最悪のケースは免れたが、日本帝国海軍の受難はこれからだった。
決して小さな勝利に浮かれていたわけではない。高々二〇〇個に満たない第一次敷設機雷に満足することなく、各海軍鎮守府弾薬庫を洗いざらいして更に約三〇〇〇個の機雷敷設を敢行、フィリピンを海上封鎖した。
残念なことに、開戦と同時に既に出港していた米潜水艦群へ損失を与えることは出来なかったが。代償は、その補償金で大蔵省担当キャリアが卒倒しかけるほどのマル・フリート――日本商船団の鉄と血で贖われることになる。
この事態に対して、当時まだ海軍内部に多数いた前大戦遣欧艦隊での海上護衛戦経験を持つ男達が中心となって、厭がる船主や渋る提督達をなだめすかしておどしつつ、船団を組ませて、護衛艦艇を付けて対抗。魚雷の欠陥から、浮上航行での水上砲戦や臨検隊による爆薬設置が主な手段であった米潜水艦隊へ極めて有効な手段となり、事態は一応の沈静を見た(と思われた。実際はフィリピンを機雷封鎖されたため、燃料・弾薬が払底した米潜水艦は、最低でもグアム、ヘタをすると米西海岸まで補給に戻る必要があり、前線へ展開する潜水艦数が大きく落ち込んだ影響の方が大きかった)。
勿論、その程度で日本帝国の災厄が終わるわけがない。更なる脅威が空から日本帝国へと舞い降りていた。それは、航空機搭載大型飛行船ZRS-4【アクロン】、ZRS-5【メイコン】と言う極めつけのゲテモノだった。彼女たちの躯は、ジュラルミンの竜骨とフレームで出来ており、米国特産不燃ガスを詰めたグッドイヤー製ゴム気嚢を満載し、全長は二四〇メートル・総容積一八万四〇〇〇立法メートルに達していた。このグラマラス極まる巨体には、専用開発された複葉戦闘機カーチスF9C【スパローホーク】四機が搭載されており、船体下部へブランコと呼ばれる係留装置で釣り下げられている。
これら飛行空母二隻は当初前線基地構築後、本格攻勢の尖兵として温存されていたが、米アジア艦隊の無力化から、急遽前線への投入が決定。勿論、任務は日本の南方航路の海上通商路破壊だった。
このため、飛行空母搭載機である【スパローホーク】も、搭載機銃の内1丁が一二.七ミリ機銃となり、一五キロ爆弾を搭載可能なように現地改造される。もっとも、それを指令した当の米海軍ですら、増強してすらなお足りない火力(飛行船本体にはまったく火器が無く、搭載機の方も機銃二丁に小型爆弾程度しか積めない)に、その効果を懐疑的に考えていた。
実際彼女たちは、主任務ではほとんど戦果を上げなかった。
欧米産に比べると小振りとはいえ、数千トンある外航船を撃沈するには、やはり火力が少し不足していたのだ。
だが、全く戦果を上げなかったわけではない。戦術的戦果に限ってすら、数千トンのフネそのものには効果が薄くとも、その上に乗っている人間や、その護衛である数百トン程度のフネ――駆潜艇や掃海艇を筆頭とする小艦艇には、十分な脅威だった。これらのフネに撃沈まで至る事例は少なかったものの、銃弾を弾くような装甲が無いことから、多数の死傷者が発生していた。さらに、搭載していた対潜爆雷の誘爆があったとはいえ、一六〇〇トンを超える特型駆逐艦ですら撃沈される事態に日本帝国海軍は恐怖した。戦前から研究報告書等の書類上での航空機の脅威は指摘されていたものの、実際に駆逐艦以上、それも新世代の期待の星・特型駆逐艦が沈められた衝撃は計り知れなかった。この事実は、日本帝国海軍が急速建造を企画・実行していた戦時応需型駆逐艦設計にも、大きな影響を与えることになる。
作戦計画方面の影響は更に甚大だった。基地所属の単発機の行動範囲を超える地点で、単発機襲撃を多数受けていたのである。近くに航空母艦が居ると考える方が自然だ(実際、水上艦ではなかっただけで、居たわけであるが)。これを捕捉するために投じられた努力は大変なものだった。日本本土の警戒網に穴が空くほどだった。日本帝国海軍は、彼らの教師である大英帝国を襲った惨禍が何によってもたらされたか、忘れていた。それはこの後、述べられる。
それはともかく、日本帝国海軍も一方的に通商路破壊されていたわけではない。
太平洋西岸-グアム間の海上通商路破壊戦を開始したのである。特に長大な航続能力を持つ伊号大型潜水艦を、米西海岸近くへ投入したことは、戦争へ大きな影響を与えた。
想定外海域での被害発生に、米政府及び軍部へ小さくはあったが深刻な混乱を発生させる。米国は、他列強の中立すら疑い始めていた。
そして、伊五号巡潜一型大型潜水艦が、カリフォルニア州サンタバーバラ・エルウッド石油製油所を砲撃するに及び、それは米市民にも拡大した。実際の被害は損害額より調査報告費用の方が大きいような微々たる被害額だったが、黒々と上がる黒煙と異臭は米国社会へ大きな影響を及ぼした。
南北戦争以来となる戦争が、市民生活へ押し寄せてきたことに、市民は怒りの声を上げ始めるようになった。
『我々はこの豊かな国で安寧たる生活を望んでいたのだ。決して、自分の家に砲弾が飛び込むような事態は望んでいない。ルーズベルトはどこか世界の果てで、アメリカの正義を示すだけだと云っていたではないか!』
またエルウッドへ飛んできた砲弾が、巡洋艦クラスの砲弾だったと言う事を、地元紙がスッパ抜いたことも米市民をさらに動揺させた。これは日潜水艦が一四サンチ砲を装備していることを知らなかったことによる単なる誤解であったが、一般市民はそんなことはわからない。何しろ、巡洋艦主砲クラスである。世界の果て極東から襲撃してきたとは信じられない市民も多く、「ジョンブルが保護領であるハワイから出撃して、ジャップに加勢した」「カイザーがキューバだけでは満足出来なくなった」「パリ・コミッテルンが革命の輸出を始めようとしている」など珍奇な説が新聞を賑わせたほどだった。これには、実際ハワイへ英海軍K部隊が、キューバには独カリブ海艦隊がそれぞれ増強されたことを、既に報道されていたからいっそう真実味があった。
共産主義者との接触が噂される財務省高官ハリー・D・ホワイトなどは声高に主張した。ここで真実が――米アジア艦隊が戦艦を喪っただのという情報が漏れなどしたら、スキャンダルにすらなりうる、と。
混乱の極みだった。米首脳部は事態の打開を迫られた。
それがもたらす戦果というか、戦禍はまったく彼らの予想を超えていた。