前回のあらすじ:エリオ少年が、主役を乗っ取ったようです。 唸るタービン。 迫り来る豪腕。 駆け抜ける様は韋駄天のようで、その強さは女神のよう。 ソレがゲンヤフィルターを通したクイントの評価である。 色ボケ夫婦が!!と、馬鹿にすることなかれ。 コレが結構的を射ているから、性質が悪い。 一部の管理局員からは、【戦女神】と呼ばれるエースオブエースたち。 ソレはなのは・フェイト・はやてのコトを指しているのだが、ボクは彼女たちをそう呼ぶことはない。 何故かと言うと…………ボクは知っているからだ。本当の【戦女神】たる人物を。 ウイングロードが、暗い地下道を走る。 ソレに乗った鉄仮面がアタックを仕掛け、その攻撃をゲンヤがかわす。 本来であれば、ゲンヤが力負けすることはない。 だが今の彼女の一撃は、ウイングロードを併用した高度からのアタック。 自重と重力落下の速度を上乗せし、その破壊力は地面を沈下させる程。 もしゲンヤがソレを避けなかったら、彼が粉砕されていただろう。 その威力が分かっていたからこそ、彼は避けることにしたのだ。 足りないのなら、別のモノを使って補う。 そしてその補えるモノを持っている。 【彼女】は強い。 ソレは敵方になった今でも変わらずにあって、むしろ容赦なさが上がっていると言っても良いかもしれない。 味方には絶大なる信頼を。そして敵方には圧倒的な恐怖を。 ソレこそが、【戦女神】の資質。 故に彼女こそが、ボクが知るソレ。 【戦女神】――クイント。ソレが彼女の異名でもあった。 避ける。除ける。 コチラからの攻撃は無力化され、自身は攻撃を回避するので手一杯。 ソレはS・Aをあまり知らないボクでさえ分かってしまう、ゲンヤの現状だった。 手強い。 ソレが【桜花】となったクイントへの感想であり、ボクの素直な戦力分析でもあった。 一撃一撃が必殺。 水月やアゴを狙ったソレは、喰らえばただでは済まない。 普通は再起不能。 良くて病院送り。 ソレがS・Aの達人、【クイント・ナカジマ】の実力である。 元々S・Aは、魔法と組み合わせて使われることが前提で組まれている。 その強さは彼女が証明済み。 そして魔法を抜き取るとどうなるか。 その点は、ゲンヤを見れば分かる。 高速移動や攻撃砲を持たない彼は、完全に相手待ちの状態しか取れない。 後の先という戦法は存在する。 だが彼の戦法は、ソレではない。 ワザと相手に先手を譲っているワケではない。そうせざるを得ないからなのだ。 翼の路を持たないゲンヤは、三次元的な高速移動が出来ない。 対してクイントは、ソレを使ってヒット&アウェイが出来る。 そうなれば、ゲンヤはただの的に成らざるをえない。 勿論サンドバッグと違い、彼は自由に動ける。 だから移動標的ということになるのだろう。 だが彼が移動標的なら、彼女は【超高速】移動標的だ。 何らかの手段でクイントの足を止めない限り、ゲンヤに勝ち目はない。 相手との戦力差を計算し、足りないモノを他で補えないかを考える。 思索。検索。己の脳に刻まれた記憶を総動員し、使える知識と経験をサルベージする。 相手の足を止める。 ソレは精神的要因でも、物理的要因でも構わない。 考えろ。考えるんだ。今の己に出来るのは、ソレしかないと分かっているのだから。 タービンを使った移動は却下。向こうの方が速さで勝る。 狭い場所に引き寄せて、速度を殺す。 ……却下。幾ら狭い地下道だとは言え、ソレでも地下鉄のトンネル位の大きさはある。 ココはS・Aのための空間と言い換えても良い位の、適度に狭く、ソレでいて壁や天井を使いやすい空間だった。 どうすれば。一体どうすれば、彼女の足を止められるのだ。 二人がかりなら、退路を塞いだり出来る。 しかしゲンヤは一人――――自分だけでやるコトに拘っている。 ならば【手】を増やすしかない。 自分の手だけで足りないのなら、自分【以外】の手を借りれば良いのだ。「…………」 仮面のクイントは語らない。 何一つとして、言葉を発しない。 その仮面の奥の瞳は、一体何を映し出しているのだろうか。 ――カチ、カチィッ! 何時の間にかゲンヤの手の内にあった、黒い端末。 ソレは【ギアコマンドー】と呼ばれる召喚器。 金色のダイヤルを数度回すと、液晶画面に黒い蛇が現れる。「(…………ゴクッ)」 ヒリヒリするような攻防で渇いた喉。 ソレを僅かでも潤そうと、ゲンヤは唾を飲み込む。 成功するかは分からない。 ただ一つだけ言えるのは、コレは初見が一番効力を発揮するというコト。 