前回のあらすじ:歯車戦士【ゲンヤ】出陣。彼の人気にボクが泣いた。「…………何で…………どうしてキミが……………………」 少年の心は乱れていた。 突然の、全く予想出来なかった事態。 目の前の現実を信じることが出来ない。 それ程までに、彼は目の前の現実を受け入れられず、【何故】と問わずにはいられない。 こんな場所に居るハズがない。こんな場所に居るべきではない。 少年がそう思ってる少女は、彼の思惑とは別に、確かにソコに存在した。 この光景が作り出される数十分前。 少年は他の新人たちと一緒に、レリック捜索の任務に就いた。 そしてその途中で、ギンガ・ナカジマと合流。 レリック求め地下道を進み、その中央部の開けた場所。 ソコに在ったのは、レリックのケースが離れて二つ。 すぐさま確保しようと、駆け寄る少年たちを遮る黒い影。 甲虫がヒトに進化したような、異形のモノ。 濃い桃色のマフラーを首に巻きつけ、腕を組んでソコに【在る】。 その自然体が余計に不気味さを倍化させ、少年たちは思わず息を呑む。「…………ハァァァァッ!!」 まず飛び出したのは蒼。 つい先程合流したギンガの拳が、黒い異形に向かって放たれる。 即座にかわす……までもない、ゆったりとした動き。 ソレが異形にとってのギンガの速度であり、【彼】にとってはギンガは路傍の石も同然。 次元の違う動き。 次元の違う【速度】ではなく、【動き】なのだ。 スピードが速いワケではない。 スピード【だけ】が速いわけではないのだ。 速度も。威力も。見極めの速さも。 ソレら【全て】に於いて、【彼】――――その【異形】は、ギンガの上の階梯に立つモノだった。 その証拠に、【彼】のマフラーは大きく揺れることが無い。 つまり大きく動く必要が無い。まるで肩幅くらいの円があって、ソコから出ていないようにも見えるくらいに。 全てに於いて勝る相手が居た場合、どうすれば良いか? 自分の取り柄で勝負する……無理だ。その分野ですら、相手は勝っているのだから。 ならば相手の短所を探し、ソコを攻める……コレも不可能。 そもそも欠点を攻めるという手法は、相手と実力が拮抗している時に初めて有効となるモノ。 ではどうすれば良い……? どうすれば、この【敵】を攻略出来るのだろうか……? コチラの攻撃が相手に一しか効かないのなら、手数を増やせば良い。 ソレも複数の人間でソレを行うことによって、退路を塞ぎ、活路を見出せば良い。 ソレはあたかも詰め将棋のようなモノ。 向こうが一匹に対してコチラは五人。 キャロが補助。ティアナが牽制。 ナカジマ姉妹が時間差で左右から仕掛け、最後にエリオが上から刺す。 ソレが彼ら考えた策であり、八割方……いや。九分九厘はその思惑通りとなっていた。 最後の一手。 ソレが今回の成否を分ける鍵だったのだが……。「…………させない」 突如乱入した物体により、その一手を仕損じる。 ソレは少女だった。 紫色の長い髪。黒をベースカラーとし、所々に紫色の房。 その身にボロボロのマントは纏っていない。 無表情だが可愛らしい顔は、今は見えない。 だが。ソレでも少年には彼女が――――目の前の乱入少女が誰なのかが、ハッキリと分かった。 引き寄せられるような紅の瞳は、彼の心を掴んで離さない。 ……同じだ。 先程見かけ、声を掛けた時と同じ。 悲しさと儚さ。 ソレらが同居した眼の周りを、今は【仮面】が覆っている。 【ソレ】は【蝶々】だった。 つい先刻。 少年自身がオシャレだと思い、少女にプレゼントした――――【あの】仮面。 だから分かった。如何に仮面で素顔を覆っても、その中にある真実の顔の形が…………。「…………何で…………どうしてキミが……………………」「…………」「何で……?