前回のあらすじ:【覇王少女】、爆現。 意外なことに、一週間が過ぎようとしていた。 エッ?何の期間がって? ソレは当然、クライド少年がボクの下へ来てからの話に、決まってるじゃないか? 初日の気絶回数:一時間に一回。 ただし、それぞれの気絶時間は五十分ずつだ。 つまり実働、十分かける七回。 よって、初日は七十分位しか働いていないことになる。 ……どう考えても給料泥棒だ。 評価に記念すべき一回目の×を入れる。 二日目。 気絶回数:一時間半に一回。 気絶平均時間、約三十分。 ……大した進歩だ。 正直、ココまで喰らい付いて来たヤツは初めてだ。 だから、ちょっとだけ褒めてやろうと肩を叩いたら…………いきなり壁に吹っ飛んでいった。 うーむ。やっぱり、少し柔すぎるなぁ……。 コレは訓練を付ける必要があると、備考に入れた。 ちなみにこの時の彼は、壁を突き抜けて隣の部屋に行ってしまったと、付け加えておく。 三日目。 昨日の怪我がたたり、急遽お休みに。 仕方ないと、就業後にお見舞いに行ったら…………会った瞬間に狸寝入りを始めやがった。 ペチペチと頬を叩いても、起きる素振りを見せない。 ……大した演技力だ。 コレなら、明日は復活してくるだろう。 四日目。 昨日の様子から、きっと出勤してくると思ったのだが、この日も彼は来なかった。 サボりか……?どうも、【克】を入れてやらないといけないらしい。 そう思ってクライド少年の家を訪れると…………ソコに少年の姿はなかった。 何でも昨日ボクが見舞ったすぐ後に、近くの病院に運ばれたらしい。 理由は心肺停止。…………一体、何が原因なのだろうか? 五日目。 昨日入院したというのに、朝には復活してきた彼。 素晴らしい。流石は後のクロノの父親なだけはある。 そのガッツに敬意を表し、今日は軽めの仕事だけにさせた。 本日の気絶回数:十五回。 ただし、平均気絶時間は二十分。 六日目。 気絶回数:八回。 平均気絶時間:五分。 七日目……つまり、今日。 今就業のベルが、響き渡った。 気絶回数:三回。 平均気絶時間…………一分。「クライド少年。正直、君には驚かされた……今までのボクの部下は、ボクのあまりの恐ろしさに、一週間と持たなかった」「…………」「だがキミは、不可能を可能にした…………一体、どうしてそんなコトが出来たのかい……?」「…………」 返事がない。 ただの屍のようだ。 ……どうやら、立ったまま気絶しているらしい。 面と向かいすぎたようだ。 魂が抜けかかっているのが見える程に。 ……やっぱり、明日からは肉体鍛錬も並行させよう。そう思った。 新米執務官【クライド・ハラオウン】の業務日誌【2】 自慢ではないが、精神力には自信があった。 ソレは体力や体術。もちろん、魔法に関してもそうだった。 だがソレらが、とてもちっぽけな……風が吹いたら飛んでしまうようなモノだと気付いたのは、つい最近のことである。 上司になったヒトは、凡そ普通の上司とはかけ離れた存在だった。 その巨体も、大迫力な顔も。 恵まれ【過ぎた】体躯から繰り出されるモノは、結構な数の物理現象を否定した。 アレは何だ? あれは人間ではないだろう? そうだ。アレは…………化け物だ。 そう思ってしまった自分は、きっと悪くない。 みんなそう感じたから、一週間も持たなかったのだろう。 だが自分は、そんな人外魔境を前にそのジンクスを破った。 コレなら、皆が一目置く存在として見てくれるだろう。 この先、いつ【化け物】の下を去ろうとも、評価が悪くなることはない。 それどころか、尊敬すらされるだろう。 コレが、一週間経過後の感想だ。 人間慣れだ。 慣れればどうということはない。 まだ多少気絶することはあるが、それも時間の問題だろう。 そう思い、ボクは浮かれていた。 だが現実は、そんなに甘くはない。 甘いハズがなかったのだ。 気絶しなくなったら、次に待っていたのは地獄の行軍……のような訓練だった。 上司曰く、【肉体の鍛錬も足りないから、鍛えるからな……?】とか。 朝は夜明け前に起床し、二十キロの全力疾走。 次に指一本での指立て伏せを、五指×百回ずつ。 ヒンズースクワット二百回。 腹筋、背筋…………エトセトラ。 【今日は鍛錬初日だし、軽めだっただろう……?】とか言われた瞬間、ボクの意識はブラックアウト。 生物学上、【オンナ】である上司にお姫様抱っこをされ、医務室に運ばれる。 既に医務室の住人のようになっているボクは、専用のベッドすら存在した。 目蓋を押し上げる。 すると外の景色は、既に夕焼けを映し出していた。 不味い。 急いで上司の下へ行かなければ。 そう思い医務室のドアを開けて、勢い良く飛び出した。「…………でもよぉ~、あの【クライド】とか言うヤツも、良く続くよなぁ……?」 曲がり角の先から聞こえた、ボクの噂話。 きっと、自分の評価が良い話なのだろう。 そう思うと少し嬉しい。もっと話を聞いていたくて、壁に張り付いて聞き耳を立てた。「あぁ、信じらないな。ってかさぁ~、アイツって、もしかしてブス専……いや。【人外専】なんじゃないの!?」「あ~。だから耐えられるのか…………そうだよな?それ以外、大丈夫なハズないもんなぁ……!!」「それにMのヒトなんじゃない!?きっと、そうに違いないって…………!!」 ……聞くんじゃなかった。 