前回のあらすじ:オンナの友情とは、かくも脆いものなり。 機動六課襲撃。 その際に聖王の遺伝子を持つ少女――ヴィヴィオが連れ去られてから、はや幾日。 表面上はいつもと変わらない様子のなのはだったが、彼女を良く知る者からすれば、どう見てもそれは空元気以外の何物でもなかった。 それを差し引いたとしても。六課の――地上の士気は下がり調子だった。 如何にレジアスたちが被害を最小限に食い止めようとも。 【負けた】という事実は覆らない。 その事実は重い陰となり、復旧作業を急ぐ地上の局員の心を沈み込ませる。 いつ次の襲撃があるともしれない状態で。 ただ震えながらも復旧をしなければならない現実。 それは恐怖だ。 生き地獄とも言い換えられる。 だから皆が沈むのは当然。そしてそれに追い討ちを掛けるように出現した、超弩級のロストロギア。「あれが……あれが【揺り籠】……」 正式名称:聖王の揺り籠。 古代ベルカ時代の遺物であり、同時にこの時代であっても【異物】と成り得る代物。 日本の古墳に一部似た形状とその大きさ。 そんな巨大物体が地中から現れ、そして宇宙へと向かっていく。 さらにその体躯から飛び出してくるのは、ガジェットの大群。 どう贔屓目に考えても、これは悪夢以外の何物でもない。 現在本局が大艦隊を率いてミッドに向かっている途中らしいが、どう考えても揺り籠の大気圏突破には間に合いそうにない。 揺り籠の――スカリエッティの目的は、揺り籠を宇宙に出すことによって、二つの月の魔力を吸収して無敵の存在になること。 だからこのままで行けば、管理局の敗北は必須。「戦闘機人の反応が、地上本部に向けて進行中!!これは…………別のルートから、例の騎士も進行中です!!」 オペレーターのシャリオから届けられたのは、最悪の報せ。 スカリエッティの戦闘機人たちが、一番・二番・四番・五番を除いて全員出撃。 さらに空いた穴を埋めるように、番外番とも言うべき存在の姿が。 廃棄された高速道路を、二つの人影が颯爽と駆けていく。 その一つには、その両足に銀色のインラインローラースケートを模したデバイスが。 その左手には同じく銀色のリボルバーナックル。 普段とは異なっている戦闘衣。 しかし全く変わらない紺色の長いリボン。 瞳を彩る色は金。それは戦闘機人の証。「……ギン姉」 変わり果てたギンガ・ナカジマ。 彼女は今、スカリエッティの戦闘機人と共に、地上本部に向けて走っている最中だった。 全く動揺のない、無感情・無機質な瞳。そこに彼女の人格はないのだろう。「それに、あれは……!?」 ギンガと並走する影。紅いタービンの付いた、両腕装備のリボルバーナックル。 それと同デザインのタービンが装備されたインライン。 銀色の仮面こそ見覚えがないものだったが、それ以外のものにスバル・ナカジマは見覚えがあった。いや、そんなレベルの話ではなかった。「お、お母さん……?」「「エッ!?」」 スバルの側に居た、ヴィータ以外のスターズが驚愕する。 スバル・ナカジマの母親であるクイント・ナカジマは、随分前に死亡しているはずだ。 任務中の事故であることも判明している。だからあの銀色仮面が、そうであるはずがなかった。「ちょっとスバル!!アレがあんたの母親な訳がないでしょう!?」「そうだよ、スバル。アレはきっと、スカリエッティがこっちをかく乱させる為に用意した――――」「……違います。アレはお母さんです。走り方とか、ちょっとクセがあるんで、すぐに分かっちゃうんです……」 スバルの言ったこと。それを確かめようと、なのはとティアナは戦闘機人の移動映像をもう一度見る。 するとそこで分かったのは、ギンガと銀色仮面。 そして更に後ろを走る戦闘機人――ノーヴェは、それぞれが異なった走り方をしているということ。「昔母さんが、ギン姉にS・Aを教えてた頃のままなんです。