前回のあらすじ:発情期という名のお勤め期間が終了した。 結構な苦労と共に刑期明け……のようなモノが終了し、自室に戻ってくる。 それとほぼ同じタイミングで、ミッドと月村家を繋ぐテレビ電話のランプが明滅した。 発信者は見たことがない番号。とにかく出ない訳にはいかないので、恐る恐る取ってみた。「突然のお電話をお許し下さい。月村静香さんのお電話でよろしいでしょうか?」 そういえば今まで一度も登場する機会がなかったから言わなかったが、ボクの名前は【月村静香】。 少々……以上に名前にコンプレックスが有る為、なるべく名前は使わないようにしている。 コレまでに散々DTだと言ってきたので分かると思うけど、一応言っておこう。男ですよ?「……えぇ。月村静香はボクですが……貴女はどちらさまで?」 画面の向こう側にいるのは、黒い服を着た金髪美女だった。 時空管理局地上本部の制服を着ていないのを見ると、少なくともレジアス経由の依頼ではなさそう。 だがこの連絡回線は、彼や一部の施設にしか知らせていないのもまた事実。 故にこの美女からのコンタクトは、怪しさ極まりない。 まるで自分が怪しいですよと、宣伝しているようなモノだ。 警戒を強める。「自己紹介が遅れました。私の名前はカリム・グラシア。聖王教会の騎士で、時空管理局にも籍を置いているモノです」 何と。この時期にカリム嬢が登場するとは、夢にも思わなかった。 まぁレジアスが登場した時点で、想定してしかるべき問題ではあったのだが。 取り合えず、彼女の要件を聞くとするか。「これはご丁寧に。ボクのことはご存知のようなので、自己紹介は省かせてもらいます。それで、ご用件は……?」 彼女なら、ボクの連絡先を知ることは不可能ではない。 正規のルートでも良いし、秘密裏に入手することも可能だ。 恐らく彼女の目的はC3システムのことだろうが、一応相手から言わせるのがマナーというものだ。「ここ数ヶ月で、レジアス中将が【C3システム】というモノを使用し始めました……」 黙って先を促す。 聖王教会での導入か。質量兵器だと訴えにきたのか。 それとも全く違った理由なのか。「魔力を持たないモノでも運用出来る、パワードスーツ。素晴らしい発明だと思います……」「……ありがとうございます。ですが貴女の御用件は、ただお褒めの言葉を下さったモノとは思えないのですが……」 一瞬息を呑む音が聞こえた。 段々と雰囲気が悪くなる。 だがソレは仕方のないこと。避けては通れない問題なのだから。「……ですがアレは……アレは質量兵器なのではないでしょうか……?」 真剣な面持ちで訊ねてくるカリム。 意外だった。彼女なら、適当にお茶会にでも誘い出してから聞き出すとか思っていた。 STS本編まで、まだ時間がかなりある。この時は、まだ未熟だったのかもしれない。「ちなみに、レジアス中将は何と?」「……自分は開発者ではないので、言えない部分もある。開発者の連絡先を教えるから、自分で聞いてくれ……と」 ありゃま、説明してくれても良かったんだけどなぁ。 どうにも真面目さんだからなぁ、彼。 仕方がない。面倒だけど、キチンと説明しましょう。「結論から先にお伝えします。質量兵器に抵触するようなモノは、一切搭載しておりません」 質量兵器が何故禁止されているのか。 ソレはクリーンな魔法と比べると、環境に影響を与えるモノが多いからとかも言われているが、ソレだけはない。 非殺傷設定が出来ないから。コレが一番大きな原因なのだ。「弾丸はゴム弾。スタンガンは非致死性。C3システム自身は電力で動き、現場まで搬送する手段はそちらの世界のモノ」 一つ一つ構成するモノを言っていく。 質量兵器であるハズがないのだ。 ソレはミッドに持ち込む際に、レジアスと武装を絞った時点で認められている。「何か問題がありましたか……?」「……武装面では問題がないことを確認しました。ですがアレは……魔導師や騎士の闘い方を、根本から崩すモノです!」 あぁ、成る程。 騎士道精神を重んずる教会としては、アレの存在は対極の位置に有るモノだ。 アレに頼れば鍛錬をしなくなるとか、騎士道精神に反した闘い方をするようになるとか。 そんな懸念からの訴えだったのか。 何だ。このお嬢さんと比べたら、レジアス中将の方が百倍マシ。 いや、比べるのも失礼だ。「……そんなに騎士道精神って、大事なモノなんですか?」「…………?」 騎士道精神。ひいては誇りというモノ。 有る程度は大事だと思う。