どうして、ココにキミがいるんだ……………………【ルーテシア】っ!!」 少女の正体は、エリオが数時間前にデパートで出会ったモノ。 彼女こそが【異形】の――――【ガリュー】と呼ばれる召喚獣の主であり、同時に優れた召喚魔導師でもあるのだ。 ルーテシアに動揺はない。少年と違い、動揺など存在しないのだ。 そう。彼女にとって、彼は【ターゲット】の一つ。 故に最初から知っていた。 ただ先刻は、忘れていただけ。 目の前に手に入れたいモノがあり、ソレに目を奪われた。 だから少年の正体を思い出したのは、彼が去った後。 この時間差が後に彼女を苦しめることになろうとは…………その時は、彼女自身も思わなかった。 こんにちは。 ボク、シズエもん…………何て言ってる場合でもないな。 レジアスがスカリエッティの招待に応じ、ソロソロ現地に到着しようとする頃。 我々【シズゲン組】は、丁度新人たちに追いついたトコであります。 何やらエリオ少年が、ボーイミーツガールな青春ストライクをやっている場面。 ……正直、介入してパッパと解決したいのだが、そうは問屋が卸さない。 こういう【悲劇的恋愛・レベル一】に相当するような場面に遭遇した場合、観客は黙って見ないといけないのだ。 たかがお約束。されどお約束。 現に六課新人ズとギンガ。それにゲンヤは、何も言わずに見ているではないか。 ただ今は黙っているものの、もし少年がコレ以上砂糖垂れ流し空間の深度を高めるのなら、多分お姉さんズ&彼のピンク髪の夜叉が許さないだろう。 お約束はあくまでお約束。 故により強いモノには逆らえず、ソレによって消滅する運命を辿るのだ。 この場合のソレは、【嫉妬】という感情。 キャロは言うに及ばず、ギンガ・ティアナは【このマセガキめっ!】みたいな感じだろう。 スバルはただ見てるだけ。ソレこそ、ドラマや少女漫画を見るような気持ちで観戦するだけだ。「何で……?どうして、ココにキミがいるんだ……………………【ルーテシア】っ!!」 お。どうやら悲劇の主人公モードが入ったようです。 ルーテシアみたいなクーデレ系は、最初は無視するんだろうなぁ……。 だって、ソレがセオリーってモンでしょうからねぇ。「…………アナタに教える必要はない…………」 素晴らしい。 何てテンプレ少女なんだ。 コレはもしかすると、世界を狙えるクーデレになるかもしれない。「……!!……………………もしかして…………さっき言ってた、【お母さん】のためなの…………?」「…………っ」 おお。どうやら少年と少女は、既に事情を説明し合うような間柄だったのか。 若干スピードが速いような気もするが、ソレだけエリオ少年のフラグ立ての才能が稀有だということか。 …………ちくせう。羨ましくなんか、ないんだからね!?「もしかしてソレは…………【レリック】は、お母さんを起こすためのアイテムなのかい……?」「…………そう。でもコレは違った。コレは…………【わたしのための】レリックだった……」「……?ソレって一体、どういうこと……?」 ルー子は今、【わたしのための】と言った。 つまりこの少女は、まだ【レリックウェポン】じゃなかったのだ。 逆を返せば、【これから】そうなるのだとも言えるが……。「…………エリオ。アナタは管理局員。そして管理局員は、色々なヒトを救うのが仕事…………合ってる……?」「……うん。ボク自身も、ある管理局員に救われたんだ。だから今度は、ボクが色んなヒトを救う番なんだ……!」 聞いてもいないことまで話す少年。 ソレは彼の根幹部分を支えるモノだ。 だから自然に出てしまうのだろう。「……そう。だったら…………わたしやお母さんのコトも、助けてくれるの…………?」「…………ボクに何が出来るかは分からないけど、ボクが出来ることなら【何でも】やるよ…………!」 