既に水上機同士の空中戦は行われて、双方残らず損傷するか無駄に燃料を消費して、後方へと下がっていた。更に潜水艦を警戒していたこともあり、接触は帆船時代のそれのように慎重だった。だが相互の距離が縮まり、互いのマストを視認するに至っては、海軍が本質的持つ野蛮さを隠すことなど、出来ようもない。
艦隊陣形は、以下の通り。
日本側が、戦艦四隻と重巡二隻からなる主隊および三個水雷戦隊がそれぞれ4つの単縦陣を構成して、進撃していた
米側は、前衛・軽巡洋艦戦隊が横隊、主隊・戦艦隊が単縦陣を作って、主隊の周りをそれぞれ三隻で構成される駆逐隊六隊で囲むような形をとっている。
双方主力艦の相互距離は約三〇〇〇〇メートル。
すでに米艦隊は発砲を開始していた。全艦が、改装により新型砲と仰角増大が行われており、著しく射程が延伸されていたためだった。当然、射撃指揮装置も新型だ。
一方、日本艦隊はまだだ。【土佐】【加賀】の射程にはとっくに入っていたが、【伊勢】【日向】の有効射程に入っていなかったからだ。何しろ就役当初は当たらないからといって、前級【扶桑】の主砲最大仰角三〇度から二五度へ下げられていたほど【伊勢】級の遠距離砲戦能力は限定されている。予定されていた大改装では射撃指揮装置から何から全て更新した上で、主砲を最大仰角四三度とし、最大射程三五〇〇〇程度まで引き上げられる事が決まっていたが、その着工は来年以降の予定だった。【日向】が起こした主砲爆発事故ついでに一九二〇年代初頭ににて改造をされていたとはいえ、今の彼女たちの主砲では、最大仰角三〇度の最大射程が三〇〇〇〇メートルを越えるに過ぎなかった。勿論、先の大戦戦訓を十分に消化し切れていない一九二〇年代初頭の射撃関連装備で、その距離の命中は期待できない。
ならば、【土佐】級二隻だけでも先制射撃を行うべきであると思われるかも知れないが、あまりに一方的な攻撃は敵の怯懦を呼び、もしかすると戦わずに逃げ出してしまう可能性がある。実際、一九〇七年の日清戦争でそういう事例があった。ここで敵主力の撃滅を企図している日本としては、敵戦力の取り逃がしは戦略的敗北でしかない。有効射程に入れて、迅速な命中弾集中により、早々に決着を付けるべきだと、堀少将は考えていた。
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勿論、実際のところ民主主義国家の兵隊である米国人であるから、独裁による腐敗が蔓延るの中国人のそれなど比較することすらおこがましいほど、戦意に不足はなかった。これは上から下まで同様で、米艦隊司令部も被害ゼロでの撤退など下から数えた方が早いぐらいの戦術オプションでしかない。彼らは初戦で全てにケリを付けるつもりですらあった。万が一、自分たちが斃れたとしても本国にはまだまだ戦艦がある。次を持ってくればよい。全く、無邪気としか言いようがなかった。まさしく、ジョン・ポール・ジョーンズの後継者と言える態度だった。
もっとも米アジア艦隊旗艦【ニュー・メキシコ】に座乗する、米アジア艦隊司令長官モンゴメリィ・タイラー大将の心中は、少し違ったかもしれないが。
「まだ捕まえられないのか!?」
タイラー大将の発言はもう少しで詰問とすら呼べるモノであった。既に二桁に上る斉射を行っているが、爽叉すらまだ出ない。オマケに出弾率も悪い。米海軍は彼らのセオリーに従い主砲を半数ずつ発射するはずであるが、一斉射六発のところ五発も出れば上等だった。ある斉射など三発しか飛ばないこともあった。判っていたことであるが、タイラー大将は自分の海軍とはいえ、あまりの砲術能力に落胆すら覚える。
参謀の一人は悔しげに言った。
「連中速すぎます。編隊速度で二三ノットは出ている」
タイラー大将は呻いた。戦術構想の違いから米戦艦の速力は列強の中でも最低に部類される。今ここにある戦艦もその例に漏れない。麾下の一艦である【オクラホマ】などは、最大速力でも一九ノット程度でしかない。だから、艦隊速力は現在の一七ノットが限界だった。いっそ【ニュー・メキシコ】クラスの三艦だけでも分離・先行させるべきか、とタイラー大将は迷う。彼女たちは、去年から今年にかけて逐次終了していた近代化工事によって、最大速力二二.五ノットへと性能向上していたからだ。これなら艦隊速力二〇ノットは出せる。
「いや……」
思いとどまる。それでは日本艦隊の思うつぼだ。前大戦での英巡洋戦艦隊の轍を踏みかねない。タイラー大将は投機的指令を強く自制した。
「敵艦隊交差コースへ。Tターン切られます」
「伝令、艦隊へ通達、取り舵一杯。同航戦へ持ち込め」
「イエッサー!」
「取り舵一杯」
「舵戻せー」
変針後の定針を待つ。その定針を待っていたかのように日本艦隊は、距離二五〇〇〇で発砲を開始した。数十秒後。
「オォー!!」
艦橋で自艦を取り囲む上がる水柱に、幕僚達から声が上がる。タイラー大将は彼らを叱咤することができなかった。自らも声を発していたからだ。日本艦隊の射撃は巧緻を極め、初弾から爽叉を出している。
次の報告は、タイラー大将に更なる恐怖を与えた。
双眼鏡を構えた見張員が振り返り、叫んだ。
「敵駆逐戦隊、接近! 突入してきます!」
常軌を逸していた。駆逐艦とは、額面速力は高くとも、航洋性は低い。故に決戦では、主力艦の後をどうにはこうにか、ついてくるモノである。彼女たちの出番は、主力艦の華麗な舞踏が終わった後のドタバタ劇である筈なのだ。
日本人の野蛮さに驚きを隠せないタイラー大将であったが、マヌケではない。彼は直ちに下命した。
「麾下駆逐隊に阻止命令!」