「──だああああっ! なんでそこでメアド交換するんや!? 彼女おるんやから男らしく断れやっ!」
高級そうな黒革のデスクチェアに座り、はやてがなにやらヒートアップしている。
その手には、第97管理管理外世界の日本において毎週水曜日に発売されるマンガ雑誌。どうやらその内容がお気に召さず、憤慨されているご様子。
「なにが“帰ってきだけです”や、アホか。なあなあ、攸夜君もそう思わん?」
「……ん? 何がさ」
接客用のソファセットで優雅に紅茶を嗜んでいた攸夜が、話題を振られて顔を上げた。今日も今日とて我が物顔である。
「アオダイもユズ子もクズすぎやろ、常識的に考えて。まー、ある意味お似合いっちゃお似合いやけど、当て馬にされたアスカがかわいそやわ」
「だから何の話だよ」
話の趣旨が把握できず、苦笑するだけの攸夜。それでも一応相手にはするあたり存外に甘い。
「まぁええわ」と雑誌をぞんざいにデスクへ投げ捨て、はやては背もたれに思いっきり体重を預ける。一頻り文句を垂れて満足したらしい。
「ヒマやなー、しかし。なんかおもろいことない?」
「お前なぁ……。それならポケモンで対戦するか?」
「飽きた。だって攸夜君、伝説ばっか使うんやもん。種族値とか個体値とか性格とか、ちゃんと一から吟味せえっちゅう話や」
「やだよ、めんどくさい。アルセウス三体とミュウツー三体でいいじゃん。かっこいいし」
「よくないわっ、小学生か!」
吼えるはやて。どんなことでも理不尽な彼女の友人は、余裕の表情でソーサーにカップを置き、足を組み直した。
「じゃあデュエル」
「社長ワンキルはもういやや。いちいちリアルチートドローしくさってからに。何のギミックもなしにパーツぜんぶ揃えるとかあり得ん、王様か」
「そこは社長と言ってくれ。つーかお前の方が大概だろ、ライロだのBFだの満足だのガチデッキばっか使いやがって」
「勝てばいいんですぅ。何があかんの?」
「まず浪漫が足りない。ネタ積んで、その上で勝つんだよ」
「ロマンでおまんまは食えへんのよ。これだから男はアカンのや」
──などとしょうもない話題で主義主張をぶつけ合う二人。ちなみに現在、勤務時間まっただ中である。
「はぁ……なんかどれもこれもパッとせぇへんなぁ。んん〜〜……」
妙案が浮かばず、はやては唇に人差し指を当て何やら考え始めた。
その様子を横目で見る攸夜は、はやての仕草をかわいいなぁ、などとは絶対に思わない。やけに雅な所作でカップに口を付け、当然のごとくアウトオブ眼中まっしぐらだった。
ややあって。
ぽんっ、とはやてが手を打つ。
「夏──、そう夏や! いまは夏やな、攸夜君!」
「……まあ、暦の上ではな」
「リアルはおこたが恋しい季節です」
「メタ言うな。今回は恒例の特別編なんだよ」
攸夜の方がよっぽどである。
「それはともかく。夏と言えばアレですよおにいさん、ぐふふ」
「アレ、か……なるほどな」
悪巧みたくらむゲスい笑みを浮かべたはやての抽象的な発言に、何かを感じて納得する攸夜。妙なところでツーカーな二人だ。
「で、俺にどうしろと?」
「そりゃもちろん、“祭り”に一枚噛んで」
「なんでさ」
「そんなこと言わんと力貸してーなぁ。友だちやろ〜、ええやんかー。なあなあ〜、後生やから! 一生のお願い!」
「小学生かよ……」
猫なで声で泣き落としを始めたたぬきちゃん。こうなると情にもろい攸夜は「鬱陶しいなぁ……」と苦笑しつつも断りづらくなる。若干乗り気になってもいたので、協力してやることにした。
「ったく仕方ないな。──仕切りは好きにやらせてもらうぞ?」
「はいな、おまかせおまかせ♪ ──さぁ〜、忙しくなってきたでーっ!」
「……楽しそうだなぁ、おい」
お調子者な悪友に上手く乗せられたことに嘆息する攸夜だった。
幕間 「夏だ! 機動六課全員集合! ポロリもあるよっ☆」
「……なんなんですか、このサブタイトル」