あの頃のあたしは、直接母さんにS・Aを習ってた訳じゃないんだけど、良く見てたから……」 【間違いない】。 きっとスバルは、そう繋げたかったのだろう。 その尻切れトンボになった台詞は、それを雄弁に語っていた。「……厄介な事態だね」「えぇ……って、アレはまさか!?」 地中を抉って地表を飛び出したのは、いつぞや地球で見たドリル戦車。 何時の間にか近くの線路には、ミッドでは在り得ない五百系新幹線の姿。 極めつけは天空から舞い降りる、黒いステルス戦闘機。「スバル!アレって、確か……!?」「…………うそ。だってアレは……ギャオギャイガーは、地球で修理中なはずなのに!?」「……っていうことは、それをスカリエッティが奪取したんだね……」 三つのパーツが揃ったのならば、どう考えてもそのコアとなる存在が居るのだろう。 地球でスバルが直接融合し、共に戦場を駆けた存在。 純白の獅子型マシン。その名前は……。「やっぱり…………ニャレオン!」 スバルの口から出たのは、自身の予想が間違っていなかったことの裏付け。 想像通りの白い獅子は、高速道路と並走する廃区画を走ってきた。 完璧に修復された体躯。そこには隙など存在しない。「……【融合】」 精気の宿らない金色の瞳。 スバルと様々な意味で対となる少女――ギンガはそう呟くと、白い獅子に喰われた。 否。喰われたように見えるが、その獅子と融合しただけである。『ギャイ、ガー』 抑揚のない声。 しかし白獅子から変形した人型ロボットは、確かに。そして小さくそう言った。「「「そんな……!?」」」 走る緊張。 予想も出来なかった事態。 その衝撃度は様々な意味で、やはりスバルが一番だったようだ。 カチカチカチ……! それは歯が震え、身体が強張る音。 今スバル・ナカジマの身体は、これまでの人生の中で一番緊張し、同時に震えていた。「スバル!?」「スバル、大丈夫……?」 相棒と上司からの心配の声。 聞こえている。確かに聞こえているとも。 だがそんなことよりも、今の自分には大事なことが――大切なことがある。待っているのだ。『……』 純白の勇者ロボは、ミッドの廃高速道路で待ち続けている――己の倒すべき存在が到着するのを。 負けてやるつもりはない。だから招待には応じる。 そしてその上で、絶対に姉と母親を取り戻す。 緊張と高揚。 低くはない敗北の確率と、勝利するんだという重圧を伴った意気込み。 それを抑え・止められる程、スバル・ナカジマという人間は理知的ではなかった。「……行きます」「ダメ!待ちなさい、スバル!!」「……行きます」「スバル、待って!!危険過ぎるし、個人行動は駄目だよ!!」「……行きます。ギン姉と母さんが、私を待ってるんだ……!」 その瞳は既に決意を秘め、どうあっても変わらないことを示していた。 それは例え、【憧れのなのはさん】が立ち塞がっても変わらないだろう。 事実高町なのはは、既に待機状態のレイジングハートに手を掛けている。しかしスバルに動揺は感じられない。『オイオイ。そいつは違うぜ、スバルよぉ……?』「……エ?お、お父さん!?』「「ナカジマ二佐!?」」 突如会話に割り込んできたのは、ここには――ダイノージェット内には居ないはずの、ゲンヤ・ナカジマ二等陸佐。 その話し方から察するに今の彼は、どちらかというと他部隊の部隊長というよりは、スバルの父親としての色が強いらしい。 だが瞳に秘めた力は、おどけた口調とは裏腹なもの。『割り込みで悪いな……だがな、スバル。一つだけ訂正してもらうぞ』「……?」『ギンガはお前が当たれ。そんでクイントに当たるのは…………オレだ!!』「「「……!?」」」「何驚いた顔してるんだよ?当然だろ?妻を助けに行くのは、夫の役目だ。もしもオレ以外の奴が行くって言うんなら……そん時は、例えスバルだって倒していくぞ?』