それは、もう既に決定事項だった。各国ではそういう共通認識が既に確立していた。
だが、始めるに当たって、やるべきことは多い。例えば、極東へ流れ着き、今なお戦い続ける彼らへ、その矛先をブレさせないための一手など。
ここハルピンは、古くは漢晋代には書に残り、それは営々と各王朝に受け継がれ、現在では新白露が運営する東清鉄道の要衝として現在も発展を続けている。そんな街の政府公館にて、2人の漢は対峙していた。
彼方(かなた)、グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン
シベリア寒村の出身。二〇才の時に啓示を受け、父親や妻を捨て、出奔。以後、サンプトペテルブルグで『神の人』と賞されるまでの経歴は不明。そして、露皇族のニコライ大公夫人に取り入り、血友病であった皇太子の治療を行い、皇帝の信頼を得た。
言うまでもなく、このような成り上がり者は、貴族達の排除を受け、何度となく暗殺を企てられることになるが、その事ごとくを切り抜けた。それに際して彼は『天使も悪魔も私の僕に過ぎない』と残したという。
そして、戦争・革命が起こるが、それまでのように、当然のごとく、切り抜け、此処マンチュリアの地へと帝政ロシアを導いた。
此方(こなた)、南光坊天海。
陸奥の国は芦名氏ゆかりの者と言われ、生年は不明。機知に富んだ人物であり、当意即妙な言動で周囲の人々を感銘させ、古くは武田信玄の招聘を受け、後に徳川家康の参謀として、近侍したという。
ただ、江戸時代初期でさえ既に一〇〇才を超えていると言われており、その菩提は日光で弔われているはずである。
が、此処にいる者は、筋骨隆々とした生年不明の大男。だが、粗野さなど微塵もなく、何かに達観した風情で、巌のようにそそり立ってる。
当然、別人であろうが、本人は天海と号しており、ここではそれで十分であった。
緊張が部屋を満たしていた。双方の随行員が、動こうとする。
それを天海は手を降り、押さえた。おもむろに立ち上がった。
グレゴリー神父もそれを受けるように立ち上がる。
そして、天海は諸肌を脱ぎ、
「フン!」
いきなりグレゴリー神父の腹を抉るような一撃を叩き込んだ。
静まりかえる一同。
「くくくく……」
かすかで、低く静かに響く声。
それは徐々に大きくなり、そして大哄笑となった。
「フハハハッ!」
大哄笑するグレゴリー神父は、気合いと共に中から爆発し、着衣は千々と千切れ飛んだ。
「ハァ!」
返礼代わりの一撃。当然のように天海の腹を抉る。天海もそれを避けようとはしなかった。
「ハァッハッハッハ」
「ホォーホッホッホ」
そして酷くゆったりとして、だが激しい応酬が続いた。
突き抜ける怒号。
響く打擲音。
迸る漢汁。
あまり、人外魔境に随行員達も、剛の者は手で尻を押さえて後ずさり、そうでない者は尻を向けて突き出した状態で倒れ伏せるばかりである。
かくして、日本帝国は後背の憂いを一つ取り除いたのであった。
なお、約二名を除く彼ら達は、一様に何を喪った様子でその地を後にしたという。