前回のあらすじ:六人目の戦士【メイド害】、伏線通りにただ今到着! 【ラグナロク】のブリッジ。 今この場所には、いつもなら居ないハズの顔があった。 一人は真新しい黒い将官服に身を包んだ男性。もう一人は翠色の髪をポニーテールにした執務官。「執務官長。いえ、ホクト准将!!お約束どおり、お迎えに上がりました!!」 背がスラッと高くなり、非常に良いオトコに成長したクライド少年。 いや、もう少年という歳ではないか? 二十歳にして艦船持ちになった彼は、現在【准将】なのである。 つまりボクと同階級。 さらに言えば向こうは【海】の所属で、ボクは何時の間にか【陸】の所属に変更されていた。 オノレ、ミゼットばぁ……お姉様め。 この際拳で語り合ったろうか!!とか思わなくもないのだが、あの外見に騙されてはいけない。 あの可愛らしい外見は、非戦闘モードなのだ。 戦闘モードになればボクと同じような体躯に変化し、ボク以上の力を振るうアマゾネス。 化け物め。 何度心の中でそう毒づいたか、数えるのも馬鹿らしい。 ……おっと。今はそんなコトより、目の前のクライド少年だ。「……ガンバったんだね?アレから数年。並大抵の努力ではそこまで行けなかっただろうに……?」「そんなコトはありませんよ……。ホクト准将たちのご活躍に比べれば、自分などまだまだで……」 例の三百五十万人破りの話をしているのだろうか? それとも、しっと団のミッド支部を潰した時の話のことか? どちらにせよ、そこには彼が羨ましがるようなエピソードは存在しない。 ……というか、彼のような正統派主人公キャラをそんなヨゴレには出来ない。 歴史の修正力か。はたまた側で支えている乙女の仕業か。 とにかく彼は星の王子様。……間違ってないよね?(婦女子的には)。「ま、そんなコトはどうでも良いかぁ……。ボクは先任とは言え、今や【陸】の人間だ。それに対してキミは【海】の若き准将様……」 つまり向こうの方がグレードが高いのだ。 よってボクの引き抜きも、やろうと思えば可能である。 かなり無茶振りをすれば、の話だがね?「……で、だ。本気かい?いや、確かに昔約束したけどさ。お互い今の立場でソレをやったら、色々と不味いんでない……?」 こう言えば角は立たない。 ボクの本心としても、彼に付いて行くのはないと思っている。 常識的な見地から見てもソレは有り得ないし、そのことは他の面子の顔を見れば良く分かる。 クライドの後ろで控えている女性とか。 彼の後ろにいるのを良いことに、とても彼にはお見せ出来ないお顔を為さっているのだ。 歳月は人を変える。それが良い方向か悪い方向かは置いておいて。 続けてボクの後ろに居る面子。 ボクからは見えないと思っているのだろう。 だが残念。一切の手抜きを許されないお掃除のお陰で、壁が鏡のようになっているのだ。 つまりボクからも丸見え。 ……みんな素晴らしい程のメンチ切りです。 と言っても、ソレはレジアスとゼストに限ったこと。 ルナパパは何時も通り(に外見は見える)で、メイドガイはリンディの着ている服を注視している。 大方洗濯の仕方がなってないとか言って、セクハラタイフーンをかますつもりなのだろう。 そして残りのウマ子はというと…………何か目が輝いている。 アレは恋する乙女センサーに引っかかったからか。 それとも「レっちゃんも良いけどぉぉ……あの提督さんもステキじゃぁぁ……!」とか言っている独り言のせいか。 まぁ何にせよ、現在が一触即発な状況であることには変わりない。 さて、どうしたら良いモノか。 ポクポクポクポク……チーン! 偉大なる先人【イッキュー・トンチンカン】少将にならって、ボクも頭を捻らせた。 コレだ。 コレで行こう。 ……というより、コレしかないだろう?「良し、ならこうしよう。互いの陣営同士で言いたいコトもあるだろう?ココはひとつ、リンディ嬢とボクで決着を付けるというのはどうだろう?」『…………エ?』 普通そのリアクションが返ってくるよね? でも一応理由はあるのだ。 彼女とボクは一番総合ランク的に近いし、何せ【オンナ】同士。 さらに言えば、こうなったらオトコは介入出来ない。 リンディ嬢の負の感情を引き受ける為にも、この選択がベストなのである。 良し。あとは上手く言いくるめるだけだ。「もしボクがキミの下に行くとしたら、ソレってキミの部下としてってコトだよね……?」「……エッ?