我輩は猫である。名前はまだない。 ……失礼。ちゃんと人間である。 良いねぇ?これが管理外第九十七番流のジョークかぁ……。「やぁやぁ諸君、はじめまして。いや、それとも【久しぶり】になるのかな?私はかつて、【ジェイル・スカリエッティ】と呼ばれたモノ……」 無駄に迫力が有り。 そして同時に不気味さが漂っていた、昔のスカリエッティ。 しかし今の彼からは、そんな気配は微塵も感じられない。「此度は、ギル・グレアムという【悪役】の穴を埋める為に、私自らが転生することとなった……」 正確にはただの転生ではなく、【魂を分割した】上での転生だ。 己の魂を割り、その片方の魂を本来死産するはずだった赤子に入れる。 こうすることで通常の転生なら【一人→一人】なのに対して、【一人→二人】に出来る。 数の上ではたった一人の差。 しかしこの一人分の差が、時には戦局を左右するコトもある。 ましてや【ジェイル・スカリエッティ】が二人居るという状況は……管理局的に考えれば恐ろしい状況である。「そして私は二年前の六月……」 身長はかつての三分の一以下。 体重なんて、女性モデルをブッちぎり出来るほどに、軽い軽い。 そして容姿はと問われれば、昔とは違うものの、【ある意味】様々な者たちを魅了する程のモノであった。「この地【海鳴】に再臨したのだぁぁぁぁっ!!」 握りこぶしを作り。 そして天高々に吼える。 成る程。確かに一連の動作を見れば、ジェイル・スカリエッティ本人だと思えなくもない。 しかし。 極一般的な二歳児がそんなコトを吼えれば、どう贔屓目に見ても異常事態だ。 そして彼の転生先の両親もその例に漏れず。だからこその当たり前が行われた。「あなた!あらしが……あらしが!!」「え、えぇぇっと……!こういう時は精神科か!?それとも小児科!?」 未だ名の知れぬ八神父と八神母。 その二人があたふたと慌てる様は、とても癒される。 そんなことを思いながら狂喜している二歳児。 ……歪んでいる。 明らかにそれは、人として歪み切っているではないか。 ちなみにそんな珍妙な芝居が行われているすぐ横では……。『意地を張りすぎたな……。お前のブレンドはモカの入れすぎで、酸味が強すぎる……!』『う、うぅぅ……!』『そのままのブレンドで出せなかったのは、お前の心の狭さだ……!』 テレビの中の登場人物。 片やヨレヨレの黒いスーツを着ている、サラリーマン風の男。 そしてもう一人は、大柄な身体を着物がゆったりと包み。そしてその中身は獅子の如き、苛烈な親父。 一応断っておくが、これは【料理対決】を題材にしたドラマである。 そして前述の二人は実は親子であり、その人間性を主軸とした話としても有名である。 子どもなら【ミスター味皇】でも見てれば平和なのだが、何故か今日の八神家のチャンネルはこの【壮絶親子喧嘩バトル】だった。「……これが、りょうりのせかい……!」 だから勘違いしてしまった少女が一人。 少女の名前は八神はやて。 のちに【ミス・味っ娘】や【オッパイマイスター】として名を轟かせる、将来有望なオンナノコだった。 ちなみに【ミスター味皇】とは、美味い物を食うと壮絶なリアクションを取る、変態爺さんの活躍を描いた作品である。 中でも素晴らしいのは、あまりの美味さに巨大化して城を一つ破壊してしまった回か。 アレは子ども心に、良い感じでトラウマを刻みこんでくれた。 我輩はただの子どもである。 名前はもうある。 ……え?引っ張り過ぎだって?それは失礼した。では真面目にやろうか? 如何に叡智とも呼べる知識を持っていても。 またどれだけ頭の中で新しいアイディアを練れたとしても。 ただの子どもには何も出来ないのだ。 金もない。 研究設備もない。 ないない尽くしで、何も無い。 これならいっそ、知識や頭脳など無いほうが良いのかもしれない。 