前回のあらすじ:歯車戦士夫婦、共に【データ兵器】を手にする。 ルーテシア⇒蝶人……もとい、超人(レリックウェポン)化。 桜花(クイント)⇒データ兵器をゲット。 現在までの状況を振り返ると、どう見てもコチラ側がヤバい。 悪い風向きだとでも言うか。 とにかくコチラに流れが来ていない。 あと闘いに赴いているのは、地上のレジアス。 対スカリエッティ戦。 どう考えても、一筋縄で行かないことは請け合いだ。 ソレは武装や頭脳に関してもそうだが、ソレ以上に【ドクター】なる人物は、奥の手を隠しているのだ。 本人に言わせれば、「奥の手のつもりはないんだけどね~?」とか言いそうだが、アレは明らかに伏せカードの一つ。 大体、【ドクター】が【格闘の才能】を持ってるなんて、詐欺に等しい。 普通のドクターは、秘密基地に引き篭もって研究三昧。 ソレが普通の様式美だと言うのに、ヤツはソレを破りやがった。 鍛え上げられた筋肉。 遅筋と速筋をバランス良く鍛え、才能の上に努力を重ねた漢。 ヤツは既に、武道家としての【第二段階】に到達している。 第一段階はただ鍛えれば、いずれ到達する領域。 だが第二段階に到達するには、優れた指導者と質の高い鍛錬。 その鍛錬の中ではじめて、第二段階の【入り口】が見えてくるのだ。 ソレはある種の感覚。 闘いの中でパーソナルスペースの構築をし、その空間を占領する。 ソレが【領空権】と呼ばれるモノである。 コレが出来るようになると、視覚に頼らずとも相手の攻撃が防げるようになるなど、様々な意味で一段上の階梯に進むこととなる。 ……逆に言えば、コレが出来る相手と出来ない相手が闘った場合は…………正直、話にならないと言わざるを得ない。 ソレほどまでの差。 圧倒的なまでの、埋められない差。 レジアスは今まで、誰にも師事せずやって来た男だ。 筋力。持久力。瞬発力。 彼を構成するソレらは、確かに高い位置にある。 だがソレだけではダメだ。 スピードがあっても。また圧倒的な力を持っていても。 文字通り次元の違う闘いになることは、間違いないだろう。 敵は一組織のボスだ。 つまり強くて当たり前。 ……そうか。奴さんは、科学者兼ボス役だからこそ、必死に鍛えたのか。 成る程。それなら、【ドクター】としてのお約束を破らざるを得なかったのも納得出来る。 ということは…………敵さんは、ソレだけ凄まじい精神力の持ち主だというコトでもあるじゃないか。 精神で上を行かれ、武道家としての強さでも上を行かれ…………レジアスはまともに闘えるのか……? ……嫌な予感がする。ボクはゲンヤを引き摺りながらも、急いで地上を目指した。 ソレは圧力。無言で己に迫ってくるそのプレッシャーは、生物の本能による恐怖だった。 全身が総毛立ち、対峙しているだけで咽が渇いてくる。 気をしっかりと持たないと意識を刈り取られそうで、持っていても身体が小刻みに震える。 「……おや?どうしたんだい、キャプテンベラボー…………?ココにはキミの親友で人形遊びをしている、【正義】と対極に位置するモノが居るのだよ……?」「…………っ」「それを捕まえるのが、キミたちの仕事だろう……?なら、さっさと掛かって来ないと……?」 言葉を発せない。 発することが出来ない。 表面上は穏やかな物腰だが、その瞳の奥にあるのは【絶対的な強者】の色。 レジアスは震えていた。 コレまでどれだけ不可能に近い任務であっても、必ず成し遂げ、ただの一度も怯えたことがない彼が。 いや。確かに幼少の頃はあったが、忘れて久しいその【恐怖】という感覚が、彼の身体を地面に縫い付けてしまった。「…………行くぞ」「……どうぞ?」 カラカラに渇いた口内から、やっとのことで搾り出した声。 震える脚に力を籠めて、戒めを解くかのようにダッと駆ける。 スカリエッティとの距離は三・四メートル。 彼の脚力なら、一瞬にして詰められる距離。 だがその距離が詰められることはなかった。 狂気のドクターの二歩手前。ソコでレジアスは、言いようのない感覚に襲われたからだ。「…………!?」 ソレを感じるや否や、レジアスは再びスカリエッティから距離を取る。 分からない。 その感覚の正体が、サッパリ読めない。「……ふぅ~む。中々の危険察知能力だねぇ……?だが、まだまだ甘い……」 ドクターは攻撃してこない。 しかしその身から発するモノは、レジアスを攻撃して止まない。 【気当たり】。ソレが彼の発するモノの正体であり、レジアスの脚を止めるモノの名でもあった。 人間には、薄れたとは言え野生の感のようなモノがある。 相手の殺気を無意識に内に感じるコトは、野生の中では重要な感覚だった。 ソレを逆に利用したのがドクターのソレであり、相手を【威嚇】するのに用いる。 そしてソレを感じたレジアスの身体は、竦み上がり動けなくなる。 破る方法はある。 その方法は至極簡単。その気当たりを突破出来る程の、気合を出すこと。 ようは気合の勝負なのだ。 ならば彼が対抗出来ない道理はない。 なぜなら彼は――――レジアス・ゲイズは、【気合で人生を乗り切ってきた漢】なのだから。「なら…………コレでどうだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 距離を詰めると同時の、気合の籠もった右ストレート。 ソレはドクターの顔面に目掛けてのモノで、彼の領域を侵していった。 