少年は特別なカタチで生を受け、更に特別なカタチで育ってきた。 だがそんな彼も、今は普通の暮らしを享受する身。 だからこそ出て来てしまった、【何でも】という言葉。ソレは恵まれたモノが、上からの目線で言う時用いられることが多い。 この時の少年は、無意識とは言え【その立場】からソレを言っていた。 ソレが悪いワケではない。 しかし【一社会人】としてソレは、言ってはならない台詞だった。「だったら…………アナタの命を――――アナタの【刻金】をちょうだい……?」「…………エ?」 世界が白く塗りつぶされた。 ソレは彼を取り巻く空間から、【色】が抜け落ちた証拠。 言ってることが理解出来ない。少年の瞳は、酷く不安定な感情を映し出していた。「……刻金の治癒力があれば、お母さんは起きてくれるかもしれない。だからちょうだい、アナタの刻金(イノチ)を…………」 ……なるほど。 大方【ドクター】あたりの入れ知恵だろうが、確かにソレは良い手だ。 上手く行けば刻金が手に入り、プロジェクトFの成功例も手に入る。 エリオがソレを断れば、ルーテシアは【管理局】への憎悪を募らせ、最終局面で操りやすくなる。 コレはスカリエッティというより、クアットロの戦略っぽいな。 歪み具合が素敵過ぎるからね……?「ボクは…………」 葛藤。 一度は死んだ身。 でもソレを蘇らせて貰った命でもある。 この命は、自分だけのモノではない。 貰ったモノと同じぐらいのモノを返せるようになるまでは、自分は死ねない。 精一杯生きて、たくさん返さないと――――自分は死ぬことが出来ない。 ソレが少年の辿り着いた結論。 酷く儚くて、酷く歪。 ソレは少女も同じで、だからこそ惹かれるモノがあったのかもしれない。「…………ゴメン。ボクは死ねない。だから、この【刻金】をあげることも……出来ないんだ…………」 苦しい。 気持ち悪い。 でも言わないと先に進めない。「…………ウソつき。【何でも】するって、言ったのに…………」「…………」 反論は出来ない。 少年は下手な大人よりも潔い所がある。 今回の場合のソレは、言い訳をしないトコロ。 少年の立場に立てば、ソレは仕方のないこと。 だが一度少女の立場に立てば、ソレは却って反感を煽ることになる。 ぶつけようがない怒り。苦しみ。悲しみ。ソレは自身にぶつけるしか、なくなってしまうモノ。「…………なら、良いよ…………」 開封されるレリックのケース。 その光景を、誰もが止められずにいた。 まるで金縛りにあったかのように。 悲しみの少女から放たれる暗い感情を前にして、誰もがソレを止められない。 ボクは迷った。ココは介入した方が良いではないかと。 だがソレに待ったを掛けた存在が一人。 そのせいで、彼女のレリックウェポン化を見逃してしまった。 それ程の存在。 ソレは、ゲンヤがとても良く知る存在だった。 ――ギュイィィィィンッ!! 酷く聞き覚えのあるタービン音。 ゲンヤのソレとお揃いで作ったソレは、かつての姿のままでソコに居た。 紅いリボルバーナックル。銀色の仮面。そして何より…………蒼い【ウイングロード】。「……ゲンヤ。待望のお客様のご到着だよ……?」「…………あぁ。オマエは手を出すんじゃ、ねぇぞ…………?」 冷や汗タラリ。 あの頃より圧倒的に増した殺気は、どう考えても優しかった彼女ではない。 だがソレでも、ソレでも彼女の気配を取り違えたりはしない。 ソレはゲンヤも同じ。 いや。彼の場合は、【彼女】との繋がりがソレを教えてくれるのだろう。 ソコに居たのは【桜花】。かつて【クイント・ナカジマ】と名乗っていた…………ゲンヤの妻の変わり果てた姿であった。 あとがき >誤字訂正 俊さん。ご指摘頂き、本当にありがとうございました!!