海は波高く、荒れていた。空も暗くどんよりと曇っている。
その高波を斬り裂くように突き進む遣支艦隊旗艦・戦艦【土佐】。艦橋で、堀悌吉少将は、高ずるでもなく、臆することもなく、泰然としていた。堀少将は、上海事変時の第三戦隊司令長官から第一戦隊司令長官へ異動となり、更に横滑りでこの艦隊司令長官へ任ぜられている。
彼の見るところ、今回の戦いは厳しいモノがある。しかし、それよりも彼が問題と思っていた部分は、稼働戦艦の殆どと、世界に九隻しかない珍艦種・重巡二隻、軽巡の五分の一、一等駆逐艦の新しい方から半分ほどを編入しているにもかかわらず、連合艦隊ではなく遣支艦隊と称して少将が率いていることだった。日本が未曾有の国難を迎えている自覚があるか怪しいと思っている。いや、軍令部総長・伏見宮博恭とその周辺が、そうなのかもしれないが。
まぁ、確かに、堀少将も彼ら艦隊派に嫌われる憶えはある。きっと、この海戦で水漬く屍となるか、生き恥を晒すすら期待しているのかもしれない。彼らにしてみれば、取り敢えずここで半分沈められるかも知れないが、時間を稼げるであろうから、その時間で【相模】と改装戦艦群を整備して、決戦に持ち込めばよいと判断しているのだろう。日本と米国の兵力差を忘れているのだろうか。彼らが期待している次の決戦では一体何隻の敵艦が並んでいるだろう。堀少将は東京辺りにいる者達の精神状態に僅かばかりの羨望すら感じた。このようなことを感じる事がまだ出来るか、贅沢だ。俺は後どのぐらいこんな贅沢をしていられるのだ。
問い掛けに答えるように、艦橋へ伝令が駆け込んできた。
「【古鷹】水偵二号より入電。
『敵艦見ユ。真方位二-二-〇、距離一九〇カイリ』」
その情報に参謀の一人は顔を明るくした。
「長官、こちらの予測通りです!」
「こちらも発見されています。後は敵さんがどうでるかですな」
「彼らのファイティング・スピリットを見損なってはいかん。航海参謀、針路を算出」堀少将は、即座に命じた。「合戦用意」