宝の持ち腐れ。 そう思っていた時期が、私にもありました。『ギンの翼にノゾミを乗せて!灯せ正義の緑信号!勇者電鉄マイトギャイン……線路内に人が立ちいった為、十分遅れでただ今到着!!』 テレビの中では、今日も地球の子供向け番組が流されている。 今回のは新幹線とSLが合体すると言う、オジサン鉄ちゃんが憤慨しそうな代物。 でも子どもは大喜び。ついでに大きなお友だちも大喜び。「う~む。実に勉強になるな。この常識に囚われない発想が、管理外世界の強みだな……」 この場合の常識は、【管理世界】の常識である。 当然【管理外世界】には別の常識が有るのだが……。 この番組は……というか、フィクション世界はやりたい放題である。「さ~て。次は【世紀末ラオウゲリオン】でも見るとしようか……?」 二十世紀の末。人類にケンカを売ってくる怪獣を退治するため、一人の漢が立ち上がる。 その名は【シンヂ・イカリガタ】。 彼は究極の人型逆汎用兵器【ラオウゲリオン】に乗り、怪獣相手にギャンダムファイトを始めるというお話。 勿論攻撃手段は、肉体言語のみ。 そして闘いが終わった後には、夕日がまぶしい土手で相手と寝転ぶことはお約束。 『お前……中々やるな』とか『フッ……お前こそな』とか言うのも外せない。「今はやれることが少なくても、後になったらどうせ否応なく働くことになるんだ。なら今は、少しでも発想を豊かにしておかないとねぇ……?」 どう見ても楽しんでいる。 その姿を見るに、【発想を豊かにする】とかいうのは建前にしか聞こえない。 しかしその姿は子どもらしくて、外から見る分には安心させられるモノだった。 そして。 そんな矢先のことだった。 両親が死に。そして姉が半身不随になったのは。 見た目は少年だが、中身は老成している位の年齢。 だからその光景を、だたありのまま受け入れていた。 それよりも困るのは、今後のこと。 八神家はそれなりに貯蓄はあるものの、姉と二人で大きな家を維持しつつ暮らせるのは、せいぜい十五歳位までだ。 それならば、今から引越しや節制をする必要がある。 そうすれば、少なくとも社会人になるまで大丈夫だろう。 そんな所帯じみたのか、それとも生き残る術を計算したのか分からない状態で居ると。 【運命】が向こう側からやって来た。 それも【足長オジサン】というスタンスを取りながら。「こんにちは。私の名前はギル・グレアム。君たち二人に聞きたい。このまま施設に行くのと、知らないおじさんと一緒に暮らすの。どっちが良いかな……?」 長身のイギリス人。 管理局提督【ギル・グレアム】。 その老紳士っぷりを遺憾なく発揮し、彼は上記の台詞を平然と吐いた。「あらし、変態や!!最近はやりの、誘拐犯が出よった!!」「……良し。では取りあえず、警察に電話を……」 とりあえず彼は、自らの登場シーンで格好つけるよりもはやく、日本の常識を学んでくる方が先だった。 このご時世で先の彼のような台詞を吐き、そして小さな子どもを前に同居を迫ってくる者を何というか。 答えは三文字。 【変質者】 百十番をコールしたので、彼とは違った【この世界の守護者】たちが来るのは時間の問題だ。 で、五分後に来た。 警察という名の召喚獣は、八神邸を取り囲み、外から拡声器で呼びかけてきた。『この家は完全に包囲されている!逃げ場はない!それが分かったら、大人しく出てきなさい!!』「なん、だと……?」 これに焦ったのはグレアム氏。 子どものすることと見逃していたが、まさか本当に警察を呼ぶとは思わなかったらしい。 しかし、これでも彼は時空管理局では上に立つもの。 はやく誤解を解かねばならない。 そう考えて玄関の前に出てくる。 するとそこに居たのは、山のような人・人・人。 