ソレ以降は、ただの攻撃手段になってしまうので、本当にコレが最初で最後のチャンス。 最終目標は、銀色の仮面を叩き割ること。 【桜花】と【ウォータン】の共通点である、【仮面】という装備。 恐らくアレこそが洗脳装置であり、ソレを破壊すれば元に戻る。 ソレがゲンヤの辿り着いた結論である。故に、その破壊が最終目標なのだ。「…………【ヴァイヴァー】・ドライブ……インストール!!」 ゲンヤの左手。左腕のタービンを覆うように、黒と紫の中間色の物体が現れた。 まるでデフォルメされた蛇のような追加武装。 ソレは小型の盾のようにも見えた。 ――ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!! 蛇の頭が飛び出し、胴体部と頭部を、ワイヤーが繋ぐ。 そのワイヤーは電気を帯びたムチとなり、ゲンヤの頭上で回転し続けた。 ……ココに、準備は整った。「【ヴァイヴァーウィップ】、ラストアタァァァアックッ!!」 電力が最大に達し、その電磁鞭が地を這っていく。 ガリガリと地面を削りながらも、高速で【桜花】に迫る鞭。 鞭というのは厄介なモノで、避けても【返し】で当てられるモノ。 故に回避は、ギリギリまで引き寄せてからになる。 まだだ。まだ避けない。 もう少し…………今!!「……っ」 本当にギリギリのタイミング。 その瞬間で鞭を避けたクイントは、回避に専念した分、空中で無防備となる。 如何に彼女が鍛えた猛者であっても、この瞬間は何も出来ない。 あと一秒もすれば、ウイングロードを展開するなり、魔法防御を展開するのだろう。 だが遅い。 彼は――ゲンヤは【この】一瞬のために、既に飛び立っているのだから。 ――ドスッ!! 地面にヴァイヴァーが落とされる。 鞭は返ってくるまでに時間が掛かる。 その時間も惜しい彼は、ソレを強制排除したのだ。 同時にデータコマンドーも地に落ちるが、今の彼には関係ない。 ただ当てる。 渾身の一撃を、あの銀色の仮面に当てる。 ソレだけ。 たったソレだけ。 されどソレだけ。 その【ソレだけ】のために、彼は持てる全てを籠めた。 娘たちの想い。自分の想い。 そして……彼女を取り戻すという、【絶対的な】想い。 ――ギュィィィィィィィィンッ!! 加速は十分。 力もMAX。 当てる。当たる。当ててみせる。 そんなゲンヤの気迫が通じたのか、桜花は一瞬ビクッと震えた。 金縛りか。それとも違うコトか。 どちらにしても言えるコトは……今以外に好機はないということだ。「…………いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」 入った。 ソレは確かに渾身の一撃だった。 だから彼女が落ちるのは当然のコト。「(…………何かおかしい、よな……?)」 だが変だった。 彼女が叩きつけられた地面は、粉塵による煙が立ちこめて、視認が不可能となっている。 煙が晴れる。晴れていく。 嫌な予感は急速に増していき、すぐにその直感が正しかったことが証明される。 ソコに彼女の姿はなかった。 確かに彼女の存在は確認されたが、ソレは【ソコ】ではなかったのだ。「…………【ヴァイヴァー】・ドライブ……………………インストール」 決して大きくない声。 だが不気味な静けさを持ったこの空間には、その声が良く通った。 非常に聞き覚えのある声。 忘れはしない。忘れられるハズがない。 その声は。 その声の持ち主は……!!「……クイント!!」 ゲンヤの叫びが――心からの欲求が、【彼女】の名前を自然に口にしていた。 そう。あの声は、紛れもない【クイント・ナカジマ】のモノだ。 仮面は叩き割れなかったものの、ソレだけは確かに断言出来ることだった。「ゲンヤ……!!一旦、コッチに来い!!」「アァ……?一体何を言って…………!?」 先に気付いたのはボク。 だからまだ、【ソレ】に気付いていないゲンヤに呼びかける。 彼女は確かにソコに居た。ただ…………【ヴァイヴァーウィップ】というオマケ付きで…………。「…………済まねぇ。折角の新兵器を、アイツにプレゼントしちまったようだ……」 ボクと合流したゲンヤは、本当に申し訳なさそうにそう言った。 クイントはゲンヤの攻撃を避けられないと悟ると、すぐに目的を変更したのだ。 ソレは【敵】の攻撃手段の奪取。 元々二人のリボルバーナックルは、【ほぼ】同一のモノ。 互換性は当然あるし、その追加武装――【データ兵器】の装備も可能。 だから今の彼女は、高速の鞭使い。 