どうだ、と言わんばかりのレジアスの一撃。「……良いねぇ?私の領域をココまで侵した人間は、そうはいないよ……?」 ソコにあったのは少しばかりの驚きと、余裕を持ったドクターの顔。 レジアスの渾身の一撃は、スカリエッティの手に吸い込まれるようにして収まっていた。 効いていない。それどころか、届いてすらいない。「…………バカな……」 正真正銘の驚愕。 ソレをさせられたのは、レジアスの方だった。 気合とコレまでの全てを籠めた一撃。 ソレは相手に届くことなく不発に終わった。 その事実は、彼を酷く打ちのめした。 気合が通じない相手。ソレは彼にとって、初めての相手だから……。「……つまらないね。たったコレだけで戦意喪失かい……?ならキミがやる気を出せるように…………してあげるよっ!!」 ――パチィィンッ!! ドクターはそう言うと、指パッチンを一つ。 その瞬間、地下道から大量のガジェットⅠ型が現れ、ミッドの地上を覆っていく。 その数二百。空での大量のガジェットⅡ型と合わせると、ソレは地獄絵図にしか見えなかった。「エースオブエースたちは、空から離れられない。なら地上は、キミがやるしかないよねぇ……?」 普段のレジアスなら、ガジェットなど物の数ではない。 だが現在の彼は、酷く不安定だ。 普段の力が出せるとはとても思えない。「如何にキミが強かろうが、二百体のガジェットと私を同時に相手をするのはまず不可能。そして私を倒せば、ガジェットは止まる。なら……私を倒すしかないよねぇ……?」 ソレはミッド全体を人質にとった脅迫だった。 レジアスがドクターを倒せないのは、先のやり取りでも明白。 だからベラボーが科学者を倒すには、【限界】を超える必要がある。 窮地に陥った時、ヒトは潰れるか化けるかしかない。 その化ける方に賭けているのがスカリエッティ。 彼はレジアスが、自らの【対戦相手】に【成る】コトを望んでいるのだ。 まるでソレは、ライバルの原石を見つけたような感覚。 その対象を育てて育てて…………そして【改めて】闘う。 限界まで成長し、【好敵手】となったソレを討ち取るコトこそ、彼が望むモノ。 今のレジアスは、ドクターにとって唯の雛。 ソレが鶏で終わるか、鳳凰に化けるのかは……まだ分からない。 その【分からない】というコトは、【望みがある】というコトでもある。 そしてスカリエッティのコレまでの行動からは、もう一つの意味が読み取れる 彼は…………【倒す】コトが目的ではないかもしれない、というコト。 倒すように見せかけて、その実は全く逆の意味を秘めたモノ。 その為に科学者は、自然なカタチで【好敵手】を【育て上げて】いるのかもしれない。 あくまでコレは想像の範疇。 その真意は、彼の心の中にしか存在しない。「(……オレは、オレはどうすれば…………!!)」 一方レジアスの胸中は、それどころではなかった。 スカリエッティと自分の差は認識的出来ている。 その差が絶望的なコトまで理解出来ているのだ。 コレが【仕合】や【死合】ならば良い。 自らの命を燃やし、叶わぬと分かっている相手に挑むのも、また一興だろう。 だが今の彼は一戦闘者ではない。 彼の行動が、ミッドの運命を左右するのだ。 間違えられない。 間違えるワケにはいかない。「…………っ」 このままではどちらにせよ、ミッドの地上は殲滅される。 ソレは間違えようのない事実。 もし自分が失敗したら。その重圧は、レジアスの双肩に重くのし掛かった。「…………随分と卑怯なやり方をするではないか……?」 聞こえるハズのない、この場にいるハズのない、第三者の声。 歴史の重みを感じさせる渋い声は、筋骨隆々な体躯から発せられたモノ。 ココ近年は見ることが出来なかった、彼の人型。 銀色の髪に、獣の耳。 浅黒い肌の上に纏うのは、袖なしのロングコート。 普段と違うその顔は、黒いサングラスによる変化故。「……!?ザ、ザフィーラ!?何故こんな所に…………!?」「……何。地上に害虫が大量に発生したから、駆除に来ただけだ……」 地上を悠然と歩きながらも、ザフィーラとレジアスの会話は続く。 大量のガジェットを前に、怯まない雄雄しさ。 ソレは今のレジアスが失いつつあるモノだった。「…………二百体か。リハビリには丁度良い……」 止まる歩み。 天に向かって放られるサングラス。 ザフィーラの掌にあったのは、一つの証。 ソレは彼を新たな姿に変えるモノ。 【マイスターライセンス】。そう呼ばれるソレは、携帯用の端末だった。 ……そう。【新たな】強化装甲を呼び出すための、彼の為の端末だったのである。「……エマージェンシー!【デカマイスター】!!」 開封される証。 ソコから出てくるのは、ザフィーラの新たな騎士甲冑。 シルバーブルーの装甲に、胸には【100】と書かれた紋様。 フルフェイスのメットが顔を覆い、全身を黒色が引き締める。 特徴的なのは、腰に差した大きな刀。 太刀と呼ばれるソレは、刀身を石化することで鞘の代わりを果たしている。「……百鬼夜行をぶった斬る……………………【地獄の番犬】、デカマイスター!!」 決め台詞と共に、新たな姿のお披露目。 カッコ良い。文句なしに無しに格好良いと褒めてあげたいのだが……。 とうとう自分で、【犬】と言ってしまったよなぁ……? あとがき 話の長さとネタのボリュームが過剰だったので、【40】は二つに分割しました。