「「…………」」 唖然とするなのはとティアナ。 自分で妻を助ける為なら、娘さえも倒していくという、信じられない考え。 常識とは対極。いや、ある意味非常に常識らしいとも言えるが。「……プッ!あははは……!!そうだよね?お父さんって、昔からお母さんが一番だったもんね?」『何当たり前のことを言ってるんだ?こればかりは、誰にも譲れねぇなぁ!!』 驚愕するスターズ(-2)を余所に、何時の間にかアットホームな雰囲気のナカジマ家。 内容はそんな暖かいものではないはずなのに、不思議と和やかな空気になっている現実。 これがナカジマ・クオリティなのだろうか?ティアナは頭を抱えた。「うん、分かったよ!じゃあギン姉はあたしが……」『オゥ。そんでオレがクイントを……』 S・A部隊、出撃準備完了。 気合の入りまくった二人の前には、恐らく壁になるものは存在しない。 仮に存在していたとしても、一秒後には地に伏せているだろう。『そういうワケだ……。オイ、聞いてただろ!まめ狸さんよぉ!!』『……あー、ハイハイ。出来ればあたしの格好良い号令で、全員出撃とかやりたかったんですけど……』 新たに立ち上がる、空間ホログラフ。 そこにはゲンナリした六課の部隊長の姿が。 きっと出撃の為に、凝った台詞や動作を用意していたに違いない。それは守護騎士たちの騎士甲冑の拘り具合からも推察出来た。『悪いがそんな暇はない。愚痴なら後で付き合ってやるから、今はさっさとしやがれ!』『…………了解。機動六課フォワード陣、全員出撃や!!』「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」 ダイノージェットの各部が解放され、エアロックが解放される。 そこから空戦魔導師は空を飛んで。そして陸戦部隊はヘリに乗って、それぞれの現場に向かう。 そのどちらにも当て嵌まらないスバルは……格納庫から双頭型戦闘機、【ファントムギャオー】で出撃をする。 天翔ける、銀色戦闘機。 最新鋭の技術で造られたそれは、ストライカークラスの空戦魔導師の速度を上回る。 加速。加速。加速。 猛烈な加速を伴った物体は、そのままの状態で別の物体に衝突すれば、大きなダメージを与えられる。 故に翔ける。そして雲を突き抜ける。 その先に待っている、己の相対すべき存在にぶつかる為に。 ――キィィィィン! 雲が割ける。 そして備え付けのレーダーに示されていた、二つの赤と緑の光点。 それが今……一つに重なった。『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』 極限まで加速した戦闘機。 その最大の威力を付加されたそれは、一直線に下降する。 重力加速をも伴い、更に加速するファントムギャオー。 普通に巨大な質量が高高度から自然落下するだけでも、相当な被害が出る。 しかも今回のそれは、最初から高速というおまけ付き。 これならば如何に純白の敵機と言えども、ただでは済むまい。そう考えるのが普通。そう、それが普通なのだ。『うぉぉぉぉ!』 ――ガッキィィィィン!『……っ!』 しかし普通ではいかない、一筋縄ではいかないのが、現実というもの。 高高度から落下してきた戦闘機を、ギャイガーは両の腕で受け止め、そして堪える。 足の下のコンクリートは蜘蛛の巣のようにひび割れ、それでも沈むことはない。 受け流した訳ではない。 純粋に堪えただけだ。 だがその一連の動作だけで、ギンガの操るギャイガーが、如何に強敵かも思い知らされた。『なら……融合ぉぉぉぉ!!』 ジェット噴射をし、ギャイガーから逃れるスバル。 同時にその機体を変化させる。 着艦用フックのような鉤爪は、折れ曲がり腕に。 双頭のようだった艦首は、パーツを展開して両脚に。 