東京砲撃を何とか終えたハルゼー大佐は、その興奮も冷めやらぬまま、持て余していた。
「しかし揺れるな、副長」
「まぁ、色々と無理をしている艦ですからね、しょうがありませんよ」
荒天に海は荒れ、凌波性良好とは言い難い【アラモ】級各艦は戦隊速度二二ノットを何とか維持していた。東京砲撃から一八時間。途中、日本軍のモノと思われる航空機が見え隠れしていたが、夕刻が近付きその姿も消えていた。剛胆な士官の中からは敵を何とか振り切ったと言い出す者すら居た。
だが、それは誤りだった。日没寸前の水上線上に、小型艦の艦影複数を確認したからだ。その速度にハルゼー大佐は目を見張った。
「やつら、この波の中どれほどの速度出していやがる!?」
個人的性格もあるが、この日本艦隊速度が、ハルゼーに判断を誤らせた。ハルゼーはこの荒天で三〇ノット近く出している敵艦隊は、まだ余力を残しており、たとえこちらが全速を出そうとも十分【アラモ】達を捕捉できると考えた。実際は後先を考えない出力発揮で、機関が異常な振動を発している艦すらあり、これ以上の速度発揮は無理だった。だが、それをハルゼーは知らない。ハルゼーは、後の世に「ブルズ・ステップ」と呼ばれる命令を、吠えつくように発した。
「全艦、戦闘準備! 総員戦闘配置!
第二戦速!
面舵一杯、敵艦隊の頭を押さえろ!」
その命令は、速度増速ではなくむしろ減速だった。不思議に思えるかも知れないが【アラモ】級は動揺特性が良くなく、速度を出すと定針すら困難な状態に陥るからだ。当然そのような状態で射撃など行えるはずもない。
通達は瞬く間に全艦に伝わり、対水上砲戦向きでない主砲すら旋回を始め、敵艦を指向しようとしていた。一〇〇キロを超える射程を持つその主砲は長大で、戦艦よりも頼もしく見える。少なくとも見かけ上、大概の戦艦より砲身が長いのは事実だった。
「距離二二〇〇〇
敵艦八隻、いずれもクラス不明巡洋艦、新型艦の可能性大!!」
「回頭終了、舵戻します!」
「測距よし。いつでも始められます」
ハルゼーはその仕事ぶりに満足した。海軍とはかくあるべきだ。その満足感を満面に浮かべて、ハルゼーは命じた。だが、肝心の相手艦種を誤認したことを知らなかった。これは重大なミスだった。
「全艦、全兵装使用自由!
砲術、撃ち方始め!」
最後は自艦に対しての命令だ。
射撃命令を待ちわびていた砲術長はハルゼーの命令を聞いて、即座に号令を行い、引き金を引いた。
「ファイヤー」
僚艦【コンコルド】【リトル・ビッグ・ホーン】も射撃を開始し始めた。戦略砲撃を行うために据え付けられている主砲が叩きだした反動は強烈で、船体動揺がなかなか収まらない。そのため、彼女たちの主砲発砲は分何発というレヴェルではなく、数分に一発というレヴェルだった。インターバルがここまで長いと目標へ対する射撃諸元は、統制射撃に必要な最低限以下である。実際、弾着はデタラメだった。遠弾なので近くに寄せたはずが更に遠弾となったり、その逆もある。散布界と呼ぶもおこがましい、好き勝手放題にデタラメな着弾をする主砲にハルゼーは頭を抱えた。
交互射撃で約二~三分ごとに【アラモ】級各艦から四発ずつ計一二発が発射され、それを二〇分以上続けていたが全くの無駄弾だった。全て敵艦隊とは、あさっての方向へ水柱を立てただけだった。
それもしばらくだったが。じきに副砲の射程へ敵艦隊が突入してきたのである。副砲ならまともな射撃が期待できる。
「副砲だ。よく狙って撃て!」
ハルゼーに言われるまでもなく、主砲のよく当たるとか当たらないとかというレヴェルとは別次元の命中率に、見切りを付けていた各艦の砲術長は、既に副砲長へ命令を発していた。各艦左舷に並ぶ六インチ三連装二基三隻計一八門が日本艦隊の迎撃を開始した。ただし彼らはハルゼーの命令を守らなかった。米戦艦副砲の戦術ドクトリンに従って、最初から最大レートで射撃を開始したのである。日本艦隊へ毎分一〇〇発を越える六インチ砲弾が降り注ぐ。しかし、日本艦隊の襲撃運動も巧妙で、回避運動をたびたび行うため、やはり命中は厳しい。副砲弾は辛うじて数発命中を出していたが、それらの命中弾では日本艦隊は一艦も落伍すらしていなかった。偶然命中した主砲九.五インチ弾にて上甲板を前から後ろまで撫でるように噴き飛ばされた一艦は轟沈していたが。
日本駆逐艦主砲の反撃もあったが、五インチ程度らしいその損害は軽微なものだった。主砲は当然、砲塔化されていた副砲も五インチ砲弾程度はものともしない装甲を施されていたから、火力の減少はない。
だが、実際に撃たれているという現実は乗員の士気に大きな影響を与え、只でさえ低い命中率が更に低下して手に負えない状況となっていた。
そして、指呼の間ともいえる距離三〇〇〇まで詰めたところで、敵艦隊は魚雷を放っていた。自殺行為と見間違うような悪鬼のごとき二八線の白い泡は、【アラモ】【コンコルド】【リトル・ビッグ・ホーン】の順で、一・二・三本の水柱を立て挙げる。水雷防御皆無のところへ、米戦艦基準ですら撃沈確実の大型魚雷三本の命中を受けた【リトル・ビッグ・ホーン】は、たちまちの内に大傾斜を始めた。騎兵隊はまたもや斃れたのだ。
「ハルゼー大佐、【リトル・ビッグ・ホーン】艦長が総員退艦命令を出しました」
「【コンコルド】に溺者救助をさせろ!
本艦をコレを援護する!」
もっとも【アラモ】にしても援護するなどから、程遠い状態だった。被害極限に忙しく、戦争が出来る状態ではなかったからだ。しかし、もはやハルゼーに出来ることは、乗員を一人でも多く助けることに努力することだけだった。【アラモ】副砲が散発的に射撃を行っていたが、それは撤退する敵艦隊の景気づけをしている過ぎない。遠ざかる敵艦影を見過ごすしかない現状にハルゼーは切歯扼腕した。
結局、【リトル・ビッグ・ホーン】は一時間後に沈没、【コンコルド】は復旧の見込み無しとしてキングストン・バルブを抜いて自沈し、【アラモ】のみが生還できただけだった。