「さあな。どっかの誰かさんが悪ノリでもしたんだろうよ」
数日後。夏らしいかんかん照りの日差しの下、水着に着替えたエリオとヴァイスのんびりだべっていた。
「しかし、空間シミュレータにこんな使い方があるとはね。この砂浜、リアルそのものじゃないか」
ここは機動六課の敷地の片隅。普段、訓練が行われているエリアが高級リゾート地にも勝るとも劣らない真っ白なビーチへとビフォーアフターしていた。
ヴァイスの述べたとおり、空間シミュレータの応用である。
本日は部隊長の厳命により、職員全員に丸一日の休暇を与えられている。「六課が始動して四ヶ月、がんばってくれたみんなにちょっとしたご褒美や」という“てい”で、だ。
とはいえあまり施設から離れては緊急事態の際に支障が出るし、明日は当然通常業務。というわけで、特設海水浴場の海開きと相成った。
事前に水質汚染の有無を調べていたあたり、この“祭り”の仕掛け人は確信犯だったらしい。
ちなみに。
現在人員がごっそりと抜けた穴を埋めているのは、セフィロトから動員したマシンサーヴァントたち。職権乱用であることは言うまでもない。
「僕は技術の悪用だと思いますけど」
「エリ坊はお堅いねぇ」
“坊や”呼ばわりに、エリオはむっとした。
同室同士ともあって、この二人は割と仲のいい。エリオは基本的に素直で優等生体質であるし、ヴァイスが面倒見のいいというのもあるだろう。──機動六課は男子が少なくて肩身が狭いから結束している、という説もあるが。
太陽に照らされた砂浜をてくてくぶらぶらと歩く二人。同じように、六課の職員──例外なく男性ばかりだ──の姿がちらほらと見受けられる。
と、真っ白な海岸に木造平屋のひなびた感じの家屋がぽつんと立っていた
敷地面積はかなり広く、外には達筆な筆文字で「特設 海の家」と看板が出ており、中には安っぽいパイプイスや木製の大きなテーブルや、奥に座敷らしき一角が設けられている。ゆっくり首を振る古びた扇風機が、何やら風情を醸し出していた。
「海の家……ってなんですか、ヴァイスさん」
「んー、まあ簡単に言うと海水浴場にある食堂だな」
「へぇー」
いろいろあって社会的な知識の足りないエリオは、こうしてよくヴァイスに質問したりする。どこぞの自称魔王よりよほど懐いているぐらいだ。
ここで噂をすればではないが、海の家からガタイのいい長身の男性が顔を出した。
「おや、陸曹に坊やじゃないか、いらっしゃい。──って言ってもまだ準備中だけど」
そう言ったのは、黒いシャツの上からブルーのエプロンをかけた攸夜。例の如く、下はハーフパンツタイプの蒼い水着という格好だった。
気にくわない人物との遭遇にエリオが顔をしかめる。
「これは監査官殿。どうしてここに?」
「この店、俺がプロデュースしたんですよ。やっぱり海水浴場には海の家が付き物でしょう」
攸夜は言いながら、横の壁板を拳で軽く小突く。
やるからには完璧に仕上げると、わざわざひなびた外観にしている点からして芸が込んでいる。──無論、メニューのレシピも攸夜直々の監修だ。
興味に駆られ、エリオは中を覗いてみた。
店内には店員らしき水着姿の女性が数人、慌ただしく動き回っていた。彼女らもマシンサーヴァント、人件費の節約である。
「ちなみにここでの儲けは全て慈善団体に寄付する予定です。……というか陸曹、俺に敬語は必要ありませんよ」
「いやあ、最高評議会の代理人て言えば立派なお偉いさんでしょう。タメ口は拙いかな、と」
「上司ってわけじゃないんですから、堅苦しいのはナシってことで。呼び捨てで構いませんし」
「そうかい? ──それにしちゃあお前さんはやけに丁寧だが」
「俺はいいんです。年上には最低限の礼儀を払う主義ですから」
キャラに合わない殊勝なことを言う攸夜。格下を演じて油断を誘う彼なりの処世術であった。
それからぽつりぽつりと四方山話を──主に攸夜とヴァイスが──して時間を潰す三人。
