時空管理局地上本部。 本来今日行われるハズの【公開意見陳述会】は、未だをもって開始していなかった。 その代わりに、皆が皆【喪服】を纏い。そして壇上の遺影を眺めていた。 白黒の写真に写るのは、美女と見まごうばかりの男性。 長く緩やかなウェーブがかった髪を後ろで一本にまとめ、その身には将官の制服。 屈託のない笑顔は、本来真面目な写真であるハズの遺影を、尚のこと悲しい存在としていた。「本日は【月村静香】中将の葬儀に来て頂き、誠に有難う御座います。司会進行役は私、【レジアス・ゲイズ】が務めさせて頂きます……」 二階級特進による、准将から中将への昇進。 リンディとカリムは、遂に並ばれてしまったなぁと思いながら、その胸中は複雑だ。 そしてザフィーらに至っては、抜かれてしまった悔しさよりも、護れなかった悔しさをかみ締めていた。 あの時、シズカの言うとおりにしていれば……。 もし自分がもう少しはやく反応出来ていれば、あんなことにはならなかったのに……と。 【盾の守護獣】。それは己を表す言葉。 そこに嘘偽りは存在しない。 如何なる虚偽も許さないその二つ名を、例え対象が主でなかったとは言え反古にしてしまった。 自分の自尊心は傷付いた。 だがソレ以上に、彼には後悔の念が込み上げている。 彼は守護獣だ。 引き摺るような、柔な精神はしていない。 しかし彼は、今回のことを敢えて心に留めた。 あんなことは二度とないように。 自身を戒める【楔】として、彼は彼自身に誓約を課したのである。「それでは生前の彼の人となりを振り返る為に、彼の人生を振り返ってみたいと思います……」 会場の明かりが落とされ、正面には巨大なホログラフ映像が。 彼が時空管理局に入る前からの、地上本部の現中心人物や騎士カリムたちとの出会い。 そして奇妙な関係を形成しつつ、今日に至るエピソード。 ソレらがダイジェスト方式で流され、最後は【超特殊任務】に就いているところで締めくくられた。 言うまでもなく、それは機動六課の内偵任務のコトであり、その秘匿性から情報開示が出来なかった為である。 しかしそれが開示されなくても、彼は時空管理局の中では有名人であり、同時にもたらした影響も大きい。 彼が考案・開発した【C3システム】などを筆頭に、供給された発明品の数々。 そのお陰で、魔法に頼らない部隊も実働可能になった。 非魔導師の救世主。それが【月村静香】の肩書きの一つでも在った。「我々は素晴らしい友を亡くした……。そして同時に、非常に重要な存在を失ってしまった……」 英雄の価値は生きている時は元より、死んだ後にもその価値を発揮させる。 つまり【あの英雄の敵討ちだぁぁぁぁ!!】と宣言し、誘導することでモチベーションを上げられるということ。 偉い人は、友の死をも有効に利用しないといけない。 悲しくないと言えば嘘になる。胸が痛まないかと聞かれれば、痛むに決まっている。 しかし。だからと言って。 このまま【彼】の死を無駄なモノにしてしまうのは……もっと出来ないことだった。「彼の死を無駄なモノにしない為にも……我々は一意団結して、未曾有の危機を乗り切らなければならない!!」 ザワザワと聴衆が怯え出す。 未曾有の危機とは何なのか? そしてソレは本当に乗り切れるモノなのかと。「この後行われる【公開意見陳述会】に、世紀の大犯罪者【ジェイル・スカリエッティ】が襲撃を仕掛けてくるという情報が入っている!」 今度はガヤガヤと皆が焦り出す。 スカリエッティの名は、上に行けば上に行くほど知られているモノ。 その大犯罪者が、今日この場に襲撃してくるというのだ。焦らない方がおかしい。「静粛に!!皆が焦る気持ちは良く分かる!!しかし、しかし!我々には、ヤツらにはない素晴らしい武器がある!!」 一瞬にして静まりかえる会場。 それは何なのか。 皆がレジアスの言葉に耳を傾けた。「それは……【勇気】・【気合】・【根性】だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 間が空く。 