この時ボクは、心の底からそう思った。 酷い勘違いに、全然評価されていない現状。 知らず知らずの内に、涙が零れ出す。 悔しい。悲しい。 もう、全てを投げ出してしまいたい。 良いじゃないか。 もう十分耐えたじゃないか。 そうだよ。辞めるには良いキッカケじゃないか……。 泣き崩れた顔でその場にへたり込む。 ソコに居たのは、ただの負け犬だった。 もうココに一秒でも居たくない。だから走り去ろう。はやくこの場を去るんだ。 ――駄々駄々駄々駄々駄々駄々駄々駄々駄々駄々駄々駄々!! マシンガンのような轟音。 ソレは壁にヒトが突き刺さる音だった。 壁にめり込んだ人影は、先程まで自分を罵倒していたヤツら。 何が起こったのだ。 この一瞬の内に、何が起こったというのだ!? ボクはその場から立ち上がれなかったので、耳からだけでも情報を仕入れようとした。「……貴様ら、ウチの部下を馬鹿にするとは良い度胸だ……」 その声は、ココ一週間で嫌と言うほど聞きなれた声だった。 ドスの聞いた渋い声。 ソレは鋼のような意思を貫く、鋼鉄の【漢女】の…………【シズカ・ホクト】の声だった。「……自慢ではないが、ボクの顔は人間凶器みたいなモノでねぇ……?ほとんどの部下は一週間と持たずに辞めていったのだよ……?」 気絶することは許さんとばかりに、強烈なプレッシャーを浴びせる。 その余波はコチラにも来ており、その一言一言が胸に突き刺さる。 あぁ。このヒトは、非常に怒っているのだな。「一週間。貴様らは興味本位や、ヒトに馬鹿にされるのに怯えつつも、ボクの部下をやり続けることが出来るか……?」「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」「……そうか。ならばやって貰おう。もしやり遂げられたら、この件も含めて謝罪しようではないか……?」 一段と重くなる重圧。 悲鳴にならない悲鳴は、既に沈黙してしまった。 発狂寸前なのかもしれない。「どうしたぁ……?出来るのか!出来ないのか!!」 戒めが解ける。 ドンという音と共にボクを馬鹿にしたモノたちが地に落ち、口が利けるようになる。 ソレは最終確認のため。彼らの意思の確認のためなのだ。「ハッキリ言わんか!!」『す、すみませェェェェェェェェェェェェェェェンっ!!』 落ちた。 ソレは意識がなくなったことを意味する。 彼らは反省させられたのと同時に、恐怖が頂点に達し、自らの意識を手放したのだ。 上司を怒らせた彼らは、その日の内に退職願を出したらしい。 完全にトラウマになってしまったのだ。 それも無理からぬ話。 だがボクは、ソレを手放しで喜べなかった。 確かに悪口を言っていた彼らも悪かった。 だが口にこそ出さないものの、ボクの方がある意味狡賢いコトを考えていたのだ。 彼らが罰を受けたのに、それ以上のコトを考えていたボクが受けないのはおかしい。 ……というよりも、その状況に耐えられない。 悩んだ結果、ボクはあの会話を立ち聞きし、その上でのボクの考えを上司に打ち明けた。「あぁ、ソレくらい分かってたさ」 彼女は何でもお見通しだった。 でも咎められなかった。 何故。どうして。「あのなぁ……?ただ噂をしてるヤツと、実際に歯を食いしばって頑張ってるヤツ。同じようにバカにするのなら、実際にやってるヤツの方が百万倍マシだろうに……?」 涙が頬を伝った。 ソレは悲しかったからか。それとも嬉しかったからか。 多分様々な感情が入り混じっていたのだろうと思う。 違う。ボクはマシなヤツなんかじゃない。 そんなに良いモノではないのだ。 なのに、どうしてそんなコトを言うのですか!?「いや実際、オマエさんは大したモノだよ?気絶する回数も殆ど無くなったし、今日みたいな鍛錬も付いて来られる。精神的にも肉体的にも、若手ではトップクラスだろうなぁ……」 違う。 ソレは全て、貴女がそう導いてくれたからだ。 ボクは一人では、何もやっていない。「…………この分なら、何処へ行ってもやっていけるだろう。希望を言いな?ソコに配属させてあげるから……?」「!?な、何故です!?何でそんなコトを…………!?」「いやだって、さっきみたいな誤解はイヤだろう?それにオマエさんは、元々良い経歴を手に入れたかっただけだ」「…………で、でも……」「ボクの下に居れば、嫌でもさっきみたいなコトになる。ソレが分かったら、遠慮なく希望を言いなさいな……?」 頭の中で、大きな鐘の音が聞こえた。 このヒトは自分も馬鹿にされたというのに、ボクのことだけを心配してくれているのだ。 凄い。そして自分が情けない。このヒトの本質を、全くといって良いほど見抜けなかった自分が、心底情けない「……辞退します。その転属は辞退します!!」「オイ!?本気か!?折角この【化け物】から逃げられるんだぞ!?」「ホクト執務官長は、化け物ではありません!!ボクが全身全霊を以って、追いつくべき目標です!!」 直立不動。 最敬礼をしての、意思表示。 コレが今のボクの素直な気持ちだ。「…………大丈夫か?悪いモノでも食べたんじゃないか……?」「いいえ!!何処までもお供させて頂きます、ホクト執務官長!!」 こうしてボクの新たな人生の一ページがスタートした。 第一の目標は、彼女に追いつくこと。 酷く険しい大山脈だが、必ず登頂してみせる。 そのボクの意思表示を、彼女は目を丸くして見ていた。