前回のあらすじ:みんなの期待は、【キング】の降臨。 ミッドチルダの憂鬱。 ……というタイトルを付けても良い位、今日のミッドチルダは頑張っていた。 具体的に言うのなら、大地が抉れ、空が爆ぜ、そして地中が爆発すると言った状態。 これでは流石に、『もう止めて!ミッドのHPはゼロよ!?』となってもおかしくはない。 というか、そうならない方がおかしいだろう。 これで全く無傷な惑星があるのなら、それは既にテラフォーミング済みか、稀代のマッドによる改造済みなのであろう。 その超常現象が当たり前に起きている今日のミッドの中で、現在【空】は比較的まともに運行中である。 別に破壊神が舞ってもいないし、巨大な竜が火炎放射をしていることもない。 それは先程までのこと。 だから今は静かなものだ。 ……ただ一つ。 【超】巨大な刀が存在すること以外は。「……クッ!強い……ユニゾンをしても、コレほどの差があるというのか……?」 リインinシグナム。 そんな奇跡の融合戦士は、残念ながらこれまでの出番の少なさを覆すような活躍は出来ていなかった。 それもその筈。何たって相手は、【超】巨大刀を持つ漢――【ウォータン・ユミリィ】なのだから。 ちなみに仮面の騎士は、炎の融合器とのユニゾンすらしていない。 つまり実質二対一の状態で、歯が立たない守護騎士二人。 良く【言葉で通じないのなら、剣で語れ】と再三言ってきたシグナムだったが、それはあくまで【これまで】のこと。 自身が有利な立場にあり、そして実力も勝り、そして――自分に驕っていた時の話。 騎士シグナムという【プログラム】は、自他共に認める、古代ベルカの【騎士】であった。 そして永い年月を経るに従って、その【考え】は【常識】へと昇華されてしまった。 故に我不敗。 我最強。 我こそは――騎士の中の騎士也。 頂点を極めたと思い込んだ人間は、自分ではその後も研鑽し続けているつもりでも、やはり心の何処かでハングリー精神が薄れていくもの。 だから彼女は、【古】の騎士であり、【現代】の騎士には成れなかった。 そして先達の方が後発の者より強いなんて、一体誰が決めたのだろうか?「……脆いな」「……何?」 騎士仮面は放つ、真実という名の槍を。 そして古の騎士は理解出来ない、何故自分が脆いのかを。「優れた融合器を用いながらも、これ程にしかならないとは……。余程微温湯で過ごした月日が長いと見える……」「何だとっ!?」 激昂。 そして頭に血が上る。 かつてなら――はやてと出会った頃なら、それはヴィータの役回りだった。 しかし今は御覧の通り。 普段は冷静沈着な将。 だが一皮向けば、そこには冷静とは言えない存在の影。 それだけ彼女が感情豊かになったとも言い換えられる。 そしてそれは、普段の生活ならば良い方向の進化である。 そう。【普段の生活】ならば、である。「……如何に古の騎士と言えど、一旦錆び付いた剣は簡単には治らない」「私が――錆びた剣と同じだと言うのか!!」 錆びた剣は、自身が錆びたという自覚があるのだろうか? 恐らくそんなモノはない。 だから当人が気付かないのは、当然のこと。「騎士ならば、言いたいことは剣で語れ――」「……っ!?」「大体貴様のような剣士は、皆口を揃えてそう言う」 その結果が、現在の状況である。 シグナム自身の騎士観に照らし合わせるのなら、彼女の今の行動は、それを破ることになる。 自分は良くても、相手はダメ……では、話にならないのである。「だから我々は、剣を賭して闘った。結果が――コレだ」「…………」 もう言えない。 かつて自分が斬ってきた相手たちの気分が、今になってようやく分かった。 だがそれは手遅れだ。今の反省は、今の状況に生かすことは出来ない。「さて――――ではそこを通して貰おう。我々には、やらねばならないことがあるのだからな……」「……………………そうはいかん」 長い沈黙の後に出たのは、騎士の誓約とも言うべきモノを反故にした騎士の姿が。「……正気か?騎士としての矜持すら捨てるというのか……?」「…………構わない。今のこの身は、管理局の局員だ。自身の矜持よりも優先すべきことがある。ただそれだけの事……」 苦しい。 まるで【闇の書事件】の時にように、主との誓いを破って行動する己。 そんな自分に、シグナムは言い様のない濁った感触を受けた。「それは成長か?それとも堕落か……。まぁ、どちらでも構わない」 騎士仮面の意識は、既にココには存在しない。 彼に視線の先には、地上本部がある。 そしてその暗部たる、最高評議会が目的地。「ならば今度は、その剣ごと【魂】をも砕かせて貰うとしよう……!」 