前回のあらすじ:【フェアリィ・槙原】+【八神あらし】=??? 【アンリミティッド・デザイア】。それは【ジェイル・スカリエッティ】の開発コードだと言われている。 無限の欲望。そう言い換えられたそれは、ただの人だった。 人間。その存在の思考を有る一定の方向で固定し、ただただ、その感情の赴くままに突き進ませる。 人はヒトである限り、その脳の力を百パーセント使いこなすことなど出来ない。 それは本能がリミッターを掛けるため。 天才と呼ばれる人間たちですら、そのリミッターを完全に解放している訳ではないのだ。 だが、もしも人為的にそれを完全解放させたら? その被験者は、人間という枠組みを越えたことになる。 もちろんリスクはある。 元々施されているリミッターを外すのだ。 そこに無理がない訳がない。 どれ程肉体を改造しようとも。 また如何にDNAレベルからの、根本的な見直しをしようとも。 そこには必ず【限界】という概念が壁となって立ち塞がり、行く手を阻む。 だから人は例え思考操作されようとも、無限に欲望を持ち続けることなど、出来るはずもないのである。 よって【アンリミティッド・デザイア】は、単体では用を成さなかった。 次に行われたのが、それを二つに分けるという発想。 元々、最大限までヒトとしての可能性を引き出した者。 一人では無理でも二人なら。 陰と陽を分けて、対極的なアプローチをし続ければ。 限りない【可能性】を人類から引き出し、そして同時にコントロールする。 この相反する矛盾した考えを内包した考えが、この――【箱庭】のシステム。 明と暗。正道と邪道。正義と悪。 与えられた役割を続けさせられる人類。そこに……彼らの意思は存在しないに等しい。 駒は駒らしくしていれば良い。 何とも使い古された台詞だが、それは上位者からすれば当たり前の考え方。 反吐が出る。同時にそう言った統治者たちは、必ず足下をすくわれる。 人は見えない支配は嫌がらないが、それが見えた時――必ずと言って良いほど反発する。 だから人は、神に成り得ない。 人は何処まで行っても人であり、また神は何処まで行っても人には成れない。 ……とまぁ、これが【アンリミティッド・デザイア】プランの概要だったのだけど……。「…………随分とふざけたプランね……?いえ、これは【プラン】と呼ぶのもおこがましいわ……」 黒髪ウェーブ版のフェイト――つまり久々登場の【若】プレシア。 その彼女は、現在怒り心頭モードである。 それも当然と言えばそうだろう。 この次元世界の全てを、裏からコントロールしてきた存在。 もしもそんな存在が居ると言うのなら、彼女の行動もそれによって誘導されたものだということになる。 即ち、かつて彼女が失敗した魔力駆動炉の実験も。また、そこから始まる悲劇の全てが……その存在の介入が在ったせいだということになる。「ということは……まさか【闇の書】事件も、全て仕組まれたものだったと!?」 以前自分も関わり。そしてその日から、家族の運命が変わってしまった事件。 クライドはその考えに至り、そして驚愕する。 驚愕……せざるを得ない。 建造から既に幾年も経た実験次元航行艦だったラグナロク。 今その内部では、黒と蒼。そして紫が対面している。 ジェイル・スカリエッティと月村静香に共通した色――【紫】。 その姿は月村静香と呼ばれた存在に酷似しており、唯一の違いは服装くらいだった。 かつて着ていた将官服や茜屋の制服とは違い、黒と紫を基調とした燕尾服風のデザインの服。 とても美形でないと着こなせない、奇怪極まる格好である。「じゃあ、あの事件も……全てあなたが仕組んだ事だったというんですか……?」 クライドは問う。かつて師事し、今でも憧れている存在に対して。 何を? 震える声に載せられたのは、信じたくない事実。「そうだよ。