その艦隊は東京沖南南東二〇〇カイリを北へ突き進んでいた。
「先行している潜水艦からは何も警告ありません」
この特別任務戦隊の臨時指揮官となっているハルゼー大佐は不機嫌さを隠そうともせず、その報告を受けた。
「よろしい。航海、目標地点まで後どのぐらいだ」
「約一五〇ノーチカルマイルです、提督」
本来提督と呼ばれるには少し早いその言葉に、ハルゼーはニヤリとした顔を見せつつ、命令した。
「そうか、伝令、戦隊全艦に通達。
見張ヲ厳ニセヨ。報告ハ迅速旨トスベシ」
「アイサー。
見張ヲ厳ニセヨ。報告ハ迅速旨トスベシ。
全艦に通達します」
伝令の復唱を聞きながらも、ハルゼーはこんなコソ泥のようなまねごとを軍隊式に行うなら、いっそ接敵すらしないだろうかとまで思っていた。この作戦、大統領の至上命令らしいが、政治が作戦にまで関与するとは何事だと思う。まぁ、実際この艦ならばそのような使い方になるのも道理だが。今更だが、さっさと航空ライセンスを取って、航空畑へ移るべきだったと後悔すらしていた。
ハルナンバー、CW-1。戦略巡洋艦【アラモ】。
ハルゼーが今指揮を執っている艦の名前だ。
艦種記号のCWは、巡洋艦のCに戦争のWと言うのが米海軍の公式見解だった。が、もっぱらの噂では大戦時の戦略巡洋艦の通称『ヴィルヘルム巡洋艦』の頭文字であるという説が、きわめて有力。ハルゼーも米海軍の公式見解より、通説の方が正しいのではないかと思っている。米海軍部内でも、そちらの方が早く聞こえてたからだ。
最大の特徴は、連装四基八門搭載されている七五口径九.五インチ砲に尽きる。戦略巡洋艦主砲であるから、それは戦略砲撃を行うために存在し、その最大射程は一〇〇キロを超えていた。必要十分だ。
副砲は一八インチ砲搭載戦艦【サウス・ダコタ】副砲や軽巡【オハマ】主砲と同じ五三口径六インチ砲を採用している。条約の大型巡洋艦排水量制限から艦型縮小に悩んだ事を知っている識者からすると意外と思われるかもしれないが、これは主砲の九.五インチ砲が日本帝国海軍のそれよりかなり緩い米海軍の基準においてすら、散布界が広すぎるためだった。一説には、公算射撃に必要な精度と発射間隔すらなかったらしい。であるならば、同カテゴリーである巡洋艦程度は撃退可能な火力を副砲へ与える必要がある。そんな理屈から副砲サイズは決定された。そのような兵装重量超過に悩みつつも、最大速力はなんとか三〇ノットを確保していたが、その代償として防御は米大型艦艇にしては弱く、一九二〇年代の対六インチ防御で、水雷防御はほとんど無い。
コンセプトだけで突っ走り、現実の壁にブチ当たった条約型艦艇の最たるモノだった。
実際、米海軍では建造した後でこのような艦をどのように使うか真剣に悩んだらしい。まともな作戦の元では、あまりに防御が弱いから制海権を確保した後でないと、大被害間違いなしで投入に踏み切れないし、制海権を確保した後ならば、殆どの場合戦艦以下の艦砲射撃で十分間に合い、特に【アラモ】級の投入は必要ないからだった。設立以来、議会からの締め付けによる予算不足に悩んでいる米海軍としては、投機的作戦に使用するには【アラモ】級は高価すぎた。そんな宝石細工の卵がハルゼーの元には三隻もある。
「あと六時間か……」
ハルゼー大佐は人生で最も長いであろう六時間に嘆息した。