思考が一瞬停止する。 しかしその停止は、大将の次なる行動で再び動き出すのであった。 ――ズゥゥゥゥン!! 深く。 そして静かに練られた【気合】。 それが質量を伴って、聴衆の身体に叩き付けられたからだ。「……コレが【気合】だ。人間、魔法などに頼らなくてもコレ位は出来るようになるのだ!」 皆が色めき立つ。 当たり前だ。 これほど頼りになるボスは、そうそう居ない。「自分の可能性を信じ、努力し。そして最後の最後まで立っていようという気合が、自分自身を救うことになるのだ……!!」 もうどよめきは無かった。 流石は地上の実質的なトップ。 人身掌握から鼓舞。そしてパフォーマンスはお手の物のようだ。「故に、我々が負けることはない!!」『レジアス!レジアス!レジアス……!』 会場の何処からともなく始められた、【レジアスコール】。 まるで、プロレスの会場かと見まごうばかりの光景。 しかしコレが現実の、合戦前の大将挨拶だった。「さぁ、立ち上がれ!!地上の勇者たちよ!!皆で地上の平和を勝ち取る為に……!!」『サー、イエッサー!!』 一糸乱れぬ、統率の取れた敬礼。 完璧なチームワークとも取れるソレは、気合と信頼の証。 こうして地上本部は、最高の状態で戦争前準備が整いましたとさ。『やぁやぁ諸君。ソロソロ私の話を聞いてもらえないかい……?』 ……例えソレが、相手側の情けによるものの上にあるもので、あったとしても。 被害は変わった。 本来地上本部に与えられるはずだった、人的・物的ダメージの内、およそ三割に留まる快挙。 完全に抑えることは出来ない。 相手はなんと言っても、スカリエッティの【最新型】戦闘機人なのだ。 元より敵わぬことは当然。しかしそれらを相手に、この程度の被害で済んでいる。 これこそがヒトの起こした、【奇跡】というモノに他ならないだろう。「(……だが。戦闘機人の相手をしている奴らは……機動六課のメンバーは……!)」 レジアスは内心で、指揮などを放り出して【一戦士】として現場に向かいたかった。 しかしそれをすれば、今度は全体的な指揮を出来るモノが居なくなってしまう。 そしてソレは、他の提督ズも同様。 彼・彼女らがそれぞれの方面の指揮を執らなかったら。 三割に押さえ込まれた被害は、あっという間に本来のソレになるだろう。 断腸の思い。まさに身体の内部が引き裂かれるような感覚を感じながら、彼は必死に指揮を執っていた。 戦闘機人に対抗出来るのは、地上では機動六課のみ。 如何に【C3システム】などがあるとは言え、それでもまだ【地上】と【戦闘機人】の力には差が存在するのだ。 故に機動六課だけ。彼女たちだけが、対スカリエッティのカードとなる存在。 だからこそ、彼女たちへの心配度は上がり調子なのだ。 特にスバルやティアナは、娘も同然の少女たち。 気にならない方がどうかしている。「大将!地下設備に戦闘機人反応!!……!?お、及び【ザンカンブレイド】の反応をキャッチ!!」「何!?現場に一番近いのは誰だ!」「……現在、ギンガ・ナカジマ陸曹が交戦中!あ!スバル・ナカジマ二等陸士も接近中!!」「…………っ」 よりにもよって、【あの二人】だとは。 レジアスは周りの人間に気付かれないよう、内心で舌打ちした。 私情は優先するべからず。 今の自分は大将なのだ。 勝てるためのオーダーを組み。 そしてソレを実行する義務がある。「……高町なのは一等空尉の反応は?」「現在接近中です。あと三分後には到着するかと……」 三分。 微妙な時間だ。 戦闘機人が何人居るかにもよるが、ナカジマ姉妹ではウォータン・ユミリィの相手は難しい。 ならば出来るかどうかは不明だが、なのはをウォータンに当てるのが定石だ。 考える。考える。 しかしソレに変わる代替案は見当たらない。仕方無しに、レジアスはなのはにソレを通達する。 そしてその一分後。 ギンガ・ナカジマは戦闘不能になり、捕獲され。 次いで到着したスバル・ナカジマが残りの戦闘機人を一掃した。 