ボクの中の【ジェイル・スカリエッティ】がやったんだ」「……っ!?」 声に震えはない。 淀みもない。 それはただの事実だから。 月村静香の――月村静香【の姿をした者】にとってそれは、ただの事実確認でしかなかった。 知らなかった。自分ではなかった。そう言うことは簡単だ。 しかしそれは、彼の矜持が許さなかった。 合一。この場合は、再統合と言った方が良いだろう。 つまり自分の分身、自分そのものと言っても良い存在の所業なのだ。 それを無かったことには出来ないし、避けて通ることも出来ない。「……ふぅ。止めておきます」 今にも殴りかかりそうな気配だった、クライド少年。 しかしため息を吐くと、その気配は一瞬にして霧散する。 そしてそれはプレシアも同様。「どうしてだい?ボクはキミたちにとって……」「それでもです」 最後まで言わせて貰えない言葉。 遮るように言われた一言は、その言葉に全てが込められていた。 まるで奪われた物より、貰った物の方が多いと言わんばかりに。「……プレシアも?」「…………えぇ。恨まないであげるわ(今はね?)」 明らかに台詞と表情が一致していない彼女。 だがそれは仕方のないこと。ボクは彼女から、彼女にとっての全てと言い切れるモノを奪ってしまったのだ。寧ろ当然である。 それでもプレシアから出た言葉が剣呑なものでないということは、己の感情よりも優先すべきものが有ると理解しているからだろう。「……分かった。ならこの話は、ここまでにしておこうか?」 無言で頷く二人。 さてと、それでは次の話題に移るとするか。 思考を切り替え、話を振ろうとしたした時。クライド少年が思い出したかのように、言ってきた。「そう言えば……今のあなたは、何者なんですか……?」 一瞬呆気に取られるが、すぐに現実に回帰する。 ボクが何者か……。いや、それ以前に最初の名前って、何だったっけ……? ……思い出せない。思い出せないなら、正直に答えるしかない。「……もう名前も忘れてしまった…………ただの三次元人さ」 背中に漂うのは哀愁。 まるでターバンとマントを纏った宇宙人が見えそうな、今のボク。 そう言えばあれも、善と悪の再融合だったよね?「…………何というカオス!!執務官長……やはり、あなたは素晴らしい!!」 クライド少年が、何かに取り憑かれたようです。 前回の恭也と言い、真面目な二枚目キャラが突然暴走する現象が、最近は流行っているのかもしれない。 そんな少年を見て――いや。少年【たち】を見て、プレシアが三白眼になってこう呟いた。「……駄目だわ、コイツら。はやく何とかしないと……」 ラグナロクはルナパパ謹製の、謎の技術が満載である。 故にタイムスリップなんてお手の物。 とは言っても、彼の技術を以ってしても片道切符がせいぜいではあるが。「この時代。月村静香とジェイル・スカリエッティが同時に存在する時代は、ボクたちにとって不都合極まりない」 何せ彼ら自身がフリーダムに動き回っている時代なのである。 当然、ボクたちが動ける幅も限定されるし、第一やることがない。 ならばいっそのこと、彼らの居なくなった後の時代に――少なくとも【月村静香】が死亡した後の世界なら、自由度はグッと上がる。「だからボクは提案する。刻を越え、歴史の【続き】から再び始めることを……」「異議はありません」「そうね。大局的に見た場合、その方が良いことは確かね…………だけど」 プルプルと震えるプレシア姐さん。 何やら理性と感情が闘っているらしい。 先程の己の激情すら押さえ込んだ彼女が、一体何を気にしているというのだろうか?「……?どうしたの、何か問題でも……?」「有るわ。有るわよ。大有りよ!!」「ちょっと、落ち着いて下さいよ!?一体どうしたって言うんです!?」 激昂プレシアを、クライド少年が抑えようとする。 結構良い組み合わせだな。 あんま考えたことは無かったけど、【クラ×プレ】っていうカップリングも、有りなのか……?