この時期、米海軍は大統領府と共に混乱の渦中にあった。
「で、どうするつもりだ。リーヒ」
米海軍航空局長アーネスト・ジョセフ・キング中将は、彼らしい詰問口調で同僚の意見を求めた。
「……対策を実施中だ」
混乱と直面している、米海軍航海局長ウィリアム・リーヒ中将は、対策会議で頭を抱えるしかない。初戦のつまずきとその後の経緯で、対日戦スケジュールが大きな被害と遅れを出していたからだ。
リーヒ中将は試練を自ら打破すると言うよりも、関係各部門での調整を行い、その組織力で問題を解決するタイプだ。試練に対する組織的対策については人後に落ちない米海軍であるから、当然対策を作成・調整し、実施はしている。但し、それらがうまく行っているとは言い難かった。
端緒は取り敢えず、太平洋両岸で跳梁する神出鬼没な日本潜水艦対策に、モスボールしていた艦隊型駆逐艦を一斉に現役復帰させることだった。
これとは別に米海軍は、新造駆逐艦も建造してはいたが、それらの就役・実戦配備が出来るのは二年後のことである。タイムスケジュールではもう戦争が終わっている筈であるから、米海軍としてはこの戦争で喪われる戦後を見据えた補充程度としか考えていなかった。
と、言うわけで数ヶ月の現役復帰工事・訓練を経て、実戦配備された現役復帰艦は、それなりにまとまった数が存在し、その全てが船団護衛へ貼り付けられた。これらの艦は、現役残存艦に比べて状態が悪いからモスボール対象となったのであり、決戦部隊へ組み込むには、色々と問題があったからだ。ならば、と思い切りの良い米海軍は、武装の一部撤去や機関半減などを行い、対潜装備や燃料・内火艇の増載を行い、太平洋横断船団へ随伴すべき長距離護衛艦として仕立て直した。
確かに対潜能力は従来のどの艦よりも充実しており、迂闊に日本潜水艦が船団へ近付こうものなら、豚のように泣き喚きながら無様に逃げまどう事しかできなかったであろう。
しかし、日本側の襲撃部隊には巡洋戦艦戦隊がいた。巡戦の圧倒的な火力の前には、商船も補助艦艇も関係ない。
蹴散らされるだけだった。
そこには、船団は崩壊し、単なる独航船の群れが居るだけだ。
商船は当然だが、いくら優秀な対潜艦といえど、連携戦術をとらないのであれば、所詮は焼き付け刃の対潜艦だ。漸減作戦向けにデザインされており、通商破壊戦に使うには色々と問題のあるこの時代の日本潜水艦でも、やりようはある。実際、日本潜水艦群は、地道にスコアを上げていた。
これを防ぐために、米海軍は船団へ過剰なほど護衛をつぎ込んだ。今度は狙い澄ましたかのように、しわ寄せを喰らって一層護衛戦力が貧弱となった別船団が襲われる。過剰な護衛が消費する補給物資の手当すら怪しくなり、護衛が偏る。悪循環へと陥った。
全く、悪夢だった。
「うまくいってはいないようだな。いっそ、護衛無しで高速定期船(ライナー)を使うか?」
「既に実施済だ」
リーヒ中将の言う通り、開き直って運航率と生存性を確保できそうなブルーリボン賞クラス定期航路船を独航させるなどもしてみたが、被害は一向に減る気配を見せなかった。
「やはり、【コンゴウ】を始末する必要があるか」
全ての鍵は日本巡戦部隊だった。この部隊さえ押さえ込めば、全てが良い方向へ回り始める。それはいつしか、米海軍のみならず、大統領府すら、そう捉え始めるようになっていた。
「……【レックス】と【サラ】は、引き続き出撃を継続している」
リーヒ中将は言葉を続けることが出来なかった。
確かに、目障り以上の存在になりつつある日本巡戦部隊を始末するために、米海軍で唯一【コンゴウ】クラスを捕捉・撃滅できる【レキシントン】級巡洋戦艦の投入を継続してはいた。もっとも現実は、彼女たち太平洋狭しとばかりに、息つく暇もないほど酷使するだけで、全く成果を上げていなかった。日本帝国海軍は、彼女たちの脅威半径を、華麗なまでにスルーした。
