前回のあらすじ:覇王少女に、地上への左遷命令が下される。 デスク周りを整理し、元の状態へ復帰させる。 結構な月日を共にしたこの部屋だからか。 一つ一つ荷物を整理してダンボールに詰めていくと、様々な思い出が蘇ってくる。 長らく一人で過ごしたこの部屋。 ソレが当たり前だったこの空間に、一・二年前に訪れた珍客。 最初は今までの一週間も持たないヤツらと同じと思っていたが、蓋を開けてみるとソレは違った。 徐々に長くなっていく勤続日数に、彼が引き寄せる女性陣。 その中でも【リンディ・ハーヴェイ】と【レティ・ロウラン】は、色々な意味で仲良くなれた。 前者は人生の先達として。そして後者は、世代を超えた飲み友として。 ……実はこの時点で初めて知ったのだが、レティ嬢ちゃんのファミリーネームは、彼女自身のモノだったのだ。 つまり彼女は、将来夫婦別姓か入り婿を迎えるのだろう。 まさかシングルとか離婚とかじゃないと思うけど…………どうだろう?嬢ちゃんは性格がキツイから、もしかしたらそうなのかもしれないが……。「執務官長!!本当に行ってしまわれるのですか!?」 荷物の整理中も、クライド少年は必死に訴え続ける。 ……良いねぇ? 上司冥利に尽きるってモンだよ……?「……任務だからね。ソレに、ボクを必要としている人たちがいる。ならその声に応えるのもまた、一佐の仕事なんだよ……?」「そんなっ!!ボクにはまだ、貴女が必要なんです!!お願いです、行かないで下さい!!」 ……まるで、恋人を捨てるかのような言い方だ。 本人はきっとそんな意図はないのだが、第三者が見たらきっと誤解されるだろう。 覇王少女に【捨てないで!】と訴えるショタ少年。…………シュール過ぎるな……?「…………ありがとう。でもオマエさんはもう、一人で十分にやっていけるハズさ……?」「…………だったら……だったらボクが、貴女に付いて行きます!!」 押しかけ女房ならぬ、押しかけ部下。 確かに少年を連れて行けば、ボクは楽し放題だ。 でもソレは出来ない。何故ならミゼット女史に釘を刺されているからねぇ……?「……聞き分けるんだ、クライド。今のボクやオマエさんには、上の命令を跳ね除けるだけのチカラはないんだ……」 如何にボクが覇王少女であっても、出来るコトと出来ないコトがある。 もしボクが管理局から放逐されたら、ウチの家族をどうやって養うのだ。 管理局以外だったら○ヤのヒトとか以外に、住む世界がないボク。…………長いモノには巻かれないと生きていけないのだ。「…………偉くなります……」「……何だって?」 ポツリと。 だが確かな意思をもって、クライド少年はそう言った。 コレはあれか?何か踏んじゃいけないフラグを、全力全壊でぶち抜いちゃったのか……?「ボクが偉くなって、【上】を目指します!!」 変わらぬ考え。 真っ直ぐな瞳。 ソレは彼の意思が、鋼のようにカタいコトを物語っていた。「……いくらキミが魔導師で士官学校出とは言え、自分の意見を押し通せる位になるには、相当な努力と月日が必要だ…………それでもヤルのかい……?」「…………えぇ。ボクは貴女に教わりたいコトが、まだ山のようにあるんです。ソレを叶える為ならば……!!」 ……グハッ! ヤバイ。ヤバイよ、ヤバイよ……! コレが女性陣の心を掴んで離さないという、【クライド・アイ】か……!?「いつか……いつの日か。ボクが艦船を任せられるようになったら…………貴女をお迎えに上がります!!」「……オイオイ。その前にボクが提督になるのが先だと思うけど……?」 決め台詞、というか。 死亡フラグ、と言い換えるべきか。 彼はその両方とも取れる言葉を吐き、ボクに宣言した。 ……まさかこの約束のせいで、彼はエスティアの艦長になったのか? だとしたら…………不味い。不味過ぎる。 ボクが彼の、【死亡フラグ生成者】だったのか……!?「……ま、良いや。もしキミが艦船持ちになったら、ね……?楽しみにしてるよ♪」 さりとて、この場はそう言わなければならないのが、上司の務め。 嗚呼。世の中とは儘ならぬモノなのだ。 ……ま。今の彼なら、死亡フラグをあっさり超えるだけの力はあるハズだから…………問題ないか?「良いか、貴様ら!!お前たちはクズだ!虫ケラにも劣る【糞野郎】だっ!!」『…………ハ、ハイ!!』「どうしたぁぁっ!口で糞を垂れる前と後には、【マム】を付けんかぁぁぁぁっ!!」『マ、マム!イエス、マム!』「声が小さい!!」『マム!イエス、マム!!』 前半の心温まるエピソードを吹っ飛ばすような、煤に塗れた戦場風景。 ……もとい。海兵隊新兵用のような、訓練風景。 