前回のあらすじ:復活したのは覇王少女と…………誰? 暗い空間。 その場所に最後に灯りが照っていたのは、もう数年前のことになる。 広大なスペースの中に、ポツンと置かれた生体ポッド。 そのポッドのみが静かに動き続け、その中身が癒され続けて数年。 かつて大量の血を流し、皮膚が抉られ、そして歩くこともままならなかった身体。 だがそのどれもが、今の【彼】には存在していなかった。 完璧。 此の世に完璧というモノは存在しない。 だからこの言葉を使うこと事態が、本来ならあってはならないモノ。 しかし現実に。 負傷箇所はおろか、嘗ての鍛え上げていた筋肉までも元通りとした場合。 それは完璧と呼んでも、差し支えはないのではないだろうか? やや蒼みがかったワイルドな黒髪。 意思の強そうな瞳。 医療ポッドの脇のケースに入っているのは、黒いカード。 ソレは有り得ざるモノ。 柄の先端に円柱状のパーツ。 更にその側部には翼状のパーツが一つ。 最先端には円状のパーツが取り付けられて、そのデバイスは完成する。 そのデバイスの待機状態が、その【カード】。 黒い長方形の中央部に輝く、蒼い宝石。 そう。 ソレは【クロノ・ハラオウン】が所有し、今も彼の手元にあるハズの存在。 【S2U】と呼ばれるデバイスと、相違ないモノだった。 死んだ人間は生き返らない。 コレは何処の世界でも共通の理である。 中には教会に行って、金で蘇らせてくれる世界もあるらしいが……それは現実とは別世界の話だ。 つまり何が言いたいかと言うと。 【シズカ・ホクト】は蘇っていない。 今のシズカ・ホクトは、【フェアリィ・槙原】の偽装なのだ。 勿論中身は同じだし、変身すれば外見はおろか、DNAまでも一緒になれる。 だがソレは、本来あってはならないコト。 自然という理を捻じ曲げ、ボクのみが出来る【反則】。 コレは【蘇生】でなく、まさしく【変身】なのだ。 故にこの姿になることは、普段はあってはならない。 特にミッドでは(ある意味)有名人だったボク。 つまり【ホクト形態】は奥の手。 切り札というヤツだ。 ……でも待てよ? ホクト形態になっていても、変装していれば……? う~む。 一考する価値はある……かな?「え~と。静香、静香。月村、静香……っと」 インターネットに接続し、検索サイトで嘗ての自分の名前を入力する。 恐らくボクの予想が正しければ。【この世界】の【この時間】には、【月村静香】が存在する。 この考えに至った経緯は幾つかある。 一つ。警視庁にC3軍団が居たコト。 二つ。【ホクト形態】にはなれるのに、【月村静香】形態にはなれないコト。 三つ。【接触】が出来ないコト。 偶然を装ったり、ありとあらゆる方法を考えて実行したのだが……。 ダメだった。それは【シズカ・ホクト】としても【フェアリィ・槙原】としても。 ともかく月村家の【長男】という存在に接触するコトは出来なかった。 ソレは偶然ではないのだろう。 【彼】は、過去の自分だ。 今のボクが居るのは彼のお蔭。 つまり【彼】の人生は既に固定されたモノで、だからこそボクの存在が肯定されるのだ。 よって【彼】の人生には干渉出来ないし、【彼】もボクの人生には関与出来ない。 ボクは【彼】の行く末を知っている。 だからやろうと思えば、【最期の刻】を回避出来るのでは?と思った。 だがソレをやれば、【今のボク】は存在しないコトになる。 親殺し……とは違うが、ある意味同じなのかもしれない。「…………あった」 【月村静香】。 警視庁に協力するような人間。 ならばインターネット上で名前が載ってない方がおかしい。 そしてこのワードのヒットは、ボクの考えの裏が取れたことにもなる。 干渉出来ない、【もう一人のボク】。 ココから先はただの予測だが、【彼】の死後に【彼】の姿と能力を引き継ぐコトになるのだろう。 世界は循環する。 止まることはなく。止まったように見えても、ゆっくりと先に進もうとしている。 この世界は……一体何処へ向かおうとしているのだろうか……?「……なぁ、フェル……?」「な~に?こうすけ~?」 さざなみ寮のリビング。 平日の昼間は殆どの人が出払い、ココに居るのは耕介とボクのみ。 耕介が忙しなく掃除やら洗濯やらで動き回る中、ボクはソファーに寝転んでテレビ三昧。「……学校は行かないのか……?」 ……あぁ良かった。 ココで【働け!この駄ニートがっ!!】とか言われたら、どうしようかと思った。 考えたら、ソレは無理な注文だよね? 如何に中身が大人(というには歳が行き過ぎているが)であっても、外見は子どもなのだ。 