フネとヒトが疲弊していくだけだった。
「日本海軍の動勢は?」
「我々の唯一確実な眼である潜水艦での偵察がうまくいっていない。ハルゼーの件以来、日本近海の警戒が厳しくなっている。特にブンゴスロットへの進入を試みたフネは、全艦が音信途絶している」
キングは、後に舌禍を呼ぶ海軍提督らしからぬ単語を濫用して、口汚く罵った。
「――め! 【ブンゴ・ピート】が本当に居やがったか」
「どうやら」
リーヒ中将は潜水艦隊(サブロン)からのレポートを投げ出すようにして、言った
「そのようだ」
「なら、空母だ。空母で【コンゴウ】を捕まえろ!」
「無茶を言わないでくれ。君が一番よくわかっているはずだ。母艦航空団は、来たる決戦に向けた錬成途上で使えない。それに相手は作戦行動中の戦艦だ」
リーヒ中将の言わんとしていることは、つまり『母艦航空機は事故が多く、殆ど消耗品である』『航空機では、作戦行動中の主力艦を撃沈できない』いうごく当然な常識だった。
航空機は先の大戦から投入され始め、航空母艦の実戦投入すらされていた。特にユトランド沖海戦で集中投入された英空母部隊については、その将来性すら考えさせられるものはあった。
しかし実際のところ、ユトランド沖海戦に集中して投入された英空母部隊ですら、その搭載機の航続性能から進出距離を見誤って独戦艦部隊との遭遇して蹴散らされ、その大半が大炎上するなど、将来性の前に脆弱性を証明するなど、散々だった。
ただ、海戦終盤で追撃せんとする独海軍水雷戦隊・魚雷艇群に対して与えた大損害は、航空機が海戦においても全く無力ではないことを確認できてはいたが。
「大戦から何年経っていると思う?
一〇年だ。
そこから考えても見ろ!」
「未来の戦場では君の言う通りかも知れない」
リーヒ中将の虚ろな声が響く。それでも、自らの発言内容を全く信じていない事を感じさせない点については、調整能力で現在の階級と役職を得るだけの卓越した才能を見せていた。
「だが、現時点ので我々の手駒では難しい。それに貴重な航空魚雷を消耗し尽くしてしまう」
当時の実戦配備されている航空機に搭載できる爆弾など五〇〇ポンドが精々であるから、どう贔屓の引き倒ししたところで砲威力換算八インチ程度。戦艦相手ではまともな効果があるかどうかすら怪しい。戦艦相手に効果の望める航空兵装は魚雷しかない。
「――っ!
こうなると中立条項が恨めしいな」
不思議なことに思えるかも知れないが、この時、米国は自国製航空魚雷を持っていなかった。
そして、欧州各国は中立条項から日米両国へ武器輸出を停止していたから、当然魚雷も過去に輸入した備蓄分しかない。
モンロー主義と不況で縮小されていた海軍予算では、弾薬としては最も高価で、なおかつ未だ実験兵器とすら考えられていた航空魚雷など、まともな数量を確保できているわけがなかった。
リーヒ中将は静かに断言した。
「空母航空団と航空魚雷は、決戦で使用するべきだ」
「ならせめて【メイコン】を呼び戻して、【コンゴウ】を捜させろ。それだけでもかなり違う」
「【アクロン】が遭難した今、唯一マトモに戦果を挙げているフネだ。彼女が居なくなったら、日本帝国をどうやって消耗させるつもりだ」
開戦以来神出鬼没の大活躍をしていた二隻の飛行空母。彼女たちの最大の敵は日本海軍ではなく、南シナ海の荒々しい気象だった(日本海軍など、彼女の影すら捕らえることが出来ていない)。まだ台風とも呼べない早熟な熱帯性低気圧との戦いに敗れた【アクロン】は、その身を海面へ叩き落とされ、四散させていた。
「――後任作戦部長のスタンレー大将はどう言っている」
「着任したばかりの彼に何を期待している。大統領の言うがままだよ。そして、大統領は決戦での戦果を希望している」
「チクショウめ!」