現在ボクの居る場所は、ミッド地上の郊外。 地上本部が訓練用に持っている施設を使い、ボクの教導は開幕した。 この訓練を受けている連中の中には、レジアスやゼストのような屈強なオトコは少ない。 というよりも、殆どが新兵や貧弱ボウヤたちだ。 この地上では、高ランク魔導師は多くない。 そしてゲンヤのように、己の身体を鍛えているモノも少ない。この時点ではレジアスも、多少鍛えている程度だ。 であれば、その両方を満たすゼストのような人間は……居ないに等しいのである。 だからこその強化案。 全体的な力の底上げをする。 または異なったピーキーな能力持ちを集め、ソレを組み合わせた【チカラ】を創る。 ソレこそが今回の左遷辞令……もとい、出向命令。 しかしながら、当然難航するであろうコトは既に予想出来る。 皆が皆、やる気がないのだ。 発案者のレジアス・ゼスト以外は、ボクの顔を見ただけで二日間寝込んだ。 ある意味当たり前と言えばそうなのだが、コレではお話にすらならない。 ……ちなみにボクの顔を見たとしても、気合が入っていれば一時間程で復帰出来る。 ソレはクライド少年をはじめとする人間たちで、既に証明済み。 そしてこの場で生き残った二人。 レジアスとゼストは…………何と、立ったまま気絶してやがりました。 さらに驚くことに、ソレは気絶というか意識が一瞬トンでいただけに近い現象。 もっと言うなら、アレは何と言うか……。 ……そう。まるで【あまりの美味しさに、言葉が浮かばない現象】に近いモノがあった。「(……んなワケないよね……?しかしアレは一体……?)」 まぁそんな【二人はムチキュア・マッスルハート】は置いておいて、初日から一週間が経過。 漸くボクの顔に耐性が出来てきた皆を、今日からシゴくワケなのだ。 しかしやる気がない。やる気がないのなら、無理にでもやる気を出させないといけない。 ソレ故の海兵隊式・新兵育成。 人間というのは、死ぬ気にならないと潜在能力が発揮出来ないモノ。 特に魔法という便利ツールに頼ってきたこの世界では、ソコで息づいた甘ったれ精神がソレを邪魔するのだ。「どうしたぁぁっ!!ジジイのF○cKの方が、まだ気合が入ってるぞぉぉっ!!」 死屍累々。 まだウォームアップの腕立て百回の最中だというのに、ソコには二つの人影しか残ってなかった。 当然の如く、レジアスとゼスト。 レジアスの方は息も絶え絶えという、必死こいてる状態。 そしてゼストに至っては、息すら切れてない。 ……既に自分の限界に挑んでいるレジアスと、準備運動にすらなっていないゼスト。 彼ら以外は……当然の如く肉絨毯と化している。 まったく。気合が足りなさ過ぎる。 コレでは訓練に行き着くまでに、どれ程の月日が必要なのやら……?「……アクマだ……」「……ホウ。貴様、ボクが人間だとでも思っていたのか……?」「……ヒッ!?」 倒れ伏している内の一人が、地面に身体を預けたままでそう呟いた。 聞こえるハズがない。 そう思っていたソレは、諸悪の根源の出現によって打ち消された。「糞野郎九十九番、貴様は自室の壁にアイドルのポスターを貼っているそうだな……?」「……!?な、何でソレを……!!」「貴様らにプライバシーというモノは存在しない!!ソレが欲しければ、はやく一人前の兵士になることだな!!」「……クッ!!」 何だかとっても、ドSな気分です。 元々そんな素質はなかったハズなんだけど……この調練をやっていると、不思議とそうなってしまう。 ……ホント、何でだろう……?「しかも貴様の憧れは、胸だけの頭空っぽアイドルだそうじゃないか!!ソレはもう、ヒトではないな……?メスと呼んだ方が正しいだろうに……?」「……オ、オレの癒しを……!!オレのシ○○ルは、そんなんじゃない!!」「なら気合を見せろ!!貴様の想いが、本物であるのならな……!!」「チクショォォォォッ!!」 米搗きバッタのように頭が下がる。 いや。そう見える位に、身体が上下し始めたのだ。 ウンウン。人間っていうのは、一番大事なモノを汚される時に一番チカラが発揮されるモノ。 面倒だけど一人一人ソレをやっていく。 ソレが終わると、この広いグラウンドに居たのは……。 必死の形相で筋トレをし続ける、狂戦士予備軍たちだった。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘頂き、本当にありがとうございます!! 再度誤字の方は……申し訳ありません!!直したつもりだったのに、直せてませんでした!! 再びのご指摘、誠にありがとうございました!!