現実は何時だって優しくない。 極稀に優しいだけの人生を送れる勝ち組もいるが、そんなモノは千人に一人いれば良い方だろう。 それだけ現実は優しくないのだ。そう、ソレが誰にとっても……。『もしも過去に戻れたら……』『もしも自分が■■■だったら……』『もしも■■が実在したら……』 人間、必ず一度はそんな想いに――――【希望】に胸を馳せる。 それだけ現実に傷付き、絶望し、そして夢を見る。 夢は優しい。誰にだって優しい。ソコでは、自分が願ったことが、全て本当のことになる。 誰にも邪魔されない絶対領域。 ある者は争いからも開放され、またある者は勉学から開放される。 人が現実という逃れられない事実から解き放たれる唯一の瞬間。 ある科学者は、人が夢を見るのは心のバランスを取る為の無意識下の行動だと述べている。 辛い現実で受けたダメージを夢で癒し、再び現実に戻っていく。 人の身体は全てが奇跡の結晶のようなモノであるが、特にこの部分は良く出来ている。 そして夢が優しいモノであればある程、現実に戻りたくなくなるのもまた事実。 しかしソレは叶わぬ願い。 いつまでも夢を見続けることは不可能である。 ソレは起きている間に願う夢であっても。 寝ている間に見る夢であっても。 どちらであっても、そんなことは出来ない。 ――そう、不可能なハズなのだ―― だが仮に、もしも自分が現在の現実から解き放たれて夢の続きを見ることが出来たら? ヒトは一体、何処へ向かうのだろうか……? コレはそんな【if】という可能性を秘めた出来事。 誰もが夢見て、そして誰も見続けることが出来なかった境地。 その結果として残ったのは――――幾度となく人生を歩み。何回も【死】という体験をし。 そして…………現在に至っても、【運命の輪】の内側から逃れられない【モノ】。 【輪】という存在には、【終わり】と【始まり】が存在しない。 故に一週目が終われば二週目。ソレが終われば三度目と。 始まりと終わりを失った人生は、ただの生き地獄だ。 例えソレが物語の中の出来事でも、残った結果は同じこと。 幾度も幾度も。 人生という旅を続けていく内に、劣化していく記憶。そしてソコにあったハズの【想い】。 記憶と想いを忘れた転生は、もはや普通の生まれ変わりである。 普通に家族と接し、普通に学校に行き、そして普通に一生を終える。 ソレを終えた瞬間。その瞬間に次の転生が始まり…………また同じことを繰り返すのである。 無くしていく【記憶】。零れていく【想い】。 ……でも。 それでも決して無くならない、【心】という存在。 さぁ、物語の幕を開けよう。 自分を取り巻く登場人物たちは、自身にとっての【物語】の中の人間たち。 その中で己は一体、【何】と出会うのだろうか……? ――ようこそ、【夢】の世界へ―― もう助からないと思った。 ソレは車に轢かれた瞬間、ハッキリと感じられたコト。 あぁ。自分は今まで生きていたんだ……てね? 今まで生きてきて、良いことは殆ど無かったと思う。 だがそれでも、死にたいと思ったことは一度もなかった。 多分親の教育によるところが大きいのだろう。 きちんと常識を叩き込まれて、そして自分が死んだらどれ程の人たちが悲しむのか。 ソレらのコトを、キチンと教えられていたから。 それに加え、自分は意外にも負けず嫌いだったから……だと思う。 『逃げたら負けだ』『死んだら何も出来ない。自分を苛めたヤツらの存在が認められてしまう』 今思えば、なんとも穴だらけで拙い考え方だったことか。 適当に肩の力を抜いて、周囲の空気を適度に読みつつ、可も無く不可も無く。 そんな人生を歩んでいれば、きっとそれなりに幸せだったのだろうに。 だがソレは出来なかった。 頭が固かったのだろう。 同時に子どもだったのだ。 だから大人に為りきれなかったのだと思う。 大人に為るということは、灰色になるということ。 白でも黒でもない、灰色という混沌に。 ソレは必要な過程なのだ。 何時までも青臭い考え方が通じないと知り、ソレから目を逸らす為にはどうしたら良いかを考え出す為に。 そしてその匙加減を間違えた者は淘汰され、その加減を知る者が生き残る。 どうにも救われない構図。 