そんなつもりじゃ……!!」「でも現実は直視しないと。そしてそうなると、先任のリンディ嬢と役割が被ることになる」「……!!」 実際はそうはならないだろう。 何て言ったって、化け物と美女だ。 比較になるハズがない。「そうなったら、二人も副官を持つ意味は薄いよねぇ……?」 ソコに意味はない。 ないのだ。 でも。それでもボクが欲しいというのなら……。「それでもキミがボクを欲しいというのなら…………リンディ嬢を捨てるしかない」『……!?』 同じ役割を果たすカードは不要だ。 チェスにはクイーンは一体。 二体は存在出来ない運命。 太陽と月が並び立たないように。 月とスッポンが違うように。 ……アレ?何か違うか?「クライド少年。キミは心優しい人間だ。きっと今までの目標と幼馴染のどちらかを選ぶ事態なんて、考えたコトもなかっただろう……?」 取捨選択の刻。 クライド少年はこの事態を想定していなかった。 まぁ当たり前だ。 いきなりこんな超展開、予想出来る方がどうかしている。 でも現実は現実として受け止めないといけない。ボクは賽を投げた。そして事態は動いた。 ならば手っ取り早く裁定する方法は…………【当事者】同士の能力比較であろう。「……でも!そんなのって、ないですよ……!?」「……と、クライド少年は言っているが?リンディ嬢、キミはどうする……?」 挑発めかして。 片目を閉じてウインクする。 ……気付け。キミなら――リンディ嬢なら分かるハズだ。 今までずっと、クライド少年を想ってきたキミならば。 一時とは言えボクと過ごしたコトがあるのなら、分かるハズだ。 ボクがこの決闘めいたモノに籠めた意味を――!「…………分かりました、お受けしましょう。…………ソレで?場所はドチラで……?」「リンディ!?」「止めるなよ、クライド少年?コレはオンナの意地を賭けた闘いなんだからね……」「……!」 押し黙るしかないだろう。 彼とてもう【オトコ】なのだ。 ココまで言えば、理解出来るだけの成長は遂げているハズ。 余談だが、彼が少年だった頃が懐かしい。 あぁ、とても懐かしくて涙が出てくる。 最もその涙はボクのモノではない。 リンディ嬢と面白がってやった、クライド少年の【女装】。 つまり流れた涙は彼のモノ。 【ハラオウン・ハーマイオニー】。当時の写真は、時空管理局裏オークションで一番の落札金額を誇る。 そんな可憐な少年だった彼も、今ではスッカリ……男前? いや。どっちかと言うと女装が似合いそうな美形というか……。 ……止めよう。コレ以上はあまりに不憫だ。「……じゃあ訓練室に案内しよう。アソコならボクたち全員が暴れても大丈夫な設計になってるからね……?」 【冥土ノ土産】が全員で暴れても、百人乗っても大丈夫♪な訓練室。 ちなみに重力制御も出来ます。 今のところ百倍が限度だから、成れても【スーパーミッド人】位が限度なのが難点だけど。 目の前に居るのは麗しの女魔導師。 蒼のペン型デバイスを手にかざし、その姿を氷を司る戦士へと変幻させる。 別の次元世界なのに何故セーラー服だとか、何故サービスしながら変身するのかとか。 気になる要素と、同数だけのツッコミをお見舞いしたいが、それはこの手合わせが終わった後でも良いだろう。 ……強い。確かに強い。 でもまだだ。まだボクの化け物ぶりを捉えるには至っていない。「もう止めて下さい!!リンディは既に限界です!!」「……この娘は、キミと一緒に居たいが為に身体張ってるんだよ?それを思い出したら、キミは黙ってて……?」 末端はビリビリになるけど、絶対守護領域を展開する水兵服。 中は見えません。見せるつもりもありません。 でも世の中には、却って見えないことの方がイイッ!!っていう人たちもいるのです。「……ハァッ、ハァッ……」 息も絶え絶え。 必死に頑張る姿に、全国のリンディファンは辛抱堪らんでしょう。 しかしこの場にはそんな不埒なことを考える奴はいない。「……リンディ嬢。キミは筋も良いし、何より魔力量が膨大だ。何年もすれば、きっとボクを倒せるようになるだろうねぇ……?」『……!?』 事実だ。 彼女のその後は皆も知っての通り。 故に【この後の】事実を口にしただけ。「でもそれは、【今】じゃない……!」『…………』 希望を与えてからの絶望。 人間はそうされるのに一番弱い。 よく【S】の人がそうするらしいが…………納得。コレは確かに気持ち良いかもしれない。