後は頭部が迫り上がり、ここに変形は完成する。 白を基調としたギャイガーとは違い、鈍い銀色と青緑の装飾。『ギャオ、ファァァァァァァァ!!』 ギャイガーに代わって新造された勇者ロボ。 その名は【ギャオファー】。 飛行能力が付与されたこと以外は、武装などに変化はない。故に影響されるのは、操縦者の腕一本。『ギン姉ぇぇぇぇぇ!!』『……』 新生勇者の右ストレート。 体重の乗ったそれは、旧式に軽く避けられる。『……あ!』『……』 そしてその右腕を外側から掴み、その勢いのまま投げる。 体重の乗ったことが仇になり、スバルは予想以上のダメージを受ける。 相手は旧式のはず。しかし現実には、そのスピードもパワーも以前とは異なっている。 それは乗り手のせい? 確かにギンガ・ナカジマは優れたS・A使いだ。 しかしロボ戦闘は、これが初のはずである。 ならば以前との違いは何処から? ……簡単だ。 ギンガのバックに居る人物は、地球から勇者ロボを奪取してこれる程の存在だ。強化することなど、容易いだろう。『……いてててて』『……』 ギンガは何も言わない。 だから妹には、姉の考えが読めない。 仮に何か言葉を発せられても、多分同じ結果だっとは思うが。『……』『……』 互いに間合いを取ったまま、動けずにいる現状。 次のカードは何か。 ……決まっている。これは【全力】を賭した闘いなのだ。ならば次にやることなど、他にあるまい。『ギャオーマシン!!』『……ギャオーマシン』 全く同じタイミングで召喚される、サポートメカたち。 地中から二体のドリル戦車。 空からは漆黒のデザインの異なった、二つのステルス戦闘機が。 近接する線路からは五百系新幹線。 そして最後に、蒼き新型戦闘機の姿が。 それぞれが主とする機体を取り囲むように飛翔し、準備が整ったことを報せる。『最終ぅぅぅぅ、融合ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』『最終、融合……』 旧世代勇者の腰が回転し、嵐のようなフィールドが発生、そこに三体のサポートマシンが飛び込んでいく。 新造勇者もまた、胸のパーツを解放し、強烈な光でフィールドを形作る。 ドリルが両の脚を。 ステルス戦闘機が、翼及び両腕と兜を構成。 残った肩を作るのは、旧式では五百系であり、新型では中開きされた蒼い戦闘機。 ――ガッキィィィィン! この後に待っているのは、考えるまでもない結果。 スカリエッティや管理局の技術者がプログラムを間違えていない限り、絶対にそうなるであろうと予想出来る結果。 そしてそれは、本来あってはならない邂逅を意味する。 ――キュィィィィン!! 味方であれば頼りになる音も、敵方に回れば死神の足音にしか聞こえない。 一歩一歩、近付いていく完成。 そしてその瞬間は、何事もなく訪れてしまった。『ギャオ、ファイ、ギャァァァァァァァァ!!』『ギャオ、ギャイ、ガァァ…………』 訪れたのは、二体の破壊神の到来。 音は無い。 しかしそれは嵐の前の静けさ。 ここに。 空前絶後の姉妹喧嘩の幕が、今斬って落とされようとしていた。 ミッドチルダ未曾有の危機。 この究極的な状況に、地上本部に出来ることは少なかった。 首都防衛隊並びに、なけなしの空戦魔導師を投入しても、揺り籠に傷一つ付けられない事態。 C3システムの影響で、地上での活動は飛躍的になったものの、やはり空は地上本部では対処し切れない事実。 さらに言えば、スカリエッティの軍勢が地上本部【も】目指しているとあっては、そちらにも戦力を割かなければならない。 その中には敵の奪取した勇者ロボの姿もあり、手が足りな過ぎるのが現実。「スカリエッティの狙いは…………やはり【最高評議会】か……」 地上本部の執務室で一人、レジアスは敵の狙いを読んでいた。 