来る!! シグナムの胸中は、どうしようもない程固くなっていた。 先程一度、圧倒的な力の差を見せ付けられた上で敗北した相手。 それが今度は、更に本気を見せるという。 並みの人間ならば、とうに気絶しているであろう状態。 しかしシグナムは並みの騎士ではなかった。 そしてそれが、彼女にとっての不幸。 膝を折ることも出来ず。 意識を手放すことも許されず。 まさに生き地獄。 生きながら灼熱地獄に放り込まれるとは、こういった状況を指すのだろう。 脂汗が止まらない。しかし表情を緩めることはない。彼女に残った、最後の矜持が自らを律し続けるからだ。「さらばだ、古の騎士よ……!」「……!」 眼は瞑らない。せめて最後の瞬間まで、自分は騎士であり続けよう。 騎士仮面の巨大刀が、唸りを上げて迫ってくる。 不甲斐無い従者をお許し下さい。そう主に心の中で謝ると、彼女の意識はそこで途切れ――――「クックック……。いやぁ、これは絶体絶命のピンチってやつだねぇ……?」 ――なかった。 シグナムの眼前に飛び込んできたのは、記憶にない背中。 しかし見た覚えがある【ハズ】の背中だった。「良くも【家】の大事な次女をこんな目に遭わせてくれたねぇ?代償は、高くつくよぉ……?」「主……はやて……?」 その手に持った二刀の小太刀。 白い騎士甲冑に、黒いショートパンツ。 はやてそっくりの顔は現在も健在。故にシグナムの勘違いも理解出来る。「残念。確かにこの顔は自前だけど、私はキミたちの主ではないねぇ……?」「お前は……お前は……」 頭が痛む。しかし目の前の人物の名前を思い出すことは無い。 知っている。知っているハズだ。 だが思い出せない。思い出すことが出来ない。それがシグナムの思考回路を狂わせる。「私の名前は【御神】あらし。とうの昔に消えたハズの……今回限定のお助けキャラさ♪」 現在散歩中の覇王の半身。 その存在は今。 かつて切り捨てたモノの為に、そこに居た。「……そうか。貴様は、あの存在の――――」「おや?御存知だったとは……」 シグナムには信じられなかった。 目の前で喋る二人。 片や先程まで相手をしていた強者。そしてもう一人は、忠誠を誓った主――にそっくりな存在。「まぁそんなことは、どうでも良い。私としては、キミを倒せば良いだけだからねぇ……?」「……このザンカンブレイドを前に怯えぬ胆力。確かに只者ではないのだろう。だが……!」 まだ足りない。 そう言う代わりに、騎士仮面は巨大刀を薙いできた。 轟という音が迫る。そして風が生まれる。「如何に巨大で強力な刀であろうとも……!」 刀には【切っ先】が存在する。 そしてソレは、少し力を加えるだけでその軌道を逸らすことに繋がる。 故にそれが実現出来れば。「私の領空権の前には、無いに等しい!」 言うは簡単。 しかし現実にするのは困難極まる。 それをあらしはやった。高速の剣が迫る中、超絶的な動体視力と反射神経で、それらを為したのだ。「……!?」「隙だらけだよ!」 二刀が騎士仮面に迫る。 超が付く程の巨大刀は、当然の如く取り回しが悪い。 対する小太刀は、元々小回りが効き、防御に向いている仕様。 防御に向いているということは、それだけ素早く反応出来るということ。 故に攻撃に移る速度もまた、速いのである。 だからこの攻撃が当たるのは必然。「何ぃ!?」 当たった。 確かにあらしの攻撃は、ウォータンの仮面にヒットした。 二刀の小太刀が交差する。故にその威力も半端なモノではない。しかし……。「堪えた……というのか!?」 騎士仮面のマスクには、薄っすらと傷が付いた程度。 そしてその薄い傷も、すぐに見えなくなり、完全になくなってしまう。「……そうか。ナノマシン……で出来ているのだね、その仮面は……?」「……」 騎士仮面は黙して語らず。 元々ザンカンブレイド自身がナノマシン製なのだ。 ならばその持ち主の仮面がそうであっても、不思議はない。「(……さて。一体どうしようかねぇ……?)」 生憎超強力な魔法などは、使えない。 更に言うのなら、今放ったのは奥義の一つ。 つまりこれ以上威力を上げることは出来ない。 だから独力では、悲しいかなこれが限界なのである。 ならばどうすれば良いのか? 簡単だ。足りないのなら、どこからか持ってくれば良い。「シグナム。リインフォースを私に」「何!?何を言っているのか、分かっているのか!?」 シグナムにとっては、家族を渡せと言われているのだ。 おいそれと頷く訳にいかない。 増してや、それを求めてきた者にユニゾン適性があると思えない。だから彼女は首を横に振る。「承知の上だよ?それに適性なら、私の方が上だからね?