認めてはいけない現実。 だがコレが、世の中を動かしている理論なのだ。 『何故こんなことをしてしまったのだろうか?』 今にして思えば、そんなことをする必然性は無かったハズだ。 大人になるということを知り、灰色に殆ど染まったこの身体。 目の前に困った人がいても素通りし、自分を優先するようになって随分と経ったハズなのに。 『どうして自分は、轢かれそうになっている子どもを見捨てなかったのだろうか?』 自分はスーパーマンではない。 運動神経だって人並みか少し上な位だ。 決して短距離走が速い訳でもないし、瞬発力に優れているということもない。 よって目の前に車に轢かれそうな子どもがいたとしても、普通なら反応出来ずに事態が終結してしまうハズだった。 だが違った。違ってしまった。 何故か今日は視えてしまった。そして身体が動いてしまった。 動き出してしまった身体。 轢かれそうになっていた子どもを反対側の歩道にまで突き飛ばし、自らは身代わりだと言わんばかりに吹っ飛ばされる。 だから今は、空を舞っている最中だ。 意外に余裕がある。 感覚が引き伸ばされているようだ。 コレではまるで、自分が好きな物語に入り込んだような錯覚をしてしまうじゃないか。 感覚の引き伸ばしを自在に使用することが出来る主人公。 そして主人公を取り巻く優しい人たち。 昔はいつも夢見ていた。その物語に入っていくことが出来たら。 その物語の登場人物になることが出来たら、自分の人生は――自分は変わることが出来るだろうと思っていた。 だけどソレは夢のままだった。当然だ。夢は夢なのだ。現実にならないから夢だというのだ。 だが現在、人生最大の危機に瀕してその夢は、僅かな断片だけだが現実のモノとなっている。 恐らくこのまま地面に叩きつけられれば、夢の続きを見ることが出来るだろう。 覚めない夢――永久の眠り。決して長いとは言えない人生だったが、最後には夢を現実にすることが出来た。 自分は神の存在を信じていない。 もしそんなモノが存在するのなら、何故この世界は不平等なのだ。何故争いは無くならないのだ。 言ってやりたいことは、それこそ山程もある。 だから自分は、【神】という存在は居ないと思っている。もしいたとしても、人の世には手出しが出来ないモノなのだろうと。 ……だが今だけは。今だけは、その存在しないと思っている神に、祈っても良い気分だ。 むしろ感謝の祈りをさせて貰いたい。 僅かとはいえ、自分の願いを――夢を叶えてくれたことに感謝を。そして――――。 ココで自分の意識を手放すことになった。 だからその後のことは知らない。 自分がどのような傷を負い、そしてどのように死んでいったのかは。だからコレは、ソレらとは別の話になるだろう。 目が覚めた。 眼前に広がる真っ白い天井が、やけに高く感じる。 そんなコトをボーっと考えていると、ふとあるコトに気が付いた。「…………ボクは…………は生きているのか……?」 絶対助からないと思った。 即死。もしくは何とか命を取り留めても、一生身動き一つ出来ない状態になる位だと思っていた。 だが現実に、今の自分には意識がある。そして言葉を発することが出来た。ならば次は、別のコトを確認しようではないか……?「右手……良し。左手は…………コッチも良し」 とりあえず両手が無事に付いていることを確認し、握ったり開いたりする。 動作に異常は感じられない。両の手は無事なようだ。 では足はどうだろうか……?「右足……ある。左足も……良かった。ちゃんとあるな……?」 存在を確認し、足の指を曲げたりする。同時に膝を曲げて、脚の動きもチェックする。 コチラも手と同様に、特に問題はないようだ。 あと確かめなければならないのは、せいぜい顔位なもの。 決して美男子と言えるような顔をしている訳ではないが、それでも生まれてからずっと共にいた存在だ。 気にならない方がおかしい。 さて鏡でも探すか――――と。ココまで考えて、ボクは一つ奇妙な点に気が付いた。「……なんで眼鏡かけてないのに、天井がハッキリ視えるんだ?」 現代社会の日本では、三人に二人が眼鏡やコンタクト無しでは生活出来ない程の視力だそうだ。 