それと同時に、この事態をどう対処すべきかも考えていた。 敵の二箇所同時展開。「これはオレたちにとっても好機だ。しかし……」 最高評議会という存在は、ミッドを――管理局を裏から牛耳っている、ただの神様気取りの厄介者だ。 それがレジアスの中での評議会の評価であり、同時に事実でもあった。 だから機会があれば滅したい。常々そう考えてはいたが……。「だからと言って、奴らを素通りさせる訳にもいかん……」 もしもそれを許せば、確かに最高評議会は倒せるだろうが、その代わりをスカリエッティがするだけだ。 事態は更に悪くなるかもしれない。 だからそれは却下だ。「……ホクト教官。貴女なら一体、どう対処しますか……?」 彼の胸中と脳裏に描かれる、嘗ての職場の上司。 憧れとそれ以外の感情が入り混じった、若干酸っぱい思い出。 もしもあの人が居たなら……と思うと、彼は自分が弱っていることに気付いた。「いかん、いかん!こんな調子では、あの人に笑われてしまうだろうに……」 思考を切り替える。 先ずは揺り籠について。 あの空飛ぶ巨大要塞を、どのように料理するか。「現在飛行可能な艦艇はない。そしてそれに匹敵するものは、機動六課が保有している……」 変形機動六課――ダイノージェットは、現在ミニ版飛行要塞として稼動中。 故に中の人物的にも外の器的にも、彼女たち以外に適任はいないだろう。 彼女たちの戦力からすると、更に戦闘機人の方にも戦力を割ける余裕がある。「正確には余裕ではなくギリギリの戦力分散だが……これなら何とかなりそうだな」 これで空と地上の対処は一応目処が立ったと言える。 であれば、自分たち――提督ズのとるべき行動は?「スカリエッティ……それに最高評議会……」 両者の繋がりは既に調べてある。 彼らは次元世界の悪を作り続け、同時に正義を作り続ける。 そんな箱庭は、人の住む世界ではない。人によって管理された、極一部の人間が支配する世界。そんなものは、誰が行おうとも変わらない。「スカリエッティをここで逮捕出来ても、まだ最高評議会の支配は続く……」 下手をすれば、第二・第三のスカリエッティを生み出すであろう、最高評議会。 それは断じて認められない。 こんな事態は、一回だけで十分だ。「……決まりだ。スカリエッティは機動六課たちが。そして最高評議会は――――」 拳を握る。力一杯。 それこそ血が出そうになる位。 それがレジアスの意思表明。「我々の手で、滅してくれる……!!」 すぐさま彼は、秘密裏に提督ズに連絡して戦力を集める。 しかしゲンヤは、クイントの下へ行く為にパス。そしてザフィーラも六課の隊員として事件に当たっている為、不参加。 故に集まったのは、リンディ・カリムのみ。「(ムゥ……リンディ提督はともかく、騎士カリムを戦力として考えても良いのだろうか……?)」 リンディはセーラーハーキュリーとして闘える。 しかしカリムの戦闘力は未知数だ。 下手をすれば死ぬ可能性が高いだけに、レジアスの懸念は当然だった。「ご安心下さい、レジアス大将……」 決意の宿る瞳で、そう言い返すカリム。 その手にしたハート型のコンパクトが一閃。すると彼女の着ていた衣服が吹き飛び、同時に紅いリボンが全身を包んだ。 胴、腕、脚と新たな衣服――戦闘衣が構成され、彼女の髪の色と併せてトリコロールカラーを構築する。 白地に蒼いセーラーカラーの付いた騎士甲冑。 紅いブーツと金色のティアラは、普段の彼女から想像も出来ない服装。 まるでエースオブエースや、金色の執務官のようにアップされて両側で纏められた髪は、ツインテールと呼ばれるもの。「この【セーラーカリムーン】が、ミッドチルダを照らす双月に代わって、天誅を下します!!」 その姿は贔屓目に見ても、強そうには見えなかった。 しかしレジアスの鍛え抜かれた眼は感じ取った。 