「だって!せっかく、美人の保健の先生って評判になったのよ!?毎日可愛い子どもたちが遊びに来てくれて、一緒にお茶したり……」 【イヤンイヤン】な状態に突入しているプレシア。 鼻から大量の血液が流れ続けているのを見ると、そろそろ輸血パックを用意した方が良いかもしれない。 そう思ってしまう程だった。「このまま行けば、一緒にお昼寝とかも出来るようになりそうだったのに……!!」 先生、大変です! ここに(性)犯罪者が居ます。 しかもそれは、そもそも小学校でやるようなことではないのにねぇ?「じゃあ良いよ。プレシアだけ、この時代に置いていくから」「そうして貰えると助かるわ。仮にも教師たるもの、子どもたちを置いて何処かへ行くような真似は……」 繰り返すが、彼女の鼻血は滝のように流れ続けている。 つまり真面目ぶった台詞は、全て台無しな上に、全く以って説得力に欠ける代物。 これで説得される奴が居るのなら、是非とも見てみたいものだ。「ただそうすると…………今度会った時には、プレシアだけがオバハンに……」「さぁ、行きましょう!!さっさと未来に行く準備をしなさい!!」 一瞬の迷いも生じない程の、華麗なる転進。 さっきまでごねていたのが、まるで嘘のようだ。 ここまで来ると、却って清々しさすら感じる。 結論。 女性は、自分自身が一番大切なようです。 プレシアお姉さんは、ボクたちに大切なことを教えてくれました。「あぁ、ちょっと待っておくれ。まだこの時代で、一つだけやらなきゃならない事が残ってるんだよ……?」 そう。大事な大事な、お約束を。 この為に次元航行艦の名前を、態々自分で決めたのだ。 これをやらないと、【A's】は終われないよねぇ……? 十二月二十四日。 世間ではクリスマス・イヴと呼ばれるその日。 ただ高町なのはと愉快な仲間たちにとっては、その日は違った意味を持っていた。 闇の書を滅し、事件に終止符を打つ大事な日。 現在、闇の書の防衛プログラムの複層式バリアは破壊され、三人娘のトリプルブレイカーの準備中。 既になのは・フェイトと詠唱が終わっており、残すははやてのみ。 リインフォースによって【八神あらし】の記憶を消されたはやての胸中には、防衛プログラムへの申し訳なさしか存在しない。 だがそれも一瞬のこと。 気持ちを切り替え、そして最後の詠唱を始める。「響け終焉の鐘……ラグナロク……」 本当はこの後に三人娘の【ブレイカー】という台詞が待っているはず。 しかし今回は台本通りにはいかなかった。 何故ならそれは、予想外の事態が起きるからだ。「「「ブレイ『お呼びとあらば、即参上!!』…………へ?」」」 大音量スピーカーから放たれた、意味不明な言葉。 それを発した主は、雲を突き抜けて上空から現れた。 紅い、西洋龍の一種を模した体躯。その姿は何処からどう見ても、【ラグナロク】だった。「そんな……あれは、【ラグナロク】!?」 その声はラグナロクに乗船経験もあり、何かと縁深いリンディ・ハラオウンのものだった。 【在り得ず】。その別名通りの感想が、彼女の脳裏を駆け巡る。 有り得ない。だって、あの人たちはもう……。 遺影のような白黒の風景。 その空間の中で微笑む、夫と人生の先達。 同時に呟かれたのは、彼女の名前。『『リンディ(嬢)!』』「……ハッ!?」 現実に戻される。 戻った彼女の前にあった光景は、ラグナロクが防衛プログラムに突っ込んでいくところだった。 何の悪夢だ。またラグナロクが消えるのを、今度は己の目で確認せよというのか。「エイミィ、ラグナロクに通信繋いで!!」「ハ、ハイ!!…………駄目です!通信繋がりません!!」 半ば予想通りの答え。 しかしそのままには出来ない。 次なる一手を考えないと。リンディがそう思った瞬間、ラグナロクに更なる動きがあった。 ――ギュィィィィィィィィン!! 次元航行艦に搭載されている、【ディストーション・フィールド】。 それを最大限に展開した状態で、ラグナロクが突貫していく。 しかしそれは、防衛プログラム本体に対しての攻撃ではなく。その端末たる大型触手たちのみが対象であった。「……何を、しているというの……?」 湧き上がる疑問。 ラグナロク程の大質量の物体が突貫すれば、プログラム本体は一旦壊滅寸前までいくだろう。 例えばこんな感じで。『往けぇ!ラグナロクよ!!忌まわしき記憶と共に……!!』 しかしあの艦船は、それをしようとはしてない。 何故?どうして? その解けないはずの答えは、意外にもアッサリと解けた。『……露払いはこれ位で良いだろう……。さぁ出番だぞぉ……【勇者翁】!!』『…………任せたまえ』 そう、ラグナロクは時間を稼いでいたのだ。 この事件の当事者にして、氷結の杖を持った老提督の到着の為の時間を。 これで真の意味での事件の決着が、漸く付いたのであった。 おまけ 翌日。所謂【お別れの儀式】のクライマックスにあった出来事。 リインフォースが段々と粒子化していき、まさに光になる瞬間のこと。 『ポンッ!』という音と共に、一枚のカードが回転しながら一直線に突っ込んでくる。「「「……!?」」」 その場に居た、誰もが息を呑んだ。 カードによって【お別れの魔法陣】は破壊され、霧散していく魔力。 そして目撃した。白いマントとシルクハット。モノクル(片眼鏡)から見えるのは、独特の紅い瞳。「メリークリスマス、魔法使いの皆様……」「「「誰!?」」」「……おや。アースラ宛に予告状を出したのですが……どうやら、本気と受け取られなかったようですね」 白い紳士は続ける。 己の目的。 そしてそれを実行する為に来たのだと。「まぁ良いでしょう。私は【祝福の風】を頂きに参上した……ただの怪盗ですよ」「「怪盗……!?」」 怪盗という単語を聞くや否や、なのはとフェイトがガクブルし始めた。 どうやら彼女たちにとっては、既にトラウマものの出来事らしい。 無理もない。警視庁での事件は、ボクにとってもやり過ぎたと反省すべき点があったからな。「えぇ。それでは早速で悪いのですが、煩いのが来る前に退散させて貰いますよ…………目的を果たしてからね?」「な!?それは……!?」 リインフォースの首筋に手刀を一発。 本当なら優雅に魔法か眠り薬とかでやりたいのだが、如何せん相手はプログラムだ。 成功しなかった場合、厄介なことこの上ない。「……という訳で」 慇懃に、恭しく礼をする怪盗――というか、変装したボク。 リインフォースを片手で抱きながら、白いマントで己たちを覆う。 やっぱ怪盗って言ったら、こうでないとねぇ……?「それでは皆様、御機嫌よう……」 転移魔法ではなく、ワザと白いハンググライダーを展開して逃走する。 様式美を重視するのが、日本人の美徳なのです。 偉い人にはそれが(以下略)。「皆、大変だ!リインフォースが狙われて……って、既に遅かったか!?」 一同が呆気に取られている間に、少年執務官が怪盗とタッチの差で現れた。 大急ぎで来たのだろうが、僅かに及ばず……といったところだろう。 歯噛みしているのが見て取れる。「……奴はとんでもないモノを盗んでいった…………キミの、家族だ……」 それはリインフォースと、彼女が持っていた【あらし】の記憶という、二重の意味。 つまりクロノは、二人の家族が盗まれたと言いたかったのだ。 しかし当人たちにとっては、あらしの記憶などなく、祝福の風が奪われたのみ。よって……。「何、当たり前のこと言っとるんや!?さっさと追えっちゅうに!!」 八神家の主に怒られたのは、至極当然のことだった。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘いただき、本当にありがとうございます!