に、搾り出すように言った【わがまま】。 ソレは、彼女【たち】を明確に分ける、重要なラインだった。「やだ、いやだよぉぉぉぉっ!!もう、クロノくんと【離れ離れ】は、いや…………!!絶対に、いやっ!!」「…………なのは……………………」 このままでは、【なのちゃん】の精神状態は危険域。 気絶させるなりして、ジュエルシードを封印。 上手くいくかは別として、今の彼女の精神の揺らぎによる暴走よりはマシだろう。 だがソレよりも。 何よりも彼自身が。 【クロノ】という存在がソレを許さなかった。「…………なのは。君が【この】記憶を無くしても、魔法を失っても…………僕は……………………ずっと【キミ】の【側】に居るから…………!」「…………!?」 なのはが成りたかったのは、【魔法少女らしい】存在。 それと、【魔法がなくなっても居てくれる大切な存在】。 ソレらが、今回の【なのちゃん】の記憶を引き寄せてしまったのだ。 【魔法】というフィルターを通してでしか、自分には存在価値がないと思い込んでしまっている、その精神。 幼い頃の孤独と、満たされなかったモノを満たす道具になってくれた、【魔法】という存在。 【依存】。【執着】。 それ故味わった、事故後の【喪失感】。 この【なのはちゃん】は、そうして出来上がったのだ。 ならば今することは…………【魔法】を介さない、【約束】による【絆】の構築。 【隣】には居られない。 【今回】の彼女の【隣】には、もう居る資格がない。 ……でも。今度巡り会えたら…………その時は……!!「…………絶対だよ……?【約束】やぶっちゃ…………いやだからねぇ……?」「……【約束】する。必ず僕は…………【キミ】の【側】にいるから…………」 大きな瞳に、いっぱいの涙が溢れる。 悲しい瞳。でも希望を宿した瞳でもある。 【なのちゃん】は二つに結わっていた緑のリボンをほどき、その内の一つをクロノに手渡した。「…………」「…………」 互いに言葉はない。 これ以上の約束は出来ないし、何より伝えたいことはもう…………分かっているから。 緑のリボン。クロノはそれを黙って受け取り、【S2U】を展開する。「……レイデン・イリカル・クロルフル…………【なのは】の心を…………在るべき場所に……………………居るべき場所に…………!!」 信頼の表情。 ソレを浮かべながら、【なのちゃん】は穏やかに目蓋を閉じていく。 光が凝縮していく。蒼い光。ソレが結集した先には…………蒼い菱形の宝石、【ジュエルシード】があった。「…………ジュエルシード…………封印…………」 ソコに居たのは、既に【ハーヴェイ】少年ではなかった。 大きくなった身体で正座し、【なのはちゃん】を膝枕した青年。 優しい眼差しでその女性を見守るその姿は、紛れもなく【ハラオウン】提督だった。「…………クロノ君……」「……なんだ、なのは……?」 草原には優しい風が吹き、それが茶色のサイドポニーを揺らす。 ソレが顔に当たり、目覚める【なのは】。 すぐ目の前にある顔――クロノに向かって、なのははこう言った。「夢を……夢を見ていたの…………」「…………」「……夢の中の私は、私がなりたい【わたし】だったの……」「…………そうか」 今ココで言えることはない。 ただなのはの言うことに、己の耳を傾けるだけ。 それだけしか、今のクロノには出来ないのだ。「…………クロノ君。その…………ありがとね…………?」「……なに、大したことはしていない。それよりもなのは。君は、みんなに言うことがあるんじゃないのか……?」「…………そうだね。帰ったら、みんなに謝って…………お礼を言わなきゃね……?」 身を起こして立ち上がり、なのははスカートに付いた草を手で叩く。 その様子を苦笑しながらも、クロノも同様に立ち上がる。 彼のその手には、既にS2Uは存在しなかった。 ソレは、今は別の所に在る。 その場所は秘密。 だが、誰かの白色のジャケットのポケットにある……とだけ言っておこう。 こうして、機動六課の…………いや。【高町なのは】と【クロノ】の長い一日は終了した。 大将日記 クウガ 今回、高町なのは教導官に訪れたコト。 ソレは、誰しもが抱える可能性があるモノだった。 此度は【たまたま】彼女に寄生されたが、もしかすると自分であった可能性もある。 ……いや。もしかしてジュエルシードは…………現在の持ち主は、ターゲットを絞っているのかもしれない。 だがソレは、我々には判別出来ない。 後手後手に回ってしまうが、寄生されてからでしか分からないのだから……。 とはいうものの……それでも彼女に落ち度があったことは確か。 怒りに身を任せた故の結果であるので、自業自得と言ってしまっても……。 ……難しいな。このあたりの処遇は、部隊長である八神ニ佐に任せるとしよう……。 ところで……後になって知ったのだが、今日の一部始終を録画したモノを、ノンフィクション映画として、放映したらしい。 ソレを見た若者たちが、こぞって時空管理局を進路希望にしたらしいが…………ソレで良いのだろうか……? 更に余談だが、その映画の放映後のクロノ提督は…………ゲッソリやつれたようだ。 ……良し。元気の出る料理を作ろう。そうと決まれば、早速仕込みしなければ……。 ゲイズさんちのオーリスちゃん【拾九】 メイド害とマスター乙女の闘い。 ソレは人知を超えたモノ同士の【死合】だった。 乙女の巨大モーニングスターのようなモノが壁を打ち砕き、メイド害の針金のような髪がソファーを破る。 最初はメイド害の最後の日か?と喜んでいたが、次第に被害が看過出来ない状態に。 それでもあと少しの辛抱と耐えてきたが、乙女……つまりシャマルが、トンでもない行動に出たのだ。 「根性ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」と言って、巨大鉄球で二階の床をブチ抜く。 それに対して、メイド害はメイド服の裾の部分を鋭利な刃物のようにし、チェーンソーのように一階の壁を斬っていく。 ……もう我慢の限界だ。 そう思った時、何処からともなくサイレンが聞こえてきた。 フェラーリ型の覆面パトカーが突如現れ、更に小型ヘリと大型バイクも姿を現す。 『三身一体』の掛け声と共に合体していき、ソレらは巨大なロボットになった。 その名は【ラージヴォルヴォッグ】。勇者ロボ一号の、戦闘形態である。