騎士仮面はその間、終始見学に徹していた。 そうして向かえた、なのはの到着。 それを見た仮面の騎士は、なのは目掛けて突貫していく。 アクセルシューターで相手を近づけないようにし、持ち前の堅牢な守護壁で相手の攻撃を受けないようにする。 ソレは近接戦闘者と闘う場面での、高町なのはのセオリー。 間違ってはいない、事実彼女は、今までそれで生き延びてきたのだ。 だがそれは、あくまで【常識的な相手】の場合に限られる。 騎士仮面は【常識的な相手】の範囲を大きく逸脱したモノ。 だからそんな【なのはのセオリー】は、彼に通じるハズがなかった。「……どうした。貴様の魔法は、この程度のモノだったのか……!!」 吼える騎士仮面。 アクセルシューターをなます斬りにし、ディバインバスターを正面から斬り付ける。 どう考えても、それは【人間】を止めている。「違うというのなら、貴様の全てを賭けて挑んで来い!!」 強い。 騎士仮面は、明らかに今までの相手と異なった次元の敵だった。 こちらの攻撃手段は無効化され。 そして尚、向こうから攻めてくることはない。 こちらの――【高町なのは】の全力を出させた上での対決を望んでいる。 それを強いと言わずに何と言うのだろうか? 咽が渇く。 カラカラになって、唾の飲み込む音すら聞こえてくる程に。 どうする……?リミッターの解除申請をするべきか?この相手なら、恐らく喜んで待ってくれるだろう。 だが。 しかし……。 もしもその上で――全力を出した上で敗北してしまったら? エースの敗北。 それも全力を出し切っての惨敗。 それは自分のみならず、管理局全体にも影響を及ぼすモノ。 負けられない。 しかし勝てるイメージすら浮かばない。 どうする……?どうすれば、この戦局を乗り切ることが出来るのだ……?『高町一等空尉……貴官のリミッターは全てコチラで解除した。目の前の仮面の男を、得意の【全力全開】で粉砕するのだ……!』 身体を押さえ付けていた戒めが取り払われ、それと同時にレジアスからの指令が入る。 何故彼がリミッターの解除をしてくれたのか――解除出来たのかは不明。 しかしコレでなのはを縛るものはなくなった。 同時に、彼女自身の逃げ場は消失した。 全力でなければ、相手に負けた時の言い訳は出来る。 だがその言い訳が出来なくなってしまった以上、彼女は逃げ場をなくした子羊のようなモノになってしまった。「……レジアス大将……相手はストライカークラス以上です!増援の手配を……」 結局なのはに出来たのは、自分だけでは無理。 だから味方を寄越してくれ、というモノだった。 ある意味客観的に自分を見れる証拠。 しかし現状でそんな余剰戦力がないのは、火を見るより明らか。 そこに彼女の迷走っぷりが、垣間見れた。 レジアスは理解した。彼女の迷いの理由を。だから一言。一言だけ言った。『貴様は、いつからそんな大人しくなったのだ……?』「……え?」『以前の貴様らは周りの迷惑などは考えず、ただただ自分を通すことだけを考えていただろうに……?』「そ、それは……」 考えると恥ずかしいことだ。 今回の機動六課にしたって、結局は夢見がちな少女たちの我が侭。 そう言い切れてしまうモノだと分かってしまった。 例え騎士カリムの予言があろうとも。 元々ははやての夢に余禄がついた程度。 いや。その余禄によって、はやての夢は、夢から脱却したのだ。『貴様はそんな余計なことを考えんで良い。後の責任は【上】が取るモノだ。故に貴様は、後先考えずに……これまで通りに【全力全開】で己の路を抉じ開ければ良いだけだ……!!』「……!?」 考えもしなかった。 陸の総大将が。 まさかそんな考えをしてくれるとは。『例え今の貴様が通じなくても、その次は分からん。だから自分から逃げるな。一度でも自分から逃げれば、この先立ち上がることは二度とないだろう……」「……」『エース・オブ・エースの看板が重いというのなら、そんな物は今すぐ下ろしてしまえ!