先程までとは立場が逆転し、ゲンヤは鞭で狩られる側になってしまったのだ。 その凄さは、身を以って知っている。 それ故か今の桜花は、非常に余裕に満ちているようにも見える。「何か手は……?」「…………ない。悪いが、さっきので打ち止めだ……」「……だよねぇ…………?」 ゲンヤに残された手段はない。 ソレは彼自身が認めているコト。 速さ・武装・魔法。 この三点で追いつけないのだ。 作戦で引っくり返せる程、この差は甘いモノではない。 ならば一点でも。何か一点でも追いつけば、その差は縮まるのではないか……? ポケットに手を突っ込む。 ソコにはまだ未完成の…………【データコマンドー】があった。 黒い完成品一号と違い、蒼を基調とした二号。 当然、中に入っている【データ武装】も異なり、ソコに封じられているのは【黒き蛇】ではない。 【白き獅子】。 ソレがこの二号に封じられたモノであり、完成度八割というシロモノでもあった。「(…………このゲンヤだったら、素手でもクイントに挑むだろうなぁ……?だったら…………)」 迷う必要など、最初からなかった。 そんなモノ、初めから存在しなかったのだ。 この【オヤジ】たちの辞書には、そんな言葉は存在しないのだから。「……ゲンヤ」「……オイ。コレってまさか…………?」「そ。そのまさか、だよ……?完成度は八割だけど、威力は問題なし。だから…………」 差し出したのは、蒼いコマンドー。 共に差し出したのは、白いライオン。 コレがあっても、彼は勝てないだろう。 だがその現実を覆す。 そのための力でもあるのだ、この――【ライオサークル】は。 ゲンヤはソレを受け取り、金色のダイヤルを回す。 出現するのはライオンのマーク。 顕現したのは、右脚のタービンを覆うモノ。 白い丸鋸状に変化したライオンは、ソレそのものが蹴りを凶器にするモノ。 エネルギーがチャージされる。 ソレでも一発分。 この一発が、この後の運命を握るのだ。「…………【ライオサークル】…………ラストアタックッ!!」 鋸は回転し、風を取り込んだエネルギーを解き放つ。 一瞬遅れてクイントも、ヴァイヴァーのラストアタックを発動。 強烈なエネルギー同士のぶつかり合い。 ―― ―――― ――――――― ―――― ―― 一進一退。 まさにエネルギー勝負ならそう言える展開。 だが忘れてはいけない。ライオサークルは未完成。 闘いが長引けば長引くほど、コチラは――ゲンヤは不利になっていく。 その証拠に、丸鋸からは白煙が上がってきている。 一本。二本。三本。 どんどん【火の車】と化しているソレは、ゲンヤにもダメージを与えているハズだった。 だが当の彼はそんなコトはお構いなし。 ……いや。もしかしたら、精神が肉体を凌駕しているっていうのか……?「クイントォォォォッ!!どうだぁ…………オレは強くなっただろう…………!?」「…………」 だんまりを貫く桜花。 それでも構わず語りかけるゲンヤ。 少しでも彼女が元に戻るように。僅かでも、その可能性を広げるために。「そっか……まだまだってか…………?ならまた鍛えてくれよぉ……!!【あの頃】みたいによぉぉぉぉ!!」「…………!?」 驚愕。……いや、違うな。 アレは身体が悲鳴を上げたのだろう。 何かの拍子でフラッシュバックした記憶が、現在の身体に衝撃を与える。 ソレは決して珍しいコトではない。 だが本人にとってのソレは、ワケも分からぬ痛みとして捉えられるコトが多い。 つまり……彼女は、【昔の記憶】がフラッシュバックしたことで、ソレを知らない【現在の彼女】の身体が、混乱したのだ。「ぃ、イヤァァァァァァァァアっ!!」 突如頭を抱え、のた打ち回るクイント。 ソレはチャンスだった。 だが同時に、一番近付いてはいけない瞬間でもあった。 ――ガガガガガガガガガガガガ。 錯乱した彼女は、ヴァイヴァーを無茶苦茶に振り回す。 ソレは柱や壁を無差別に抉り、この空間を崩壊させ始める。 崩れ落ちる天井。倒壊する地下空間。 苦しそうな彼女を救うかのように、敵方の転送魔法が発動する。 居ない。彼女はソコに、もう居なかった。 残されたのは、妻を取り戻せなかった漢と、かける言葉がないボク。「チクショォォッ!!チクショォォォォォォォォォォォォッ!!」 木霊する、悲しみの感情。 ボクはこの時思った。 必ず彼女を取り戻す。 ソレは彼自身の手によって。 そしてそのための【力】の習得に、全力で手を貸そうと。 だからはやく、【二人】の笑顔を見せて欲しい。 ソレがボクの心からの願いだった。