突貫工事で作られた新連合艦隊司令部は、作りたての匂いも冷めやらぬ生々しさを感じさせる所だった。
「出撃前のご挨拶に伺いました」
六月のドタバタで第一艦隊司令長官に就任した堀悌吉中将は、同じく六月に連合艦隊司令長官へ就任した野村吉三郎大将へそういった。
「本来は私の役目だが、すまんな」
内容に反して、その口調は断固とした決意が表れていた。
理由は、野村 GF 長官が GF 司令部を陸に揚げたためだ。通例として、第一艦隊司令長官を兼任して、指揮官先頭で敵艦隊と戦うべきとされていた。しかし、野村は今次作戦の指揮の難しさを十分に理解しており、またそれに対する手段を講じる理性があった。つまりは、 GF 司令部を通信能力の高い陸上施設へ移し、各部隊への指揮を執る。決戦に勝利し、戦争に勝利することへの意気込みが伺える判断だ。
「第三艦隊を押しつけられた米内さんのことを思えば。私のやることはフィリピン沖と変わりません。しかし、良いのですか?
本来なら、米内さんの方が第一艦隊司令長官に就任すべきだと思うのですが」
米内は堀の先任として、第三艦隊司令長官(後の遣支艦隊司令長官)として赴任しており、期数的にも本来は米内の第一艦隊司令長官就任が妥当だった。しかし――、
「その米内くんが、第一艦隊司令長官へは君を是非に、と言っているのだからな。
でなければ、遣支艦隊のフネをそのまま第三艦隊へ、とも言っていたが。勿論、その場合決戦部隊である第三艦隊司令長官は君だ。それを聞いた連中は頭を抱えていたよ。決戦部隊として第一艦隊の根幹に関わる、建成根拠だ、それが無くなってしまうとね」
「またエラく買われたものです」
「実戦では経験が優先される。君はフィリピン沖海戦に勝利したのだから、十分決戦部隊を率いる資格がある」
「海戦そのものでは戦艦は1パイも沈めていませんし、重巡を1パイ喪いました」
「たしかに【加古】を沈めた責任を取らせろなんて話もあったらしいがね。五月にあのヴィルヘルム巡洋艦が噴き飛ばしたよ。大体、君は海戦では戦艦を沈めていないかも知れないが、実際にはオロンガポ沖の海底へ一パイ、スービック湾へ六パイ繋ぎ止め、計七ハイもの戦艦を無力化している。このような大戦果、どう報いるべきなのか。私はそう思うよ」
「恐縮です」
「米内君からの伝言だ。『楽させて貰うよ』」
「あの人らしい剛毅な言葉ですね」
「あぁ、英国からの情報では、米国は海だけでなく、日本本土でも決戦をするつもりらしいと聞いている。当然護衛も付く。おそらくは二線級の戦艦六パイがそれに充てられるだろう。第三艦隊の旧式戦艦一パイ、旧式装甲巡二ハイを始めとする部隊では、苦労するだろう。手酷く」
「私の艦隊がグァムへ殴り込めれば良いのですが」
「まぁ、米国主力艦隊の迎撃を受けるだろうね。賭けても良い。ボロボロになったところを上陸部隊護衛に横合いから殴り付けられるか、上陸部隊を取り逃がして、本土決戦をするハメになるだろう。どちらも嬉しくないね」
「ですから、硫黄島近海に遊弋して、米国主力艦隊の出撃を誘引します。哨戒線は……」
「手隙の全潜水戦隊に命じて、引いてある」
「安心しました。ならば、私はほぼ同数の戦力相手にただ勇敢に戦えばよいだけのことになります。報告はこちらでも送れる限り送りますので、第三艦隊への指示をお願いします」
「ああ、任せてくれたまえ、そのために陸へ上がったんだ。そういえば、旗艦は【土佐】にするそうだね」
「はい。馴染みがありますし、【相模】は……、正直練度が足りません」
「足りないのは練度だけではないと聞いているがね」
「戦隊長へ就任した福留くんの頑張りに期待します」
野村 GF 長官は意外そうな顔をした。【相模】の問題は指揮官が云々というモノでは無いからだ。
「そうかね? では、征くのだね」
「はい」
そう返事をした堀中将だったが、何かを考える表情をしていた。野村 GF 長官は問うた。
「なんだね?」
堀は意を決したらしく、野村に問い返した。
「ところで、これで終わりなのですか?」
「いや、精々一区切りがつくに過ぎない。賭けても良い。勝っても、一〇年以内に再戦だよ」
その言葉には敵を知り、己を知る者にのみ許された苦渋の表情があった。