貴様は……貴官は【ただの】高町なのはとして闘うのだ……!!』「……ハイ!!」 その瞳には紅蓮の輝き。 真っ赤に燃える焔を灯して。 彼女の心は、【不屈の心】を取り戻したのだ。「…………覚悟は出来たようだな……?」「……ハイ。でもそれは、貴方を逮捕する覚悟です!!」「……良い覚悟だ。ならば貴様の全力を以って、俺を止めてみろ……!!」 騎士仮面の問いかけ。 それになのはは、今度は力強く返す。 満足そうに頷くウォータン。もはや待つ必要は無くなった。「レイジングハート!ブラスター3!!」《All right!》 ブラスタービットが現れ、高町なのはの最終形態が完成する。 ビットを併用した、周囲の魔力残照をも利用した【スターライトブレイカー】。 その威力は、非殺傷設定を用いていなければ、都市が一つ二つは軽く蒸発するほどの代物。「全力ぅ……全開!!」「…………」 騎士は語らない。 ただこの後に訪れる最大の一撃に対して、己を高めて待つのみ。 故に微動だにすることすらなかった。「スターライトォォォォォォォォ…………ブレイカァァァァァァァァ!!」 非常に漢らしい声で叫びながら、彼女の渾身の一撃は騎士仮面に迫っていった。 文句の付けようの無い、最大最強の一撃。 コレを止められるモノはヒトに非ず。 それ程の力と心胆を振るわせる一撃。 もう一度言おう。コレを止められるやつは人間じゃない。 だからなのだろう。騎士仮面は、臆することなくその一撃に立ち向かっていった。「……流石だ。ならばオレも、最大の一撃を以って迎撃するとしよう……」 満足げに瞑目するウォータン。 次の瞬間に見開かれた瞳は、なのはと同じく【紅蓮】の輝きを秘めたモノ。 つまり彼もまた、全力全開で挑戦者を退けようとしているのだ。「我はウォータン。ウォータン・ユミリィ……メガーヌの剣なり……!」 いつものように、槍がザンカンブレイドに変化する。 長大な柄。巨大な鍔。 しかしそこからが、何時もとは……通常とは異なった展開だった。「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」 普通は長い長い刀身が形成されるモノ。 しかし今回に限っては、刀身は形成されず、ただエネルギーを垂れ流し続けるモノと化した。 通常の刀身よりも明らかに長大・巨大なエネルギー体。「伸びよぉ!ザンカンブレイドォォォォ!!」 伸びる。 伸びる。 何処まで伸び続けるのか想定不可能な、エネルギー体の刀身。「薙ぎ払え……星ごと奴をぉぉぉぉ!!」 その凄まじい質量と長さを伴った一撃が、なのはのスターライトブレイカーと接触する。 削り。削られ。 一進一退の攻防は、その持ち手たちではなく、放たれた一撃同士が演ずる死闘。 星の一撃と、星を薙ぎ払う一撃。 最初は拮抗していた両者だったが、次第にその差は歴然としてくる。 確かにその魔導師ランクは拮抗したモノ。 だが違う。 気迫はある。力もある。 だが……だが最後に勝負を分けるのは……!「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」「……!?」 星が薙がれる。故に【星薙の太刀】。 それこそが彼の――【ウォータン・ユミリィ】最大の【努力】と【根性】と【気合】の結晶。 年季が違う。籠められた想いが違う。そして何より、気合が違う。だからこの結果は、ある意味当然のことだった。「ァァァァァァァァ!?」「……素晴らしかったぞ。もしも次があるのなら……その時はまた、さらに威力が増していることだろう……」 勝者は去る。 そして敗者は立つことすら不可能だった。 地上本部地下施設での攻防は終わり……残されたのは傷付いたエースと、その部下。 こうしてギンガ・ナカジマは……【予定通り】連れ去られるという展開となった。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘いただき、本当にありがとうございます!