「さぁ、どうする……?キミは既に死に体だ。そしてボクは、向かってくるモノには手を抜かない……」 リンディに向かって放つ言霊。 それは恫喝。脅し。呪い。 その全てを併せ持った言葉の刃が、彼女の心の臓に突き刺さる。「……っ」 言の葉は鋭い重圧になり。 そしてそのプレッシャーは彼女の動きを縛る。 苦悶の表情を浮かべ、その場に蹲るようにしゃがむリンディ。「……惜しいねぇ?キミが潜在能力を解放出来ていれば――――キミがもっと【自分】を解放していれば、こんな状況は簡単に覆せるのに……?」 本来のリンディは、デバイスを必要としない程の大魔力・規格外の魔導師だ。 レア度から言えば、それはなのはをも上回る程の代物。 でもこの時点での彼女は、ソレを行使出来ていない。 足りないのだ。 あるモノが。 その才能を爆発させるだけの【一つの感情】が。ソレが今の彼女には、決定的に足りないのだ。 ソレは引き金。 それはトリガー。 己の感情を爆発させることによって引き出される、【魂の力】とも言い換えられる。「ボクのモットーとして、【本気で挑んできたオンナには、本気で相手をする】っていうのがあってねぇ……?」 壱……。 ……弐。 …………参! ――ゴゥッ! 心に火を灯す。 ソレは体内のエネルギーによって増幅され、【炎】になる。 本気の乙女に手加減は不要。 コレを喰らって生き残るか。 それとも蛹を脱ぎ捨てて蝶に化けるか。 二つに一つ。 拳が燃える。 速さはない。 だが圧倒的。今の彼女にはそう見えるハズだ。「…………!!」 ボクの本気を悟ってか。 それとも追い詰められたことによる爆発か。 どちらでも良い。どちらでも良いのだ。彼女が…………【爆発】することが出来るのなら……!!「…………なぁ、リンディ嬢?オトコっていうのはさぁ、もの凄い鈍いんだ」 ソレは経験談。 今は過去となった昔日の思い出。 そこから得た結論は……オトコは鈍い。というモノ。「嬢ちゃん。オンナの武器の一つに、【精神力の強さ】ってのがある。オンナは総じてオトコより、精神が頑丈に出来てるってコトさね……?」「……?」「だから我慢してしまう。ガマン出来てしまう。自らの想いを隠して。相手が気付かないのを悪いと思わずに……!!」「……!!」 勿論場合によりけりだが。 しかし彼女は嫌われたくないが故に。 居心地の良い関係を壊すよりかは……と言って、我慢の体勢を取ってしまった。「己を解き放っていないモノに勝機は訪れない。悪いな、リンディ嬢……?キミと【彼】の航海は……………………コレで終わりだぁぁぁぁっ!!」 ブォンッ!! 我ながら野太いと思うその声と、唸りを上げる丸太のような二の腕。 どうした?コレで終わりなのか? 見せてくれよ? 魅せてみろよ!! オンナノコには、【意地】があるっていう所をっ!!「…………私は、私は…………!!」『……!!』 この場に誰もが息を呑んだ。 ソレは羽化だった。 蛹から蝶への華麗なるメタモルフォーゼ。「……私はクライド・ハラオウンが好きなんです!!愛しているんです!!」「…………!!」 声を上げずに驚くクライド少年。 目がそれ以上開かない位置まで見開かれ、彼の呼吸が止まる。 ……無理もない。それは今までの彼の根幹を揺るがすモノだったのだから。「……っと。いけない、いけない……!」 今すべきなのは彼の心配ではない。 目の前に光臨した、【オトメ】との対決。 解放された彼女に追随するかの如く、比例して爆発した彼女の魔力。 【勇気】。 その感情が抉じ開けたのは、魔力だけではない。 膨大な魔力の副産物として出現した、光の翼。 彼女が動く度に、彼女が分身したかのような錯覚が生じる。 ソレは質量を持った残像。 その光景は酷く幻想的であった。 まるで妖精のように。 とことんボクとは対称的な娘っ子だよ? 正直羨ましくもある。「……いきますっ!!」 リンディ嬢の氷結魔法が迫る。 まるで永久凍土を思わすソレは、訓練室を内側から破壊する程のモノだった。 ……恐ろしい。本当に恐ろしい。 この後、クライド少年とリンディ嬢は結婚することになるのだが……。 この時の光景が目に焼きついているからだろうか。 クライドは決して彼女に逆らおうとはしなくなったらしい。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘頂き、本当にありがとうございます!!