数分前からそわそわとし始めたエリオがぽつりと零す。
「……遅いですね、みなさん」
女性陣のお約束な遅い出足が、まだ若いエリオにはじれったく思えた。
そんな修行の足りない少年を、オトナの二名が口々にやんわりと窘める。
「まあ、そう言いなさんな。女の子ってのは準備にいろいろと時間がかかるものなんだ」
「それを黙って待つのも男の器量だよ。例え待たされたのが一時間だろうが二時間だろうが、最高の笑顔で迎えてやるのがいい仲を保つコツさ」
「おおっ? さすが彼女持ちは説得力が違うねえ」
若干下世話に囃し立てられるが、それしきで動じる攸夜ではない。
「フェイトには、いつでも笑顔で、幸せでいてほしいですから。その前じゃ、俺自身の心情なんて二の次です」
静かに言って、微笑む。
自然体で、それでいてフェイトへの混じりっけのない愛情に溢れた表情──そこに、いつもの軽薄な仮面はない。同性すらも惹き付ける魅力があったりなかったり。
「ヒュゥ〜♪」臆面もない惚気にヴァイスが感嘆の口笛を吹く。
そして、しばらく黙って聞いていたエリオは……。
「…………」
不満げに攸夜の横顔を見上げているだけ。どうやら彼を見直すには至らなかったようだ。
そんな時、横合いから茶々を入れる集団があった。
「リア充爆発しろ!」「俺たちのフェイトさんを独り占めにして!」「くぅーっ、嫉ましいぞこの野郎っ!!」「ベル様と仲良くしてるのも気に食わねーッ!」「イケメンこじらせて死ね!」「そうだそうだー!」
そう声高に弾劾するのは、いつの間に集まってきたらしい名も無き男性職員たち十数人。
その鬼気迫った雰囲気に、外野の二人が身を引いた。
攸夜と某フォワードチーム隊長の熱愛ぶりは、機動六課の誰もが知るところだ。
場所を弁えずベタベタイチャつけば嫌でも目に入るということもあるだろうが、独り身の寂しい者や彼の執務官を密かに想い慕うファンたちにとって攸夜は不倶戴天の仇敵。絶世と言ってもいいファッションモデルじみた彼女の美貌に、十分釣り合っているところも彼らの神経を余計に逆なでするのだろう。
まあそんな感じで、嫉妬にまみれた醜い敵意を一身に集めた攸夜だったが、いささかも気にかけていない。まるで涼しげに、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて男共に流し目を送る。
「なるほど……。そこのモブどもは週末のコンパには参加したくない、と」
「「「「すいませんっしたーっ!」」」」
一転、職員たちは一斉に、それはそれは見事なジャンピング土下座をかました。。
余計に引く外野の二人。
「コンパって、そんなことしてんのかよ」
「人心掌握の一環です。ヴァイスさんもどうです? 実は本部経理課のランファ・メイから、是非呼んでくれって頼まれてるんですよね」
「あの子か……。昔世話になった人の妹さんなんだが──」
当たりの強い妹分を脳裏に思い浮かべ、困り顔で頬を掻くヴァイスは、粘ついた気配を感じて振り返る。そこには撃沈していたはずの男共が、ジトーっと湿った目で彼を見ているではないか。
タラ……、と額に嫌な汗が浮かぶ。決して高い気温が原因ではないだろう。
「裏切り者め!」「陸曹も俺らと同じパンピーだと思ってたのにっ!」「ランファちゃんからのご氏名だと!? 羨ましいじゃねーか!」「ちくしょー! やっぱ顔か!? 顔のスペックかー!?」「そんな奴やっちまえー!」「そうだそうだー!」
「なっ、今度は俺かよ!?」
糾弾の矛先が自分へと向いたことにヴァイスが目を剥く。この後の展開はまあ、言うまでもないだろう。
一目散に逃げ去るルームメートと男衆の背中を目で追いかけ、困惑気味のエリオはとりあえず隣のオトナに尋ねてみた。
「えと……いいんですか、あれ」
「いいんじゃない? 見てるこっちは面白いし」
「は、はあ……」
頼りにならない悪いオトナに、少年は曖昧な相づちをするしかなかった。