某【子ども先生】でもない限り、この歳から働いているヤツはいないだろう。 ……【子ども先生】、だと……?「(……なのはの【教育】の為にも、ボクはいずれ聖祥に入学するつもりだった。ならいっそ、【先生】として……?)」 有りと言えば有りだ。 先生なら思想誘導だって、簡単に出来てしまう(本当はダメだが)。 ならば【子ども先生】も有りだ。「(……でもまだ確定しない方が良いな。他にも方法があるかもしれないし……)」 手の一つとして、頭の片隅に置いておく。 今はその程度で良い。 それよりも今は、現実に戻ってこよう。「……う~ん。今年中には行くから、もうちょっと待ってくんない?」「まぁリスティたちだって、すぐには行かなかったから良いけど…………何か理由でもあるのかい?」「何となく、かな……?」 勿論理由はキチンと存在する。 今学校に行っても、なのはは【上の空】か【自主休校中】だろう。 つまりボクが学校に行っても、なのはを【教育】出来ない。 ならば【P・T事件】が終わってからの方が、何かと都合が良い。 それより今は、【月村静香】と活動範囲が被らないようにしつつ、力を蓄えた方が良いだろう。 いつ。そして何処で本筋に関わるかは不明なのだ。 なら【その刻】の為に、少しでもチカラを手に入れる。 ソレが今のボクのすべきコト。 だから学校には行かない。……別にサボリって訳じゃ、ないんだからね!?「こーすけ。ちょっと出かけてくるね?」「良いけど……誘拐犯には気を付けろよ?」「ノープロブレム。もし来たら、返り討ちにしてあげるよ……♪」 約一年間で鍛えられた能力。 その発露のキッカケとなった、【超】連続誘拐事件。 別に油断するつもりはないが、今はさらに【ホクト形態】まであるのだ。 最悪、捕まってからソレになれば良い。 美少女を捕まえたと思ったら、ソイツは【覇王少女】でした。 ……何だそれは?明らかにホラー映画級の怖さじゃないか? 我がことながら、非常に恐ろしい。 どう考えても、トラウマ確定だ。 もしそうなったら、犯人にはご愁傷様としか言いようが無いね? 転送魔法を使用し、かつての職場に。 次元空間に浮かび、光学迷彩などで秘匿された【ソコ】は、数年の歳月を経ても埃一つ落ちていなかった。 昔はそれが全て人の手で行われていたのに対し、今は全自動で行われている。 そう設定したのは、かつての部下。 ボクが。ボクたちが【ココ】に帰ってこなくなった時に、そう設定したのだろう。 彼らしい不器用な心遣い。ありがたくて涙が出そうだ。 長い廊下を進み、漸くお目当ての部屋の前に来る。 プシュー!という音と共にロックがはずれ、扉が開かれる。 ……暗い。だが【何か】が居る。 静かだが、何者かの気配を感じるのだ。 誰が。と問うのは、この場合相応しくない。 復活していたのか?と問うのが正しいだろう。 ――キィィィィンッ! 甲高い音と共に、蒼い光が一筋。ボクに向かって飛んできた。 ソレは見慣れたモノ。 見慣れ【過ぎる】くらい良く見たソレは、避けるコトも容易かった。「……ハァッ!」 避けた先への攻撃。 定石通り。 ボクが教えた、【ホクトの教え】の通りだ。「……来い、剣よ!」 光と共に現れるのは【シズカの剣】。 ソレに雷撃を絡ませれば、雷撃剣となる。 雷を帯びた剣で一閃。一閃。もう一つ斬撃。 すると相手の移動範囲は狭められ、そこに固定空間が出来上がる。 でも相手は障壁を張っている。 ならばどうすれば良い?「(決まってる!障壁ごとふっとばせば良いんだ!!)」 筋肉が隆起し、体格が変わる。 この身体になれば、障壁など関係ない。 文字通り、特殊なことは必要ない。【気合と根性】で、全てを吹っ飛ばせるからだ。 ――ドォォォォンッ! 壁に叩きつけられる対象。 その気配には覚えがあった。 というより、覚えが無い方がおかしかった。 ――カチ! 電灯のスイッチの場所を思い出し、ソレを押し上げる。 黒髪。黒い将官服に、白いスラックス。 そう。ソコに居たのは……。「……退院おめでとう、とでも言えば良いかな……?久しぶりだね、クライド少年……?」「…………お久しぶりです、ホクト執務官長……!!」 在りし日のままの【クライド・ハラオウン】。 若き提督として活躍していた時のままの彼が。 本来居るはずのない存在の彼が。 刻を越えて復活したのだった。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘いただき、本当にありがとうございます!!