前回のあらすじ:地上本部に鬼軍曹(本当は一佐だが)が降臨。 腕立て。 腹筋。 背筋。 そしてスクワット。 たったコレだけの筋トレでも、キチンと法則に則って回数をこなせば、ソレは立派な筋肉を作り上げる。 そしてコレらだけでは足りない部分――つまり鍛え難い部分を、走り込みや別のトレーニングで補っていくのだ。 例えば瞬発力を高める訓練。 バッティングセンターにあるようなマシンに、ちょいと特殊な弾を込めて打ち出す。そして訓練生は、ソレを避ける。 シンプルな特訓。だけどその裏には凶悪性が潜んでいるのだ。 特殊弾の仕掛けは、火の玉ノックならぬ【電気玉】。 故に少しでも当たれば感電する仕組みである。 ちなみに電圧は百……万ボルト。 ソレに当たれば、『少し頭冷やそうか……?』的な気絶では済まない。 だからみんな、必死こいてソレを避ける。 避ける。避ける。 故に気が付かない。 何時の間にか弾速が少しずつ上がっていき、最初と最後ではその差がゆうに三十キロもあるというコトに。 人間は命の危機に瀕した時、一番チカラが発揮されると言われている。 つまり【火事場のクソ力】と言われるモノを強制的に引き出すことによって、限界を超えさせるのだ。 素晴らしい。 人間の命の輝きというのは、何て美しいんだろうか……? 訓練生たちを見ていると、そう思えてきてしまう。 生きるというコトは闘いだ。 かつて誰かが言ったその言葉は、確かにその通りだと納得させられるモノだった。ソレを今、ボクは確かに理解したのである。 陸曹日記【はじめました】 話は数年前から続くコト。 自分ことレジアス・ゲイズ陸曹は、友人である【ゼスト・グランガイツ】空曹と共に、予定が合えば一緒に食事をするコトが習慣だった。 食事……というのは正しくないか。 ソレは食事という名を借りた、【報告会】と言うべきかもしれない。 互いに離れた職場に居ながらも、出てくる問題点にはそう変わりがない。 優秀な魔導師が【海】に引き抜かれていくコトや、ソレによる残されたモノたちのやる気の減退。 コレは地上本部では何処でも見られる……当たり前の光景。 そしてソレは、当然になってはいけないハズの事態。 だが今まではソレを防ぐ術は存在しなかった為、仕方なしに垂れ流されてきた日常。 由々しき事態。 しかし、個人ではどうしようもない規模。 ソレが分かっているから皆が皆、目を背けて見ぬフリを決め込んでいるのだ。 この負の構図を変えるには、上へ行き、自らがコトを為さねばならない。 ソレは並大抵の覚悟では出来ぬコト。 だが自分には二人でソレを為し遂げようと誓った、無二の相棒が居る。 ソレが【ゼスト・グランガイツ】。 ヤツと自分は新人研修時代にソレを誓い、そしてそれぞれの路に旅立った。 ゼストは空戦魔導師というコトを活かし、空からミッドを護る【首都防衛隊】に。 そして自分は、准キャリアとして陸から地上を護ろうとしたのだ。 燃える精神とは裏腹に、階段を上れば上るほど理想が遠くなる事実。 その大きさが分かるようになると、流石に向こう見ずなままではいられない。 事実を基に、どうすれば良いのかを検討する。 非常に悲しいコトだが、我々には検討する位しか出来ない。 ソレ以上のコトは、もっと上に行かなければ出来ないのだ。 悔しい。 しかし検討するだけならタダである。 だからこそ様々な規制に囚われない、自由な発想が可能でもあった。 そんなある日のこと。 地上本部では予てからの懸案事項を解決すべく、【海】から訓練のエキスパートを呼ぶコトを決定した。 元々地上本部からは何度も【海】に打診していたのだが、向こうが了承しなかったらしい。 ソレがこの度(何度目になるか分からないが)の要請によって、漸く【海】が重い腰を上げたという訳だ。 ……やった。遂にやったのだ。 ゼストと共に、筆跡を変えて目安箱に何百通も投函した甲斐があったというモノ。 時に怪文書のように定規で書き、またある時は女性の丸文字を真似て。 ソレの作業中には心の汗を掻きながら書いたが、ソコで流したモノは無駄にならずに済んだ。 ……良かった。本当に良かった。「本日よりキミたちを教導することになった、【シズカ・ホクト】一佐だよ。みんなヨロシク♪」 さらに幸運は続くようで、指導教官も我々が希望した通りとなった。 軟弱な人間が世の中の大半を占めている現代。 その中でも自らを鍛え、チカラの本当の意味を知り、そして他人にも厳しくあるモノ。 この惰弱な世の中を、拳一つで変えられる……その圧倒的な強さ。 そしてソレを支える【ココロ】も一流で、強さに溺れないその精神。 自分は見た。いや、自分とゼストは見たのだ。 あの日の食事帰りに。 路地裏で震える捨て猫に、彼女が暖かいミルクを差し出したのを。 そしてその懐に猫を入れると、彼女は悠然とその場を去って行く。 その光景は、我々が彼女を女神か何かと勘違いする程のモノだった。 さらにその後、彼女の行く手を遮ろうとした酔っ払いを、あのヒトは手を触れることなく沈めたのである。 ピンポイントの殺気か。それとも我々の眼に見えない程に高速な手業だったのか。 とにかく言えるコトは、懐の猫を怯えさせずに。 それでいて安心して眠らせてしまう程の穏やかさ。 ……正直見とれた。彼女の背中に、後光が差しているようにすら見えたのだ。『……ふつくしい』 ソレはゼストと自分の胸中が一致した瞬間。 我々はその時の光景を忘れない。 忘れようハズがない。あの光景こそが、今の我々を形作ったのだから。 その後に調べた結果、彼女は本局の執務官であるコトが分かった。 圧倒的な経歴。 しかし外見にのみしか目がいかない【海】の連中の中で、ある種の檻に幽閉されているような境遇。 何というコトだ。 彼女が【陸】の人間であったならば、そのような扱いはさせないのに。 さらに調べていくと、彼女自身は地上本部の勤務を希望しているという。 何という宝の持ち腐れ。 我々なら――地上本部の人間なら、彼女のような英雄を隔離するコトもないのに。 そして彼女に教えを請うコトが出来れば、本局に負けない【チカラ】を手にするコトが出来るのに……!! その日。その日から。 我々の投書を書き綴る日々は始まったのだ。 そしてその願いは…………叶ったのである。 そして話は、現在に戻ってくる。 常に自分の限界との闘い。 この時。この瞬間こそが自分を高める刻なのだ。 アドレナリンは通常値を超え、精神が肉体を凌駕する。 一日、一日。 一分、一分。 そしてこの一秒……いや。この【刹那】すらも、己を高める時間。 コレで……コレで地上での凶悪犯罪にも屈するコトはなくなる。 大量の汗と共に流れるのは、地上での今までの被害者の涙。「なら気合を見せろ!!貴様の想いが、本物であるのならな……!!」 彼女の怒号が、訓練場に響き渡る。 彼女の罵倒は、我々の血となり肉となる。 彼女への叫びは、未来の我々への自己投資。「(……負けない。絶対に【自分】には負けないぞぉぉぉぉっ!!)」 苦悶の表情と必死な呻き声が犇めくこの空間で。 我々は自分と闘い。 そして…………未来の平和の為に闘い続けるのだ。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘頂き、本当にありがとうございます! 【サー】の部分は、【漢女】だからこの方が良いかなぁと思ったのですが……。 そうですよね?生物学上は【オンナ】なのだから、【マム】の方が良いですよねぇ?(笑) なので訂正しました。 ご指摘頂き、ありがとうございます!