その内側から溢れてくる、凄まじいプレッシャーを。「(な、何というプレッシャーだ…!このオレが、押されているだと……!?)」「どうです?これでもまだ、力が足りないと……?」 ニッコリ。 そんな擬音が聞こえてきそうな笑顔。 笑顔。あぁ、笑顔だとも。そこに強烈な重圧が込められていなければ、それは間違いなく純度百パーセントの笑顔だっただろうに。「……分かりました。では早速向かいましょう。時間は……一分でもはやいほうが良い」 レジアスは胸中で少し焦りながらも、表では平静を装った。 決意は出来た。覚悟もした。ならば後は、突き進むのみ。 己の手の中の刻金を見る。そしてそれを展開しようとした途端、「待ちたまえ!!レジアス、キミには倒さなければならない相手がいるのではないかい?」 突如背後から現れた気配によって、その行動は遮られた。「だ、誰だ……!?」「最高評議会の方は、二人のセーラー戦士と【我々】に任せて貰おう!!」 何故か背後からのライトアップ。 そしてそれらのライトに照らされた人物たちは、投光機の配置のせいか、放射状に四つの影を作っていた。「先ずは、【セーラージュピタリス】……!!」 緑のライトに照らされたのは、黒いウェーブのかかった長髪の女性。 それを頭頂部のやや後ろで一本に纏めた、セーラー戦士。 緑色のセーラーカラーとミニスカートは、ピンクのリボンと相まって活動的に見える。 ちなみに紹介しているのは非常に漢らしいヴォイスだ。 間違っても、目の前の【黒フェイト】ではない。 それだけは断言出来る。「お次は、【セーラーマース】!!」 紅色のスポットが当たる。そこに居たのは、銀色のストレートロング。 雪のような髪に映える、紅の瞳。 それらのパーツを合わせ持つその姿は、ホワイトクリスマスに消えたはずの、祝福の風。 ……なのだが、紅のセーラカラーとミニスカート、そしてハイヒール。 それらを装備した彼女は、どう見てもそんな感動は吹っ飛んでしまう艶姿(?)。 きっとはやてが見たら、卒倒してしまうことだろう。「さらには、【タキシードマスク】!」 面識のあるリンディは、彼の登場を別の意味で驚いた。 まさか本当に。本当に【あの人】が自分の目の前に現れてくれるとは……!! そういった驚愕だった。「そしてぇぇぇぇ!!最後はご存知、セーラーV(ヴィクトリャァァァァ!!)」 基本はセーラーカリムーンと変わらない装備。 唯一の違いは、仮面を付けていること位。 唯一という枠組みに入れるのもおこがましい違いは、セーラーVの体型は標準的な女性のそれではなく、非常に屈強なマッスルバディだということ。「貴女たちは……!?」「そうさね、レジアス。恐らくは……キミの考えている通りさ!」「では……では……!!」 驚愕し。一瞬後には最大限の喜びを。 レジアスの内心は今、最高にハイな状態になっていた。 ここで興奮せずに、いつ興奮しろというのだ!!「セーラーVとは世を忍ぶ仮の姿……」 仮面。 次いで身に纏っているセーラー服に手を掛けるセーラーV。 バッ!という効果音を引き連れて、見たくもない脱衣が始まる。「ボクの本当の姿とは……!!」 しかし御安心下さいませ。 皆が見たい魔法少女たちならいざ知らず、ここに居るのは対極の存在。 故にスロー再生しても見えません。これが覇王クオリティ……!!「美しき金星の女神――――【セーラーヴィィィィナス】!!」 黄色と橙色に変更されたパーソナルカラー。 当然仮面は消失しており、セーラー服の下からセーラー服というマトリョーシカもどきは、腕を組んで正面に向かって斜め四十五度に身体を向けている。 勿論顔だけは正対している。これこそが、登場シーンのジャスティス!「ホ、ホクト教官!!(……くっ!鍛え上げた心眼を以ってしても、着替えが見えなかった……!!)」「やぁやぁ。