自分もその例に漏れず、裸眼の視力はどちらの目も0.1以下である。 だからコレはおかしい。「ん?聴力には自信があったんだけど…………耳はいかれたのか?」 落ち着いて自分の声を聞くと、ソコにはいつもより1オクターブ程高いモノが。 元々高めの声だったが、コレでは小学生の頃に戻ったように感じる。 恐る恐る自分の手をもう一度、今度はもっと良く、そしてジックリと観察してみる。「…………笑えない冗談、だなぁ…………?」 小さかった。それはもう、完膚無いほど小さかった。 節くれのような両の手は、皺一つない小さな手に変わっているではないか。 ソレを認識した瞬間、頭の中が急速に冷えていくのが感じられた。 想像を超えた、いや理解することが出来ない現状。 何か少しでも情報が欲しくて、横たわっていた身体を起こす。予想どおり、やはり視線が低かった。 今までの情報を総合する。そして考えられる結論は三つに絞られた。 一つ目は、身体が縮んだ可能性。 つまり若返ったということだ。 そう考えれば、コレらの情報の矛盾は生じない。 二つ目は、過去に戻った可能性。 この場合は過去の自分の身体に、現在の自分の意識や記憶が乗り移ったということになるのだろう。 この考え方でも、情報の矛盾はないだろう。 三つ目は、ある意味一番現実的だ。 自分の脳を、子どもの身体に載せたのだろう。 こうすれば、自分の身体が子どもになっていることには説明が付く。「――――って、そんな訳あるか……!」 情報に矛盾は存在しない。 非現実的な一番目と二番目。 現代科学で実現可能な三番目の考え方。 だがソレを自分に行う理由がない。 もしかして助けた子どもが大富豪の子息で、その親がお礼代わりに…………というのも非現実的だ。 だから理由が分からない。理由が分からない以上は、結論も出ない。「……しょうがない。分からないのなら、聞くしかないよね……?」 分からない以上、ジッとしていても事態が好転することはないだろう。 仕方なしに、枕元からナースコールを探す。 怪我人(?)の自分が運び込まれているなら、ココは病院に違いない。 そんな勝手な思い込みから、自分の状況を断定しようとしていた。 そして思惑通りに現れるコードの先に、ボタンの付いたナースコール。 ボタンを押し、看護士が現れるのを待つ。 ……。…………。 来ない。中々ナース様が、ご光臨されないではないか。 段々と退屈になってきたので、再び情報探しをすることに。「オ……?ココが鏡になっていたんだ…………って、エェェェェェっ!!」 ベッドサイドに設置されていた棚を開ける。 するとその扉の内側には、顔一枚分位の【鏡】がくっ付いていた。 起きてから自分の顔を確認していないことを思い出し、コレ幸いとばかりに自分の顔を映し出そうとする。「…………オイ、オイ。コレって何かのドッキリじゃあ……ないよなぁ…………?」 別に怪我はなかった。 以前よりも肌が艶々していているのは、子どもの身体なのだから当然だろう。 だから驚いたのはそんなことじゃない。 問題があったのは、顔そのものだったのだ。 紫がかった蒼い瞳。銀色の、肩甲骨の辺りまである髪。 そして、自分の過去の姿とは似ても似つかない顔。「誰だ、コレ…………」 ソレは明らかに男の顔付きではなかった。 端的に言うのなら、少女の顔。 どう見ても、過去の自分ではないということが証明された。「まさか、まさかね……………………おーまいごっと」 確認のためにパンツの下を確認しようとする。 まず目に入ったのは女性用と思われるパンツ。この場合、ショーツと言った方が良いのだろうか……? そして、いざご対面――――その後に訪れる、完璧なる敗北。 神を信じた矢先にコレか。 やはりこの世には、神も仏も存在しないらしい。 もう二度と、お祈りなんてするものか……!! あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘頂き、本当にありがとうございます!! >このお話に関して。 この話は、satukiが自サイトでかつて掲載していたモノを、改稿したモノです。 思えばコレが転生日記の原点だったと思うのですが…………暗いなぁ(苦笑)。