何と言っても私は――――」 本当は【月村静香】が作成したデバイスだ。 しかし同一存在である自分なら、問題なく使えるはずだ。 だからあらしは言った。「リインフォースⅡを創った、デバイスマイスターなのだからねぇ……?」「!?ば、バカな……有り得ん!」 これ以上は時間の無駄。 そう判断したあらしは、管理者権限を発動。 そしてシグナムの身体から、強引に絶賛気絶中のリインⅡを射出させた。「管理者権限発動。裏モード【CⅡモード】に移行し、ユニゾンを開始……!」 以前。 本当に随分前に仕掛けた――【月村静香】が仕掛けた、二つの隠しメニュー。 それが漸く、漸く陽の目を――――《……随分と待たせられたな?……ん?貴様は【静香】ではないな?私とユニゾンしたいのなら、アイツを連れて来い。私の共犯者は、あくまで【アイツ】なのだからなぁ……?》 ――見た途端に、フリーズしやがった。 どうしよう。 まさかこんなに扱い難いキャラが管制人格だとは、想像していなかった。 ものっそい【ドS】。 声の感じからしても、簡単に予想出来る仕様。 どうしてこんなAIにしたのだろうか?あらしには己の半身の意図が理解出来なかった。というか、遥か遠くの存在にも思えた。「……ど、どうしよう……?」 今までの余裕っぷりは、一体何処へ行ったのやら。 頬が引き攣り、渇いた笑みしか浮かばないあらし。 やる気満々な騎士仮面を前にしながら、彼は現実逃避をするしか出来なかった。「……!真っ直ぐ、走らない……!?」 紅い顔のトリケラトプスが、ミッドの地上を爆進する。 だがその軌道は真っ直ぐな道を、身体を斜め四十五度にしたまま走っている。 所謂【直ドリ】と呼ばれる状態。 ただし現在のそれは、意図したものではなくただの偶然。 偶然……というのは御幣があるかもしれない。 【制御不能】というのが、正しい答えであろう。「何て……何てピーキーな機体なんだ!このグランダイノーは!?」 クライド・ハラオウンは驚愕していた。 グランダイノーのスペックに。 そしてそれが吹き飛んでしまう位の、制御の難しさについて。「ハァ……!ハァ……!!」 絶え間なく変化する状況に、どんどん悪化するコンディション。 精神力が削られ、体力も容赦なく低下する。 判断力。反射神経。そのどれもが常人のそれを大きく上回るクライド。だがそんな彼でも乗りこなせないマシン。 まさしくそれは、【モンスター】だった。 時折とんでもない挙動をするグランダイノー。 それに【ハッ】とすることは有るが、それは意図して出たものではない。「どうして……どうして僕なら、使いこなせるんだ……?」 キャスバルは言った。 レジアス・ゲイズと同等である自分にならと。 だから出来る筈だ。しかし今の自分にはそれが出来ていない。 足りないのは何だ? 覚悟か?気合か? それとも、アクセルを踏む込む勇気か?「なら……コレで!」 僅かにアクセルを踏む。 先程までよりも大きく。 反応が少しだけ変わる。そして世界の色が抜け落ちてくる。「コレは……!?」 まるでフルカラーから、四色刷りに落ちたかのような錯覚。 その色の抜けた世界では、全てのものがゆっくりと進行していた。 鋭くなる感覚。異常な程繊細に出来るようになった、ステアリングの精度。「コレが……コレがレジアス・ゲイズの居る世界……!」 踏み込んだ。 そしてさらに踏んだ。 まだ先に居る。 先にこの領域の住人となったレジアスは、もっと先で闘っているのだ。 ならば自分もそこへ行く。 そこへ行って――最低でも肩を並べなければ、共に闘うことすら、出来ないのだから。「負けない……。僕はこんな領域なんかには、負けてやらない……!!」 踏む。 踏む。 踏み込む。「これ以上は……。でも踏む込む!AIを信じて……。自分の相棒を信じて……!」 真っ直ぐだ。 これ以上ない程の真っ直ぐなそのラインは、凄まじい速度と重圧を伴って疾走する。 まさにAIと主が一体となった瞬間。次元が変わった瞬間だった。「今のは!?…………そうか。そうだったのか……。よくよく意地の悪いお姫様だよ、君は……!!」 自らの限界に挑み、そして殻を破ったクライド。 それは人機が一体となった証。しかし注意せよ。 必要以上に仲良くなると、黙ってはいない人物が居ることを……君は忘れてはいけない。「……クライドがあのマシンに掛かりっきりだからって、悔しくなんてないんですからね!?」 現在ツンデレ状態。 気を付けよう。 もうすぐヤンデレの扉が見えてくるぞ? 翠の【元】癒し系提督は、今日もまた新たなキャラチェンジを身に付けたとさ。 あとがき >誤字訂正 俊さん。毎度ご指摘頂き、本当にありがとうございます!