日本水雷戦隊の雷撃は、射点についた各駆逐隊がそれぞれ戦艦を狙い、計一四八本と云う空前の数の魚雷を放ったわけであるが、その大部分は敵艦命中以外の理由で消費された。実に半数以上が自爆。踏込みと読みの甘さから駛走距離を走りきって自沈してしまうモノに、舵機故障で米艦隊以外の場所へ突き進むモノ。色々だった。
ただ、単縦列中央についていた【ペンシルヴァニア】【アリゾナ】へ向けられたそれは貴重な例外だった。見張員の怠慢とチームワークの欠如から回避運動が遅れた事により、奇跡的に一本も自爆していなかった第六駆逐隊の魚雷を、二艦合計で五本も貰ってしまったからだ。米大型艦によく見られる水線下多重層防御は、有効に機能したが、被害を完封できたわけではない。舷側構造は爆圧でグチャグチャにされており、舷側装甲の剥離すら発生していた。当然、彼女たちの速力は大きく低下。後続の【ネヴァダ】【オクラホマ】は衝突を回避するために更に大きな転舵を行う必要すらあった。
これは米戦艦各戦隊が分断された言う事を意味する。前後の速度差は大きくなった上に、隊列を大きく乱れた。半数以上が自爆するという体たらくではあったものの、日本水雷戦隊群は最低限以上の戦果を挙げたと言って良い。
機に乗じて日本戦艦隊の射撃は、突出するカタチになった【ニュー・メキシコ】【ミシシッピ】【アイダホ】へ集中した。速度性能と引き替えに、厚さ三四三ミリを誇る舷側装甲に代表される堅固な防御能力を誇る米戦艦だけに、【土佐】【加賀】からの集中射撃で四〇サンチ砲弾一一発を食らい、主砲塔すべてを噴き飛ばされて戦闘能力を失っていた【ニュー・メキシコ】ですら、依然として航行可能だった。
この時点でも、まだ継戦意志を持っていた米アジア艦隊司令部だったが、米駆逐戦隊の阻止を突破して、第五水雷戦隊が退路遮断に入ったことで撤退を決断。麾下全駆逐戦隊へ、敵主力艦隊の阻止命令を発令した。
戦闘の展開にはついて行けなかった米駆逐艦戦隊であったが、この命令に対しては、それまでの不甲斐なさを払拭するように、敢然として行動に移した。ボイラーの不完全燃焼以外の煙も伴いながら、もうもうたる黒煙を展開し、それが日米戦艦隊を遮断するカーテンとなるまでさほど時間は必要なかった。
有賀駆逐艦長は声を荒げた。
「【響】は?」
「ダメです」
この時点で第六駆逐隊は【響】が、艦橋の倒壊・通信機の破壊や信号旗マストの喪失で指揮能力を喪っており、【雷】が指揮を執っていた。
「魚雷は!?」
「装填作業開始したばかりです! 作業終了見込みは2時間」
勿論、後継艦に搭載予定の次発装填装置などまだどの駆逐艦にも積まれておらず、間違えば艦ごと噴っ飛ぶ手間と神経を使うデリケートな作業であるから、戦闘航行など出来ない。
「遅い!
作業取りやめ!
本艦と【電】は反転。追撃を行う!」
「ヨーソロー。作業取りやめ」
「報告有り次第、舵を切ります」
当然のように血に飢えた日本艦隊の一部は、この黒煙を無理矢理突破した。そこには、煙幕展開を行いつつあった米駆逐戦隊複数だった。巧妙だった。ついて行くだけが精一杯で戦争するどころではなかった筈だが、相手から飛び込んでくるのであれば話は別だ。米駆逐艦戦隊群の一斉砲火は熾烈を極めた。
彼らは四インチ砲を乱射しつつ、順次 Mk12 二一インチ魚雷を発射。中速・中距離駛走(三四ノット/一〇〇〇〇ヤード)に設定されたそれの内二発が、突出した重巡【加古】の右舷中央へ、その他、駆逐艦三隻にも命中を出すなど、状況を考えると意外なほど大きな戦果を上げた。
特に第六駆逐隊は、奇蹟の大戦果の報復をされるかのように【雷】【電】二隻が被雷。いかに戦いの女神が生真面目で、運命の女神の性根が捻くれ曲がっていることを体現していた。
「?」
「どうした!? 各部報告!」
伝令となって各部へ走る者。艦各部へと繋がる伝令管へ怒鳴る者。色々だったが、それに対する反応は、思春期の少年が初告白を行うように上擦っていた。
おそらくは機関室の弓削機関中尉だ。
「こちら、機関室」
「こちら、艦橋。どうしたぁっ!?」
「どてっ腹に魚雷が刺さっってまーす。俺の目の前で魚雷が首振りして、踊っている。人と物よこせーぇっ」
弓削機関中尉の絶叫が効いたのか、有賀駆逐艦長は即座に、人員と応急資材の手当を指示。また、戦線の離脱を宣言した。実質的にこの時点で彼らの戦闘は終わっていた。
なお、基準排水量七九五〇トンの巡洋艦へ戦艦式の中央隔壁を施すという平賀式設計欠陥を持つ【加古】は、水中防御を突破して右舷機関室一杯にまでなった浸水重量に耐えられず、二時間後に横転沈没している。
ここで日・遣支艦隊は追撃を断念して、艦隊集合を命じた。ほとんど倍近い戦艦相手に互角の勝負を演じた主力の戦艦もすでに多数被弾しており、【土佐】小破 【加賀】中破 【伊勢】中破 【日向】大破という状態だったからだ。特に【アイダホ】の悪足掻きとも言える一弾を船体中央に貰い、主缶が小規模な水蒸気爆発を起こしていた【日向】の被害は深刻で、日本の工業力で修理するには年単位の時間が掛かるのは確実だった。
とはいえ、【土佐】の五〇〇ミリを超える主砲防盾にみられるように、出師準備で装甲強化されていた各艦であるから、この程度で済んだとも言える。
先に述べた【電】の状況を言うまでもなく、中小艦艇も被弾していない艦は皆無で、機関へ被弾し殆ど漂流している駆逐艦数隻や、被雷して艦首を切断すらされているような駆逐艦もある。追撃は無理だった。最後まで敵追撃を行っていた第五水雷戦隊の合流を待ち、彼らは這いずるように、台湾・高雄港へ帰投した。
一方の米アジア艦隊の受難も終わってはいなかった。
後方へ大回りしたところを米駆逐戦隊に阻まれて戦艦隊への雷撃そのものには失敗した日・第五水雷戦隊だったが、もう一つの任務には成功していた。一号機雷乙の敷設である。秘匿兵器であるがために隠され続けて十余年。誰も知らないうちに旧式化したこの連繋機雷は、日・第五水雷戦隊によって、米艦隊予想退路前面海域一帯へ展開されていたのである。
一路スービックへと全力で撤退していた戦艦【ネヴァダ】の艦首が、この連環索を引っ掛けた。艦首両舷で水柱をあがる。爆発箇所は運悪く彼女の水雷防御前端で起こり、ヴァイタルパート前後の構造境界での複雑な破壊から、ヴァイタルパート内部までに及ぶ大規模な浸水が発生。数時間後、彼女は前部浮力を失い、復元力を喪失。帰港地をフィリピン沖合海底へと変更し、そこに永久係留されることになる。
更にオロンガポ沖へ展開されていた日本海軍が所有する機雷敷設潜水艦全艦による第一次敷設機雷によって、更なる被害を強要。米アジア艦隊水上戦闘部隊は戦闘能力を喪失、実質的な戦略価値を失った。