ソレがなければ、ヒトは自分を律することが出来ない。 でも、ある程度以上からは不要になる。そんなモノに拘っているうちにも、助けを求める人々は傷付いていくのだから。「騎士というのは、誇りを守る為の生き物なんですか?違うでしょう……?」「……!」「騎士っていうのは、人々を護る為の剣なんでしょう?違いましたっけ……?」「……そ、それは……」 う~む。まだまだ甘いな、騎士カリム。 理想は大事だけど、理想を見すぎると足元が見えなくなる。 このお嬢さん……というか聖王教会の人々は、ソコら辺の認識がどうにも欠如しがちなのだ。「まぁコレって、実はレジアス中将の受け売りなんですけどね?」「……え?レジアス中将が……?」 騎士を魔導師に置き換えてやると、まんまレジアス中将の台詞になる。 彼がボクにC3システム導入を依頼してきた時に聞いた、地上本部を説得させる為の言葉。 ソレがこの言葉だったのだ。「あと誤解のないように言っておきますが、アレは訓練なしに使いこなせるモノではありません」 地道な筋トレ。 華やかさのないロードワーク。 ソコにあるのは、外からは見えない努力のみ。「その証拠にレジアス中将。彼は激務な毎日にも関わらず、必ず筋トレと走り込みをしているのですが……」「まさか……それであんなに劇的なやせ方を!?」 事実は違うのだが、敢えて言う必要もない。 どちらにせよ、中将の努力が凄いということには違いがないのだ。 なら勝手に勘違いさせておけば良い。「……さて。お話はコレでおしまいですか?」「エ?え、えぇ……」 多分聖王教会では、C3システムは採用されないだろう。 時空管理局とは別の意味で柔軟性がないから。 ソレは歴史が証明している。というか、かつて聖王教会の信徒だった身の上としては、ソレが痛い程良く分かる。「聖王教会では、C3システムの導入は難しいでしょう。もしかすると、検討すらしないかもしません」「……そうかもしれません」 こんな素直な娘が、後に豆狸のお師匠様の一人になるなんて、とても想像出来ない。 出来るならこのまま育って欲しいが……。 まず無理だろうなぁ。「このままお話を終了させても良いんですが、ソレではかなり後味が悪い。ですから、こんなモノを用意してみました」 パソコンの端末を操作し、あるモノの仕様書をカリム側に転送する。 仕様書の中身は、以前レジアスが断った【電力式魔法導入案】。 恭也たちで既に実践データを取ってある、【ベルカ式】のモノである。「コレは……!」「採用するかしないかは別として、検討する価値は十分にあると自負しております」 コレはカートリッジシステム以上に、革命をもたらすモノだ。 正直な話、管理世界のバランスを崩す恐れすらも含んでいる。 でも多分。今のカリムなら、この意味が分かるハズだ。ボクの持っている、このカードの重たさを。「……ありがとうございます。ですがこのシステムは、今の私たちには【重い】モノとなるでしょう……」「…………そうですか」「えぇ。かつてのベルカの土地を取り戻そうという強硬派。彼らからすれば、資質に関わらず強力な兵士を揃えられるこのシステムは……魅力的過ぎます」 宗教戦争というのは、何時までたっても後を引くモノ。 かつての栄光を知るモノ程、その影響は大きい。 彼女の判断は正しい。そして心強い言葉だった。「……分かりました。非常に残念ですが、聖王教会との商談は諦めましょう」「フフ。そういうことにして貰えると、助かります」 それでは……と言って、通信を切った。機会があれば、また出会うこともあるだろう。 そうでないのなら、ソレが運命というモノなのだ。 こうして、ボクと教会騎士のファーストコンタクトは終了した。 おまけ:今日のレジアス中将 今日は非番だったので、洗濯物を天日で干した。 さらに午前中をかけて家の掃除をし、午後からの来客に備える。 相手は家族連れ。小さな子どももいるということなので、ジュースの買出しも忘れずこなす。 後は昨日の夜から煮込んであるビーフシチューの味見をし、塩を一つまみ追加。 コレで準備は万端。 ちなみに来客の名前は、先日筋トレルームで知り合った【ゲンヤ・ナカジマ】一家。 会って早々、身体を鍛える中年同士ということで意気投合。 互いに仕官であることもあって、会えば会話が尽きなかった。 客を家に招くのはかなり久しぶりであることもあって、少し緊張気味。 ――ピンポーン! インターフォンがなった。 さぁ、来客を出迎えよう。 補論:オーリスは二日酔いでダウン中。