久しぶりだねぇ、レジアス?」「お、お久しぶりですぅぅぅぅ!!」「……ウザい。流石にオッサンがやるのはキモいから、サッサと涙を拭け!」 内心の邪な考えなどをおくびにも出さず、レジアスは嘗ての上官との再会を喜んだ。 見事な使い分けである。 伊達に地上の守護者と呼ばれてはいないらしい。「あなたは……」 一方リンディは覇王の存在よりも、その供をしている人物の方に駆け寄っていた。 黒いタキシードとシルクハット。白い仮面をしているところまで、十年前と寸分違わない。 思わず距離を詰める。その後の行動は、驚く程素早かった。「……これは美しいお嬢さん。再びお会い出来て、非常に嬉しく思って――――ン!?」 距離を詰めてくるリンディに驚き、クライドは身動き一つ取れなかった。 それは一瞬の出来事。 リンディは瞬動かと疑いたくなるような速度を出すと、一気にタキシードマスクの仮面を剥ぎ取った。 その下にあったのは、どう見てもかつて己が愛し、愛され、そして……喪ってしまったと思った宝物。 見た。見えた。そして予想は正しいと証明された。 だったら次は、何をすべきか?リンディの行動は、その問いの答えを示した。「……!!…………」 クライドの声にならない声。 実に二十年ぶりという逢瀬は、暗く沈んだ地上本部の一画で。 だがハラオウン夫妻には、それでも十分だった。今まで止まっていた時計の針を、再び動かすには。そしてそんな光景を、覇王は何故かハンディカメラで撮影していた。「セーラーヴィィィィナスさんですか……。気のせいか、私の良く知る人物に非常に良く似いてる気がするのですが……」「……これは驚きだね。まさかこんな【異様な】存在が、ボクの他にも存在していたとは……」 そんな混乱状態の中、カリムは覇王に近付き、そして暢気に会話をしてきた。 普通の人間なら、顔を見るだけでノックダウンの覇王フェイス。 しかし稀少技術を持った騎士は、まるで何事もなかったようにしている。「いえ、背格好や容姿などではなく……。何というか、性格や行動パターンが似通っているというか……」 鋭い。 流石は【自称】月村静香の婚約者。 その眼力は、些かも衰えていないらしい。「まぁ、世の中には似たような人が三人は居るって言うからねぇ?ただの空似じゃない……?」「あの……それは容姿の話だと思うのですが……」 言えない。 言えません。 実はキミの婚約者は何度も転生していて、今回と前回はオンナに転生してしまったとは、口が裂けても言えない。「そうですか……ところでシズカさん?妹さんの――すずかさんのお加減はいかがですか?」「いやぁ、最近すずかには会えなくてねぇ……………………アルェェ?」 何か今、おかしな会話がなかったか? そう覇王が気付いた時は、既に状況は終了していた。 チェックメイト。そんな宣言が、何処からか聞こえてきたような気がする。「やっぱり!!あなたは、シズカさんだったのね!?」「ひぃぃぃぃぃぃ!?何で!?どうして、ボクだって分かったの!?常識的に考えれば、違うと思うのが当然でしょう!?」 何だが騎士カリムが、人間を辞めたような気がしてならない。 まるで今の彼女は、完全犯罪の犯人が『実は怪人がやってました』とかいうのを、ズバリ言い当てたみたいに見える。 それ即ち、人じゃねぇ。「簡単なことです。貴方に【常識】なんてものが、当て嵌まる訳がないでしょうに……?」「「「「「全く、その通り」」」」」「ギャポ!?」 グウの音も出ない。 しかしこれ以上に的確な答えも、恐らく次元世界には存在しないだろう。 こうして月村静香は、再び騎士カリムの婚約者として生還しましたとさ、マル。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度御指摘頂き、本当にありがとうございます!