どう考えても説得で応じてくれるような段階は過ぎており、そして既に駆逐するしか手段がないことを悟る。 何といっても、彼は時空管理局では提督様なのだ。 似たような組織のこと故、理解出来てしまったのである。「え~い、仕方ない!ならば……!!」 上着をサッと脱ぎ捨てて。 その下には嘗てのバリアジャケットが展開されている……ハズだった。 そしてその格好で、警察官たちを魔法で昏倒させる予定、だったのだが……。『き、貴様!その格好は我々に対する挑発行為と解釈して良いのだな!?』「……!?何故だ……何故バリアジャケットが展開していない!?」 防護服がない。 となれば、今の彼は見たくもない生まれたままの姿。 言うまでもなく、文字通りの非武装である。『確保――――!!』 呆然とするグレアムをよそに、皆が皆彼に襲い掛かる。 触りたくない。触れたくない。 しかし宮仕えは厳しいのだ。そんな悲哀が漂うような光景だった。「リーゼ~!!リーゼ~~!!」 最後には自らの使い魔に助けを求めながら、彼は最寄の警察に護送されていった。 そして助けを求められた方の二人はというと。 何故か少年少女の横で、猫の姿で目撃された。「(ふ~む。接触時に即効でプログラムを書き換えたのだが……少しやり過ぎたかな……?)」 最近はアニメ・特撮が大好きな子どもになっているは言え、それでも中身は天才科学者だ。 故に接触時に即効でデバイスプログラムを書き換えることなど、彼にとっては造作もないこと。 こうして彼は、猫たちの咽をゴロゴロさせながら、その主が手錠を掛けられてパトカーに乗るのを見ていた。 二日後。 人型リーゼが迎えに行ったお陰で出てこれたグレアムが、再び八神家を訪れていた。 今度はリーゼも居るので、いきなり通報されることはないだろう。「生活援助してもらうのは良いけど、一緒には暮らしたくない」 当たり前といえば当たり前。 しかしこの意見は、ある意味グレアムの狙い通りでもあった。 干渉が少なければ、管理局は自分の正体に行き着くことは難しくなる。 だから元々、引き取ったとしても放置するつもりだったのだ。 それが思わぬカタチで願いどおりになったのだ。 これには喜ぶしかない。「なぁなぁ、あらし。いくら相手は変質者のおっちゃんかて、さすがにソレは失礼なんじゃ……」「姉さん。これは生き甲斐をなくした老人への、有料ボランティアなんだよ」 ボランティアなのに【有料】。 つまりソレは、無料奉仕活動ではなく、ただのお仕事。 良い金づる。それがあらしにとっての、ギル・グレアムの正しい使い方だった。 こうして変態提督を排除した後、少年と少女の共同生活は始まった。 しかし最初から上手く行くことなどはなく、当然の如く失敗の連続だった。 その失敗を乗り切れば、何とか回せる状態になる。 ……というのが、世間一般的なプロセスだ。 だがコレを良しとしなかったのが、【一応】身元引受人であるグレアム氏。 彼は子どもたちだけの生活は無理があると【勝手に】判断し、自らの二体の使い魔を世話に行かせた。 こうして八神家には、二人の世話役が現れた。 彼女たちの働きぶりは素晴らしく、殆ど非の打ち所ないモノだった。 近所付き合いも完璧で、困った人たちが居たら即座に助けるという素晴らしさ。 ただ一つ。 いや、この場合は二つか。 大きな謎があった。 一つは彼女たちは決して喋らないこと。 そして二つ目は……彼女たちの格好が、何故か【黒子】のモノだったこと。 黒子ならば喋らないのは当然。 しかしそもそも【黒子】である必要が何処にあったのか。 それはギル・グレアムという、変態紳士にしか分からないことだった。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘頂き、本当にありがとうございます!!